笑わない王女様が笑った時には外堀全埋めされてた件   作:恋狸

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笑わない王女様が笑った時には外堀全埋めされていた件

 時は来た。

 正直緊張しすぎて死にそうまである。

 

「ぐぬぅ、うじうじ悩むのはダサいぞ、俺」

 

 気合いを入れて扉を開ける。

 

 そこには何時もの部屋の景色で、ルミナスは何時も通り窓際の椅子に座ってボーッとしてた。

 

 ルミナスは俺の姿に気が付くと、パッと満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。

 

 

「~っ!」

 

 その笑顔はあまりにも綺麗で、自分の顔が熱くなるのを感じる。やめろ! 童貞かよ!

いや、童貞だよ!

 自分で言ってて悲しくなることを考えて精神を落ち着ける。

 

 すると、そんな俺に追い討ちをかけるようにルミナスが、俺の背中に手を回して抱きついてきた。

 

 

「ちょっ、おい!」

 

「えへへ。すみません。笑えることが嬉しくて……」

 

 フワリと香るルミナスの匂いが鼻腔をくすぐる。柔らかい女性の肢体の感触が妙に生々しくて、一瞬体も思考も硬直してしまう。

 耳は赤い。ルミナスも恥ずかしくないわけではないのだろう。

 あ~! ダメだ、可愛すぎる。そんなこと言われたら振りほどけねぇ……。精神がルミナスによってドロドロに溶かされる。毒性増してるじゃん。

 

 だが、俺は『魔剣士』!! こんなことで絆されてたまるものか!!!

 ……『魔剣士』の格が最近安っぽくなってる気がする。俺のせいだな。後に継ぐ『魔剣士』ごめんな、後悔はしないけど。

 

 結局俺は振りほどけずに、ルミナスの抱擁を甘んじて受けることになった。意思力の欠如が窺えるね!

 

 二分ほど経っただろうか。永遠にも感じられる時間の後、ようやくルミナスは抱擁を解いた。どこか名残惜しそうにしているのは俺の勘違いなのか。

 

 

「先生、こんにちは!」

 

「お、おう」

 

 喜色満面のルミナスの挨拶にたじたじになる俺は、端から言ってかなりダサいけど、この状況に動揺しないのは人間じゃないと思う。

 

 と、このままだとルミナスのペースに押されてしまう。早いところ本題を話すべきだ。

 俺は真剣な表情を作る。

 

「おい、新聞見たんだけどどういうこと?」

 

 ギクッと体を硬直させたルミナスは、恐る恐る俺を上目遣いに見上げて言った。

 

 

「先生……このままだったら私の告白を断ると思ったんです。だから、権力使って逃げられないようにしようかな、と思いまして」

 

「思いましてじゃねぇよ。えげつないことするなおい」

 

 思わず突っ込んだ俺だがかなり動揺してる。

 なぜか的確に俺の弱点を押さえられてることはさておき、実行に移すまでが早すぎる。告白してから次の日て。

 

「それに、こっちの方が手っ取り早いので」

 

「本音漏れてるぞー。おーい」

 

 にこりと笑うルミナスの目は笑っていなかった。

 数多の強敵を退いてきた俺が恐怖を感じるほどの圧がこの場を支配する。王女が殺気出すでない。

 

 

ルミナスはコツコツと靴の音を鳴らしながら窓際まで歩き、外の様子を覗き見ると笑みを深めた。

 

 そして碧の双眸が怪しげに揺れ、威圧しながら言う。

 

 

 

 

「で、結婚しますよね?」

 

 

 

 

 

「ぐっ、ぬぬぬぬぬ」

 

 

 

 ヒートアップ寸前の思考を全速力で働かせる。無意識に唸る俺は悩んでいた。

 

 昨日の俺は断るつもりだった。

 

 ルミナスのことが好きなのかどうかも分からないし、そもそも先生と生徒という関係があったからだ。

 

 だが、今日、蓋を開けてみたらどうだ?

 

 見事に逃げ場を無くしているではないか。

 

 

 

 シュミレーションしよう。

 俺が自分の倫理観に従い結婚を断った場合だ。

 

 

 

『魔剣士、まさかの婚約破棄!?』

 

 

 という、そもそも婚約してないのにこんな報道が成されるだろう。

 俺は大きくバッシングされ侮蔑の目で見られるに違いない。新聞は全国に回されることになるだろう。

 

 しばらく日の目を見て堂々と出歩くことができなくなる。

 

 それまでに俺はあらゆる関係者どもに厳戒態勢のもと包囲されている。情報は強い。俺よりも全然強い。

 一種の意識操作を覆すのは一個人じゃ不可能な話だ。そんなに俺に人脈はないしさすがに国を敵に回すのは無理だ。

 

 

 

 あれ、これ本当にヤバいのでは。

 

 

 

 つ、次行こう!!

