爆進!ウマランナー!! ~逆転☆熱血青春編~ 作:はめるん用
オグリキャップにおかわり禁止を言い渡すのは暴力表現に該当するか否か。
(但しけっぱりウマ娘Sは北海道にいるものとする)
無辺に続く暗闇の中に、蒼い炎が揺らめく。
ひとりのウマ娘──エアグルーヴの掌の上でゆらゆらと揺蕩うように静かに燃えている。
1秒。
2秒。
もしかしたら1時間か2時間かもしれない。
──じっと炎を見つめていた彼女がソレを握り潰す。
砕けた光の粒子がエアグルーヴに降り注ぎ、学園指定のジャージから勝負服へと姿が変わる。
◇◇◇
「……ふむ。こんなものか」
学園の裏手、木々に囲まれた岩の上で座禅を組んでいたエアグルーヴがイメージトレーニングを終わらせてゆっくりと眼を開く。
桜花賞、2着。
早々にトリプルティアラの夢は消えたものの、最後まで激しい競り合いが続いたレースは敗けたことへの悔しさはあるがとても充実した時間であった。
とはいえ、敗けは敗け。借りは利子を付けてキッチリ返してやらねばウマ娘としての沽券に関わるし、なにより次の舞台は大本命のオークスである。万全を期して挑まねばならない。
と、いうことでとりあえず空き時間の有効利用でもと瞑想しつつ自身の領域を研ぎ澄ませていたのだが……。
「やはり足りんな。桜花賞であのトレセン学園のウマ娘たちが見せた領域とは何かが違う。言葉で説明できるものではないらしいが……」
レースでの勝負はそれとして、終われば同じ競走バとして交流するウマ娘も多い。エアグルーヴはあまり積極的に話しかけるほうではないが、領域を走るときに感じた差違がどうしても気になり声をかけた。
そのときに言われたのだ。貴女と私とではたぶん決定的な違いがある。だけど、きっと口で説明しても理解できないし納得もできないたろう。なにせ自分たちでも確信があるワケじゃないのだから……と。
「どうしたものか……トレーナーに相談しようにも領域が見えないのではな……。しかし、トレーニングに関わる話である以上、サブトレーナーに相談するのも考えものだぞ……」
エアグルーヴは悩んでいた。
正式に担当が決まったウマ娘に対し、彼は口出しすることを良しとしない。担当トレーナーが忙しいときに代わりにコースで監督するぐらいの仕事は引き受けるが、走りに関する話題は絶対にしないのだ。
トレーナーとウマ娘との間にある聖域とでも言えばいいのだろうか? ともかくレースに関わる部分に横槍を入れるようなマネは彼の矜持が許さないのだ。だからこそトレーナーたちも彼と担当ウマ娘たちとの交流を肯定的に考えている。
……冷静に考えたら、そのせいでほぼ学園全体のウマ娘の相手をしていることになるのか? これ労働基準法とか大丈夫なんだろうか。トレーナーはわりと勤務時間とかムチャクチャな仕事ではあるが、それでも限度はあるだろうし。
えーと。ともかく、だ。
そんなワケで担当であるレオトレーナーになんの不満も無い以上、彼に相談するのは不義理というもの。しかし困ったことに領域は──トレーナーたちには見えていないらしい。
樫本チーフを始めとするベテランたちは意外にもアッサリと受け入れている者が多いのだが、若手のトレーナーたちはどうにも半信半疑なのだ。
ならばウマ娘に相談しようにもこれまた難しい。というか誰も彼も苦戦しているので他人の世話をしているヒマがあるかも怪しい。
たとえば普段、人前では余裕のある振る舞いを見せるフジキセキも。
たとえば普段、奇抜な言動で他人を振り回してばかりのゴールドシップも。
領域を研ぎ澄ますために走っているときは、それこそ鬼気迫る様子でありエアグルーヴでも話しかけるのをためらうほどだ。
ならば余裕のありそうなシンボリルドルフに相談するか? それこそ
「ふむ……トレーニングの相談としてではなく、世間話のひとつでも交わしてみるか? 案外そんなものから成長のヒントが得られるかもしれん」
遊びに来るのはいつでも歓迎と言われている。いままではその必要性を感じなかったから疎遠になっていたが、よく考えたら担当が決まってから礼のひとつも満足にしていない。
そうだな、その辺りも含めて1度、ヤツのトレーナールームに顔を出すのはちょうどいいかもしれん。なに、気分転換も兼ねて茶でも飲みながら普通に他愛の無い雑談でも……雑談でも……普通の……。
…………。
…………普通の会話って、なにを話せばいいんだ?
