爆進!ウマランナー!! ~逆転☆熱血青春編~   作:はめるん用

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前回のあらすぢ(&一部感想の返信)

「いつからGⅠウマ娘の財布に現金しか入っていないと錯覚していましたか?」

「後輩の食事代程度、本当に払えないとでもってメチャクチャ食べるなこの子ッ!? 胃袋どーなってんのッ!? いや支払いやるけどッ! やるけどさッ!!」

※後日、カード履歴の詳細を不審に思ったURAから呼び出されました。


チョコをも恐れぬ怪物

 重賞を勝ち抜いたウマ娘が偉大であるように、こたつを発明した何者かもやはり偉大である。下半身をスッポリとこたつの中に納めて、首から上をテーブルに預けながらナリタブライアンはしみじみと温もりを感じていた。

 

 幼いころ、実家にいるときには冬になればいつでも会うことができたポカポカの親友も、トレセン学園ではすっかり疎遠であった。部屋には置けないし、共有スペースは洋装だから畳がないし。

 もしかしたら、与えられたトレーナールームを遠慮なく魔改造する某サブトレーナーが持ち込んでくれなければ、トゥインクル・シリーズを走る間はこたつと絶縁状態になったかもしれない。

 どれほど学園の、そして寮の暖房設備が充実していようとも。こたつとはそういう機能性だけを追求した味気ないモノたちとは別次元の存在なのだ。

 

 あと、ウマ娘的に脚がぬくぬくできるのは単純に気持ちいい。

 

 

「警告。ステータス異常『軽度の脱水』を確認しました。早めの水分補給が推奨されます」

 

「そうだねぇ。どうしても冬場は乾燥気味だからねぇ。ブルボン君、用意するなら私の分もお願いするよ」

 

「……形態変化『こたつむり』の発動を許可。これにより私はこたつから出ることができません。タキオンさん、私はにんじんジュースで構いませんよ?」

 

「むぅ。私だってこたつから出たくないんだよ。万分の一ハロンだって離れたくないんだよ。わかるだろう? やれやれ、こんなときにカフェがいてくれたら……」

 

「なんだ、コーヒーでもいれてくれるのか?」

 

「いいや? 自分でやれと紅茶の缶を顔面に叩き付けてくるだろうね」

 

「なるほど」

 

「いまのどこに納得する要素があった?」

 

 

 

 

「ただいま。チケット、荷物は適当にその辺置いといてくれ」

 

「はぁーい! ブライアン! ブルボン! タキオン! ただいまぁーッ!」

 

「お帰りチケット君、サブトレーナーくん。さっそくだけどなにか飲み物を用意しておくれよ~。このままでは私は干からびてミイラになってしまうよぉ~」

 

「えぇッ!? タキオン、ミイラになっちゃうのッ!? どどどどうしようッ!? ホータイ保健室でもらってきたほうがいいのかなぁーッ!?」

 

「落ち着けチケット、タキオンのはただの冗談だよ。ほら、お前のぶんもなんか用意するからこたつ入ってな」

 

「なんだぁ、ただの冗談か! ビックリしたな~。……へへッ! お邪魔しま~っす!」

 

 

 本日、のんのん日和。それでも多くのウマ娘たちは自主練習に励んでいるところだろうが、ナリタブライアン、ミホノブルボン、アグネスタキオン、ウイニングチケットの4人はのんびりと休息を楽しんでいた。

 ここ数日、雪ではなく雨が続いたせいでコースの状態は最悪であり、メンテナンスのために一時的に立ち入り禁止。それならばと屋内施設を使おうにも設備には限りがある。となれば、あとは勉強に励むかのんびりするかの2択である。

 

 

「そういえば、今日はライス君は一緒ではないのかい?」

 

「はい。スズカさんと遠征の準備をすると。北海道のイベントレースに出走すると聞いています。あと、ゴールドシップさんが“コンル”という氷の巫女役としてイベントに参加すると。言動はともかく眉目秀麗なので妥当な選出であると判断します」

 

「なるほど、巫女か。たしかにゴールドシップ君は黙っていれば美人だからねぇ」

 

