爆進!ウマランナー!! ~逆転☆熱血青春編~ 作:はめるん用
GⅠレースを地方が勝利した。
それは、中央トレセンに所属するウマ娘たちにとって、負けて悔しいという気持ちもあれば、強力なライバルが現れたことが嬉しいという気持ちもある、なんとも複雑なニュースである。
もっとも、彼女にとっては
「ふゥ~む。やはり何度見返しても素晴らしい完成度の走り方だねぇ。なぜ中央のスカウトたちは彼女に声をかけなかったのか、これがわからない!」
「また見てるんですか……。よく、飽きませんね……」
「飽きる? 飽きるだって? まさかまさか! むしろ、まだまだ足りないくらいだよ! ……純粋な身体能力ならば中央のウマ娘たちのほうが上なのは間違いない。だというのに、実際に勝利したのは地方のウマ娘。実に、実に興味深い……ッ!」
心底楽しげに語るアグネスタキオンが操作するノートパソコンの画面には、夏の終わりに開催されたとあるGⅠレースの動画が流れていた。
展開そのものは特別なにか変わったことが起きたワケではない。最終コーナーから外差しで上がってきたウマ娘が、残り50ぐらいのギリギリで抜け出して1着。
「いままでは比較対象が少なくて見落としていたが、改めて観察すると中央のウマ娘の走り方はなんというか……ゴリ押しだねぇ。能力に任せきりで面白味に欠ける。速ければそれでいいだろう? というスタンスは一種の真理だがね」
「? 速度は……1番重要だと思いますが……?」
「もちろんだとも。だが、数値は正直だが絶対ではないよ。最高速度で何キロ出たとか、持久走で何メートル走れたとか、それだけでレースの勝敗が決まるワケじゃない」
「それは……まぁ……」
「認識の違いだろうね。それでも中央のトレーナーたちは、いや、普通のトレーナーならば、それらの数値を高めることが勝利に繋がると信じている。だが、彼女たち地方のウマ娘は──いや、この場合は彼女たちに技術を叩き込んだ
彼と言ってる時点でひとりしか思い当たらないのだが。
しかし、そう言われてみるとマンハッタンカフェには納得できる場面が何度もあった。あのトレーナーの練習には何度も参加しているが、その手のデータを求められたことは1度もない。
「中央のウマ娘は能力は高いが、それを十全に活かせるほど最適化がされていない。そこに目を付けて、地方のウマ娘たちには徹底的に走りの最適化をさせた。その辺りの融通の利く地方だからこそ上手くいったのだろう」
「徹底的に最適化、ですか。……つまり、彼が以前指導していたウマ娘たちは、全員が得意な距離ではスペシャリスト、ということですか……?」
「そうなるね。いやぁ、なんとも滑稽な話じゃないか! 万能選手だと思われていた中央のエリートが、実際には地方のウマ娘たちよりも進化が遅れているのだから! 」
楽しそうに、実に楽しそうに笑うタキオン。まったく、何がそこまで楽しいのやらとカフェが呆れていると、突然──真剣な表情で問いかけていきた。
「なぁカフェ。次の菊花賞だがね、先輩たちは勝てると思うかい?」
数瞬の思案。そして。
「勝ちます。少なくとも今回までは。ただ、恐らくは……かなりの接戦となります」
「うん、私もそう思うよ。スタミナを温存する独特の走法──トレーナー君のメモ書きには“コーナー回復”というわかりやすい名前で記入されていたが──ともかく、だ。先日の菊花賞のステップレース、そのGⅡに出走していた地方のウマ娘のコーナー回復は、それは見事な完成度だった。先輩たちの能力任せの走りではかなり厳しい展開になるだろうねぇ」
愉快? 滑稽? この際どちらでもいい。
勝利も敗北も、どちらも糧となる。
たまに勘違いしている連中がいるが、中央のトレーナーたちは本物のエリートだ。旧世代の常識に固執などしないし、良いと思ったものは積極的に取り入れる。菊花賞の結果がどうなろうとも、今後は本気でスキルとやらの活用方法について研究するだろう。
そもそも最初の敗北の時点である程度認めてはいたのだ。それでも手を出さなかったのは、単なるリスクマネジメント。危ない賭けにウマ娘たちを巻き込めない、それだけのことだ。
だが、いま。私たちの、中央トレセン学園には
そもそも活用は別として研究はしていたようだしねぇ。そうでなければ私たちをトレーナー君に任せきりになどしなかっただろう。
……たぶん。
◇◇◇
