爆進!ウマランナー!! ~逆転☆熱血青春編~ 作:はめるん用
「なるほどねぇ。サブトレさんが珍しくスーツなんて着てるから何事だろうと思ったけれど」
「選抜レース期間中はな。ファンはもちろん、そこそこ偉い人たちも来るだろう? あんまりだらしない格好で歩き回るのもな。ほんと、夏場じゃなくて助かったよ」
「トレ公。アンタ、一応あの甚平姿がだらしないって自覚はあったんだね」
「そりゃな。あれは暑い時期だから許されるワケで、年中通してあんな格好してたらアウトだろ」
言っていることは正しいのだが釈然としない。そんなことを考えながら、ヒシアマゾンは丁寧にスーツを着こなしているサブトレーナーの姿を見る。
メイクデビューには及ばないものの、選抜レースも一般公開されるため競バの熱心なファンがトレセン学園にやってくる。さすがの彼も思うところがあるのか、それとも誰かに……たづなあたりに言われたのか、まともな格好をしているのだ。
もっとも、服装については彼だけの問題ではない。トレーナーの服装については特に規定は無く、わりと誰もが自由な格好で仕事をしている。
「なんだか新鮮だね。初めてサブトレさんが中央にやってきたときから、ほとんど甚平姿だったし。うんうん、パリッとしたスーツ姿も、とってもカッコいいよ?」
「そりゃどうも。フジのお墨付きなら安心して出歩けるってもんだ。そうそう、ふたりとも。メイクデビュー決定おめでとう。GⅠの舞台で活躍する日を楽しみにしてるよ」
「おっと! そんなふうに言われてしまったら、エンターテイナーとしては是非ともご期待に応えないといけないね!」
「いいのかい? アンタの元教え子だったウマ娘たちもレースに出てくるんだろう? それなのにアタシたちが活躍しちまって」
「今の俺は中央のトレーナーだからな。中央のウマ娘たちを応援するさ。それに……」
「それに?」
「あまりアイツらを甘く見ないほうがいいぞ? 言っちゃ悪いが、スキルの使い方に関しては間違いなくお前たちより巧いだろうからな」
「へぇ? そいつは楽しみだねぇ! トレ公がそこまで自信たっぷりに言うくらいだ、アツいタイマンが出来そうじゃないかッ!」
「あはは! ヒシアマは本当にブレないね! でも、その気持ちは私にもわかるかな。最高のライバルと走るレースなら、きっと素晴らしい舞台になるだろうから」
◇◇◇
普段は穏やかな彼が一瞬だけ見せた表情。イタズラを企む子どものような無邪気さと、地方のウマ娘たちへの信頼がそうさせたのか、好戦的な笑み。
タイマンと表現するほどレースに熱いこだわりを持つヒシアマゾンとしては、これから競い合うライバルたちの強さを保証してくれるのは願ったりかなったりである。
「たったの1年、いや半年ちょいか。本格化のことを別にしても、かなり鍛えられた。それが数年分ともなれば……ハハッ! どれだけのモノに仕上がってるんだろうねぇ!」
「一筋縄ではいかないのは間違いない、かな? サブトレさんがあんなふうに挑発的に微笑むところなんて見たことないし。いやぁ、本当に珍しいものが見られたよ」
「なんだいフジ。アンタやけにご機嫌だね?」
「まぁね。甚平姿も良かったし、普段のジャージ姿も味わいがあって悪くないけど……やっぱりスーツは特別感があるよ」
「は?」
「おや、ヒシアマはお気に召さなかったのかい? サブトレさんのスーツ姿。グラビアイドルのような露骨なモノとは違うセクシーさがあっただろう?」
「あぁ、そういう……。いや、別にその手の話を否定しやしないけどさぁ。スーツでそんなに?」
「いやいや。スーツだからこそ、だよ」
フジキセキは語る。見た目は清楚なダークカラーのスーツだが、その内側には鍛えぬかれた極上の肉体が隠されているのが最高なのだと。
いわゆる、表と裏のギャップ萌えである。脱いだら凄いというお色気演出のテンプレートだが、彼の場合は意図的に仕組まれたものではなく天然そのもの。
「わかるかい、ヒシアマ。シチュエーションというのは大切なんだよ。サブトレさんは自然体でありながら色気があるから素晴らしいのさ。これ見よがしなのは品性が足りない」
「いまのアンタも品性足りてないだろ」
「ヒシアマも想像してごらんよ。キミだってマンガやアニメをまったく見ないワケじゃないだろう? 定番のシチュエーションのひとつやふたつ、知っているはずさ」
「定番、ねぇ……。トレ公の部屋に招かれて、手料理をごちそうになるとか?」
「そうそう! ちゃんとわかってるじゃないかヒシアマ! 年上のお兄さんから誘われるのは、女の子なら1度くらいは憧れて──」
