我々は彼のとある一日に密着取材を試みた。
葛葉さんの朝は遅い。
——朝に起きないんですか?
「そっすね。起きるのは昼過ぎっす」
そう答えた彼は言う通り十二時過ぎに起床していた。
「体質もあるんですけど、やっぱ朝は苦手です」
彼はテキパキと寝床の布団をたたみ始める。
「最初はそのままにしてたんですけど、怒られちゃいまして」
苦笑いと共に話す彼の顔はどこか晴れやかだ。丁寧に布団を処理する彼の顔に嫌悪感はない。これが朝のルーティーンなのだという矜持さえ感じられた。
——これからの予定は?
「起きたら飯を食いにいきます」
言うと部屋着に着替えリビングに行くと、そこには彼が世話になっているドーラ(種族・ファイアードレイク)さんがいた。
「全く! 今日も寝坊か!」
「・・・すいませんッスゥーーー」
そこまで言ったドーラさんは我々に気がつく。
——おはようございます。
「お疲れさん。こいつの事、叩き起こしてよかったのじゃぞ?」
——その、すみません。
「まぁよい。せっかくじゃ、お前らも食べていけ」
ドーラさんの計らいで我々スタッフも遅めの朝食、という名の昼食を頂くこととなった。
「簡単なものですまんな」
——いえ、こちらこそ押しかけてしまい申し訳ありません。
「構わんぞ。あ、お茶飲むか?」
——いただきます。
大皿に盛られた焼きそばが今日の昼食らしい。葛葉さんはいそいそと自分の皿によそうと美味しそうに食べ始める。彼はかなりの勢いでかき込んでいく。
——良い食べっぷりですね。
「やっぱ身体が資本っすから」
「引き篭もりが何を言っとるんじゃ」
その答えに何処か呆れた感じでドーラさんは笑っていた。口元をソースで汚した葛葉さんは反論をし始める。
「ゲーム頑張んと腹減るんだよ!」
「もっと他にもあるじゃろが!」
「いやねぇし・・・。あとあんまり外行きたくない」
「陰キャ吸血鬼め」
「陽キャの吸血鬼って方が解釈おかしいから」
舌戦を開戦する二人を尻目に我々もご相伴に預かる。ドーラさん作の焼きそばはとても美味しく、スタッフ一同、満足の一言しか出てこなかった。
——この後はどうされるんですか?
「そっすねぇ・・・。ハマってるバトロワゲームのランクあげようかと思ってます」
言いながらPCの電源を入れる葛葉さん。流れるようにその準備を進めていく。ヘッドセットをつけると両の掌を何度か握り、開く。
「俺、ぶっちゃけ親父にも姉ちゃんにもまだ追いつけてないんで、はやく追いつきたいんですよ」
笑いながら答えるがその目は真剣そのもの。
「すません。ちょっと集中します」
一言断りを入れた彼はマウスとキーボードに手を置くと神経を集中させていく。
試合が始まった。
我々素人目に見ても彼のプレイングはかなり高いように感じられた。襲いかかってくる敵を的確に撃ち抜き、その戦闘音を聞きつけやって来た他の敵を更に倒す。
「漁夫うっぜ!」
独り言を言いながらも彼の目は、彼の手は動きを止めない。
絶対に負けたくない。
絶対に生きていたい。
執念さえ感じられる何かがそこにあった。
——・・・惜しかったですね。
「いやぁ、負けちまいました。恥ずかし〜」
試合は終盤。3対2の人数有利で始まった。膠着状態が続き、最後のリング縮小が始まると敵プレイヤーの一人が葛葉さんチームが隠れる岩陰に単身飛び込んで来るやいなや、彼以外を瞬間撃破。戦列を崩された彼はなんとか応戦したのだが、遅れてやってきたもう一人の敵に倒されてしまった。
画面に映るのはチャンピオン部隊。それを見た葛葉さんが気がついた。
「あ。またこいつかよ」
——どうしたんですか?
「この『Kanakana』ってやつ、最近よくマッチングするんですけど・・・すんげぇ強いんすよ」
——キャラクター的に、先程飛び込んできた方では?
