爆進!ウマランナー!! ~逆転☆熱血青春編~   作:はめるん用

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前回のあらすぢ

地方のライバルたちから「次は敗けない!」というメッセージと一緒に各地のご当地アイスクリームが届けられ、中央のライバルたちがホットケーキパーティーで二冠達成のお祝いをしてくれました。

シンボリルドルフのやる気は絶好調だ!


ぬののふく

 ウマ娘・ヤエノムテキの朝は早い。

 

 6月も終わり、いよいよ夏の本番がやってくる。もうすぐ恒例の合宿が始まるということもあり日課の早朝ランニングにもより一層気合いが入るというものだ。

 もちろん理由はそれだけではない。シンボリルドルフの無敗の二冠達成は、中央のウマ娘たちの闘争心をメラメラと燃え上がらせるには充分すぎる燃料である。

 

 緑の勝負服の胸元、そこに輝くふたつの勲章に憧れを抱き励むウマ娘がいる。

 

 緑の勝負服の胸元、そこに輝くであろうもうひとつの勲章を奪ってやると励むウマ娘がいる。

 

 慕う者も挑む者も等しく滾り、中央トレセン学園はかつて無いほど熱く燃えているのだ。もちろん体調管理や怪我の予防などなど、オーバーワークにならないようにとトレーナーたちも気をつけてくれてはいるのだが……そこはまぁ、ヤンチャ盛りのウマ娘たちである。なにかと理由をつけて身体を動かしたくて仕方がない。

 それはヤエノも例外ではない。実家が武門であるが故に怪我のリスクは承知しているものの、ついつい走ることに夢中になってしまうもので──。

 

「ふっ……ふっ……ふぅ……ッ! 冬の澄みきった空も良いですが、初夏の空気というのも清々しいものですね。土と、ターフの良い香りがします。さて、そろそろ切り上げるタイミング──おや?」

 

 頃合いかと速度を緩めて視線を下げると、やや前方になにやら黒い布の塊のようなものが落ちている。

 

 過去の苦い敗北の味を思い出して一瞬身構えるヤエノであったが、よくよく見ればその布の塊はそれなりの大きさがあるではないか。つまりは例のアレ……男性が主に使用する特定目的の肌着ではない、ということだ。

 となると、次に考えられるのはなんだろうか。何処からともなく飛んできたゴミ類か、そうでなければ自分のようにランニングしていたウマ娘が落としたタオルかなにかだろう。

 

 どちらにせよ拾い上げるべきか。武術家が神聖なる道場に敬意を払うことを大切にするように、ウマ娘というものは走る場所をキレイに使いたいサガを持つ。

 ここはターフでもなければダートでもない普通の道ではあるが、自身が通う学舎の道であり大勢の学生が活用するランニングコースである。ゴミなら然るべき場所へ、落とし物なら然るべき人物へ。

 

 

 さて、とヤエノが1歩踏み出したところに一陣の風が吹き布が動き──。

 

 

「────ッ!?」

 

 ソレは一枚の黒いシャツであった。大きめのサイズであり、胸のところに白い文字で『さんま』と書かれている。それだけならばタダのネタTシャツなのだが、問題はそのシャツの持ち主の心当たりだ。

 この手のシャツを好んで着るウマ娘は何人もいるのだが、このさんまTシャツに関してはヤエノの知る限りひとりしかいない。

 

 フッ! 力強く肺の中に残る息を吐き出し呼吸を整える。わずかに動揺したものの、武人でありウマ娘であるヤエノムテキは敗北を糧として成長しているのだ。いまさらシャツの一枚や二枚程度なにするものぞ。

 

 恐れることはない。冷静に、充分な勝利のイメージを想い画き挑むのだ。

 

 

 ────。

 

 

 朝日が差し込む金剛八重垣流の道場に響くふたつの声。

 

 ひとりは歳を経てなお若々しくも落ち着きを得て大人びたヤエノムテキ。もうひとりはどこか幼い日の彼女を思わせる容姿のウマ娘の少女。

 

 ふたりは、ヤエノの掛け声に合わせてリズミカルに拳を左右交互に突き出している。武術家ならば誰もが行うであろう基本となる動作である。

 

 鍛練を終えたふたりは汗を流すと朝食が準備されている食卓へと向かう。白米と半身の焼き魚、出汁が香る甘めの卵焼きに柚子の散らされた白菜の浅漬け。そしてにんじんと玉ねぎのみそ汁。

 

