イベント終了三時間前にプロローグをタップした三下マスターが、グレーテルに燃えて書き出した怪文書。
多分その打ち続ける。

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メンデルとグレンデル Grendel's Cinderella Story

 その怪物はブクブクと醜い贅肉に覆われている。

 身の丈大樹ほどもあろう巨体は、その大半が贅肉でできている。

 肉の固まり、貪欲の化け物。垂れ流す体液は膿のように濁っている。廃液のように毒を発し、沼のように溜まる。

 鱗、鰭、体を覆うそれらは、蕩けた肉を入れた不定形の入れ物でもあるのだろう。

 

 グレンデル、グレンデル。

 醜い怪物。英雄の足場。姿無き端役。

 だがな。いずれ知るだろうさ。

 

 その贅肉は鉛だ。その鱗は鑢だ。

 その鰭は、水の中であろうと生かし続ける生命力だ。

 剛腕は唸り、遥か地平の彼方まで大地を抉り飛ばすだろう。

 その血は英雄の詰めを殺すだろう。決して殺しきれぬ。罪人の血筋ゆえに。

 

 グレンデル、グレンデル。

 醜い化物。英雄の足置。語られない敵。

 お前はまっこと、化け物だ。

 

 醜い醜い、化け物(ニンゲン)だ。

 

 

***

 

 

 ――暗い。

 

 辺り一面、何の光源もない。こんな場所があるのだろうか。新月の夜であろうが、星の明かりぐらいはある。

 いや、そもそも街灯の明かりが無い場所なんてあるのか。そんな場所へ足を向ける気質ではないし、仕事上での予定もない。此処は何処だ。

 手で足元を探り、だが何も分からない。寝起きのようなぼんやりとした触覚では、きっと錆びた剣で切りかかられても気づかないだろう。

 無防備だ。体ではなく、心が。頭では緊急事態だと理解しているのに、心がまるで追いついていない。夢見心地で、布団の中に居る様に安穏としている。これではいけないと思いつつも、恐怖を抱けない。

 脳が発する警鐘をよそに、思い付きの行動を起こす。立ち上がり、フラフラとどこかへ歩き出す。体が揺れているのか、居ないのか。茫洋とした世界ではそれすらも分からない。

 

 五感の喪失、現実感の麻痺。

 歩いているのは、自身の体がそういう反応を返していることからの推測だ。足裏から何かの振動を感じるわけでも、風が頬を撫ぜているわけでもない。体が報告しているのを聞いているだけ。

 どこへ向かおうというのか。何処へ向かっているのか。

 

 

 

 それは縮尺の狂った脳味噌に見えた。水っぽい匂いが鼻腔を通り抜ける。鼻がイカれているのか、体でヒリつく臭気を感じているというのに、鼻はそれを嗅ぎ取れない。

 羊水に溺れているような温もりと共に、突然それが身動ぎをしていると気付いた。

 

 生きている。動いている。

 ぼやけた目に力を入れてよく見れば、それは頭と腕を持っているように見えた。輪郭があり得ないほどに大きいが、小人が机にうつ伏せになっている人間を見ればこう見えるだろう。

 波打つ腕らしき部位は、腫瘍にも似た鱗で覆われていた。重なり、集まり、瘤のようになっているものがありふれている。その所為だとでも言う様に、鱗の禿げたところがある。白い、黄ばんだ脂肪が見えた。

 もっとよく観察して、その腕が一本しか見当たらないことにも気が付く。

 

 何なのだろうか、これは。

 その疑問に答えるように、何処かから唄が聞こえ始めた。

 

 __グレンデル、グレンデル。

 __醜い怪物。悍ましい獣。英雄の敵。

 __お前はまっこと、汚らしい。

 

 聞き覚えがある。ふと、そう感じた。

 駅前でサビ途中の歌が歌われているのに気付いたように、意識するより前から聞こえていた。

 そんな気がした。

 

 __垂れる蛆汁。溜まる泥沼。

 __人を妬み、幸せを妬み、強きを妬み。

 __誰よりも醜い、魔女の実仔。

 