「そうだな、アイツは黙れば美人だ」

 

「うんうん! ゴルシは美人だよねぇ! 黙ってると!」

 

「なぁチケット、姉貴たちは?」

 

「ハヤヒデとタイシンはトレーナーさんと打ち合わせしてるよ。次のレースの予定が決まらないんだって! 中距離と長距離、どっちにしようか迷ってるみたい」

 

「ふぅン? ならチケット君はもう次のレースは決まっているのかい?」

 

「うん! アタシは中距離レースをバンバン走って、ガンガン勝って! そのままダービーウマ娘を目指すんだ! もちろん皐月賞も、菊花賞も勝ちにいくよッ!」

 

 

「目指すはクラシック三冠バ、か。ライバルはエグいほど多いけど頑張れよ。ほら、ココア。ホイップクリームは好みで入れてくれ」

 

 

 コトリ、とテーブルにカップが置かれる。自動販売機で売られているココアよりも良い香りがする、サブトレーナーが丁寧にパウダーを練って作ったものだ。

 ブライアンとブルボンはそのまま、タキオンとチケットはたっぷりとクリームを追加して。ひと口飲んで『ふぃ~』と甘い息を吐き出せば、それだけで日頃のトレーニングの疲れも溶けていくようだ。

 

「ココアで思い出したが、もうすぐバレンタインデーだねぇ。女子校に分類されるトレセン学園では本来ならば無縁のイベントだが。……サブトレーナーくん、今年も催し物は期待してもいいのかな?」

 

「あ! アレッ! 初めて食べたけど、とっても美味しかったよねぇ! なんだっけ、チーズ、チーズ……えーと、チーズ、フォンドボー?」

 

「チーズを煮込んだ出汁ですか。おそらく、グラタンの亜種のようなものであると推測します」

 

「フォンデュな。カフェテリアでチョコレートフェアやるって聞いて、甘いものだけじゃ飽きるかなと思って提案してみたが……想像よりかなり好評だったっけ」

 

 トレセン学園は季節のイベントを積極的に行っている。厳しい勝負の世界を生きるウマ娘たちの青春が、少しでも彩り豊かであるようにとの願いだ。

 一番わかりやすいのは季節限定メニューだろう。バレンタインデーにはチョコレートを使った様々な菓子類が提供された。

 

 と、いつもならそれで終わりだったのだが……若い男性トレーナーがいるとなればウマ娘たちの浮かれ方も変わってくる。

 

 物は試し、友チョコでもなく家族への感謝の気持ちでもなく、異性にチョコレートを送るというイベントを楽しんでみたいというウマ娘が大勢いたのだ。

 もしかしたら中には惚れっぽい、恋に恋するウマ娘もいたかもしれないが、ほとんどはバレンタインデーというイベントを単純に楽しみたいだけのお祭り好き。

 そう言葉にすれば微笑ましい話だが、それで彼ひとりに集まるチョコの量はまったく微笑ましくない。初等部のウマ娘とはほとんど交流がないとはいえ、中等部と高等部が合わされば2000人を超えるのだから。

 仮に1割だけがプレゼントしても200個のチョコレート菓子。人間が食べるには相応の覚悟を必要とする量である。

 さすがにこれを知った上で放置するのはどうなのか? と困っていた学園側にとって、サブトレーナーの申し出は渡りに船。イベントの一部として彼に働いてもらえば多少は緩和されるはず。

 

 色気より食い気。彼が提供したチーズフォンデュという名前は知っていても馴染みのない料理に満足したウマ娘たちは、チョコレートを贈るというバレンタインデー本来のイベントを綺麗に忘れてくれた。

 

 ……数名、ちゃっかり任務を完了したウマ娘もいたようだが。

 

「ウマ娘たちには好評だったけど、学園のスタッフさんとかほかのトレーナーにはイマイチだったんだよなぁ。これでビールが飲めないのは辛すぎるって」

 

「理由が完璧にオバサンのそれだねぇ」

 

「ほかにも、チーズの制御に失敗しているトレーナーの存在を確認していますが」

 

「アレは例外だろ。代わりにクリークが楽しんでいたから問題ない」

 