 準備を整えた“彼”が少女の姿を見て優しく微笑む。何故ならば、その幼いウマ娘が着ているのはサイズがまったく合っていない彼のシャツだから。

 

 ダボダボのシャツを嬉しそうに揺らす愛しき娘。困ったものだ、父親のことが大好きなのは結構なことだが食事のときくらいはちゃんとした格好をしてほしい。

 

 叱るべきか悩むヤエノに彼が優しく語りかける。こんなときくらいだからいいじゃないか、これも家族の団欒の形だよ……と。

 

 なるほど、それもそうだ。なに、娘もいつかは自分のように勝負の世界を進むことになるかもしれない。ならばそれまではこうして穏やかな日々を送るのも悪くない。

 

 我が子の未来に想いを馳せながら、ヤエノはゆっくりとみそ汁のお椀を両手で包み口元へ運ぶ。

 

 

 ────。

 

 

 完璧だ。欠片ほどの油断も慢心もない完璧な勝利のイメージである。勝負とは肉体の強さだけではない、精神の強さもまた肝要だ。その点、いまのヤエノは体力も気力も充実した状態である。1歩を踏み出すことにためらいなど無いッ! 

 ゆったりとした動きでシャツに近づくヤエノムテキ。幸いにして泥水にまみれるような有り様ではないが、やはり土と砂で汚れてしまっている。届ける前に洗うべきかもしれない、などと考えながら手を伸ばす。

 

 

 勝利を確信するヤエノ。

 

 だが、彼女は忘れていた。

 

 

 戦いとは、不条理なモノッッ!! 

 

 どれほど備えようともッッ!! どれほど鍛えようともッッ!! 思い通りに成らぬのが闘走なのであるッッ!! 

 

 

 シャツに指が触れる直前、ヤエノの鼻先に届いたニオイ。カリウム、マグネシウム、亜鉛、鉄、重炭酸イオンなどのミネラルと電解質、そして乳酸などの老廃物の混じったもの。

 

 つまりは────汗、である。

 

 

 咄嗟の反応。察知から時間にして0,16秒、鮮やかなバックステップで距離を開いて天地上下の構えで応じるヤエノ。この冷静さこそが彼女の成長の証であるが……状況が不利である事実は変わらないッ!! 

 

 本来であれば別のモノが香るはずであった。サブトレーナーという役割から大勢のウマ娘たちと関わる必要がある彼は、身に付けるものや食べるものについても“匂い”という部分にはそうとう気を遣っている。

 ウマ娘向けの、ヒトではほとんど感じないくらい微かなリンゴの香りのする柔軟剤を愛用していることは学園のウマ娘ならば誰もが知っている。本来ならばその香りがしなければならないのだ。

 

 

 まさに想定外ッ!! 目の前に落ちているシャツは『着用済み』のシャツなのであるッ!! 

 

 

 なぜこんなところに洗濯前のシャツが落ちているのか? それを説明するにはまずヒシアマゾンの提案で開催された『ジメジメなんて吹っ飛ばせ! 旨辛料理真剣勝負カーニバル!!』のエキシビションマッチでお世話大好きスーパークリークをパートナーにした樫本理子チーフと日頃の恩返しと気合いを入れたライスシャワーをパートナーにしたサブトレーナーが対決したときのことを語らねばならないがそれはドラマCD1枚ぶんほどかかるのでもちろんカットであるッ! 

 

 なお、当時の様子を知るウマ娘曰く「あの大会の勝利者が誰なのかはわからない。だがひとつだけ確かなことがある。──英雄は実在する。私たちの学園に」とのことだ。

 

 

 それはともかく。

 

 いま、ヤエノは決断を迫られていた。サブトレーナーの使用済みシャツを拾うか否か。ここで見ぬふりをすれば落とし主を知った上で放置するという道義に反する行いとなる。しかし拾うとなればそれはつまりこのシャツに触れる必要があるワケで。

 

 

 

 

 ──着用してそのままのシャツを拾い上げるということは、それはつまり私が彼を脱がせたことと同じ意味を持つのでは? 

 

 

 

 

 婿入り前の男性の肌着を己の指で脱がせる。それがどのような意味を持つのか理解できないほどヤエノは世間知らずではない。

 

 据え膳食わぬは女の恥とはこのことか。このシャツは言ってしまえば波瀾の道を駆け抜けるための蹄鉄シューズ“卑しのレガリア”も同然、手にしてしまえば約束された勝利の日々(ウイニングライフ)が確定する聖杯のようなもの。

 だが人知れずそれを、単なる偶然、単なる幸運で手に入るとは如何なものか。あるいは卑劣なりと罵られても一切の反論は赦されないだろう。

 

 なんたる不純ッ!