 言われてみれば、足元が濡れている気もする。足首まで浸かっているのか。波紋の中に立っていた。

 それから、グレンデルと呼ばれている怪物を改めて見直し、片腕が欠損しているという事が分かった。肩口から引きちぎられている。ああ、だんだん思い出してきた。

 自分はこれを知っている。

 

 __水底に生き、水面を望む。

 __勇士の巻き藁にも成れなんだ、お前は誰だ。

 __べオウルフを母の下まで導いた、使えない子だ。

 

 確か……『ベオウルフ』とかいう、イギリス文学の古い古い、伝承の英雄譚。そこに登場する、かませ犬のような怪物だ。

 多くの姿に訳され、たいして重要でないと正されず、どうでもいいから興味を持たれることもない。そんな、良くある悪役。

 ありきたりで、そこらに居る、小悪党。

 

 __グレンデル、グレンデル。

 __死にかけの悪魔。姿の無い怪物。泥と共に踏まれる悪。

 __お前はまっこと、小さい器だ。

 

 そんな感じだった。

 ああ、そうか、という風に唄を聞き流し、内から湧き出る思索に耽り。

 気が付けば自分までもが、その唄を口ずさんでいた。

 

「グレンデル、グレンデル。

 醜い怪物。悍ましい獣。英雄の敵。

 お前はまっこと、汚らしい

 

 

  それは、英雄譚に拝される小さな悪役。

  だれも見向きすることのない、どうでもいい木っ端。

 

 

「垂れる蛆汁。溜まる泥沼。

 人を妬み、幸せを妬み、強きを妬み。

 誰よりも醜い、魔女の実仔。

 

 

  良くある、ありふれた小悪党。

  大悪も為せず、小心者な木偶の棒。

  他人の幸せを憎み、足を引っ張ることに命を掛けて、自分一人が落ち潰れる。

  失笑すら値しないような、下らない悪。

 

 

「水底に生き、水面を望む。

 勇士の巻き藁にも成れなんだ、お前は誰だ。

 べオウルフを母の下まで導いた、使えない子だ。

 

 

  プライドもなく、思慮もなく、周囲を巻き込んで落ちていく。

  思い付きで行動し、尻ぬぐいに周りを巻き込む。

  典型的な嫌われ者。

 

  ああ、成程。

 

 

「グレンデル、グレンデル。

 死にかけの悪魔。姿の無い怪物。泥と共に踏まれる悪。

 お前はまっこと、小さい器だ。

 

  だからこそ。

 

 醜い醜いグレンデル。

 お前はまっこと――楽し気だ」

 

 こんな奴と、馬鹿騒ぎしてみたかった。

 

 

 

 思い返すほど、自分の人生には面白みがなかった。

 そこそこに努力し、そこそこの学歴を得て、そこそこの収入で生き、そこそこの死に様を晒す。

 愕然とした。酒を飲んで酔って、周りと同じように自分の若い頃の話を聞かせようとして、何も口から出て来なかった。

 山も谷もない、他人に語って聞かせるだけの物語もない。どうでもいい、二束三文ですら売り飛ばせない、無価値な人生。

 

 老人ホームで初めて気づいた虚しさ。

 そもそも、自分には友人と呼べるような人間がいただろうか。

 死に間際になって漸く、自分が八十年以上を無為に過ごしていたことに気付いたのだ。

 

 だから、せめて。

 生まれ変われたら。

 今度はこんな、小悪党でも友人に持つ人生が良い。

 自分から踏み出せずとも、きっと華がある人生になるだろうから。

 

 

 ――。

 

 

 目を覚ます。気怠い朝。

 どうやら、夢だったようだ。

 

 話のネタになる夢を見た。少し上機嫌になりながら、身を起す。

 普段より少し強い朝日に目を細める。

 目を擦ろうとして――妙に潤いのあるその手を止めた。

 

 見覚えのない小さな手。自分のそれにしては張りがある。

 まるで紅葉のような、小さな手。お手手。

 

 ふぅ、と一息つき、見直せば見覚えのないという事に気が付いた天井を見上げた。

 

 確か、こういう時はこんなことを言うんだっけな。

 

 

 

「夢だけど、夢じゃなかった……っ」


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