レゼのハートに火を点けて   作:シャブモルヒネ

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本日の圧迫面接を始めます

 ああ……

 最近よく見る夢だ。

 

 何度か見ていて、

 すぐに忘れる夢……

 

 

 

 暗い、空間。

 正面には四角く縁取られた巨大なスクリーン。

 ぼんやりと漏れ出た光にちらちらと埃が反射して、視界を横切っていく。

 

 映画館……。

 ここは、どうやら映画館のようだ。

 俺は並べられた椅子の一つに寄りかかって、ぼけっとスクリーンを眺めている……。

 

 映画。

 俺は、映画を、観ている。

 スクリーンの中では、作られたドラマが次々と展開していった。

 イケメンの俳優と美人がキスしていた。

 街中をカーチェイスして横転、爆発。

 モンスターが暴れだし、高層ビルから人々が飛び降りる。

 アクション映画のような、パニックホラー映画のような、ファミリー映画のような……。

 とにかく、そんな映画を観ている。

 そのはずだ。

 

 腕を組む。

 頬杖をついてみる。

 口をへの字に曲げて、じぃっと画面を確かめてみる。

 

 だめだ。

 どうにも頭に残らない。

 観たそばから脳みそを通り抜けていく。

 なぜだろう。

 つまらないわけじゃない。

 眠いわけでもない。

 けれど記憶に残らない。

 

『――記憶するという精神機能は、四つのプロセスから成り立っています』

 

 スクリーンの中から声がした。

 男が居た。

 ビジネスマン風の男が、画面の中で立っていた。

 第四の壁を突き破り、観客席を向き直る。

 喋りだす。真っ直ぐに、俺のほうを向きながら。

 

『記憶とは、四つのプロセスから成り立っています。それは記銘、保持、再生、再認。それぞれ順番に説明すると――』

 

 “記銘”は、見聞きした事柄の印象を記憶に刻み込む作業。

 “保持”は、その印象が薄れてしまわないように保存する作業。

 “再生”は、保存した印象を意識に呼び戻す作業。

 “再認”は、その再生した記憶・印象が、記銘したものと同一であると確認する作業。

 

『であるからして、今のキミは、保持ができない状態となっています』

 

 スクリーンの場面が変わる。

 女子高生が現れる。

 かわいい。

 街でもめったに見かけない美しさ。

 たなびく黒髪から光の雫がこぼれおちていくようだ。

 けれど表情は固い。目尻は緩まず、頬の筋肉が固定されている。

 周りの役者たちが演技するたびにその無愛想さが際立ってしまう。

 

「仕方ねえんだよ」

 

 隣の席からクラスメイトが口を出してきた。

 ええと、こいつは、確か……北河、だったか。

 

「アイドル役者って連中はな、プロデューサーにそう指示されてんだ。アヒル口を崩すなって」

「アヒル口ぃ?」

「ああ。こいつらは演技ができないんじゃねえ。させてもらえねえんだ」

「なんで演技しちゃだめなんだ?」

「そりゃあ映画の出来より、アイドルのキレイなイメージを作ることのほうが大事だからだろ」

「ふーん」

 

 かわいい女は、劇中では恋をしている役のようだった。

 バイト先の中年男に熱い眼差しを送っている。

 ためらいがちなアプローチが繰り返されるが、男は特にアクションを起こさなかった。

 オトナの男は未成年に手を出してはならない。ルールは大事。モラルは守るべき。そんなありきたりな対立構造が不完全な恋のシルエットを際立たせる。

 

「こんなんばっかりだ」

 

 隣で北河が嘆息する。

 

「映画ってのは恋愛か家族愛をいれるのがノルマになってやがる。そうすりゃ最低限ウケるからな。……はあ~、くだらねえ。俺ぁもう飽きたぜ」

「でも人を好きになんのはいいことじゃねーの?」

「そりゃな。でもよ、毎回毎回やられてたらうんざりするだろ」

 

 北河はわざとらしく鼻息を鳴らし、懐に手を突っ込んだ。取り出したのは煙草のパッケージだった。上下に振って、一本咥える。ジッポを鳴らすと暗い館内に灯りがともった。

 