「そうっす! やっぱりこいつだったかぁ」
食い入るように画面を見つめる葛葉さん。赤い瞳は細められ、悔しそうに唇を噛んでいた。
「次は負けねぇぞ、『Kanakana』」
そう小さく呟くと彼は再び銃把を握り、戦場へ飛び出していく。我々が見つめるその小さな背中には『強くなりたい』と願い、それを叶えようとしている男の姿があった。
「ただいま葛葉ぁ!」
「うおっ!」
——!!
葛葉さんがゲームを始めて数時間が経った頃、元気の良い声と共に彼のお姉さんであるひまわりさんが帰宅をした。あまりの声量に彼だけでなく我々スタッフ一同も飛び上がってしまう。
「あれ?」
部屋のドアを開いたひまわりさんは我々の姿に気がつく。
——お、お邪魔しております。
「どちらさん?」
——・・・どーも。本日、葛葉さんの取材させていただいております、◯◯と申します。
我々の言葉を聞いたひまわりさんは手をポンっと叩くと合点が入った表情で頷いた。
「あぁ、今日だったんか!」
「ちょ、姉ちゃん! さっさと出てけよ!」
葛葉さんはしっしっと手を振りながらひまわりさんを追い払おうとする。しかし彼女はそれに構わずに続けた。
「葛葉ぁ。ちょっと訓練所いこか?」
「は?」
「1vs1やろ」
「・・・はぁ⁉︎」
「準備するから待ってろ!」
「姉ちゃん⁉︎」
葛葉さんの抗議も何処へやら。ひまわりさんは彼の部屋を飛び出していく。残された我々と葛葉さんは呆然と開いたままの扉を見ていた。
——嵐のような方ですね。
「ッスーーーーー。まぁそうっす、ねぇ」
深くゲーミングチェアに座り直すと息を吸い、それを吐き出しながら答える葛葉さん。その額には先程までは無かった汗が光っていた。
「気合いれよ」
そう呟く葛葉さんは激戦を繰り広げ、温まった両手を握っては開いてと確かめるようにしている。
——先程葛葉さんは『お姉さんとお父さんは自分より強い』と仰ってましたが・・・。
「いやマジで強いんすよ。仮に順番つけると俺<姉ちゃん<やしきずっすね。まぁ最後には俺が勝ちますけど? ・・・よし、今日勝つわ」
自嘲しながらも彼の目は爛々と輝く。今日一番のやる気を漲らせた葛葉さん。
その彼に断りを告げ、我々はひまわりさんの後を追った。
ドアをノックすると返事と共に入室を許可される。
——お邪魔します。
「邪魔するなら帰ってや〜」
——あいよ〜・・・いやいや!
やりとりについ乗ってしまった。そんな我々をひまわりさんは声をあげて笑う。笑い終えたひまわりさんは再度我々を部屋に招き入れてくれた。
「ごめんな。ついやってもーた」
——いえ、あまりに自然なので乗せられてしまいました。
「◯喜劇見たことあるんか?」
——少しだけですが。
答えを返した我々にニコニコと笑いかけるひまわりさん。とても上機嫌に見えた。
そんな彼女に私たちは質問を投げかけた。
——あの。葛葉さんが今やってるゲームは『自分よりお姉さんやお父さんの方が強い』と仰っていました。それについてコメントをいただけませんか?