 

 こら、ルミナス、悩む俺に笑いかけるでない。楽しんでるでしょあんた。

 

 

 

 

 俺がルミナスと結婚した場合だが。

 

 

 

 まず、誰にも反対されずに大きく祝われるだろう。

 

 国全体が幸せムードの中行われる結婚式。俺とルミナスは笑顔で式を執り行い、その後は甘々な新婚生活……ってこの思考はキモい。

 

 でも、おおよそは合致しているはずだ。自ら包囲されに行くわけだからな。  

 

 お姉ちゃん大好きっ娘のセリアは応援というか脅迫してるし。

 

 

 

 あれ、これ案外悪くないんじゃないか?

 

 

「あれ、先生顔赤いですよ?」

 

 クスクスと笑うルミナスには勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。

 ……こいつ、俺がシュミレーションして案外悪くなな、のくだりまで計算してたな? 天才かよ。天才だったそういえば、バカだけど。

 

 くそ、ダメだ。顔が熱い。

 今まで意識的に考えたことのなかった結婚の文字。

 共に歩き、二人で歩む時に隣にいてくれたのがルミナスだったなら。

 

 そうだよ、案外悪くないんだよ。

 むしろ、それを望んでいる自分すらいるのを感じる。

 俺は『魔剣士』なんだ。ずっと言い続けていた言葉の存在意義が決壊してしまう。

 

 『魔剣士』だから、なんだよ。俺は幸せになったらいけないのかよ……?

 

「俺は……」

 

 くしゃりと顔を歪めて悩む。

 そんな俺を見たルミナスは、全てを包み込む慈愛の笑みを浮かべた。

 

「先生は『魔剣士』ではありません。私の『英雄』です。共に人生を歩みたいと思える、そんな存在です。

 私が、あなたの……ヨウメイとしての存在理由を与えます」

 

「あぁ……っ」

 

 どうしてだろうか。涙が零れる。

 俺は泣いちゃいけない。強く在らなくてはいけない。

 凝り固まった思考を解きほぐすように、俺は再びルミナスに抱き締められていた。

 

 その温もりは、俺が久しく忘れていた感触だった。

 

 ──何時からだろうか。『魔剣士』としてとか、『魔剣士』だから、と。生きる意義に理由を付け始めたのは。

 忘れていた。人の温かさを。  

 誰も彼もが『カタギリ・ヨウメイ』を求めていない。『魔剣士』を求めているのだと悟ってしまった。

 

 誰かの『特別』でありたいと、そう心の底で願っていた。

 表層には出ていた。俺がよっちゃんと呼んで欲しいと言うと、誰もが断る。そうした時にチクりと胸の痛みを覚えていた。

 それはきっと、『魔剣士』としての俺ではなく『カタギリ・ヨウメイ』としての存在を刻み付けたかったからだ。俺という存在が消えないように。

 

 涙が零れる。

 抱き締めるルミナスの温もりを感じたまま、俺はふっと笑った。

 

 

「これは……勝てねぇや」

 

 始めての敗北を経験したのに、俺の心は晴れ渡っている。  

 近くで俺を認めてくれる存在《ルミナス》がいる。それだけで俺は安心できた。  

 こりゃ、完全に絆されてるわ。

 

 

「俺も好きだ。好きになったらしい。お前には一生勝てる気がしないよ」

 

 ポンポンと背中を叩きながら、初めて芽生えた感情に言葉を付ける。

 

 

「好き、好き、好き。言葉一つでこんなにも嬉しくなるんですね……」

 

 体を離して自分の胸に手を当てたルミナスは笑っている。俺は涙を流しながら笑っている。

 

 感情が思考を超えて、俺はルミナスに向かって踏み出す。成すべきことは一つだった。

 

 

「せんせっ、むぐっ」

 

 顔を近づけると、俺のやろうとしていることを察してか頬を赤く染める。そんな様子に愛おしさを感じながら、何かを話そうとしていたルミナスの口を塞いだ。

 

「結婚してくれ」

 

 十数秒の口付けの後、そんな言葉が口を衝いて出た。

 我ながらなんてぶっきらぼうで不器用なんだと思ったけど、止められない気持ちを表すには充分だったみたいで。

 

 ルミナスは瞳を潤め、溢れる気持ちに身を任せ今までで一番魅力的な笑みを浮かべる。

 

 

「はいっ」

 

 

 

「「あははっ!!」」

 

 

 なんだか可笑しくて。少し恥ずかしくて。  

 誤魔化すように二人でしばらく笑い続けた。

 

 

 

 

 ────あぁ、まさかだよな。

 

 

 笑わない王女様が笑った時には外堀全埋めされてるなんて。

 

 

 

 

 

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