ふたなり自己妊娠系狐獣人始祖不滅ロリババアになりたいから書いた話。 作:砂透腐
仮に案一と。
続きは書きますがそれはそれとしてここの別の案思いついたらまたそれはそれで更新します。
まあ平行世界ってことで(?)
私の子供達の子孫は、双方向から見て血族と言えても、親族や家族とは考えない事にした。
なればこそ、私が皆の生活をあまり見ぬようにと気を遣う必要もあるまい。
今までは、定期的に無事か覗くだけだったが、これからは目を逸らさなくてもいい。
好意も敵意も、善行も悪行も、目につく限りは全てを見て、私のやりたいようにやってやろう。
完成形と一部の過程さえわかれば模倣だって改変だってできる。
だがその為には、各地に私の目を張り巡らせなければいけない。
身体をばら撒くだけなら出来るが、それだけでは私が知る事はできない。
それに、ばら撒いたにしても動物的肉体のままならエネルギーが枯渇するので、植物、出来れば木にする必要がある。
だが、木には視界は無い。出来てもある程度周囲を把握する程度。それに、ずっとその木に留まる事も出来ないし、ましてや全ての木を繋ぐなんて事、できるはずもない。
せめて、その木に記憶を留めて置けられれば?
……それならば、可能なのでは?
そうして完全な記憶を持つ木の制作に取り掛かってからおそらく数十年。
とはいえ私の場合、最悪睡眠は必要ない、もしくはいくつか肉体を用意して使い回せばいいし、食事だって必要ない。
体内の不要物も、適当に分別した上で掌大の立方体にでもして纏めておいて、定期的にそこらの森にでも放っておけばいいし、水分も不純物だけを取り除いて延々と回し続ければ良い。
なので、使える時間の密度は人間達のそれに比べて遥かに高く、人間達が何か新しいものを作るよりも、相対的にはそれほど時間はかかっていない方だろう。
とはいえ、なんとか完成させるまでは大変だった。
成功したと思ったら記憶を長く留めておけなかったり。
今度こそ成功したと思ったらそもそも周りを知覚する事自体がほぼできていなかったり。
周りの事をはっきりと見て、聞かせられるようになったと思ったら見た目が不気味になりすぎたり。
見た目をなんとか整えて、やっと完成したと思ったら貯えられた情報量の多さに気をやられたり。
遠方の情報の回収の為に意識を移せるようにしても、距離に制限がありすぎてなんとか距離を伸ばそうと色々と試したり。
今度こそ完成したと思ったら生育に問題があったり。
完成した記念にその木が稀に美味しい果実を付けるように調整してみたらエネルギー収支に問題が出たり。
それでもなんとかして完成させた収集の木(今名付けた)の種を実験の意味も込めて水や風、獣の体毛など様々な方法で運び、方方へバラ撒いてから月が二回ほど満ち欠けを繰り返した頃。
木が収集した情報を回収する為に、まずは近場の木から巡り、何十本かの木を巡り、回収した記憶のうち数本分を意識的に認識し終わった所で、私は心の中で徐々に勢いを増していくその辛さに気が付いた。
最初は良かった。
人々やそこに交ざった子孫たちの生活の中の小さな幸せだって我が身に起こった事のように喜べたし、どんなに小さな哀しみでさえ共に哀しみ、しかしその記憶の奔流を楽しむことができた。
しかし、喜び、楽しみ、哀しみ、また楽しみ、悩み、怒り、喜びと、段々と感情を抱くという行為そのものが面倒になってきてしまった。
勿論、回収した記憶に一々反応する必要は無いし、わざわざ共感や同情を覚える必要は無く、定期的に起きてただ記憶し、役立つ記憶の上澄みだけを掬い上げる事もできる。
だが……やめた。私は、もう、アレだ。誰かに起こされるまで寝ておこう。
定期的に起きて反応するだけというのも、疲れる。
ただ、木が知り、記憶する。それだけで良い。
私が一々見に行って、そこに感情を抱くのはやめだ。
勿論遠くの出来事を見るのは楽しい。
しかし私は、まるで小さな石のように記憶の川を流れ、精神や感情といったものが擦り減っていく。
これ以上心が削れないうちに、大きく暖かな尾に包まって眠りにつこう。
眠りは、いつだって私を優しく包んでくれる。
各地に植えた木に意識を移す。
自分が入る身体を1から組み上げられる以上、実質的に瞬間移動的な物が可能になったと言えそう。
ここ書いてる途中に思い浮かんだ設定に沿わせると現地の生物はよっぽどの事をしないとできない。
ちなみにその設定のおかげで前回の謎テンションにも理由付け貝できた。
これがサイオー・ホースというやつか。