見えない世界は素晴らしい   作:灰夢

2 / 2
 遅くなりまして申し訳ありません。
 新入社員に、仕事終わりで小説を書くほどの余裕などないわけで、朝も早い仕事ですので、夜更かしもできず、このようになってしまいました。
 あと、普通に障害走のこととか、マラソンの並走者のこととか、なにも知らな過ぎたので、ネタ作りもかねて、いろいろな資料を検索しながら作っています。
 完結するのかしらこれ・・・。


第二話 気まぐれは涙に変わり

 耳をつんざくような喧騒が、右から左へと抜けていく。

そうすることでしか自分を保てないのは、自分が弱いことを認めたくないからだと、インチキな自己啓発本に書かれていた記憶がある。案外的を射ているなと、自嘲気味に考えた。

 まわりでは、人の群れが、皆一様に同じ方向を向き、思い思いの言葉を叫んでいる。

 小倉レース場のスタンドは、穴あきが目立つとはいえ、それなりに埋まっていた。休日ということもあってか、暇つぶしもかねて来た若者も交じって、それなりに人数がいるらしかった。

 それがいけなかった。

 あらん限りの力を振り絞って出される嬌声は、それだけでアタシ自身を締め付ける縄となる。

 かといって、立ち上がることもできなかった。

 人々が向いている方向を見ると、どかどかとなにかをかき分ける音がする。目を向ければ、青々とした芝が、視界いっぱいに広がる。自分で言うのもなんだが、なまじ背が高いだけに、スタンドで座っていても、下の景色は見えてしまうのだ。

 青の上を、白い体操服に少し砂をつけた、おおきな三角耳とふさふさした尻尾を持つ女の子たちが、バラバラと走っている。肌に光る汗が、春にしては強い太陽にきらめいて、真剣さを際立たせている。

 「先頭ゼッケン4番リボンカロル、内々ついて2番スーパーセルフィ、その後ろにゼッケン7番ドリームベルーガ、5番スティチアが並んでいます」

追い打ちをかけるように、二階席付近に付けられたスピーカーから、実況の声が鋭く突き刺さる。

 心臓を握られたような感覚が胸にやってきて、嫌な温度の汗が脇を伝い始める。

 「クソ・・・」

 思わず、彼女たちと同じような尻尾を掴む。そこで、自分が彼女たちと同じウマ娘という種族であることを、改めて理解する。

 これが、この場所の日常なのだ。365日、毎日のように、いずれかの場所で、毎日のように繰り返されるだけの、普遍的な光景。それだけで、なぜこんなにも心が痛いのだろう?

 「先頭は依然として、4番リボンカロル!2番スーパーセルフィ懸命に追いすがる!」

 気づけば競走は、終盤に差し掛かっているようだった。歓声が、より大きくなる。

 これ以上その場にいると気が狂いそうだったので、居たたまれないなったアタシは、勢い良く席を立つ。

 頭の上の、白い耳は、おそらく萎れてしまっているだろう。触らなくてもわかる。

 ふさいだとはいえ、後ろの若い、チャラついた男の発した舌打ちだけは聞き取れた。むかついたので殴ろうかとも思った刹那、昨日学校の掲示板に張り出されていた紙が頭にフラッシュバックした。

 

 いつものように、朝食が始まるギリギリくらいの時間に起き出して、からっぽの胃袋をさすっていると、目の前に人だかりができていた。

 アタシが通う、トレセン学園園田校の食堂前には、少し角が剝がれた古い掲示板がついており、学園からのお知らせや、新聞部が発行する学校新聞、レースのお知らせなんかが、週替わりで張り出される。

 しかし、その日は水曜日であり、そんなときに目新しい情報など貼られているはずがなかった。

 不思議に思い、近づいてみると、ウマ娘のひとりがアタシの存在に気付き、「げっ・・・」と言った。

 なにが「げっ・・・」だ。そう思ったが、無視してウマ娘の波をかき分けて進むと、一枚の紙が貼られていることに気が付いた。

『以下のウマ娘を、停学処分とする。』

 そう書かれた文言の下には、アタシの名前だけがポツンと置かれていた。

 なんだこれは。突然の出来事に整理が追いつかず、周りを見渡してみる。すると、先ほどまでアタシを取り囲んでいたウマ娘たちが、蜘蛛の子を散らすように、一斉に離れていった。誰もが、顔に何とも言えないという薄ら笑いを浮かべながら、あるものは食堂へ、あるものは玄関の方向へ向かっていく。

 残されたのは、紙に書かれた名前と同じように、ポツンと残されたアタシだけだった。

 刹那、食堂の扉が開いて、反射的にそちらを向いた。すると、頬に大きな湿布を張った黄色いポニーテールのウマ娘が、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、通り過ぎた。