 

 なんたる破廉恥ッ!

 

 青春バンザイッ!!

 

 だがしかし、ここで無視すれば恩知らずの謗りは免れない。なれど拾えば恩返しこそ達成できるがその代償として彼と併走して未来のゴール板をともに駆け抜けることになる。つまりなんのデメリットも無いのだ。よし、いますぐに拾おう。

 

 

 決意を胸にシャツへ手を伸ばし。

 

 手を伸ばし──。

 

 

 カツン、と。蹄鉄が小石を弾く音がした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……あん? いま誰かいたよーな気が……ま、いっか。さて、朝飯までもうちょいあるな。もう少し加速力意識して走っかな……」

 

 朝日の中を駆けるゴールドシップ。その瞳は普段の彼女とは比べ物にならないほど険しく鋭い。そこに輝く感情は“憤り”である。それは、夏の始まりを告げる大舞台である『宝塚記念』に関係している。

 ファン投票で選ばれたウマ娘だけが出走できるそのレース、もちろんゴールドシップもいずれは……と考えていた。しかし選ばれるにはまだまだ実績が足りない。いまはまだチームのメンバーとのんびり観戦して楽しむだけだと割りきっていた。

 

 問題はそのあとである。ゴルシのもとへ、初等部のウマ娘たちがプレゼントを持ってきたのだ。

 

 それは折り紙などで製作された小さな後輩たち手作りのトロフィーである。彼女たちはゴールドシップに投票しており、大好きな彼女が選ばれなかったことが悔しくて、わざわざ用意して届けに来たのだ。来年こそは絶対に出走して勝ってほしいと願いを込めて。

 

 

 ──なんて情けないウマ娘なんだ、アタシはッ!? 

 

 

 プレゼントを笑顔で受け取りつつも、ゴルシの心は自分自身への怒りで灼き尽くされるかの如くであった。出走できなかったことが情けないのではない、彼女たちの想いを知らずに平然と過ごしていたことが許せないのだ。

 彼女は復讐を誓っていた。己の不甲斐なさへの復讐を。夢を見るのがウマ娘ならば、夢を見せるのもウマ娘の役目である。願いが込められた折り紙のトロフィーを、来年は本物に変えて見せると誓っていた。

 

「ダービーのルドルフ……最終コーナーからのスパートはヤバかったが……あの加速の仕方はアタシには合わない……もっと早い段階から勝負を仕掛ける必要がある……外側から、そして膨らまないようなパワーが必要だ……」

 

 有マ記念に間に合う可能性は低い。狙いは宝塚記念ひとつ。それまでにどれだけ実績を勝ち取れるか。いやはやまったく、チビどものおかげでGⅠレースの舞台を楽しむ理由が増えちまったぜ。

 

 

 静かに、だが確実に。

 

 黄金の羅針盤は進化を始めていた──。

 

 

「不沈艦、抜錨ォッ!」のレベルが上がった! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……おや、これは? ふぅン、早起きは三文の徳という言葉があるが、まさかまさかサブトレくんの衣類が落ちているとは思わなかったねぇ。よし、これは私が責任をもって神社の裏手に奉納してこよう」

 

「朝からいきなり変異迷走しないでもらえませんか?」

 

「ん? 私はいたって正気だよカフェ?」

 

「なおさら悪いですよ……。とりあえず聞きますけど、なんで……神社に?」

 

「なに、神社の裏手で叡智の継承が行われていることはキミも知っているだろう? その伝統的かつ神聖なる儀式に参加している身としては、さらなる貢献を果たす義務があると思ってね」

 

「……とりあえず、続きを」

 

「イメージの力を否定するつもりはないが、やはり実物があるほうがなにかと()()()()だろうからね。サブトレくんの私物のシャツであれば取っ掛かりとしては申し分無いと判断したのだよ」

 

「一応確認しますが……本気で言ってますか?」

 

「もちろん冗談に決まっているだろう。生憎と、私には下着泥棒の気持ちは理解できないものでね。もっと中身に興味を持てと説教したいくらいだ。それはそれとして、ね。このシャツという物はイタズラに丁度よいのだよ。タオルの類いではインパクトに欠けるし、パンツまでいくと悪ふざけの範疇を超えてしまい笑い事でなくなってしまう。これもサブトレくんに対する私なりの配慮だよ」

 

「そんな配慮するくらいなら遊ばないで届けてください」

 

