七星と、七銘のルーデウス 作:マブダチ
「では、始めさせていただきますね?」
アリエルは流石だった。
急に泣き出した老人のおかげで変になりかけていた空気を、一瞬で緊張させる。
彼女に促されるままに、俺たちはソファーに座る。
アリエルもまた向かい合うように座り、ルークとシルフィはその隣に立つ。
「……」
シルフィはサングラスの上からでもわかるほど俺のことを気にしていた。
目が合うと、わざとらしく視線を前に戻す。
まあ、明らかにシルフィを見てから泣き出したしな。
自分の知り合いだろうかと記憶を探っているのかもしれない。
可愛らしい仕草だ。
ガン見しよう。
「?、っ!?」
見られていることに気づいたシルフィの視線があっち行ったりこっち行ったり。
そしてもう一度目が合って、あたふたあたふた。
すっげぇかわいい。
「んんっ」
アリエルの咳払いで正気に戻った。
いかんいかん。今の俺はルード・ロヌマーなのだ。
バシェラント公国の魔術師ルード・ロヌマーは、いたいけな少女で遊んだりはしないのだ。
「……遅ればせながら、私がアスラ王国第二王女、アリエル・アネモイ・アスラでございます」
仕切り直すように告げられたアリエルの自己紹介から、話し合いはスタートした。
話は順調に進んだ。
俺は付き人とはいえ、ただの冒険者なので口出しすることも無かった。
だからだろうか、エルモアたちだけじゃなく、ルークや、もしかしたらアリエルまで俺の扱いに困っていそうだった。
飛び交う会話はすべて機密事項。
それを傍で聞く、他国の出の冒険者。
俺に向かう視線は信用とは程遠い。
いたたまれなくなって、シルフィを観察していた。
話し合いの段取り自体は事前に取り決めがあったらしく、スムーズに進行していった。
トリスティーナが仮面を取り、指輪を見せ、ダリウスに何をされてきたのか、その過去をつまびらかに語る。
アリエルはトリスティーナと共に怒り、時に涙し、母のように彼女を慰めた。
「五歳の誕生日に出会ったあの少女が歩んでいい未来じゃない」――ダリウスは決して許さないと誓って、アリエルはトリスティーナの手を握った。
第二王女派の協力は簡単に得られた。
よくよく考えれば、最初からその気でなければ話し合いの場なんか設けないか。
となると、アリエルのあの態度も、用意されたものなのかもしれない。
話を聞く姿勢が完璧すぎるのだ。
というのは、穿ちすぎか。
トリスティーナは憑き物が落ちたかのような、心酔しきった様子でアリエルを見つめていた。
トリスティーナが落ち着くのを見計らって、次はサウロスとの話になった。
こちらが対価として要求している、フィットア領の復興についてだ。
これは、現状としては厳しいかもしれない、とのことだった。
アリエルの想像以上に貴族たちが支援を渋っているおかげで、無理に動こうとするとダリウスに察知される可能性が出てくる。
だけど、アリエルとしては、復興支援は行いたいと考えている。
結論としては、トリスティーナの件について決着するまでは、最低限の支援で我慢してもらう、となった。
裏を返せば、ダリウスが失脚した暁には全力で支援できるということ。
サウロスにとって、この政争に勝たなくてはいけない理由が増えたわけだ。
それまでは俺がせっせこ働くことにしよう。
さて。
二人の話が終わり、この場は解散になるかと思われたのだが。
「――ルード・ロヌマー様」
俺に声がかかる。
アリエルの真っすぐな瞳に見つめられる。
「まずはお礼を。トリスティーナを助け出していただいたこと、感謝申し上げます。本当は正式な礼として、国からの褒賞を差し上げたかったのですが」
「……まさか。身に余る光栄でございます」
トリスティーナを助け出した、という功績はサウロスのものとなる。
これは、後々、フィットア領の復興支援に、円滑に周りを協力させるための策だ。
たとえアリエルの鶴の一声があろうとも、”理由”が無ければ貴族の重い腰は上がらない。
ダリウスを排斥した功労者となるであろうサウロスは、第二王女派での高い地位を手に入れることになるはず。
そんな彼に媚びを売る機会を見せるのだ。
とまあ、そんなこんなで、俺のことは表向きには無かったことにされる。
そもそも助け出したのはタントリスだし、褒賞なんて辞退するつもりだったが。
「しかし、友人の命の恩人であるルード様に、我々が返礼も無しというのはあってはならない話……そうではありませんか?」
「国からの褒賞は出さないという話では」
「私個人の礼でございます」
……部屋の温度が下がった気がする。
ルークの顔がこわばって見える。
アリエルはいつも通りの微笑に浮かべていた。