「ねぇねぇねぇねぇサブトレーナーさぁぁんッ! だったらさ、今年はアタシがなにかプレゼントするよッ! チョコレートのお菓子、挑戦してみたいッ!」

 

「チケットが? 料理したことあるのか?」

 

「ないよッ!! だからやってみたいんだッ! どんなことでも経験になる、なんでも挑戦してみることが大事なんだよッ!」

 

「あっはっはッ! いいねぇ、そのチャレンジ精神は素晴らしいよチケット君ッ! そういうことなら私が君に協力しようじゃないかッ! 味見役としてねッ!」

 

「味見役か……うん、まぁ。ヘタに手出ししてワケわからんモノ作られるよりはマシかな……」

 

「サブトレーナー、それは例えばどのようなチョコレートでしょうか?」

 

「豚丼味のチョコ」

 

「……サブトレくん、それはさすがに私の評価が酷くないかい?」

 

 

 バレンタインデーにチョコレートのプレゼントを。その話を聞いていたナリタブライアンは、ココアの入ったマグカップを両手で包んだまま固まっていた。

 

 ──完全に忘れていたッッッッ!! 

 

 そうだ、バレンタインッ! 普段はないチョコレート菓子が増える日くらいしか思っていなかったが、本来なら親しい間柄の男にプレゼントをくれてやる日じゃないか! 

 くそ、なんでそんな大事なことを忘れていたんだ。去年の私は……そうか、サブトレが用意していた料理を延々と食べていたんだ。並んでいた食材はいろいろあったが、その中でもハムがやたらと美味くて衝撃を受けたんだった。

 あの味、そんじょそこらのハムじゃない。多くの肉を食べてきた私にはわかる、そうとう厳選された1品だった。是非とも今年も食べて──だから違うッ! 

 これはマズい。非常にマズい。ほかのウマ娘がどうしようと知ったことではないが、アイツの事実上の愛バである私がチョコレートを用意しないのは問題じゃないか? 

 きっとサブトレのヤツも私からのチョコが欲しかったに違いない。いや、間違いなく期待していたはずだ。事実上唯一の愛バである、このナリタブライアンからチョコが貰えることをソワソワして待っていただろうにッ! 

 

 ……そうだな、ウジウジと後悔することに意味なんてない。失敗を悔やむことをムダとまでは言わないが、そんなものに囚われて己のやるべきことを見失うのはナリタブライアンらしくないだろ? 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「というワケだヒシアマさん。私に簡単なものでいい、料理を教えてくれ」

 

「……いや、説明くらいしておくれよ」

 

 選ばれたのは、ヒシアマゾンでした。

 

「──はぁ、なるほど。ツッコミどころはいくつかあるけど、感謝の気持ちを伝えたいっていうならアタシも協力しようじゃないか。でもブライアン、本格的なチョコじゃなくていいなら、そこまで身構えなくても大丈夫さね。ちょいと溶かして固めてトッピング、これだけでも見栄えはいいからね」

 

「それは料理の基本ができているヒシアマさんだから言えることだ。リンゴの皮すらむいたことがない私がマネしても上手くいくとは思えない。もっと基礎的なところから教わりたいんだ」

 

「へぇ……? なかなか本気じゃないか。しかし基礎的な、ねぇ。やっぱり湯煎の仕方とかそういう「卵焼きだ」はぃ?」

 

「卵焼きの作り方を教えてくれ。一応、私なりに調べておいたんだが、料理の基本はだいたい卵焼きで覚えることができるらしい。バレンタインデー当日までに、私を完璧な卵焼きが作れるウマ娘に鍛えてくれッ!!」

 

「あぁ、うん。アンタがそれでいいなら……」

 

 チョコは? 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「これは……想像以上だな。バレンタインデーが、これほどまでに闘志を滾らせるイベントだったとはな……ッ!」

 

「うーん、見事にチョコレートが無くなってるねぇ。どういうワケかアタシらにはなんの影響もないけど」

 

 豊富な品揃えを誇るトレセン学園の売店でもさすがに生のタマゴは取り扱っていなかった。仕方ないと街まで出てきてスーパーに入ってみれば、お菓子コーナーからチョコレートがごっそりと消えている。

