爆進!ウマランナー!! ~逆転☆熱血青春編~   作:はめるん用

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前回のあらすぢ。

GⅠレーヌ
(BGM:StrikeEnemy)

アビスさんの領域100発言はほとんどハッタリで、一方的に領域を見せつけることで相手を“敗けた気分”にさせる高度な心理トリックです。


こばなし そのろく

 身体が資本のアスリートにとって食事というものはトレーニングと同じぐらい大事な要素である。

 

 

「……よかった、今日は開店している」

 

 

 中心トレセン学園に通うウマ娘たち御用達の商店街には、彼女たちの需要に応えるべく様々な種類の店舗が並び賑わっている。皆、なにかしらお気に入りの店をひとつかふたつはキープしており店員とも顔馴染みであることも珍しくない。

 それは表通りに限らず、裏道の、少し離れた利便性にいくらか難のある──己の脚が最大の交通機関であるウマ娘にとっては無関係だが──いわゆる“隠れた名店”と呼ばれる店舗にも常連となるウマ娘がいる。

 

 いかにも洋風といった外観に似合わない、達筆な『春夏冬(あきない)中』の看板の前で嬉しそうに微笑むウマ娘、アドマイヤベガもそのひとりである。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いらっしゃいませ……あぁ、お嬢ちゃん、いらっしゃい。いつもご贔屓にしてくれてありがとうね」

 

 出迎えてくれた年配の男性の挨拶にペコリと頭を下げる。入り口のドアに取り付けられた鈴の音がおさまると同時に、テーブルに並べられた焼きたてのパンから小麦の香ばしい香りが漂ってくる。

 

 パン選びに強いこだわりを持つアヤベをひと口で虜にした名店であるが、子育てを終えた夫婦が第2の人生を楽しむ目的で経営しているため開店日が安定していない。納得のいく食材が集まらなければ平気で1週間でも店を閉めっぱなしにすることもある。現代社会の経済活動という名のレースでここまでマイペースに営業している店も珍しい。

 そのせいか、あるいはそのおかげか。SNSで紹介されるような賑やかなチェーン店とは客層が違い、静かにパンの味を楽しみたいアドマイヤベガにしてみれば実に好都合である。

 

 柱時計の鳴らす静かな音を聴きながら、今日の組み立てをアヤベはじっくりと考えていた。この店のパンはどれも絶品だが、だからこそしっかりと食べる順番にもこだわりたい。クロワッサンやバターロールで静かな立ち上がりを演出するもよし、いきなりカツサンドのようなボリュームある惣菜パンで鋭くスタートダッシュを決めるのもいい。

 

 そうして迷うこと数瞬、ヒトより優れた聴力を有するウマ耳がフライヤーの歌う音をハッキリとつかまえた。

 

「あぁ、いまちょうどコロッケを揚げているところでね。あと5分ほど待ってもらえるなら、出来立てのにんじんコロッケパンをご馳走できるが……どうするね?」

 

「……ひとつ、お願いします」

 

「はい、ご注文ありがとうございます」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 1品目が決まったアドマイヤベガは1度店の外に出て自動販売機に硬貨を投入する。まずはにんじんコロッケパンを迎え撃つとなれば、どの飲み物を選ぶのが最適か。ここで選択を間違えるとせっかくの揚げたてコロッケの余韻を台無しにしてしまう。

 

 ひとつひとつ指差し確認をしながらジュースを選んでいると、視界の端に見知ったウマ娘の姿が映る。自分と同じ中央トレセン学園の競走バであるビワハヤヒデとライスシャワーであった。

 視線が合い互いに会釈をする。あまり積極的に会話をしたことはないがこの店で顔を会わせる機会は多く、ふたりとも騒がしく食事をするタイプではないので友好的な関係を築けている。

 

 ハヤヒデは勉強を、ライスは色鉛筆で絵を描いている姿をよく見かけるが今日はふたりとも手ぶらである。

 どうやらお土産としてパンを持ち帰るらしく、アヤベの脳裏には何人かのウマ娘が……特にハヤヒデの友人の賑やかなほうがすぐに思い浮かんだ。悪気がなくとも感動癖がある彼女を連れてきたら簡単に泣き騒ぐ姿が容易に想像できる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 店内に戻るとアヤベは店の奥にあるテーブル席に座る。人気商品であるにんじんコロッケパンが準備中であることを知ったふたりは待ち時間をパン選びのために使うことにしたらしい。

