爆進!ウマランナー!! ~逆転☆熱血青春編~ 作:はめるん用
樫本理子。
中央トレーニングセンター学園に所属し、同学園にて最強と名高いチーム・レオのチーフトレーナーである。
加えて、先のURAによるGⅠ拡大と秋川やよい中央理事長による全国制覇宣言により、巻き添えを食う形で日本中のトレーナーに越えるべき壁として認識されるようになった。
本人としては『どうしてこうなった?』と言いたい状況である。
いや、理由のうちのいくつかには普通に心当たりがあるのだが。ほかのチームのチーフトレーナーがそれとなく自分にいろんな功績や逸話を押し付けていることは薄々感付いていた。もちろん彼の特別視を防ぐためのカモフラージュである。
正直、もう別に彼に担当ウマ娘を付けてもいいんじゃないか? と理子は考えているのだが、いまさらそれをすると彼の指導を受けられないウマ娘が出遅れることになるだろう。
我が学園のサブトレーナーは相変わらず素質を見抜く能力に関しては天才的なのだ。いや、天才という表現は彼に対して失礼かもしれない。毎日夜遅くまで、というかトレーナールームに泊まり込んでウマ娘たちのデータを研究しているほど努力家なのだから。
それでも、視点の多様性についてはやはり稀有な才覚であろう。どんな観点でウマ娘のレースを見ればスキルという可能性にたどり着けるのか、どちらかと言えば閃きよりデータの積み重ねを得意とする理子には想像もできない。
いや、彼の才能については置いておいて。彼が担当を持つとなれば当然面倒を見るウマ娘はいまの数パーセントまで減るワケで。それをウマ娘たちが素直に受け入れられるかと言えば──まぁ、ムリだろう。
そもそも担当の話になれば真っ先に彼の指導を受けていた上級生たちによる奪い合いが始まるに決まっている。
すでに担当が決まっているウマ娘たちは割り切ることもできるかもしれないが、まだ担当が決まってないウマ娘やこれから本格化するウマ娘たちは間違いなくヤバい。
残念だが、やはり彼に担当を任せるのはリスクが高い。申し訳ないとは思うが、学園の平和のためにまだまだサブトレーナーとして全体を見てもらうしかないだろう。
あぁ、でも。ひとりのトレーナーとしては彼が育てるウマ娘とやらには非常に興味ある。一種の天才である彼がチームを作りレースに挑む。強力なライバルの存在を喜ぶのはウマ娘だけではないのだ。
「スキルと、そしてウマ娘たちが見たという“領域”なる未知の可能性。どれほど魅力的な走りが見られるのか、実に興味深いもので──おや」
────。
「GⅠレースに勝っつっぞぉ~ッ!」
「「GⅠレースに勝っつっぞぉ~♪」」
「ライバルまとめて引っこ抜け~ッ!」
「「ライバルまとめて引っこ抜け~♪」」
「逃げでッ!」
「「逃げでッ!」」
「差しでッ!」
「「差しでッ!」」
「先行ッ!」
「「先行ッ!」」
「追いっ込みッ!」
「「追いっ込みッ!」」
────。
窓から外を見ればグラウンドをウマ娘たちが走っている姿が見える。彼を先頭にして皆で声を揃えてのランニング、いまの時間を考えると中等部の生徒たち。晴れていてもまだまだ寒いのもお構い無し、なんとも活気に溢れた様子だ。
トレーナーの主な仕事はデスクワークになりがちであるが、やはりウマ娘たちとの直接的な交流というのは大事だ。交流の仕方はトレーナーにより様々だが、ああして一緒にウォーミングアップをするというのは実に彼らしいやり方である。
「……やはり、私も、もう少し鍛えるべきでしょうか?」
少し、いやだいぶ──かなり羨ましい光景だ。ウマ娘のために手を尽くすのがトレーナーの役割なのだが、それでも身体能力の差による問題はどうしようもない。トレーニングを監督することはできても、一緒にトレーニングはさすがにムリだ。
身体を慣らすための軽いランニングですら、彼女たちは10キロくらいは普通に走る。中距離、長距離を得意とするステイヤーならその倍は当たり前のように走るのだ。ヒトと比べても少しだけ運動が苦手だなと思っている理子には手厳しい距離である。
いや、試してみれば案外走れるのではないか? 彼もヒトなら私もヒトなのだ、やってできないということはあるまい。
それに、自分だってデスクワークに甘えてばかりではなく、それなりにトレーニングはしているのだ。その効果はしっかりと出ており、学生時代はなぜか投げたはずの野球ボールが足元に転がっていたのが、いまでは4メートルは軽く飛ぶようになった。
このまま順調に鍛えていけば、いずれは5メートルの大台にも届いてしまう可能性もある。自画自賛になるが、我ながらまだまだ成長できる余地があるのだ。ふむ、成長率として考えると、もしかして逆に私には運動の才能があるのではないだろうか?