 チョコ菓子やトッピング用のスプレータイプ、それからシロップタイプやチョコリキュールなどは売っているが、板チョコやお徳用のブロックタイプはまったく見当たらない。

 

 

「のほぉ~。ここのお店も売り切れ御免とは。まさに絶滅ハリケーン・ディナータイムですねぇ~。……おや、ブライアンさんにヒシアマゾンさんじゃないですか。珍しいところでお会いしましたね」

 

「フクキタルじゃないか。アンタも買い物かい?」

 

「モチロンですとも~。もうすぐ世間はバレンタイン! ハッピーバレンタインですよ! ハッピーなイベントならば私の出番! ハッピーカムカム、マチカネチョコキタルッ! 残念ながらどこもチョコ売り切れてますけど。まぁほかにもたくさんお菓子はありますし、別にチョコ以外はプレゼントしてはダメって決まりはありませんからねぇ~」

 

「どこも? ほかの店もこんな状態ってことかい? そりゃまた……バレンタインだからって、そこまで売れるもんかね?」

 

「トレセンから近いし、まさかウチのウマ娘たちが一斉に買いに来た……のか? 偶然だとしてもとんでもないな。──まさか、アイツに渡すつもりなのかッ!?」

 

 事実上唯一無二の愛バであるナリタブライアンを差し置いてサブトレーナーにチョコを渡すつもりなのか。もしもそうなら、そんな無法を許すワケにはいかない。ウマ娘はナメられたら終わりなのだ。

 

「サブトレさんに? いや~、それはどうでしょうね~。教室でバンバン下ネタ飛ばしてる子でも、いざご本人を目の前にすると優等生に早変わりしてますし。意外とヘタレて渡せないんじゃないかと。あとホラ『バレンタインだからっていきなりチョコ渡すとかダサいよね~!』……みたいな感じでカッコつけてお互いに牽制して動けなくなってるかもしれませんよ?」

 

「あー、うん。なんか想像できる。別に感謝の気持ちを伝えるくらい、恥ずかしがらないで堂々とやればいいのさね。フクキタル、アンタは今年も用意するのかい?」

 

「そうですね~、先日アルダンさんが今年はラムレーズンでクッキーを焼くと言っていたので、なにか……マシュマロで作りましょうかね~。指でつつけばプニッと解決! 運勢ご機嫌まとめて弾みをつけちゃいましょう! みたいな? ……ブライアンさん? どうかなさいましたか?」

 

「フクキタル……お前……サブトレに、チョコを……渡して、いた……のか?」

 

「そりゃあお世話になってますし。それにサブトレさんは世にも珍しい男性トレーナーですから! ツチノコもビックリのレアリティですよ? もう存在そのものがパワースポットのようなもの! いわばレジェンド・オブ・ライフタイムッ!! 節目ごとに感謝を伝えてますとも!」

 

「あははッ! トレ公をツチノコより珍獣扱いとはねぇッ! アンタらしいというかなんというか」

 

「ぶっちゃけ、ゴールドシップさんならツチノコぐらい普通に見つけて捕まえて来そうな気がしません?」

 

「……否定できないのが恐ろしいねぇ。んでブライアン、アンタなにそんなわかりやすく動揺してんのさ」

 

「私が……出遅れただと……? ヒシアマさんならまだしも、フクキタル相手に出遅れた……バカな……」

 

「アレ? 私もしかしなくてもディスられてますよね?」

 

「日頃の行いだろうねぇ」

 

「まさかの追い討ちッ!?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「練習に使うタマゴは充分な量を購入した。トッピングに使う明太子も買った。本命の鶏肉、玉ねぎ、紅しょうがも抜かりない。フフッ、待っていろサブトレ。いまからこのナリタブライアンが、オマエに最高のバレンタインを届けてやろう……ッ!!」

 

「バレンタインとはいったい」

 

「野菜嫌いのアイツがちゃんと玉ねぎと紅しょうが買っただけでも大したもんだよ」

 