「ん〜? あいつ、そんな事いっとるん?」
——はい。至極真面目な表情をしていました。
我々の質問にひまわりさんは黙ってしまった。
腕を組み、暫し考え込んだひまわりさんはゆっくりと口を開く。
「あんなぁ。これは葛葉には言わんといてほしいんやけど」
そう前置きをしたひまわりさんは静かに語り出した。
「葛葉はな。もう、多分一番強いんよ」
その一言に吃驚する。
彼女はそんな我々を気にせずに続けた。
「ひまとパパはこのゲームをリリース当初からずっとやってるから上手くて当たり前やろ? でも葛葉は違う。最近始めて、もうひま達とおんなじ位・・・いやもっと上手くなっとるかもしれん。油断すると負けてまうからひま達は影でバレないように練習してる・・・」
確かめる様に語るひまわりさん。さっきまでの朗らかな表情とは違い、真剣な表情の彼女は再び手を動かすと葛葉さんの待つゲームにアクセスした。
「でもまだ負けたくない」
彼のアカウントに参加して、同じルームに入る。すぐさまゲーム開始のアイコンが点灯した。
「多分一番焦ってるのはパパ。深夜、仕事で疲れてるはずなのに血走った目で練習してるのを、実は何度も見とる」
ひまわりさんもゲーム開始に同意すると二人は訓練所は飛ばされていく。
「ひまは『お姉ちゃん』やから。だから負けてやらない」
語るひまわりさんも葛葉さんと同じ『ゲーマーの瞳』に成る。
そして嬉しそうな顔で叫んだ。
「『弟』に負けてたまるかぁぁ!」
その一言と共に始まる姉弟喧嘩。
葛葉さんの部屋に戻った我々はそれを見届けた。
同じキャラクター。
同じアーマー。
同じ武器。
全てが同じ中、ひとつだけ違うもの。
葛葉さんとひまわりさん。
弟と姉。互いが全力で戦い合う。
十五戦に及ぶ激戦は八戦を制したひまわりさんに軍配はあがる。
「また負けた・・・」
がっくりと項垂れる葛葉さん。
よほど悔しいのだろう。伏せた顔が歪んでいる。
——お疲れ様です。
「・・・」
彼は答えなかった。
握った拳が小刻みに震えてるのが、わかった。
ひまわりさんとの戦いの後、彼の姿は風呂場にあった。
「負けた方が風呂掃除するんすよ。・・・まぁ、つまりぃ・・・俺がいつもやってんすけどね」
さっきの顔とは対照的に笑いながら浴槽に洗剤を撒く葛葉さん。その顔は晴れやかにも見える。そんな彼を見ていた我々の表情に気がついたのか葛葉さんは少しだけ慌てた様子で言った。
「さ、さっきはすんません。ちゃんと答えられなくて」
——いえ。お気持ち、お察しします。
「あはは・・・」
乾いた笑い。
スポンジ片手に立つ彼はほんの少しだけ逡巡すると手の中のものを強く絞った。
そして絞り出す様に話し始めた。
「俺、もっと強くなりてぇんすよ。姉ちゃんよりも、やしきずよりも母さんよりも。・・・そんで、護られるんじゃなくて今度は護りてぇ」
「・・・俺はみんなに救けてもらってここにいる」
「だからその恩返ししたくて」
「今度は俺がみんなを救けるんだって、あの日決めたんすよ」
——あの日?
「あ・・・。いやぁ、何でもないっす」
何故か焦った様子で葛葉さんは風呂掃除を再開する。彼は洗い慣れた風呂場を掃除していく。それはこれ以上話さないというポーズにも見えた。
踏み込んではいけないのかもしれない。そう考えた我々は追求を避けた。
——貴方にとってここでの生活とは?
「『あったけぇ場所』すかね。ここに居てもいい、ってちゃんと認めてもらえたの初めてで・・・」
「姉ちゃんと」
「母さんと」
「やし・・・親父と」
「俺の家族が暮らす、大切な家っす」
そう語る葛葉さん。
「直接言うのは恥ずいから言えないっすけどね」
「あ。マジこれカットして下さいね? 恥ずかしくて顔大炎上なんで」
——嫌です(笑)
「はぁぁぁぁ⁉︎」
——しっかり編集して、しっかり皆さんにお届けします(笑)
「おいコラ、カメラ止めろぉ!!」
——嫌です(笑)
吸血鬼、葛葉。
吸血鬼という種族に生まれながら、ヒトと人外の垣根を超え『家族』と暮らす彼は今日一番の笑顔を我々に向けてくれた。
その笑顔は幸せそのもので。
今という生活を謳歌していた。
「え? なにこれ?」
社築は見終わったDVDのエンドロールを眺めながら呟く。
仕事を終え、家に帰った彼はリビングに放置された一枚のDVDを見つけた。ラベルも何もない真っ白なそのディスク。興味に負けて再生すると某番組風の謎の動画が再生され、自分以外の家族が総出演している。
そして。社はこんな事があったなど全く聞いていなかった。
「いつ撮ったんだ、これ・・・」
家族の中で唯一ハブられた一家の大黒柱は静かに涙を流す。
寝酒のウイスキーは何故か塩っぱかった。
葛葉さんの『ヴァンパイア』はいいぞ。