「おい、北河」

「いいだろ別に。他に客もいねーんだ」

「だからって映画館で吸うのはまずいだろ」

「んだよ、早川。お前もつまんねえこと気にするようになったよな」

「ああ?」

「昔はもっとアホだっただろ」

「俺の何を知ってんだよ」

「なんも知らねえ。けど、そんなんじゃなかっただろ?」

 

 ジジ……先端が僅かに赤熱を増す。

 

「煙草もどんどん高くなる……」

 

 けだるそうに煙を吐き出した。

 ゆらゆらと漂うそれを遠い目で眺めている。

 

 どうやら今日の北河はやさぐれている。

 フラれた後は大抵こうなる。

 面倒くさいし、口を開けば文句ばかりだから真面目に取り合わないことにしている。

 代わりに相手をしてくれる奴を探した。けれど館内には自分たちの他には誰も居ない。

 

「なんだ、相澤でも探してんのか?」

「ああ、いや……そうだけど」

 

 そういやあいつそんな名前だった。

 相澤。 

 高校でつるんでいる友人の一人だ。

 俺と北河、それと相澤の三人で街に繰り出すのが休日のお約束だった。

 だから北河と二人で映画を観てるなら当然あいつも居るもんだと思ったんだけど……。

 

「あいつもなー、カノジョができてから付き合い悪くなっちまった。恋人ごっこがそんなにいいのかねえ」

「そりゃ、いいだろ」

「おめえだって同じだ。ナユタちゃんとレゼちゃんっていうかわいい女子が二人も傍にいるからよ」

「そうかあ? ……ん~、そうかもな」

「みんな平凡になっちまう。ガキの頃はもっと尖ってたってのによ。人間、誰しも初めは一人ぼっちだったはずだろ? なのにころっと忘れちまう。ああ、つまんねえ、つまんねえ」

「じゃあ北河、おめーは恋人なんかいらねーってか?」

「んなわけねえだろ」

 

 皮肉げに頬を歪ませる。

 

「俺だって、愛は欲しいぜ。なんせそれだけが庶民に許された唯一の娯楽だからな。俺みてーな取り得ナシは愛を追うしかねえんだよ」

 

 北河は、ぷは~と紫煙を吐き出した。

 ゆらゆらと薄れゆく白色越しに、遠い目でスクリーンを眺める。

 俺もスクリーンに向き直る。

 映画の内容は、やはりよく分からない。

 イケメンと美人が走っている。

 手を繋いで一生懸命に駆けていた。

 明るい未来に辿り着くために。

 

「おい、そっちじゃないぞ」

 

 北河が呟く。

 

「そっちは間違ってる」

 

 ああ、俺もそう思う。

 

 

 

 

 

 映画が終わると、北河はいなくなっていた。

 

 気がつけば外に立っていた。

 夜の川辺に冷たい風が吹いている。

 左右には芝の斜面。どうやら川の土手らしい。

 雪が積もったアスファルトの道を踏みしめる。

 

 よく分からないまま進む。

 進む。

 

 人影はない。

 虫の声もしないし、車の走る音もしない。

 耳が痛くなるような静寂の中をふらふらと進み続ける。

 対岸には住宅が密集している。不思議なことに窓は全て暗かった。住人たちは全員眠ってしまったのだろうか。いくら夜中でも一つぐらい点いていてもよさそうだけど。

 横目に眺めながら、連想したのは墓地だった。

 家は墓石で、眠る人々は死人。

 朝になると全員起きだして、学校や仕事場に行って、社会を回す。共通の言葉を喋り、与えられた役目を懸命にこなして、満足を得ながら、墓穴に戻る。

 その繰り返し。

 でも今は夜。

 誰もが死んでいてくれる。

 喋れなくて役目もないゾンビ以外の種族でも、奇異の目で見られない。

 ひどく穏やかな気分だった。

 

 雪道を進む。

 街灯はなく、月明かりだけが頼りだ。

 道には色々な物が落ちていた。

 

 アヒルのオモチャ。

 食器洗いのスポンジ。

 服を干すハンガー。

 

 ひたすら進んだ。

 

 煙草と百円ライターを発見。

 状態がいい。試しに拾ってみると、中身も新品同様だった。

 ふと思う。

 煙草、旨いのだろうか。

 

「アキは吸ってたな……」

 