「えー? それじゃあ面白くないじゃないかぁ~。日々のトレーニングの息抜きだよ、ちょっとしたお茶目だよ~。それにほら、実はアグネスタキオンというウマ娘にはね、まだ担当トレーナーが不在なのだよ」

 

「知ってますが」

 

「つまり、今現在トレーニングをサポートしてくれているサブトレくんが実質的に私のトレーナーということだ! ならば当然、彼には私への娯楽提供の義務がある! メンタルケア、リラクゼーション、呼称はなんでもいいがね。ともかく、実質的な愛バである私が窮屈な思いをしているのだから、サブトレくんはシャツの一枚や二枚程度、喜んで差し出すべきだと思わないか?」

 

「思いません。そもそも……アナタは窮屈という言葉とは対極にいるじゃないですか……」

 

「む。ヒドイじゃないかカフェ。それではまるで私がいつでも自己中心的で自分勝手な振る舞いをしている非常識なウマ娘みたいじゃないか。キミは私をなんだと思っているんだい?」

 

「頭のいいバカだと思ってます」

 

「……カフェ、初めて出会ったときから比べて容赦が無くなってきたよね」

 

「それはどうも。とにかく……サブトレさんのシャツで遊ぶのは止めたほうが……いいですよ……」

 

「ハッハッハ! だが断るッ! いいじゃないかちょっとくらい。なんなら事が大きくなったら女として責任でも取ろうか? 私がウマ娘としてレースで稼ぎ、サブトレくんには家庭を支えて貰うというのも悪くないねぇ!」

 

「はぁ……わかりました。もう私はなにもいいません。ただ……」

 

「うん?」

 

「後ろのおふたりについては……タキオンさんが自分でなんとかしてください……」

 

「後ろ? いったいなにを言って──」

 

 

 振り向いて()()を視認した瞬間、アグネスタキオンは超光速の粒子の名に恥じない究極の瞬発力でその場を離脱した。

 

 

 

 

 成田山の御本尊が不動明王であることは広く知られていることだろう。

 

 あるときは、道を踏み外さんとするものを脅し説き伏せて思い止まらせる。

 

 あるときは、道理に反する行いをしようとする者を力で押し止める。

 

 

 

 

 そして、あるときは──煩悩を抱く救い難い衆生を、その圧倒的な武力でもって改心させる。

 

 

 

 

 風の如く翔ぶが如く、破邪顕正の冠を頂くふたりのウマ娘が己の名に恥じぬ役目を果たさんと駆け出した。その両の瞳に鬼を宿して。

 

 

「やれやれ、ブライアンもタイシンも朝から元気なことだ。さて、すまないがチケット、サブトレくんのシャツのことはキミに任せてもよいだろうか? 私も少しばかり彼女と()()()()が必要なようだ」

 

「私からも……お願いしていいですか……? 事が済んだら、タキオンさんを……回収しないといけないので……」

 

「えっと、このシャツをサブトレさんに届ければいいの? わかった! アタシにまっかせてッ!」

 

 

 

 

 ────。

 

 

 

 

「サブトレさんのさんまTシャツ、すっかり砂で汚れてちゃってるなぁ~。──シャツを落としたことに気がつかないくらい、みんなのためにガンバってるんだねぇ……ッ! ひっく……アタシたちが……レースで全力で走れるように……みんなを支えて……ッ!! ──う゛れ゛し゛い゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ!! と゛っ゛て゛も゛し゛あ゛わ゛せ゛た゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ!!」

 

「……よぉぉぉぉしッ! このシャツ、ぴっかぴかにお洗濯してからサブトレさんに届けようッ! 待っててねサブトレさぁんッ! 新品に負けないくらいキレイになるようがんばるからねぇッ!!」

 

 

スピードが12上がった。

スタミナが12上がった。

パワーが42上がった。

根性が21上がった。

「春ウマ娘」のヒントレベルが上がった。

「晴れの日○」のヒントレベルが上がった。

「がんばり屋」のヒントレベルが上がった。

 

 

「──ふぇッ!? なになにッ!? なんだかすっごくやる気が出てきちゃったッ!! ……よくわかんないけど、とりあえず洗濯機まで全力ダッシュだぁぁぁぁッ!! うぉぉぉぉッ!!」

 

 

 

 

 このあと、ウイニングチケットがサブトレーナーのシャツを干しているところが目撃されてウマ娘たちの間に緊張が走ったものの「でもまぁチケゾーだしなぁ……」と、とくに騒ぎになることはなかったという。




Next UMA RUNNER Hint !

「お盆休み」

次回もお楽しみに!
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