 アタシは、そいつの名前は憶えていない。元々同級生に興味を持って接したことがなかったし、昔から目つきがわるかったこともあって、人にもウマ娘にも、積極的に寄られたことがなかった。

 しかし、玄関の方向に向かって歩いて行く揺れるポニーテールが苛立ちを増長させることだけは、ハッキリと自覚ができた。

 

 ざまあみろ。いい気味だ。

 

 大方、そんなことを思われているだろうことは、想像に難くなかった。

 

 

 舌打ちをしてきたチャラついた男を睨みつけて、アタシは人ごみの中を駆け抜けていく。腐っても鯛、脚力には自信があった。全速力は出せないが、人を押しのける助けぐらいにはなってくれるだろう。

 太ももに少し力を入れて、逆に肩から腕は、力を抜く。これが一番走りやすいことは、ここ数年の、ひとりでの走り込みで知っていた。

 思い切って踏み出せば、じわじわと速度は上がっていく。不規則に変動する隙間を見つけては、そこに、体を滑り込ませる。縦に長すぎる体でも、まばらな客の波には、すんなり入ってくれた。

 葦毛の長い髪を振り乱して、耳をしぼませて人込みを縫っていくウマ娘は、傍から見れば、ひどく滑稽だろう。あくまで客観的にみればだが。今のアタシにそんな余裕はなかった。

 ある程度走れば、人はまばらになり、広いスペースに出てきた。目の前にベンチがあったので、そこに座る。

 息があがって、苦しい。そういえばここ最近は、自主トレーニングさえしていなかった。こんなにも体力が落ちていたのか。

 ふらふらとベンチに座ると、新聞を広げていたおじさんが、ぎょっとした表情でこちらを向き、そそくさと走っていった。

 漂う人のにおいにむせながら息を整えていると、隣のフードコートから、チキンの匂いが漂ってきた。

 壁をぶちぬいて作っただけの簡単な売店だが、昼食を食べ損なった人々が、何本もの行列を作っていた。

 ふと、入口横の、看板にポスターが貼られているのが目に入った。

 緑の軍服のような勝負服に、白い流星の入ったオレンジの髪のウマ娘が、正面を向いて立っている。その周りを、幾多のウマ娘が取り囲んでいる。どれも、テレビや新聞で、一度は目にしたことがある連中ばかりだった。

 やつらは、GⅠをいくつも勝っている、それだけでなく、スター性も持ち合わせている、文字通りバケモノだ。アタシには到底、手の届かない存在だ。

 ふと、自分の着ている服を見た。

 園田トレセンの、白地に、赤と青のラインが、肩と、スカートの裾の部分に入っているだけの、シンプルなセーラー服。買い換えていないので、曲がった跡がくっきりできている、安物の黒いローファー。

 最初はダサいなと思ったこれも、一年以上着ていれば、さすがに慣れてきた。

 ただし、着心地は、中央の制服に比べれば、段違いに悪かった。吸水性が悪く、夏場になると汗を吸わないので、中でべたつく。おまけに、すこしザラザラするので、こすれて痛い。

 そうだ。アタシも昔は、あいつらと同じ所にいたんだ。

 ポスターのあいつらと同じところにいたかもしれない自分を想像してみる。しかし、明確なイメージが、何一つとして浮かばなかった。どれだけ思い浮かべても、自分の姿はぼやけるどころか、そもそも見えてこない。

 誰にも気づかれないし、自分だって、実体がないから、存在していることにすらならない。どれだけ愛想よくしようが、行儀よくしようが、誰にも気づかれない。そしてふと、誰かがつぶやくのだ。「結果がすべてだ」と。

 やめよう、空しくなってくる。そう思って、もう一度ポスターを見つめてみる。

「来るんじゃなかったこんなところ・・・」

 アタシと彼女たちは、一体なにが違うのだろうか?

「ちくしょう・・・ちくしょう・・・!」

 いや、アタシはどこで間違えたのだろうか?

 

 レース終わりに、黄色のポニーテールに鼻で笑われて、殴りかかったときか。

 園田トレセンへの転入を受け入れたときか。

 府中トレセンの選抜レースで結果を残せなかったときか。

 もっといえば、中央のトレセンに入りたいなんて考えたときか?

 

 考えれば考えるだけ、胸の中をかき回されるようで、胸が苦しくなってくる。

 抑えようとして、吐きだした息が震える。

 

 いつもこうだ。

 失敗したことを認められない。みじめになるのが嫌で、どうにかかっこつけようと、わざとやんちゃぶってみる。

 でも、その結果はどうだった?