「それにしても、今年の秋は冷え込むのが早い。見たかい、カフェ? トレーナー君もちゃんと服を着ていただろう?」
「その言い方だと……意味が変わりませんか……?」
夏合宿期間が終わり実りの秋を迎えてすぐ、全国的に気温が低くなると天気予報が流れた翌日。そこには、秋の装いとしてはそれなりに重装備の彼がいた。
──寒いのも嫌いなんですよ。それに、うっかり風邪をひいてウマ娘たちにうつしたりしたら大変ですから。
ここにきて、まさかの正論。とりあえず暑さを理由にした露出狂の可能性が消えたことで、誰よりも学園スタッフたちが安堵した。
逆にウマ娘たちの中には露骨にガッカリしている者たちもいた。ウマ娘とは、基本的に本能に正直なのである。
さて。これでしばらくは平穏な日々が送れるだろうと誰もが考えていたのだが、そんな甘い考えが通用したのはほんの数日だけだった。
トレーナーとすれ違ったときに、柔軟剤のいい匂いがフワッとして、なんか──なんかもう、色々とアレだった。
誰かがそんなことを呟いてしまったものだから、さぁさぁあっという間に一大事。ただでさえウマ娘というものはヒトよりも五感に優れているのだから、彼が側を通るときについつい鼻が反応してしまう。
「面白いと思わないか? 結局のところ、それは市販の柔軟剤の匂いに過ぎないのに。それがトレーナー君から香ってくるだけでフェロモンと同様の効果を持つなんて! ……いや、本当になんなんだろうねアレは」
「嗅いだんですね?」
「だってぇ~気になるじゃないかぁ~。私は体験主義者でもあるんだよ~」
「正直、私にはあまり……」
「えぇ~? 本気で言ってるのかいカフェ? ヒロインの可愛い男の子とすれ違っていい匂いというシチュエーションは、少女マンガでも定番じゃないか!」
「それは知ってますけど──というかタキオンさんも、そういう本とか読むんですね……」
「当たり前じゃないか。君は私をなんだと思っているんだい? 当然ながら、
「いったい何を……というか、よくそんな本手に入りましたね?」
「おや、知らないのかい?」
トレセン学園のそばには神社がある。初詣に使うような広々とした立派なものではなく、トレーニングとして階段を活用するか、あるいは模擬レースの前に勝利を祈願しに来る程度のささやかな神社だ。
その境内、社の裏。そこがウマ娘たちにとって、一種の聖域である。
大人だけが購入する権利を有する物件を、先輩ウマ娘たちが手に入れて隠してくれていたとき、それを見つけた後輩ウマ娘たちの興奮はどれほどだったか。
1度だけなら幸運で終わった話だ。それが数冊になればもしかしてと期待する。ならば、次の年も続いたならばどうなる?
──次は、私たちの番だ。
夢を終わらせてはいけない。先輩たちがそうしてくれたように、戦利品の夢を受け継ぎ、そして次の世代にパトスを渡さなければならない。
「なぜなら、伝統があるから。自分たちがお世話になったのだから……。いやぁ、いい話じゃないか」
「控えめに言って最低ですね」
「女子校だからねぇ。共学ならまた違うのかもしれないが。男子生徒に見つかりでもしたら、あっという間に吊し上げにされるだろうさ。あっはっは!」
「そもそも共学の学校で
「なに、ちょっとした女同士の友情の確認作業だよ。それに、ウマ娘にとってリビドーはそう悪いものでもないさ。ベクトルを走るためのエネルギー源に向けてやれば有効活用できるのだからね」
彼が今度はお色気の代わりにときめきを無差別にばら蒔いているせいで、それなりの人数のウマ娘が影響を受けている。
当然、何らかの方法で発散させる必要があり──彼女たちは、鬼気迫る勢いでターフを、ダートを走り回っていた。
「案外、男性トレーナーがいなくなってしまったのは、存在そのものがドーピング扱いされたせいかもしれないよ? ふむ、これは研究が必要だな。カフェ、ちょっとトレーナー君の胸元に抱きついてきてくれたまえ。それから併走してみよう」
「……。…………。お断りします」
「いま返事までだいぶ間があったねぇ? いったいナニを想像したのやら──熱ッ!? ちょ、カフェッ!? コーヒーは反則だろッ!?」
ちなみにハッスルしているウマ娘たちの走りを計測したところ、得意な距離のタイムが平均で0,7秒ほど縮んでいるらしい。
トレーナーたちはその事実に苦笑いしつつも、まぁこの程度なら……と慈しむような目で愛バたちを見守っているのだとか。