以前、グラウンドでウマ娘たちが野球を楽しんでいたところの近くを通ったときに、足元に飛んできたボールを投げ返そうとしたことがある。
そのときは、いざボールを手に持ったところで自分に気がついたウマ娘が『すみませ~ん! ボール取っ──りに行くので持っててください~!』と慌てて駆け寄ってきたが……フフッ、春になるころには取りに来るのを待つまでもなくスパンッ! と相手のミットに返球できるかもしれないですね。
「ふむ。やはり運動によるコミュニケーションは一考の余地アリ、ですね……」
「チーフ、どうしたんですか~こんなところで~。もうすぐミーティングの時間ですよ~?」
「あぁ、クリークですか。それに皆さんも。いえ、少し考え事をしていました。申し訳ありません、すぐにトレーナールームに向かいましょう」
「ふふッ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ~? それにしても考え事ですか。もしかして、なにか悩みでもあるんでしょうか?」
「チーフは抱え込むタイプだからなー。たまにはアタシたちに相談してくれてもいいんだぜ?」
「そうそう。理子ちゃんはもう少し手抜きを覚えたほーがいーのだよー?」
「あんたはユル過ぎんの! ねぇトレーナー、事務仕事とかはわからないけど、私たちで力になれることなら言って欲しいな」
「皆さん……。そうですね、たまにはトレーナーがウマ娘たちにサポートしてもらうのも悪くないでしょう。実は、私も皆さんとなにか運動で交流できないかと考えていまして」
「なるほど~、運動で……運動で?」
「「──えッ?」」
「えぇ。先ほど彼が中等部のウマ娘たちと走っているのを見かけまして。私も彼のように皆さんと一緒に走ることで、より理解を深められるのではないかと考えていたところなのです」
スーパークリーク、沈黙。
思わず後ろを振り返るが……チーム・レオの頼れる仲間はみんな目が逸れてる。まさか彼女から運動をリクエストされる日が来るとは夢にも思っていなかったからだ。
理子と一緒に過ごすことをためらっているワケではない。むしろ、提案そのものは担当ウマ娘としてはとても嬉しい申し出なのだ。その内容が運動なのが問題なだけで。
レオのメンバー、そして彼女たちと交流のあるウマ娘たちの間では理子の運動音痴ぶりは有名な話だ。ボールを投げたらその勢いで肩を脱臼するんじゃないかと心配するぐらいには貧弱なのを知っている。
「え、えぇとぉ~、ですね? その、交流でしたら別に運動でなくても……。そう! みんなでお茶でもしましょう! お気に入りのお菓子を持ち寄って。きっと楽しいですよ~♪」
「たしかにそれも素敵な提案です。お茶会については後程、是非開催しましょう。ですがそれはそれです。私もひとりのトレーナーとして、貴女たちウマ娘と同じ視点に立ってみたいのです!」
スーパークリーク、困惑。
いや、その、本当に。本当に嬉しくはあるのだ、ウマ娘としては。トレーナーが自分たちのために頑張ってくれるのはウマ娘としては幸せなのはわかっているのだ。
でも同じ視点て……え? 一緒に走るつもりなんですか? いやいや、ウォーミングアップを一緒に走れるのは強靭な肉体を持つサブトレーナーさんだから出来るんですよ?