 幼少期から夢だった、中央トレセンの合格通知が届いたときには、心が躍った。なんにでもなれるような気がして・・・バカみたいだ。

 中央に行けば、自分より凄いウマ娘なんて、ごまんといた。選抜レースは何度出ても入着すらできなかったし、すぐ嫌になって辞めてしまう悪い癖もあって、能力もたいして上がらなかった。

 デビューすらできず、ほどなくして中央から追い出された。

 こんななにも実績のないウマ娘を拾ってくれた園田トレセンには感謝している。

 それでも、あのとき潔く諦めていればなんて思ってしまう、自分もいる。背丈とプライドだけは高い自分のせいだとはいえ、少なくとも今よりつらい思いはしなくて済んだかもしれない。

 不本意ながら行ったハードル走の訓練で、傷だらけになった同期の足と、自分の長いだけの足を見て、「アタシはあそこまで本気になったことがあるのか?」と、幾度となく自問自答した。

 すればするほど、どんどんみじめになっていった。

 そんな奴に寄り添う者など、いるはずがなかった。しかし、気が付いたときには、もう取り返しがつかないほど、アタシは、アタシが最も恐れた姿に近づいていた。

「ちくしょう・・・わかってんだよ・・・自分が負け犬以下だってことくらい・・・」

 目の奥がかっと暑くなり、涙が瞳の端から零れ落ちる。白いスカートに、薄い水の跡が、ぽつぽつとできていく。

「どうすりゃいいんだよ・・・」

 道行く人々が、アタシを見て、いぶかしんでいるのがわかった。それでも、涙は止まらなかった。泣けば泣くほど、中にたまった腐ったなにかが抜かれていくようで、むしろ心地よかった。

「なんだテメェらジロジロと!見せもんじゃねえぞ!」

 堪え切れぬ涙をぼろぼろ流しながらも、精いっぱい強がってみる。ひそひそと話していた野次馬連中は、アタシの怒号をに目を見開いて、様子を伺うようにのそのそと、端から順番に去っていった。

「なんだあいつ・・・」

「あれヤバいやつだよ絶対・・・」

 何人か、そう去り際に呟いているのが、聞こえた。ウマ娘の良すぎる聴覚が恨めしいと思った。

 ああ、またやってしまった。こうすることでしか自分を守れない。アタシは、どこまでも弱いウマ娘だ。でも、いまだけは許してほしい。これで最後にするから。

 唇をかみしめて、声を殺して泣き続けた。

 この涙は、心が流した透明の血だ。ならば出来ることは、枯れるまで出し尽くすことだけだった。

 

 

 収まってしまえば、いくらかの疲労感と、なにかが抜けていった軽さだけが残っていた。重い腰をあげてベンチを立つと、地下の売店でしばらく冷やかしをしてから、手荷物預かり所に預けていた学生カバンを取りに行く。

 半地下の若干遠い位置にあるが、コインロッカーが、さらに奥の、キッズスペースの隣にしかなかったので、そこに預けるしかなかったのだ。

 着の身着のままで飛び出したので、カバンの中には、たいして中身のない財布と、着古したジャージ、レースを見に来る前に買った、無地のレターセットくらいしか入れていない。

 盗まれたところで困らないのだが、念には念を入れておいた。

 ローファーのこつんこつんという音が響くほど、他人の気配がしないことにふと気が付いた。おそらく、あと少しで全てのレースが終わるのだろう。

 だからこそ、アタシには、そのウマ娘が異様に映ったのかもしれない。

 

「お姉さまぁ・・・どこへ行かれたんですのぉ・・・?」

 黒いゴスロリのワンピースに身を包んだ、鹿毛のミディアムボブカットの華奢なウマ娘が、雪のように白く、枝のように細い両手を前に突き出し、所在なさげに右往左往しているのが、嫌でも目に入った。

 きちんと手入れがされているのか、夕方が近くなり落ち着いてきた陽の光の中でも、髪や尻尾がそよ風にさらさらとゆられ、毛の細部まで艶やかに光っている。手入れもしていない、くせ毛まみれの自分の髪や尻尾とは、大違いだ。

 どこかのお嬢様だろうか、外見から、育ちの良さが見て取れた。

 だからなおのこと、目の前で、キョンシーのような格好でふらふらとさまよっている光景は、一言でいうと、異様だった。

 何人か人間はいたのだが、いずれも気味悪そうに遠巻きに目を細めているだけだった。ひとりの男が、アタシの存在に気がつくと、じっとアタシを見つめてきた。

 お前がどうにかしろということだろうか?

冗談じゃない。あんな見るからに危ない予感を纏っているやつの相手なんて御免だ。

 心の中でそう叫んで睨みつけると、男は、慌てて荷物を両手に抱えると、一目散に走っていった。他の人間たちも、男に追従して逃げていった。

 手荷物預かり所の前には、どこかからピンと音がしそうなほどの静けさが間に横たわり、ゴスロリウマ娘とアタシを隔てている。

 なんでこうなるんだ。アタシは、自分の不運を嘆くしかなかった。

 




もうちょっと凝った文章が書けるようになりたい。

追記
初めて小倉競馬場に行き、若干想像と相違があったため、文章を一部変更しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。