いや、まて、私。なにを悩む必要があるのだ。普段通りの会話をすればいいだけのことだろ。初対面のお見合いじゃあるまいし、以前はヤツがトレーニングの監督をしていたのだから。そのときと同じような態度で接すればいいだけのこと。
なにも慌てることなどない。さて、ヤツと私は普段どんな会話を交わしていただろうか。えぇと……トレーニングのことと、生徒会の仕事と、それから生徒たちの悩みやトラブルについてと施設利用に関する打ち合わせに──うん、仕事の話しかしてないなコレ。
まてまてまて。そんなバカな。これでは私はいわゆる“仕事の話しかできないダメな女”の見本みたいじゃないか?
レースに夢中で家庭を蔑ろにして離婚まで1ハロンとかダメなウマ娘の
もっとあるだろ私ッ! もっとこう──そう! ファインモーションとするような何気ない会話みたいなッ! ハーブティーとか花とか、あとは……ラーメンは別にいいか、うん。
ともかく、そういう話題を普通にふればいいだけのことだ。悩むことなどないのだ。あぁ、くそ、なんてことだ。なんで私がこんなことで苦労しなければならないんだ。そもそも普通の対極を生きるような男との会話のために普通の在り方で悩むとか理不尽だろ。
…………。
仕事の話しかしたことないのに、いきなりそういう感じで接するのって、変じゃないか……?
だ、大丈夫なのかコレは。別にな? 別に私はそう、あくまでウマ娘としてな? あくまでウマ娘としてトレーナーである彼に用事があるのであって、女男のそういう意識とか全然興味ないがな?
しかし万が一にもヤツに勘違いさせるようなことがあれば問題になるぞ……? なにせヤツはウマ娘に対する情熱は間違いなくトップクラスだからな。これを機にエアグルーヴというウマ娘に惚れ込むようなことになれば、彼が面倒を見ている大勢のウマ娘が困ることになる。
いたずらに思わせ振りな態度は如何なものか……最悪、女らしく責任を取るべき……いやいや、私はまだ学生だぞッ!?
「いっそ両親に相談──いやダメだ。迂闊なことを言えばスプリンター並みに勘違いが加速する未来が見える。これでウェディングドレスなんて用意されたら大変なことに……う~む……」
「あれ? エアグルーヴ先輩、どうしたんですか?」
「ん……? あぁ、ドーベルか。いや、少しトレーニングのことで──」
考え事をしていた、そう答えようとしたエアグルーヴに突如として閃きが舞い降りた!
メジロドーベル。名前の通りメジロ家のウマ娘であり、学園でも屈指の男嫌い……いや、男性に対する警戒心が強いウマ娘だ。
メジロ家に限った話ではないが、名家出身のウマ娘やレースで活躍したウマ娘というのは玉の輿狙いの男たちが近寄ってくることが多々あるのだ。
実績の無いドーベル自身に言い寄ってくる男はまだいない。だがメジロ家の集まりでそういう場面を何度か目にしたことがあるため、自然と男というだけで警戒するようになってしまった。
ちなみにエアグルーヴは男を下に見ているタイプである。女に比べて地位の低い男たちは、女が守護ってやらねばならないという旧い時代の価値観が残っているのだ。両親が世間一般でいう“バカップル”なのが影響しているかは不明である。
ともかく。似たような(?)悩みを持つ者同士、これは良い機会だ。ドーベルとてあの男から指導を受けて走りが改善したウマ娘、ヤツに対して感謝の気持ちくらいあるはず。
しかし名誉ツンデレとして名高いドーベル、そこに環境による男嫌いが合わさったのでは素直に会話もできずに悩んでいるに違いない。真面目な彼女のことだ、指導してくれたことへのお礼が言いたくても言えないこんなトレセンじゃとモヤッとしているだろう。
ここで先輩である自分が、サブトレーナーとの接し方で悩んでいると打ち明けることで彼女の気持ちもだいぶ楽になるはず。有効な手段が見つかる可能性はあまり高くないが、少なくとも可愛い後輩は1歩前に進めるだろう。
これで仮にドーベルから『先輩そんなことで悩んでるんですかwwダッサww』とか指差されて笑われたら普通に凹むが。たぶん桜花賞の敗北より精神にくる。3日くらいは立ち直れないかもしれない。これがフクキタルなら無言でアイアンクローの刑に処すところだが。
「なぁドーベル。担当が決まってからサブトレーナーとは話したりしているのか?」
「え? あ、はい。何度も遊びに行ってますけど」
「そうか、何度も遊びに──え?」
え?