「そんなにかぁ? まぁ、トレ公の手料理は美味かったけどさ」
「……え?」
トレセン学園では、基本的にトレーナー全員に個室が与えられる。たとえ仲の良いクラスメイトでもレースでは立派なライバルなのだ、お互いに知られたくない情報のひとつやふたつあって然り。これもウマ娘たちが全力で勝負に挑めるようにとの配慮である。
そんな事情の個室なのだが、その利用についてはかなりの自由が与えられている。割り振られた費用の中に収まるのであれば、トレーナーの好きなようにカスタムできるのだ。
大抵は担当ウマ娘たちと相談して部屋を飾るのだが、担当ウマ娘のいない彼の場合、完全に本人の趣味で調えてあり──なぜか、調理器具が充実していた。
本人曰く、過去に読んだ本の料理を再現するために夏の終わり頃からコツコツ揃えていたとのこと。料理そのものは以前から嗜んでいたらしく、ヒシアマゾンがご馳走になったときは店で出されても通用しそうなくらいの出来栄えだった。
「アタシがお呼ばれしたときは中華料理メインだったかな。なんつったかな、黄金分割シュウマイ? とかいう4種類の具材のシュウマイと、メロンをまるごと器にした煮こごりと……。そうそう! 野菜が足りてないブライアンとタキオンのために、野菜をたっぷり使ったチャーハンが出てきたっけな!」
「ヒシアマ?」
「それがまた傑作でねぇ! 当然ふたりとも食べたがらないんだけど、そこでタキオンが『そんなに食べさせたいなら、サブトレ君が食べさせておくれよ~』とか言ってさぁ。そしたらトレ公は当然のように“あ~ん”ってレンゲを差し出してさ」
「ちょっと、ヒシアマ!」
「自分で言った手前、タキオンのヤツ恥ずかしがりながら食べたのさ。そしたらブライアンまで無言で口開けて待ってるし、クリークもたまには甘える側もいいかもしれませんね~とか言って順番待ちするし、ほかの連中も騒がしくて──って、どうしたんだいフジ?」
「どうしたもこうしたも! 酷いじゃないかヒシアマ! そんな素敵なイベントに、どうして私を誘ってくれなかったんだいッ!」
「えぇ……? そんな、泣くほど……?」
ヒシアマゾンは困惑しているが、もしもこの場にほかのウマ娘たちがいたら、やはりフジキセキと同じように涙を流しただろう。
彼の存在そのものが健全な女子たちとって夢の塊のようなものなのだ。それに加えて憧れのシチュエーションを再現してくれるとなれば、誰だって喜ぶに決まっているし、それを逃したと知れば誰だって悲しむに決まっている。
「私はまだまだ学生とはいえ、ファンを楽しませるエンターテイナーとして常に本気で自分を高めるように心掛けてきた。それが……それなのに、こんな誰もが心踊るであろう状況に立ち会えなかったなんて……ッ!」
「その心掛けは立派なんだけどなぁ……」
◇◇◇
「すまないヒシアマ。少々取り乱してしまったよ。あんな姿、ポニーちゃんたちにはとても見せられないね」
「アタシも見たくなかったよ……。まぁ、アンタもなんだかんだで普通の女子中学生だったってことか」
「当たり前じゃないか。みんなが憧れてくれるフジキセキを演じることに不満はないけれど、私だってたまには本当の自分でありたいと思うことくらいあるさ」
「うーん……。アタシは正直よくわからないねぇ。いや、トレ公を男として見れないとかそういう話じゃなくてさ。恋愛がどうこうよりレースが楽しくて仕方ないのさね」
時間が経てば環境にも慣れる。最初の頃こそ浮わついた気分も強かったが、彼の指導で自分の成長を実感するうちに考え方も変わってくる。
ヒシアマゾンにとって、サブトレーナーは異性であるよりもトレーナーとしての信頼のほうが完全に勝っているのだ。
色恋沙汰はひとまず何処かに置いて、純粋に夢を追いかける。これもまた青春のカタチなのだろう。
「おっと、勘違いはしないで欲しいな。私だってレースのことは真剣に考えているよ。サブトレ君が教えてくれたスキルのおかげで、より魅力的な走りができるようになったのだからね。ただ」
「ただ?」
「それはそれとしてね? 後学のためにも男性とのコミュニケーションについても真剣に考えるべきだと思うんだよ。おっと、勘違いはしないで欲しいな。あくまでエンターテイナーとしての自分を高めるために必要なことで──」
ヒシアマゾンは考える。
彼がやってきたことで友人がポンコツになったのか、それとも最初からポンコツだったのが彼のせいで表面化したのか。
……強くなる代償にしては、ちょいとイロモノ過ぎやしないかい?