ふたなり自己妊娠系狐獣人始祖不滅ロリババアになりたいから書いた話。 作:砂透腐
この話のタイトルにしようとしてやめた話なんですけど、保育士さんとかってホントすごいですよね。下手に目を離したらワープでもしてるのかって程には行動が読めない子供達を、しかも沢山同時に、自身の子供でもないのに面倒を見る。あれは所謂愛のなせる技ってやつなんですかね……
愛、愛ですよ、ナナチ(絶対この話にくっつけて言っていいセリフじゃないと思う)
何日か経ち私の体の調子もそれなりに安定し、子供達が本格的に動き回り始めた辺りで、私は日々減っていく食料を見て悩んでいた。多めに集めていたとはいえこの子達を産む前後で大量に消費してしまったため、残っている食料にそれほど余裕はない。
数日後、子供達が寝ている間に私の代わり(一応あの子達の姉になるのだろうか?)を残し、念の為にも家のすぐ側で、私が過去に生きる厳しさを知った行為をしていた。
有り体に言えば、再び狩りをしていた。
このままでは数日中に底をつくであろう果実や木の実類の代わりとなるものを取りに来たのだ。
もちろん私には自分が食べられない、狩ったそのままのものを物の判別もできない子供に与える気はないので、栄養素だけを抽出し、植物からの物と合わせ作ったギリギリクッキーと言い張れないようなものを作り、少しずつ与えていき、最終的には狩りから植物類の大まかな分布、そうしてこれを作れるように教える予定だった。
一応、私が食べたくないとはいえ、自ら食べようとしたなら一応止めはしないつもりではあったが。それでも、虫などを食べている光景などはできる限りは見たくないものだ。
ともかく数日間の猶予を得た私は、危険が子供達を襲わない内に、子供達のそばへと戻り、再び子を囲み暫し迷走時の副産物の利用法とそこから考えられる、私やその力の可能性について考えつつ、暫しの休息を楽しんだ。
不定期的に狩りや採集に行き、食糧を集める傍らで、子供達に言葉の意味と使い方を覚えさせる為にも積極的に物や行動などに対して言葉を多用してかつ、こそあど言葉はまだあまり使わないようにしたりと、成功するかはわからないが思いつく限りの方法を使って色々としつつ過ごす。
この頃は人間の村での生活の影響もあって丁寧語が自然に出るようになっていたので、それも一応良い影響を与えられていたら良かったが、比較対象が無いのでなんとも言えない。
しばらくしてこの子達が喃語を使うのをまぁまぁ短いような期間で終え、一語や二語での言葉を使い始め、下手に目を離したら家の近くを走り回るようになった頃、私は子供達の体の検査をしていた。
完全に新しい種族な上に私と私の子という、家系図も顔を真っ青にして自身の目を疑いそうな存在となってしまっている子供達なだけに少し心配していたのだが、無事に安定して成長してくれているようだ。
これによりこの子達は、おそらくこの世界に初めてきちんと生まれた狐の獣人という事になるのだろう。私は結果的にこういう姿になっては居るけど本来の私の体は狐っぽい何かだし。
だが……どうやらこの子達は、いくつかの音の発声が苦手なようだ。
まあ……このくらいなら聞き分けることも可能だろうが、念の為に無意識的に発声に補正をかけるように少し調整をするだけにとどめておいた。
やはり、私と同じ見た目の者が、自らの産んだ子供達が、塊になって遊んでいるのは見ていて心が暖かくなる。
しかし、半分くらい勢いで生み出してしまったとはいえ自らの血を引く子供、狐要素が強かったため多産になったとはいえ、それでも私を含めても二桁にも届かない。
圧倒的に全体の数が少なく、このままでは下手したら数代で血が途切れる可能性もあるし……
それに、あれもまたしたいし。
体内の調子をある程度調整出来、時期に囚われていないことも勢いの加速に繋がり正直引っ込みがつかなくなっている気もするが、一回経験したことで不調に対する対抗策や、苦しみをさらに軽減する方法もある程度は思い付いた。
今度はそれほどしんどさは感じないはず。
そんな風に万が一対抗策が上手く行かなかったらまた何度でも試せばいいと次々回以降の言い訳も用意しつつ、子供達に弟妹を用意し始めるのだった。
そろそろ文章が思いつかなくなってきてつまらなくなっているのではないかと心配になる頃。
書いている途中では誰にも意見は求められませんからね。
自己肯定ペンギンになっていけ?(どこかで聞いたこの言葉が結構好き)