 一瞬、自分も吸ってみようか迷う。

 でもよくよく思い出してみれば、アキも途中から吸わなくなったんだっけ。

 だったら俺もやめとくか。

 

 進む。

 

「……なんだこりゃ」

 

 今度は鎖が落ちていた。

 鎖は、道の真ん中に引かれた白線のように遙かな先まで伸びていた。

 どこまで続いているのか分からない。

 無限の暗がりの奥に導かれるように鎖を辿る。

 

 辿る。

 ひたすら辿る。

 

 辿りながら、足元の鎖が放つ鈍い光沢を眺めていたら、唐突に思い出した。

 そういえば、かつて自分が住んでいた街にも、川があって、土手があった。

 ポチタと一緒に食パンを食ってた街だ。ゾンビの悪魔をぶっ殺した街。気まぐれに寄ってみてもいいかもしれない。

 なぜかマキマさんが迎えに来てくれる気がした。

 辿る。

 

 道には色々落ちている。

 カレンダーの用紙が月毎に破り捨てられていた。

 12月は、サンタクロースの絵柄。

 11月は、果てなく広がる大草原。

 10月は、ハロウィンパーティ。

 数字を遡るたびに空気が生温かくなってくる。雪は溶けて水溜りになり、湿気が服の隙間に入り込む。すぐに暑さを覚えた。うっすらと汗が噴き出してくる。

 上着を脱いでシャツ一枚になった。

 

「どこまで歩きゃいいんだよ」

 

 ばつっ、と音がして、男の声が響きだす。

 

『人間も品種改良の道を辿っています』

 

 ちらりと目を向けてみる。

 濡れた草むらにラジオが落ちていた。

 

『美女は美男とツガイになり、美形を産む。裕福な家庭で生まれた子は質の良い教育を施され、同じく優秀な異性とツガイになり、立身出世を望める子を育てることができる。不細工は不細工と、馬鹿は馬鹿としかツガイになれない』

 

 襟元を広げてぱたぱたと扇いでみる

 ものすごく暑かった。

 

『早川デンジくん。キミにも分かっているはずです』

 

 土手道の終点に着いた。

 これ以上進めない。幾重にも重なった進入禁止のフェンスがこれ以上進むのを拒んでいる。

 辿ってきた鎖はフェンスの向こう側まで伸びていた。網目越しに覗き込んでも暗闇があるだけで、発端がどうなっているかは分からない。どうしたもんかと棒立ちになっていると、鎖の代わりと言わんばかりに犬の首輪が落ちているのを見つけた。

 それだけ。

 

「はぁ~……」

 

 真っ直ぐ進めないなら迂回するしかない。

 右手は、川。

 左手は、無人の住宅街。

 川に入ろうなんて思えない。左の道を選んだ。

 靴の裏が小石を噛む音が大きく響く。

 

「なんか飲みてぇ。コンビニはねえのか?」

 

 汗を拭う。

 誰か……誰でもいい。

 マキマさんじゃなくてもいい。誰かに会いたかった。

 でも、誰かって誰だ?

 幼い悪魔と細身の少女のシルエットが浮かんだが、もやがかかったように不鮮明で思い出せない。

 顔は? 声は?

 名前は……?

 煙草を吸いたくなった。だが拾いに戻るのも面倒くさい。

 誰もいない車道を歩く。

 歩く。

 ただ歩く。

 歩き続けた。

 カレンダーがまた落ちていた。

 今度は8月だ。

 暑すぎて、俺はとうとう上半身裸になった。

 

「あれっ」

 

 気がついた。

 俺の胸元にスターターの紐が垂れていない。

 掌で触ってみても異物の感触はしなかった。

 

「ポチタ……?」

 

 ポチタがいない。

 ただの平べったい人間の胸板だ。

 

「じゃあ今の俺はいったい誰なんだ?」

『キミはデンジ。ただのデンジ。早川デンジでもなく、チェンソーマンでもない』

 

 顔を上げる。

 ビジネスマン風の男が車道の傍ら――縁石ブロックに座っていた。

 顔は――無い。

 クレヨンで塗りつぶされたかのような雑な筆致で隠されている。

 モザイクの役割を果たす黒塗りはまるでパラパラ漫画がめくられるかのように一秒事に形を変えた。それでも男の人相は見えてこない。その奇妙な在り様に、一つの疑念が脳裏に湧いた。