「卵焼き作るって説明されたときも意味不明でしたが、そこから親子丼になる流れはこのフクキタルの目をもってしても──はて? なにやら甘い香りが」

 

「コイツは……チョコレートかい?」

 

 戦利品を携えてご機嫌のブライアンを先頭に学園に帰る途中の3人の鼻に甘い香りが届く。

 出所は考えるまでもない。もう目の前に学園や学生寮が見えている。おそらくはチョコレートを購入したウマ娘たちが試作品でも作っているのだろう。

 

 風が弱いとはいえ、まさか敷地の外まで香りが流れてくるとは。もしかして全員が一斉にチョコレートを溶かしているのかもしれない、そんなことを笑いながら話しつつ寮に近付くと──。

 

 

 

「「「甘ッッ」」」

 

 

 

 そこには甘い空気(物理)が広がっていた。

 

 冗談のつもりで話していた全員一斉チョコレートクッキング。嘘から出た実というものか、近寄るだけでも胸焼けがするんじゃないかというレベルで空間そのものが甘ったるい。

 刺激臭でもなければ悪臭でもない、けれども踏み込むことに恐怖を感じるぐらいには鼻がムズムズする。中で作業しているウマ娘たちは平気なのか? いや、もしかしたらとっくにマヒしてよくわからなくなっている可能性もある。

 

 

 ────。

 

 

「それで俺のところに逃げてきた、と。いま外そんなことになってるのか……。それはなんか、タキオンがまた変な薬をぶちまけたとかじゃなくて?」

 

「それなら避難してる子がいるんじゃないかな。ちょいと信じられないが、チョコ作りのニオイで間違いないと思う。しばらく帰るのは遠慮したいところさね。──それで、フジ、いったいどうしたんだい?」

 

「やぁ……ヒシアマ……。こんな格好で……失礼……する、よ……」

 

 調理器具が充実しつつ避難先として適当な場所。サブトレーナーのトレーナールームまで移動してみれば、部屋の中ではフジキセキが彼の膝枕で横になっている。

 本来ならば羨ましい光景なのかもしれないのだが、如何せんフジの顔色はあまりよろしくない。耳も尻尾もペタンと垂れ下がり、本気で具合が悪いのが一目瞭然だ。

 

「実は、その……甘いものがね。私は……そんなに得意でなくてね……。少しくらいなら、ポニーちゃんたちとお茶を楽しむ程度なら……だけど。さす、がに……ここまで、と、なる……とね……」

 

「とにかく甘ったるい匂いから逃げたいっていうからさ。大急ぎでビーフシチュー仕上げて、落ち着くまでここでゆっくりしてもらおうかと」

 

「助かるよ……サブトレさん……。あぁ、本当に美味しそうなイイ香りだね……カフェテリアのとも違う、家庭的な……。うん、とても癒されるよ……」

 

「甘い匂いで倒れたからしょっぱい匂いで治療ってアリなのか?」

 

「なんだか海水に砂糖を入れたら真水になるみたいな理屈を思い出しますねぇ~」

 

「最近、知れば知るほどフジのことを遠くに感じるよ……」

 

「……ふぅ。だいぶ落ち着いたよ、ありがとう。エンターテイナーを名乗っておきながらバレンタインデーに倒れるなんて、なんとも情けない姿を見せてしまったね」

 

「気にするな。俺の料理で喜んでくれるならトレーナーとしても嬉しいからな。それに、食べ物の好き嫌いくらい誰にだってあるさ。なぁブライアン?」

 

「む。私はちゃんとどんな肉でも美味しく食べるぞ」

 

「まぁ~ブライアンさんならワニでもクマでも躊躇なく食べそうではありますが」

 

 

<ピロンッ♪ 

 

 

「おや、メッセージが届い──」

 

「どうしたフジ、なにか問題が──」

 

 着信音に反応して端末を操作していたフジキセキの動作がピタリと停止し、それを後ろから覗き込んだサブトレーナーの動きも止まる。

 いったい何事があったのか? それほど深刻なトラブルでも起きたのかと3人もタブレットのメッセージをチラリと確認すると。

 

 