「聞くところによれば、ルード様はバシェラント公国から参られたそうで。あの国からいつも輸入させて頂いている魔道具はどれも一級品でございますから、そこの出であるルード様も、やはり魔術に精通しているのではありませんか?」
「いえ。私は才が無く追い出されるように国を出た人間、そんな才など私には――」
アリエルが何かを机に置く。
この部屋にはあまりにも似つかわしくない、真っ黒の四角い物体。
石材。
俺が作ったものだった。
「我が国の宮廷魔術師、研究者、魔道具関連の技術者、様々な人間に調べて頂きました。しかし誰もが口をそろえて”意味不明”と――彼らにそう言わしめるほどの石を量産しているルード様を、才が無いなどとは口が裂けても言えません」
「…………」
どうして、とは聞くまい。
彼女のことだし、至る所に情報網が敷かれていたのだろう。
俺が石材を作っている光景は一部の関係者を除き誰にも見せなかったが、有り得ない速度で在庫は増えていくし、突如ボレアス家に近づいてきた魔術師との関連性を考えれば誰だって察しが付く。
「それに加え、無詠唱魔術の使い手でもあるとか」
しかしこうなるともう、ほくろの位置まで知られてそうな気がしてくるな。
大国の王女様直々の返礼とあって、それはさぞかし豪華なんだろうなあとか思っていたが、雲行きが怪しくなってきた。
妖艶な笑みをより深くして、アリエルは続ける。
「今、宮廷魔術師の席が一つ空いております」
「……」
「より、動きやすくなるはずです」
考える。
アリエルの目的は何なのか。
ただの礼などではないことは明らか。
この誘いは必ずアリエルにとってのプラスがある。
冒険者が宮廷魔術師になること自体はおかしくない。
とはいえ、信用もしていないような男に考えなしに授けていい役職でもない。
……信用?
いや、そうか。
信用か。
恐らく、アリエルは俺の立ち位置をはっきりさせたいのだ。
サウロスはフィットア領の復興を。
トリスティーナはダリウスの魔の手からの解放を。
それぞれ目的があるから、手を組むにあたって敵味方の区別がつく。
俺にはそれが無い。
どうせ、トリスティーナを助け出したのがタントリスだっていうことも見抜いているのだろう。
だから、
いっそ無理やりにでも立ち位置をはっきりさせるために、貴族社会にいてもそれほどおかしくない役職を与え、自分の派閥に取り入れ、首根っこを抑えようとする。
この誘いはたぶん、そういうことだ。
「私には一つ、この国で成し遂げねばならないことがございます」
そんなものは無駄だ。
そこに割く労力は、打倒ダリウスに向けてもらいたい。
改めて、アリエルの目を見据える。
「そのために、ダリウスが邪魔なのです」
貴族のように迂遠な言い回しはしない。
「成し遂げねばならないこと、とは?」
「貴女を王にすることでございます」
「――」
部屋の中の誰かが息をのんだ。
アリエルが初めて笑みを崩し、目を丸くした。
「私には敵がいます。奴はダリウスの味方をし、卑怯な手を使い、第一王子派の勝利を盤石なものにするべく影で動いています」
「…………」
「それを阻止したいのでございます」
まあ、信用ならない男の言葉だ。
ただの出まかせと思われているだろうな。
だけど、本心だ。
ヒトガミの狙いはアリエルの失脚。
それの阻止こそが俺の動く理由。
痛みすら感じるような沈黙を破るように、アリエルがクスリと笑った。
「……ああ、申し訳ございません。これはとんだ失礼を……王の立役者に対する礼ではありませんでしたね」
「む……い、今のは言葉のあやでですね。何も、私ごときが手を出さなかったからといって、王になれやしないと言っているのではなくて」
「いえ、ちゃんと分かっています。ただの意地悪です」
ダメじゃん。
「少々、事を急ぎすぎました。この話はまた今度、じっくりといたしましょう」
そう言って、一つ息を吐いてから、サウロスたちの目を見つめた。
「今後はダリウス上級大臣を失脚させるべく動いていきます。それについては、どうか我々にお任せください。サウロス様には今まで通り復興に専念して頂いて構いませんので」
アリエルは、すでに第二王女派の主軸となっている貴族をまとめあげ、動き出すための準備を整えている。
サウロスにもやるべきことがあるので、政争はほとんどアリエル達に任せる形になるだろう。
こうした話し合いも、出来るだけ行わないようにするとのことだった。
トリスティーナがバレる危険性を極限まで下げるのだ。
とりあえず、今、確認できるところを確認し、作戦は詰められるところまで詰める。
失敗は許されない。
ヒトガミの意向にも気を付けなくてはいけない。
俺たちは日が暮れるまで、話し合いを続けた。