爆進!ウマランナー!! ~逆転☆熱血青春編~ 作:はめるん用
全国のトレセン学園にとって、そこに所属するウマ娘にとって“夏”というのは特別な期間になる。
上半期の総決算とも言える宝塚記念、そして夏の始まりを告げるレース・サマードリームトロフィー。その結果に一喜一憂しつつ、そのまま大規模夏合宿に突入するからだ。
秋の大舞台──オータムドリームトロフィーはもちろん、最も強いウマ娘が勝つと言われる菊花賞、そして世界から挑戦者が乗り込んでくるジャパンカップと大規模なレースが次から次へと開催される。
生半可な鍛え方では入着すらできない。トレーナーも、ウマ娘も、ここが正念場であると限界ギリギリまでトレーニングに打ち込むことになるだろう。
もちろん、たまの息抜きも忘れない。張り詰めてばかりではいつかどこかのタイミングでぷっつり切れてしまうのだから。
さて、そんな希望と地獄をまとめて煮詰める作業となる夏合宿。もちろん中央トレセン学園もとある離島を貸し切りで行うのだが……今年は少しだけ事情が違った。
レースに向けての合宿なので、当然参加できるのはトレーナーが担当しているかチームに所属しているウマ娘限定となる。
本格化がまだの生徒たちはもちろん、トレーナーが付かずメイクデビューできていないウマ娘たちも学園でお留守番となるのだが──。
「毎年、この時期になると合宿に向かう先輩方を羨ましく思いながら見送っていたが。……今年に限っては幸運だったかもしれないな」
「意外だな。なんだかんだで会長サマもアイツのことが気になるのか?」
「もちろんだよブライアン。彼がやってきてからどれだけの日数が経過したと思う? 数えるほどの僅かな時間だが、それでも彼がアドバイスを贈ったウマ娘たちは大きく成長している。中等部の代表としては興味津々だとも」
「……そうだな。いつの間にか姉貴までアイツのところで走っていたのには驚いた」
「おっと、これは
「あれはただの道案内だ。そして案内役が無愛想ではトレセン学園の品性が疑われる。だから生徒会役員としての責任を果たした。文句あるのか?」
「フッ……アハハッ! 品性に責任、か。いやはや、君の口からそんな言葉を聞けるとは。やはり合宿に呼ばれなかったのは幸運だったよ、実に貴重な体験だ」
「……チッ」
少しばかりからかいすぎたか。これ以上は不快を与えるだけで面白くはないだろう、それを察したシンボリルドルフは視線を窓へ──合宿に向かうバスが学園を出発する様子を眺めていた。
今回、合宿を渋るウマ娘が現れた。
理由? もちろん例の男性トレーナーの存在である。ウイニングチケットの紹介で中等部のウマ娘たちにアドバイスとトレーニングの補佐を行っていた彼だが、どうやらデビュー済みのウマ娘も何人か練習に混ざっていたらしい。
そこで彼に適性距離と作戦について相談して言われた通りに走ってみた結果、それはもう面白いように気持ち良く走ることができたのだ。合宿よりも彼を選びたい気持ちは誰もが理解できるだろう。
もちろん最終的には合宿に参加したのだが。
距離や作戦についてのアドバイスくらいならばともかく、すでに完成しつつある走り方そのものを急に変更しては逆効果だと──ほかでもない、彼からそう忠告されては従うほかなかったのだ。
「私はなかなか機会に恵まれなかったが、君は何度か彼の前で走ったのだろう? どうだった?」
「芝。中距離以上。先行か差し。マイルは鍛え方次第だそうだ。あとはコーナーよりも直線での加速を意識しろと言われた」
「なるほど。おめでとうブライアン。これで心置きなく三冠路線を目指せるじゃないか」
「どうも。これでアンタや姉貴たちと戦えたら言うこと無しだったんだがな……。私の本気に脚が耐えられるようになるのは当分先のようだ。まぁ、じっくりスキルを磨くとするさ」
ポンポン……と。人差し指で膝頭を叩くブライアンの瞳には、理性と野性が混在した彼女らしいギラギラした光が宿っていた。