たぶんほかの学園スタッフでも厳しい。それこそ若い体育教師でもなければウマ娘のペースに合わせるのは無謀というか。仮に同じウマ娘でも、競走バと一般ウマ娘では筋肉の質の違いで差が出るレベルなのに。
そもそもの話。もしかしなくても樫本トレーナーは少し勘違いしているのではなかろうか? サブトレーナーがウマ娘たちに好かれているのは事実だが、その理由の何割かは彼が──つまり。アレだからだ。
あるとき、いつものようにターフを使ってウマ娘たちがトレーニングしているのを、これまたいつものようにサブトレーナーが監督していた。
思春期女子の悲しいサガで、彼にちょっとでもいいところを見せようと誰もが張り切って練習しているなかでその事件は起こった。コースを見渡せる場所に立っていた彼に駆け寄ったライスシャワーがつまずいて転んでしまい、彼のジャージを──ズボンをガシッ! と掴んでしまったのだ。
転んだ勢いで。
ジャージのズボンを。
ガシッ! っと鷲掴みである。
見た目こそ華奢なライスシャワーだがそこはウマ娘、下手な大人のヒトなど足元に及ばぬパワーの持ち主である。幸いにしてお色気マンガのように下半身が丸出しになるようなことにはならなかったが、事態はより深刻だった。
なにせ、それなりに勢いよく転んだものだから掴んだところが破れてしまったのだ。当然、中に納められていた物件は衆目に曝されることになる。
想像してみてほしい。暴力的に引き裂かれた布地の隙間から見える生身のトモという、扇情的を凌駕して犯罪的ですらある光景を。
正確無比なコース取りでターフを周回していたミホノブルボンがバランスを崩して顔面からハロン棒に激突してしまったのも納得のヤバさである。あのとき彼女が流していた鼻血の意味合いは果たしてどちらによるものなのか。
ちなみにその一件で『顔の皮膚が超合金Z製』『笑うのは敵に止めを刺すときだけ』『ウマソウルの代わりに次元連結システムを搭載している』と散々な言われようで敬遠されていたのが、ミホノブルボンもなんだかんだ普通の女の子なんだなと皆との距離が近くなった。ついでにライスシャワーも幸運を呼んだウマ娘として友人が増えたらしい。おめでとう!
と、まぁそんなハプニングはしょっちゅうあるワケではないが──というかそんなもん日常的に繰り広げられたら全員がアブない世界に目覚めてしまうので止めてほしいが──結局のところ、そこなのだ。
能力があるのは知っている。適性を見てもらい自分の走りを見つけたいのも本当だ。でも、年の近いちょっとエッチなゆるふわ系お兄様の興味を引きたいという純粋な下心故の人気も否定できない。
いやいや。
いまはあのセクシープレデターによる学園侵略の話は置いておこう。先に目の前の樫本トレーナーのことを考えなければ。身体に泥を塗っただけでも息切れを起こしそうな体力しかない彼女をどうやって説得したものか。
「あのさ、理子ちゃん。とりあえずさ、ちょっとした遊びから始めない?」
「遊び、ですか?」
「うん。あくまでトレーニングじゃなくて、私たちと仲良くしようって思ってくれてるんでしょ? だったらさ、もう少しゆる~く遊ぼうよ!」
それだ。
本格的な運動でなく、遊びの範囲であれば樫本トレーナーだって普通に楽しめるはず。
そうと決まれば話は早い。サブトレーナーの真似をして10キロランニングをしようなどと言い出す前にさっさとチームルームに連行しなければならない。
そんな桁違いの距離(理子基準)を走ろうものなら、きっと数日は出勤できなくなるだろう。それは本気で困る。
なにより──単純に嬉しいし、楽しみなのだ。自分たちのことをいつでも真剣に、そして大切にしてくれている樫本トレーナーだが、ほかのトレーナーに比べると真面目過ぎるというか。あまりこうした触れ合いの機会はなかったのだ。
彼が中央に赴任してもうすぐ2年。こんなところにも良い変化をもたらしてくれたことに感謝をしつつ、ウマ娘たちは理子を連れて意気揚々と歩きだした。
「理事長。樫本チーフが手首を痛めたので病院に行ってくるそうです」
「む、それは心配だな。彼女は少々その……デリケートだからな。しかし何故また?」
「えっと、ウマ娘たちとツイスターゲームをしたところ、自分の体重を支えきれなくてグキッといったとか」
「えぇ…………?」