夕陽に照らされたグラウンドを走る生徒たちの姿は、やはり美しい。
私が望む、夢見る世界。この光景をもっと増やしたい、守りたいと思う。
だからまずは――
「怪我の様子はどうだい? ミライ」
「……これが大丈夫なように見えるのか?」
目の前にいる彼女を説得しないといけない。
どこか光のない瞳でグラウンドを見るミライは、私に視線を向けることすらしない。
そんな彼女の右足にはギプスが巻かれ、両手には松葉杖を握っていた。
「粉砕骨折だと。おまけに、面倒な骨折をしているらしい。最悪もう走れなくなるし、そうでなくても前の様には走れないだろうな。潮時だ」
潮時……その言葉の意味が分からないほど、私は愚かではなかった。
「っ……それは、まだ」
「分からないってか?」
「引退するかどうか、その骨折が治ってからでも遅くはないはずだ」
「ちげぇよ。そういう問題じゃない。元々向いてなかったんだ。勝ててもGⅢを数回。それでも負け越してるし、無駄な意地張って、無理にGⅡ挑んだ結果がこのざまだ」
そう淡々と話すミライの表情は、どこか諦観していた。
ウマ娘にとって、デビューしてからの3年間は非常に大切な時期とされている。
そのため、多くのウマ娘がその3年目に無理をすることも少なくない。
ミライもその口だ。GⅡに挑んだ結果、右足を故障し、順位も最下位。その上、脚は酷いダメージを負った。
「こうやって引き留めに来たのも、同じクラスのよしみだろ? ……すでに必要な書類は書いた。あとは提出するだけだ」
そう話すミライの手には、確かに書類が握られていた。
引退のための書類と、転校のための書類が……
「ミライ!」
彼女は私を友人とも思っていなかったのか。そう思っていたのは、私だけだったのか。
「じゃあな。もう会うことも――――何の真似だ」
気づけば、ミライに抱き着いていた。
いや、そんな可愛いものじゃない。縋り付いたと言った方が正しいか。
「君は言った! 私の夢は良いものだと! そんな君が、こんなところで終わるのか? この私の、皇帝の覇道を見ずに終わるのか!?」
「……そんなことも言ったな。ま、すべてのウマ娘が幸福に暮らせる世界を作る。ガキの見る夢にはちょうどいいんじゃないか?」
計り知れない虚無感が私を襲った。
かつて、私の理想を肯定してくれた彼女に、ガキの見る夢と言われた。
似たようなことは、他の人にいくらでも言われたことはある。
だが彼女は、この学園で初めて私の夢を肯定してくれた。
それがとても辛くて、でもそれ以上に、
「――じゃあなんで、そんな悲しそうにしてるんだ」
「…………」
ミライにそんな顔をしてほしくなかった。
「離せ」
「離さない」
「離せ」
「いやだ」
「ルドルフ!」
「私の夢は、すべてのウマ娘が幸福でいられる世界を作ることだ。そこには、君もいなくちゃ意味がない! だから、私は君に、まだいなくなって欲しくない」
「そんな我が儘が……っ!」
「ガキの見る夢なのだろう? そうさ。どれだけ生徒会長として振舞おうと、私はまだ子供だ。だから何と言われようと目指すさ。たとえ我が儘だとしてもだ。なぁ、ミライ――」
きっと、初めての我が儘だったのかもしれない。この学園で初めてできた友達を失いたくないと。
だから私は、手を差し伸べてこう言ったんだ。
「――生徒会に入らないか?」
「いやだよ何言ってんだ」
◇◇◇
並んだ街頭が帰り道を示し、私たちの姿を満月が明るく照らしている。
のんきに眠りこけてるルドルフを背負いなおし、寮への道を歩く。
「……ん……んん……」
背中に背負っていたルドルフが身じろぎした。
どうやら起きたようだ。
「おはよう。まだ夜だけど」
「…………」
まだ寝起きだからか、反応がない。
と思っていたら、しばらくしたら目が覚めたらしい。小さな声で反応が返ってきた。
「……昔の夢を見てた」
「へぇ。いつの?」
「君を生徒会に誘った日と……今私がされているように、君を背負ったときのことかな」
「そういや、そんなこともあったな」
懐かしいことを思い出す。
ルドルフに誘われ、悩んだ末に入ることにした生徒会の仕事の帰り道。
足のケガが落ち着いてからでいいとは言われていたが、引退もして暇だった私は、生徒会に入った。
今日の様に二人で残って仕事をした帰り道で、脚に負担をかけるのは良くないと、ルドルフに背負われて帰ったことがあった。
よくよく考えれば、今の状況と全く逆である。
「なぁ、ミライ」
「ん?」
「背負われるというのは、存外心地いいな」
「そうか?」
「ああ。これ以上はいけないな。背負われることに慣れてしまいそうだ」
「別にいいじゃん。働くのがうまい奴っていうのは、休むこともうまいんだ」
ルドルフが笑う声が聞こえた。
「いけないな。これは」
「……ウマ娘が幸福に暮らせる世界を作るためか?」
「ああ。多くの仲間を救いたいと思うんだ」
「なら、これは独り言だ」
「うん?」
「少なくとも、お前に救われてる奴はいるよ。ここに」
「……そうか」
……なんだか頬が熱い気がする。ついでに後ろを振り返りたくない。
別に、ルドルフが温かい目を向けてきているのを感じ取ったわけではない。ないったらないのだ。