『フジ先輩ッ! 手作りチョコに挑戦してみたので味見をお願いします!』

 

 

<ピロン♪ 

 

<ピロン♪ 

 

<ピロン♪ 

<ピロン♪ 

<ピロン♪ 

<ピロン♪ 

<ピロン♪ 

<ピロン♪ 

 

 

 キセキのウマ娘は交友関係が幅広く、多くのウマ娘に慕われ憧れられている。だが、このときばかりはそれを憐れと思わずにはいられない。

 頼れるという意味ではヒシアマゾンも負けていないが。メッセージがこないのは、おそらく彼女が買い物に出掛けたのを見ていたため、学園にいないかもしれないと遠慮したのだろう。

 

 

「これは……試練さ……。甘味に打ち勝てという試練と私は受け取ったよ……。ウマ娘の成長は……未熟な味覚に打ち勝つことだとね……。君もそう思うだろう? ヒシアマ」

 

「そんなスゴみを出して語るほどイヤなのかい。だったらこの際、断ったらどうさね? たまにくらい自分の都合を優先したって誰もガッカリしやしないだろうし」

 

「それこそまさか、だろう? ポニーちゃんたちの期待を裏切るなんて、私にはできないよ。……ねぇサブトレさん。無事に味見を乗り越えることができたら、私のワガママをひとつ、叶えてもらってもいいかな? また私に膝枕をしてほしいな」

 

「えーと、まぁ。それくらいなら」

 

「ついでにシチューもあーんで食べさせてくれるかい?」

 

「膝枕で? それ食べにくくないか? なに、ウマ娘の間であーん流行ってんの? いいけどさ」

 

「おいフジ貴様」

 

「さりげなくない要求の追加、私だって見逃しませんよそんな露骨なの」

 

「──っし! さぁ、夢の舞台の始まりだ! それではさっそくポニーちゃんたちに会いに行ってくるよ。なに、私はキセキのウマ娘。この程度の困難サクッと乗り越えてみせるとも! アデューッ!」

 

 

 ────。

 

 

「大丈夫かな……。耳も尻尾も垂れたままだったし、空元気だったけど……。とりあえずビーフシチューかき混ぜながら待ってるか」

 

「ノリノリでフラグ立てる程度には回復してたみたいですけどねぇ~。あ、サブトレさん。ビーフシチュー少しいただいてもいいですか? 遅めのお昼ごはんですが、せっかくなので煮込みハンバーグでも一緒に作って食べましょう!」

 

「そういやフジの看病でメシ食ってなかったな。それじゃあ挽き肉とパン粉と──」

 

「……ま、ちょうどいいか。ほらブライアン、アタシらも用意するよ」

 

「そうだな、サブトレの作ったシチューは絶品だからな。ヒシアマさんはパンと白米とどっちがいい?」

 

「食事の準備してんじゃないよ。今日はアンタも作る側だろうが」

 

 

 後日。

 

 突然バレンタインフェアが冬の味覚フェアに差し替えられたが、そのことに対して不満の声を上げる者はスタッフ含め誰もいなかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 

「ハハッ! 待ちなよタキオ~ン♪ そんなに逃げることはないだろ~♪ ちょっと私とゆっくり話をしようじゃないかァァァァッ!!」

 

「ちょ、ま、フジッ!? そんな、そんな怒ることないだろうッ!? ちょっとしたお茶目じゃないかッ!! 安全性だって自分で確認してるよッ!! 待って、本当に待ってッ!! なんでそんなに怒るのだよォォォォッ!?」

 

 

「おや、珍しい光景だね。タキオンのヤツ、いったいなにをやったのさ?」

 

「いやぁ~、どんなに可愛いイタズラでも間が悪いとカチンと来るものでして。なんでも、フジキセキさんのお茶にその、よりにもよって3時間ほど味覚が全部チョコレートになる薬を少々」

 

「あっ」




次回の『爆進!ウマランナー!!』に出走予定のキーワードは

『北の大地・距離2000』
『異次元の逃亡者』
『塩こんぶ』

となっております。

それでは皆様、ハーメルン競バ場でまたお会いしましょう。まずはおさらいカカオは80%から。
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