多くのウマ娘を擁するトレセン学園。
その生徒会室にコク、コク、と規則正しい音が部屋に響く。
どこか微睡を誘いそうなその音だったが、その微睡を断ち切るようにボーン、ボーンという音が鳴った。
「ふむ。もうお昼か。みんな、取り合えずお昼にしよう」
私が仕事をしている長机よりも立派な机で仕事をするウマ娘、トレセン学園生徒会長のシンボリルドルフの一声で張りつめていた空気が弛緩し始めた。
「はい、会長」
「やれやれ。やっと昼か。飯でも食ってくるか」
「あ、おいブライアン! 昼休み後もサボるなよ!」
「ははっ。私たちも行こうか」
いかにも生真面目そうなエアグルーヴがルドルフに返事をし、一歩間違えれば不良にしか見えないナリタブライアンが部屋を出ていく。
この二人も、生徒会メンバーである。
ルドルフもエアグルーヴと食堂に行くつもりなのか、準備をしている。
「ミライ。君も一緒にどうだ」
「悪いな。もう少しやっていく」
「そう、か。あまり根を詰めすぎないようにな」
「ああ」
少しだけ寂しそうな顔を浮かべるが、それも一瞬。ルドルフはエアグルーヴを連れて食堂へ向かった。
さて、もう少し頑張るとしよう。
……これくらいでいいか。そろそろ食堂で昼ご飯を――
「カイチョー! 一緒にご飯食べよーってあれ。カイチョーは?」
扉を勢い良く開けて入ってきたのは、後輩でもあるトウカイテイオー。
いかにもガキンチョの言葉が似合いそうだが、ルドルフが特に目をかけており、それ故に甘い。マジで甘い。前に呼ばれたからと仕事中にカラオケに行ったくらいには。
「……何度も言うがな、扉はもっと丁寧に開けろ。壊れたらどうするんだ」
「あ、ミライ! カイチョー知らない?」
「あいつなら食堂に行ったぞ」
「え、あのカイチョーが……? いつもギリギリまで仕事してるのに?」
「……言うな」
テイオーの言う通り、前のルドルフは、それはもう酷いものだった。
朝は誰よりも早く生徒会室で仕事を始め、昼はギリギリまで仕事をして食事は最小限の時間、夜はこれまた寮の門限ギリギリまで残る。
確かに責任ある立場としては褒められることなのかもしれないが、ルドルフはまだ学生だ。しかも、ドリームトロフィーリーグのトレーニングもあるのだ。ハードワークな感は否めない。
ルドルフが所属しているチームのトレーナー、おハナさんも困っていたくらいだ。
それも、私が言い聞かせたり、トウカイテイオーがこうして昼食に誘いに来ることで改善の兆しを見せてはいる。
「そういうわけだから、ルドルフに用があるなら、食堂の方に行け」
「うーん。ミライはどうするの?」
「私か? まあ、そろそろ昼食を食べに行くつもりだが……」
「じゃあ一緒に行こ! ボクね、ミライも誘うつもりだったんだ!」
「んー、まあいいか」
どうせ食堂に行くのだ。たまにはやんちゃな後輩の言うことを聞くのも先輩の役目だ。
そう思って立ち上がると、テイオーが右腕に抱き着いてきた。
「なんだ急に。動きにくいから離れろ」
「えへへー! いやだよー!」
「はぁ……食堂までな」
「うん!」
こうやって抱き着いてくるのは、今日に限った話ではない。
あの日、失意に溺れるこいつと話してから、こうして抱き着いてくる……というか、距離が近くなった。
顔を合わせれば、腕に抱き着いてくるのは当たり前。時には抱き着いてくるし、何かと遊びに誘ってくる。ひどい時には、どこで手に入れたのか温泉旅行のチケットを持ってきたこともある。
もっとも、生徒会の業務が忙しすぎて付き合ってやれたことはほとんどないのだが。
「ねえねえ、今度さ、一緒に遊園地行こ!」