シンボリルドルフに、そして姉であるビワハヤヒデに比べて1年かそれ以上は本格化が遅れるかもしれない。それでも必ず自分と同じレベルまで駆け上がってくるだろう、そう思わせるほど強烈で凶悪な輝きである。
「せっかくなんだ、会長も1度アイツから見てもらえ。もしかしたら何か新しい発見があるかもしれん」
「あ、あぁ……そうだな、それはわかっているんだが……なぁ……」
「うん?」
「いや、ほら……な? トレーナー君が暑がりだという話は聞いたし、それで薄着なのも理解できるのだが、その」
「ほぅ?」
「……なんだブライアン。言いたいことがあるならハッキリと言えばいいじゃないか」
「むっつりルドルフ」
「まて。むっつりは心外だぞ。それじゃまるで私が
さすがは中等部代表シンボリルドルフ、自己分析が完璧である。そう感心するブライアンであるが、普段は威風堂々としている彼女が変なところで奥手なのも仕方ないことだと知っている。
なにせシンボリ家は競走バの家系としてはかなりの大御所である。そこで英才教育を受けていたルドルフが俗世の事情に疎くなるのは当然だろう。
「オマエがヘタレなのはともかく、せっかくなんだから1度は走りを見てもらえ。闇雲に鍛えるよりも成長の手応えをハッキリと感じるからな」
「明確な目標があることで、より己を研ぎ澄ませることができる。道理だな。……と、とりあえずは、な。うん。エアグルーヴが帰ってきてから考えよう。実際に体験した者の話をまず聞いてみるのもムダにはならないだろうし」
ヘタレめ。まぁ、ルドルフはそういう部分で人望があるのかもしれないが。完璧な立ち振舞いというのは人間でもウマ娘でも近寄りがたい雰囲気になるからな。
◇◇◇
中等部生徒会に与えられた部屋で、学園に提出予定の簡単な書類の確認作業が半分ほど終わったころ。
「……ただいま戻りました」
噂のトレーナーがどんなものか、ついでに風紀に違反するような出来事が起きていないか確認するために練習に参加していたエアグルーヴが戻ってきた。
どうやら走り終わってからそのまま生徒会室にやってきたようで、簡単な汗の始末はしたようだがジャージ姿のままだ。
「想像していたよりも面白い指導でした。理屈よりも感覚的な部分が多いのですが、不思議と理解しやすい。試しに2000を計測してみましたが、アッサリと記録を更新してしまいましたよ」
まったく、昨日までの私の努力はなんだったのか。言葉選びこそ自嘲気味だが、その表情は今回のトレーニングが満足できるものであったと雄弁に語っている。
「それで、実際に体験してみてどうだったかな? 是非とも詳しい話を聞かせてほしい」
「えッ!? あ、はい。いやその、えー、なんと説明すればいいのか……」
「? なにか問題でも起きたのかい?」
「問題が起きたというか……起きたといえばそうなのかもしれませんが……」
どうしたことだろうか、彼女にしてはなんとも歯切れが悪い。いつも副会長として手際よくサポートをしてくれるエアグルーヴらしくない。
「……あぁ。アレか」
「アレ? ブライアン、なにか思い当たることでも?」
「まぁな。──どうやら
「ぶッ!? き、キサマッ!!」
「は? え? ……は?」
「まぁなぁ~そうなるよなぁ~? アレだろう? どうせベンチの上で胡座なんぞかくもんだから、はみ出したトモが見えてしまったんだろう? なんだ、オマエも立派な女の子だったワケだ。はっはっは!」
「おいッ! 会長の前でなんてことを言うのだッ! だいたい私はそんなふしだらな──」
「ヤツのトモはよく仕上がっていただろう? 私はマイル向きだと思うんだが」
「いや、あれだけしなやかに筋肉を鍛えているなら中距離でも通用するだろう」
「そうか。──ほら見ろ、やっぱり見たんじゃないか」
戦闘開始、である。
ブライアンが調子にのって煽り、エアグルーヴの堪忍袋の緒が切れる。ほかの役員がいるときでも遠慮なく繰り返されるこの光景だが、今日に限っては勝手が違う。
なんという疎外感。
エアグルーヴ、まさか、まさかそんな、君が。君が──そういう話題で盛り上がれるだなんて!
