爆進!ウマランナー!! ~逆転☆熱血青春編~ 作:はめるん用
「期待ッ! 多くのウマ娘たちを勝利に導いたその手腕、存分に発揮してくれッ! 頼んだぞッ!」
「あまり過剰に期待されても困ります。レースで結果を出したのは彼女たちの努力によるものですよ」
困ったように微笑みながら、ペコリと頭を下げて青年トレーナーが理事長室を後にする。
堂々と自信に満ち溢れた笑顔のままそれを見送った秋川やよい理事長であったが、5秒、10秒と経過し青年が充分に部屋から離れたであろうことを見計らい──ドゴスッ! と机に己の頭を叩きつけた。
「……理事長、大丈夫ですか?」
「なんだ……なんなんだ。なんなんだ彼はァァァァッ!? なんだあの格好はッ!! 大丈夫かだと? 大丈夫なワケあるかァァァァッ!!! ……はぁ、はぁ」
「ウマ娘の素質を見抜く能力は非常に優秀、けれども素行に問題アリ。地方ではもて余すので中央で活躍してくれることを期待して……でしたか。たしかに素行には大問題を抱えていそうですが、想像していたのと全然違いましたね」
「あんなもの予測できるかァッ! ……まて、あの格好でここまで歩いてきたということだよな? 何故ブライアンが案内していたのかはわからないが、ともかく、その、あの、あの、
「えーと、すでに学園内のSNSは大いに盛り上がってますよ。
「ぐ、ぬ、やはりそうなるか……」
「あとブライアンさんへの罵詈雑言」
「それは仕方ない。誰だってそーする。私だって羨まけしからんと思ったくらいだからなッ!」
フンスッ! と意味不明にドヤ顔を披露する上司に呆れつつも、秘書である駿川たづなもまたブライアンを羨む気持ちは理解できていた。
中央に限らず、トレセン学園という場所はとにかく男性との出会いがない。ほとんど、ではなく絶無である。
学生はまぁ仕方ないとしても、スタッフの雇用条件には性別を限定するような規則など陰も形もないというのに、教員に事務員、果てはメンテナンス用務員に至るまで。全員が女、女、女である。
そんな完全な女社会の中に唐突に現れた男性トレーナー。しかも何故か服装がアレ。
「優秀なトレーナーがいるが面倒を見きれないから引き受けてほしい……疑問ではあったのだ、トレーナーの人手不足はどのトレセン学園も同じ。だが、本人の将来を鑑みてより良い環境をと言うから引き受けたのだ。それが、まさか……本当に男だったとは……」
「最初に書類を見たときは記入ミスかなにかだと思いましたからね」
「驚愕ッ! ……なぁ、たづな。コレ、ぜッッッッたいにトラブル起こるよな?」
「間違いなく。トレーナーや教師のようなスタッフですら自制できるか怪しいでしょうから、ウマ娘たちに関してはそれはもう」
「う、う~む……。だが、彼の能力を活かすためにもウマ娘たちとの交流は不可欠ッ!
芝とダート、距離と作戦。ウマ娘がレースで活躍するためにはそれらの適性を正確に把握して必要な能力を鍛える必要がある。
多くのトレーナーとウマ娘が1番苦労するであろうソレを、あの青年トレーナーは簡単に見抜くという。
実績は、ある。
彼が所属していたトレセン学園のウマ娘たちが突然活躍するようになったのだ。それもGⅢやGⅡはもちろん、GⅠのトロフィーもいくつも勝ち取ってみせた。
去年はオークス、帝王賞、マイルチャンピオンシップなどを含む7つのGⅠを、今年もすでに春の天皇賞、皐月賞、桜花賞を中央は取り損ねている。
たかが地方のウマ娘、などという慢心は無かった。天皇賞の前哨戦、とあるステップレースで最後の200メートル。恐ろしい末脚で差されて4バ身差の敗北。それほどの圧倒的な実力を見せつけられて油断するようなトレーナー、あるいはウマ娘など中央には存在しない。というか存在されたら困る。
むしろリベンジに燃えてやる気は絶好調だった。次はこちらが5バ身差以上の余裕で勝ってみせると、それこそオーバーワークになるギリギリのトレーニングを重ねてレースに挑んだのだ。
しかし結果はご覧の通り。それも最高のコンディションで挑んだハズなのに、レースでは影すら踏めずに逃げられた。なんなんだあのデタラメなスタミナは。逃げウマがあれだけの距離を走って垂れないとか意味がわからない。そもそもステップレースで差しだったよな?