 行きつけの、お気に入りの味を楽しむことを共有するという穏やかで少しくすぐったい喜びに浸っていると、ポケットの中のタブレットから聞き慣れた、家族用に設定している通知音が響いた。

 母親からのメッセージである。さて、いったい何事だろうか? なにか急ぎの用事であらば電話をかけてくるだろうし、少なくとも悪い報せではないと思うが。そんなことを考えながらメッセージを開くと画像データがひとつ、添付されている。いったいなんだろうとタップしてみると──。

 

 

 

 

(──ッ!? ……ふぅ、びっくりした。急に携帯に天使が降臨したかと思ったら妹だったわ……)

 

 

 アドマイヤベガには妹がいる。ウマ娘としてはあまり身体が丈夫ではなく、趣味としてのスポーツはともかく過酷なレースには耐えられないが、そのぶん自分が走る姿を喜んでくれる控えめに言って世界遺産に登録してほしいと各国から要請が来ることを危惧しなければならないほど可愛い妹が。

 一緒にターフを駆けることができないのは残念だが、いまはこれでよかったかもしれないと安心もしていた。ただそこに居るだけでも愛くるしい妹である、走る姿を見たものは誰もが魅了されることは確実。そうなればトレーナーたちは担当の座を巡って争い始め、ウマ娘たちもレースに集中できなくなってしまうだろう。

 

 それを見た心優しい妹は嘆き悲しむに違いない。そんな慈愛に満ちた姿を見た者たちはさらに心を掻き乱されるという、愛ゆえの悲劇無限ループの完成である。

 

 ん? そう考えると妹が競走バとして生きることができなかったのは、もしかして世界の均衡を保つために自分自身の未来を犠牲にした可能性が高いということ……? 

 いえ、違うわ。可能性なんかじゃない。三女神も凌駕するレベルで愛らしく美しい心を持つ妹のことだ、きっとそうに違いない。

 嗚呼、世界とは悲劇なのか。でもそんなふうに地球というゆりかごの中を生きるもの全てに慈悲を与える我が妹はやはり天使。いや大天使? もしかしたら4人目の女神そのものなのだろうか? そんな素晴らしい妹は自分の走りをいつだって応援してくれている。なんという幸運、なんという幸福だろうか。フフ、お姉ちゃんがんばるからね……ッ! いまなら100万ハロンだって40秒で走破できそうだわ……ッ! 

 

 

「アヤベさん、またタブレット見ながら鼻血出して笑ってるね……」

 

「ふむ。彼女も健全な思春期女子校生だからな。そういうこともあるだろう」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 健康なのに鼻血が出やすいのかと頭の上に疑問符を浮かべるライスシャワーと仕方のないヤツだなぁと言わんばかりに慈しみの眼差しのビワハヤヒデ。そんなふたりの視線には気づかないまま真紅に染まったティッシュの後始末を済ませてしばし待つこと数分。

 

 

 

 

「おまちどうさま。ごゆっくりどうぞ」

 

 

 

 

 それは、どう見ても焼き魚でも乗せたほうが()()()()()長方形の皿に包み紙と共に現れた。

 いわゆる“アンティーク調”の店内とは全く以て異なる趣であるが、このいかにも『自分たちの好きなようにやってます』というスタンスは素直に尊敬できる。ちぐはぐなのではなく、人生経験がもたらす大人の遊び心……いや、もしかしたらイタズラ心のほうが正しいのかもしれない。

 

「……いただきます」

 

 静かに手を合わせ、掛かり気味の胃袋をなだめるようにゆっくりとにんじんコロッケパンを持ち上げ──ひと口。さくり、ふわりと真逆の食感が否応なしにアヤベの澄まし顔を微笑みに変えてしまう。