「えっと、先輩? どうかしましたか?」
「……いや。少し意外だなと思って。男性に対して思うところがあると知っていたから、な」
「あぁ。そうですね、たしかにその……まだちょっと苦手意識というか、うまくやり取りできない部分もありますけど……。でも、サブトレーナーさんは私の知ってる男とは違いますから。というか、たぶんメジロ家のこと良くも悪くも意識してないんだと思います」
「まさかそんな──いや、あのたわけならあり得るのか? しかし、そうか……。安心したぞドーベル。ヤツは『メジロ家のウマ娘』ではなく『メジロドーベルというウマ娘』として接していたのだな」
「はい。ここのトレセンに通っているメジロ家のウマ娘たちはみんな感謝していると思います。もちろん私も……。まぁ、その……ちゃんとお礼は、その、言えてないんですけど……その」
「何度も遊びに行っているのにか?」
「えーと、まぁ……はい……。言おう言おう思ってトレーナールームに行くんですけど、つい……お茶とかお菓子をごちそうになったり、みんなと遊んだりレースやトレーニングの話をしている間に忘れてしまって……。アハ、ハハハ……」
恥ずかしそうに笑うドーベルの様子を見て、彼女には悪いと思いつつも少しだけ安心したエアグルーヴ。これならば相談相手としては最高かもしれない、と。
自分も同じようなものだと、お礼を言おうと考えながらタイミングをことごとく外してしまっていることを正直に伝える。担当トレーナーが決まって以来、トレーナールームに足を運ぶことすらなかったのだ……と。
その話を聞いたドーベルは最初こそ驚いたものの、それならいまから一緒に遊びに行きましょうとエアグルーヴの手を取った。まずは会いに行くところから、お礼をちゃんと言えるかどうかは──当たって砕けろの精神で。
「感謝するドーベル。私ひとりではヤツのトレーナールームを訪れることすらままならなかったかもしれない」
「そんな大げさな……。あ、そういえば先輩ッ! 知ってますか? あの人のこと、イヤらしい目で見てる生徒がいるらしいんですよッ!!」
「え、あ、うん」
「そりゃあわからなくもないですよ? トレセン学園には男の人いないですし、あの人も服装──というか行動が問題だらけですから。式典ではともかく、私たちの前でも平気でジャケットは脱ぐしジャージも脱ぐし。わかりますけどね。ウマ娘とジョギングとはいえ併走できるだけの筋肉あるんですから、発熱量というか……暑がりになっちゃうのもわかりますけどッ!」
「お、そうだな」
「それでも指導は真剣にしてくれているのに、不真面目な態度で……。夜遅くまでみんなの適性とか脚質とか考えて頑張ってくれているのに、中にはチラチラと盗み見るように鎖骨とかトモを見てる子もいるらしいんですよッ!! ヒドイと思いませんかッ!? まったく、ウマ娘としての矜持というか沽券に関わるというか、本当にどうにか──あれ? 先輩、どうかしましたか? 急にうつむいたりして」
「いや? なんでもないぞ? ちょっと目にゴミでも入ったかな、うん」
次回の『爆進!ウマランナー!!』に出走予定のキーワードは
『スーパーカー』
『速さが足りてる』
『変態記者』
となっております。
それでは皆様、ハーメルン競バ場でまたお会いしましょう。ツンデレは百薬の長。