トレーナーたちが何度も何度も映像を研究した結果、どうやら技術的な部分でスタミナを節約しつつ加速しているのでは? という結論に達した。速いのでもなく、強いのでもなく、巧いのだ。
ウマ娘という存在そのものを愛するやよいとしては、素晴らしい走りを見せて、いや魅せてくれたことには素直な喜びがある。だが、彼女もまたひとつの組織のトップである。自分の学園に所属するウマ娘たちの勝利を願うのは当然である。
故にッ! 青年にはじっくりたっぷりウマ娘たちを指導してほしいッ!! ……のだが。
「推測ッ! たづなよ、仮にトレーナーの、いや学園の運営側の立場で考えるとして、彼のような人材を手放す理由はなんだと思う?」
「人間関係のトラブル。ゴシップが喜ぶような、いわゆる女男関係の……ですかね。私たちへの態度からして実際には起こらなかったのでしょうが」
「うむ。だが優秀な男を求めるのもまたウマ娘の本能。学園側も断腸の思いで彼を送り出したのだろう。……だってあの格好だぞッ! 暑いのが苦手だからって……鎖骨まで見えるような着こなしを外でするか普通ッ!? なんだアレは、誘ってるのかオラァァァァンッ!!!」
「そこまで絶叫するほどですか? 付き合いで
「違う」
「はい?」
「金で演技する紛い物と、本物では違う。あと、あの手の男たちは化粧品の臭いがキツいから半径20メートルに近寄りたくない。そもそも私は金
「理事長……。はい、ご立派な考えだと思います」
「フフン、だろう?」
「でも心に従った場合、彼を自分のモノとするために動くウマ娘は大勢いると思いますよ。特に高等部」
「う゛っ」
自分の正確な適性を知りたいウマ娘などいくらでもいる。それこそ、高等部に所属する獲得賞金額で大学部や社会人枠のウマ娘たちにも敗けないほど勝利を重ねたウマ娘でも、だ。
若くて、優秀で、しかも競走バをまったく恐れない男性トレーナー。そんな優良物件、いったい誰が指を咥えて見逃すというのか。なんならむしろ、理事長補佐として自分が囲いたいくらいである。是非とも毎朝お味噌汁を作ってほしい。
そんな定番のシチュエーション妄想はともかく。おそらく? いや、確実に。彼の関わったウマ娘とレースで競った生徒たちの間で争奪戦が勃発するだろう。
純粋な身体能力で伸び悩みはじめた子たちなどは血眼になって彼を求めるのは避けられまい。
それだけの価値がある、鋭く、しなやかで、美しい走りだった。事前の説明でトレーナー業務全体で見れば真面目ではあるが普通の仕事ぶり。しかし感覚的な部分の──スピードやパワーとは違う、走るためのスキルとでも言えばよいだろうか? そういう部分のアドバイスに関しては天才的だと評されたのも納得である。
「論外。彼をウマ娘から離すのは損失である。というかそれではトレーナーとして迎え入れた意味がない。となれば、どこかチームのサブトレーナーとして──いや、ダメだな。誰に任せても平和的には済まなさそうだ」
「いっそのこと、特定のウマ娘を担当してもらうのではなく、全体を見てもらいますか? まずはこちらの生活に慣れるまでという建前で、簡単なアドバイスをしてもらうとか」
「うん、彼が過労死する未来が見えた」
「……はい。私もです」
「しかし、例え恨まれることになったとしても私が彼の扱いを決めねばなるまい。そうでなければ学園全体の雰囲気が険悪になりかねん。ウマ娘どころかトレーナーたちからも睨まれるのを想像するだけでお腹がズキズキと痛んでくるがな……おっふ」
「ココアでもご用意しますね。ミルクと砂糖多めで」
「うん……」
「にゃー」
「お前は気楽そうでいいな……」
「にゃっ」
足下に避難していた愛猫が机の上までピョイッと飛び乗りすり寄ってくる。そういう種類のネコなのか、一向に大きくなる気配がない。
大きくなられたら帽子の上に乗られたときに首を痛めそうなのでこのままでもかまわないのだが。
考える。
ともかく考える。
高等部の生徒たちは学園を離れる前になんとしてもスキルが欲しい、中等部の生徒たちは本格化する前になんとしても適性を知りたい、それぞれの理由で彼の指導を求めることになる。
強いて言えば高等部の生徒のほうが切実だろうか? 今からでも宝塚記念にはギリギリ間に合うかもしれないし、獲得賞金額が足りているウマ娘たちは菊花賞とそのステップレースに向けて夏合宿でレベルアップしたいだろうし。
だがなぁ。高等部の生徒だと……その、女男の関係になられても困るのが、また。普通ならそんな心配しなくていいのに。
そもそも普通の神経の男性ならトレセン学園に就職しないだろうが。わざわざ狼の群れに飛び込む羊がどこにいる? いや、20年より昔には希少ながらもいたんだけども。
けどなぁ。中等部の生徒だと……その、風紀的な問題で不安でもあるのが、また。普通ならそんな心配しなくていいのに。
常に見せTナマ足のイケメンに指導されてトレーニングとか、いったいナニを鍛えるつもりだ? まだノーマルの生徒だって季節の変わり目までに性癖も変わり目を迎えてしまうわ。
…………。
まてよ? 冷静に考えたら、決定するのは私でなければならないが、選ぶのは彼に任せてもいいんじゃないか?
よし、それでいこう。個別でウマ娘をスカウトすることはひとまず控えてもらい、とりあえず高等部と中等部の様子を見せる。それから彼の指導スタイルに合致しそうなのはどちらか聞き出せば良い。
あとは理事長命令という形で青年の希望通りに働けるよう取り計らえば万事解決。職員とウマ娘たちの、少なくとも半数からは不満の声があがるだろうが、そこは臨機応変に対応していくしかない。
妥協した感は否めないが、なかなかどうして我ながら名案であるッ! とひとり納得する中央トレセン学園理事長・秋川やよい。
そんな彼女の仕事場であるこの部屋に、胃薬と頭痛薬が常備されるようになるのはもう少し先の出来事である。
まじめな話は書くのが大変です。