私なぞタブレットのオンライン広告だってまともに見ることができないのに。たまに流れてくるちょっと……その、アレなマンガなどの広告が差し込まれるだけでも右往左往しそうになるのに。
そうか、君はそういった広告すら二の足を踏むことなくタップできる、そちら側のウマ娘だったのだな。フフ、なんと滑稽だろうか。対等だと思っていた親友は自分よりもずっと前を走っていたのだ。
──ならばッ! 足踏みなぞしていられるものか! 私もその領域に踏み込まねばならないッ!
シンボリルドルフには夢がある。すべてのウマ娘たちの幸せとはなにか、その理想を、答えを、必ず見つけて手に入れてみせると。
それが、親友たちとの会話に疎外感だと? 笑わせるなよルドルフ、お前はその程度の覚悟で夢を語るのか。
否ッ! 断じて否ッ!!
届かぬと歯噛みする暇があるのならば、1歩でも前に進むのがウマ娘という存在のあるべき姿だろうッ!!
恐れるな。
前を向け。
夢のために、理想のために。そして。
──友人たちと、ちょっとエッチな話で盛り上がるという、青春の1ページのためにッ!!!!
「行ってくる」
「「は?」」
「そのうち、ではない。いま、すぐに、彼のところに行ってくる。すまないが残りの業務は任せる。──エアグルーヴ!」
「はっ、はい!」
「待っていてくれ。私も必ず同じ側に立ってみせる」
「は、はぁ……わかりました」
…………。
「……よくわからんが、会長もアイツの指導を受けるみたいだな。なんで急にやる気になったのかわからないが。まぁいい。エアグルーヴ、からかって悪かったな。書類は私が見ておくから、さっさとシャワーでも浴びてこい」
「そうだな……。まぁ、なんだ。できればあの手の冗談は今後は控えてくれ。あまり良い気分はしないのでな」
「肝に銘じておく」
◇◇◇
「さて……たまには真面目に仕事をするか」
サボり常習犯のナリタブライアンであるが、これでなかなか事務処理能力は悪くない。アウトローを気取ってはいるが、越えてはならないラインをしっかりと心得ているからだ。
それでも普段なら素直に引き受けたりはしないだろう。だが、最近の彼女は実に機嫌が良いのだ。手強いライバルたちが、どんどん成長しているのだから。
あの男は優秀なトレーナーだ。昨日まで自信無さげにターフを走っていたウマ娘が、翌日には風を切り裂かんばかりの力強さで駆け抜けている。
強い相手と、大きな舞台で、最高のレースを。
……さて、とりあえず学園への要望がどんなものが来てるか確認しておくか。なになに?
──将来のために、学園の敷地内にガソリンスタンドを建設してほしい。マルゼンスキー。
まだ仮免許すら持ってないクセになに言ってんだ。そもそも生徒が提案する内容じゃないだろ。却下。
──シラオキ様を敬い奉るための祭壇を、三女神像の隣に建設してほしい。マチカネフクキタル。
建設が流行ってんのか? またエアグルーヴに説教されたいのかお前は。却下だ、却下。
──夏合宿期間中だけでも、ターフの使用時間の制限を延ばしてほしい。サイレンススズカ。
お前つい最近も門限忘れて寮長に絞られてただろうが。フジに助けて貰ったの忘れたのか。夜は大人しく寝てろ。却下。
さて、次は──。
◇◇◇
「邪魔するでー」
「なんだ? 会長とエアグルーヴなら席を外しているぞ」
「お、ブライアンしかおらんとか珍しいなぁ? いやな、こんどやる粉モンパーティーに必要な書類を持ってきたんやけど」
「あぁ、クリークと話していたアレか。貸してみろ。……ほら」
「おぉ、ずいぶん気前よくハンコくれたなぁ。ええんか、ろくすっぽ確認せんとそんなポンポン押して」
「日頃の行いだ。私の知るタマモクロスならば問題ないと判断したまでだ」
「なんや、ウチのこと買うてくれてんなやぁ~。おおきにおおきに♪ せや、ひとつ聞きたいことあんねんけど」
「なんだ?」
「あんな、玄関のとこで我らが会長サマがジャージ姿でクルクル回ってたんやけど、アレなんなん? スズカもたまに似たようなことしとるけど。なに? トレセン学園ではアレやると脚が速くなる~みたいなおまじないでもあるんか?」
「なにやってんだ、会長……」
本物のヘタレか。