「遊園地? まあ、行ければね。というか、別に私と行かなくてもいいだろ? どうせならルドルフと行ってくればどうだ? あいつもたまには休みが必要だろう」
「むー。ボクはミライと行きたいの! カイチョーとはまた今度行くもん!」
「って言われてもねー」
「――あー!」
「……うん?」
テイオーと廊下を歩いていると、後ろから騒がしい声が飛んできた。
なんだなんだと振り返ってみれば、そこにいたのはオレンジ色の髪や耳を持つウマ娘だった。
確か名前は……
「テイオーちゃんずるーい!」
「へへーん! なんたってミライはボクのだからね」
「誰がお前のだ。それで、マヤノはどうしたんだ?」
「そりゃあもちろん、ミライさんと一緒にお昼ご飯食べよーって誘いに来たの!」
フフンと胸を張るこの娘の名前はマヤノトップガン。寮ではテイオーと同室で、ブライアンの知り合いでもある。
初めて会ったのはサボっていたブライアンを探しに行ったとき。ブライアンと話していたところを見つけた。
その後もたまに話すことがあり、今でもこうして話したりする。
「ミライさんミライさん! また、大人の女性について教えて!」
「む。ミライはボクとお昼ご飯食べるんだから、マヤノの話は後にしてよー」
「テイオーちゃんばっかりずるい。私もついてくからね!」
「はいはい。とりあえず、早く食堂に行こう。時間が無くなる」
二人を宥め、食堂に向かおうと歩き出すと、テイオーが抱き着いている腕とは反対の腕にマヤノがくっ付いてきた。
見た通り、マヤノもテイオーの様に距離が近い。
顔を合わせれば、腕に抱き着いてくるのは当たり前。時には抱き着いてくるし、何かと遊びに誘ってくる。ひどい時には、どこで手に入れたのか温泉旅行のチケットを持ってきたことも……あれデジャブ?
新たにマヤノを加え、両腕に重りをつけたまま食堂に到着すると、未だに賑わっていた。
「さてさて、何を食べるとするかな」
「……ミライ?」
「ん? ルドルフか」
食堂の数ある机の一つ。そこには先に出ていたはずのルドルフとエアグルーヴが昼食をとっていた。
「先に向かってなかったっけ?」
「途中で先生につかまってな。ミライは……何かと賑やかだな」
「カイチョー、こんにちはー!」
「こんにちはー!」
「ああ、元気そうだな。ふたりとも」
「二人とも、先に料理取ってきな」
「「分かったー!」」
テイオーとマヤノは料理を取りに行かせ、ルドルフとエアグルーヴに向き直る。というよりも、何故か機嫌が悪くなっているエアグルーヴにだが。
「ふん。私たちと食べるのを拒否しておいて、あの二人とは食べるのだな」
「いや、あの二人はたまたま出会っただけだよ。テイオーなんかは、ルドルフを誘いに来たみたいだったし」
「どうだかな」
「まあまあ、落ち着きたまえ、エアグルーヴ。とは言えミライ、私も気になるのだが……」
「だから偶然だって」
どことなく怖い雰囲気を醸し出すルドルフ。そんなに一緒に食べたかったのだろうか。
別に私のことなんて、対して構う必要もなかろうに。
そもそもな話、
だから
「許してよ。また今度、埋め合わせするからさ」
「……そうか? うん、それなら許そうじゃないか」
そんな微笑んだりしないでくれ。
「エアグルーヴも。また水やり手伝うから」
「わ、私は別に気にしてるわけじゃ……」
はっきり断ってくれ。
「カイチョーとエアグルーヴとばっかり話してるのずるいよー!」
「はい! ミライさんのも取ってきてあげたよ! あーんしてあげるね?」
私なんかじゃ、つりあったりしないんだよ。
……私の名はミライクライ。戦績はオープン戦を数勝、GⅢを3回程度勝利。
まあ、パッとした戦績は持たない中途半端なウマ娘で、生徒会のメンバーだ。
私の周りには、才能持ちが多すぎる。