 油にもこだわっているのだろう、揚げたてのコロッケは充分なボリューム感を持ちながらターフを駆け抜ける風のようにスッキリとしている。それを包み込むのはほんの少し、それこそ注意深く探らなければわからない隠し味として蜂蜜が使われたコッペパン。その見事な調和は、まだひと口しか食べていないというのに、まるでスパート前の最終コーナーを走っているときのように全身が急かしてくるような気さえする。

 

 本能の望むまま、もうひと口。辛味は無いがほのかな酸味と香り豊かなマスタード、そしてこのにんじんコロッケパンの影の主役である自家製ソースの筆舌に尽くしがたい旨味が一気に広がっていく。

 りんごジュースをベースにしているというこのソースは、ほかにもいくつかの果物やすりつぶした胡桃など様々な素材で作られた店主の特製レシピだという。

 かつて東京レース場が帝国レース場と呼ばれていたころ、併設されたレストランで料理長を任されていたときに開発したというこのソース。引退して道楽半分のパン屋を営むようになってからも昔馴染みのファンたちの心を掴んで放さないらしい。時折、身なりの整った年配のお客さんを見かけることがある。

 紳士淑女の談笑という様子に不満はないが、如何せん静かで狭い店内なので会話の内容が全て聞こえてしまうのがなんとなく申し訳ない。この前は、入場券係のモギリさんなる男性が競走バに人気で困っていたときのことを楽しそうに話していたのを覚えている。

 

 ともかく。

 

 そんな具合で大勢を魅了するソースはとにかく絶品なのである。中央トレセン学園に勤務するとある男性サブトレーナーも「これを再現できれば、俺はまたひとつトレーナーとして成長できる気がするんだ」と相変わらずの斜め方向(平常運転)の努力をしているぐらいだ。

 あのナリタブライアンですらその試作品のソースをかけたキャベツやトマトであれば取り敢えず食べはするという奇跡の味わい、このままいつまでも堪能したいところであるが……あえてここで仕切り直しを試みる。

 

 自販機で購入した、なんの変哲もないミルクティーをここで少量嗜む。砂糖と乳製品特有のベッタリとした甘さが口のなかに残っていた余韻を全て洗い流す。

 

 これでいい。

 

 いや、これがいい。

 

 コロッケパンはどこまでいってもコロッケパンという庶民の食べ物であるのが理想の姿である。ここで変に気取った飲み物を選ぶのは悪手。こうしてキャップを軽く捻るだけで飲める、手間暇を感じない気楽な市販のミルクティーこそが正解なのだ。

 

 まぁ、世の中にはこの程度の手間も惜しんで「予め空気中に散布すれば呼吸するだけで糖分とポリフェノールを補給できるじゃないか!」と限界まで砂糖を溶かした紅茶を加湿器に投入したバカもいるのだが。

 もちろん大騒ぎになったが、そこから新しいヒントを得たのか『好きな飲み物で誰でも簡単にわたあめを作れる装置』という、わりと本気で称賛に値する発明を産み出したりもしている。

 その後もサクラバクシンオーが桜餅を投入してエラーを吐き出したり、ファインモーションが醤油ラーメンのスープを投入してエラーを吐き出したり、ミホノブルボンが操作したらわたあめでなく生パスタを吐き出したりと様々なトラブルを乗り越えてアップデートを重ね、現在ではドラム缶サイズのわたあめも制作可能である。これには未来のアイドルウマ娘もニッコリである。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 じっくりゆっくり食べ進め、最後にソースの雫が残っていた親指に口付けをして締めくくりとする。会心のスタートダッシュで駆け出した食欲はまだまだ余裕の走りを見せたくて仕方がないようだ。

 

「次は、なにを食べようかな……?」

 

 お気に入りのパン屋の、それもちょうど焼きたてのパンが並ぶタイミング。久しぶりの“当たり”を心行くまで楽しむアドマイヤベガ。

 後日、脱衣所の体重計の上で硬直する姿が目撃されることになるが──幸せを噛み締めるのに忙しい彼女には関係のない話なのである。




本作は全員生存ルートで行きます。

代償としてアドマイヤベガが個性の薄いキャラになってしまいましたが……クールでミステリアスな彼女をお求めの方は、大変申し訳ありませんがアプリ版でお楽しみください。
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