 

「お前、悪魔?」

『そうです』

「何の悪魔?」

『私は、面接の悪魔と申します』

「めんせつぅ?」

『どうぞお座り下さい』

 

 不思議と敵意を覚えなかった。

 ポチタのいない今、対抗手段も見つからず、またその必要性も感じない。

 男の対面、車道を挟んで対面し、同じように縁石に座る。

 周囲を確認する。

 暗い街中だ。

 車道の両側には住宅が連なっているが、灯りは一切ついていない。

 きっと誰もいない。

 車は通らないし、虫の一匹も飛んでいない。

 ここはゾンビ以外の生き物も活動を許される場所。

 でも俺はいったい何のために生きてるんだっけ?

 

「ここ、どこ?」

『夢。あなたの夢。私はそこに入り込んだにすぎません』

「俺ん夢だぁ?」

『言ったでしょう、私は面接の悪魔です。キミに面接をするために居るんです。キミの夢の中に。キミを浮き彫りにするために』

「はぁ……?」

『キミのやりたいことはなんですか?』

「あんだって?」

『やりたいことです』

「んなもん……」

 

 決まってる。問われるままに答えようとする。

 でもすぐに出てこない。

 思い出そうとしても霧を掴もうとしているかのように頼りない。

 おい、出てこいよ。俺は決めていたはずだろう。

 

「……社長だよ。デビルハンターの、会社の、社長」

 

 どうにか言えた。

 空っぽの胸に安堵が広がる。

 

『どうやってなるんです?』

「あ?」

『算段は決めているんですか。上手くいかなかったときの代替案は?』

「知らねえ」

『ほう。何も考えていない、と?』

「細かいことはナユタがやってくれる」

 

 ……ナユタ!

 ようやく取り戻した喜びに、頭が痺れるように熱くなる。

 

『人任せですか。まあそれもいいでしょう。……では志望動機を聞かせてください』

「しぼーどーき?」

『キミがデビルハンターの会社の社長になりたい理由ですよ』

「そりゃモテるし、偉いから。あと金持ち。ウマいもん食えるだろ」

『他には?』

「他?」

『今挙げた理由は別に社長じゃなくてもできますよ。金さえあればいい。金持ちなのは社長だけではありません』

「ああ、俺ぁデビルハンターに向いてるみたいだし」

『だからデビルハンター業界を志す。なるほど、理に叶っています。でも社長でなくともよいのでは?』

「社長じゃなきゃ嫌なことを命令されんだろ。一番上なら、ンなこともない」

『それもナユタさんが言ったことですね』

「そうだな」

『キミは自分では何も決めていない』

 

 男はぱちんと指を鳴らす。

 すると背後でガコンと音がする。見ると、いつの間にか自動販売機が佇んでいた。取り出し口から缶ジュースがゆっくりととせり出してきてアスファルトに落ちた。ころころと転がり、車道を横断し、目の前にきて、靴先にこつんと当たる。

 炭酸メロンジュース。

 

『どうぞ』

「いらねえ」

『ここにはコーヒーはありません。お茶も同じく』

 

 仕方なく手にとった。プルタブを開ける。

 ぷしっと小気味良い音とともに炭酸の泡が弾ける。

 無性に喉が渇く。

 飲んだ。

 ものすごく甘かった。

 飲んでも飲んでも喉の渇きは収まらない。

 

「うへえ。……別にきっかけが他人だって構わないだろ」

『ん? 何がです?』

「社長になりたい理由だよ」

『ああ、別に悪いとは言っていません。けれどキミはそういうのは止めにしたのでは? 自分の頭で考えると決めたはずでしょう』

 

 マキマさんに騙されたことを思い出す。

 

「そーだよ。よく知ってんじゃん」

『ではどうしてナユタさんの言いなりに?』

「言い出したのはナユタだけどな、俺なりに考えて、それでいいって決めたんだ」

『それで納得してるんですか?』

「してるよ。おめーには分かんじゃねえの?」

『ま、そうですね』

 

 男は再び指を鳴らした。

 すると同じように自動販売機から缶が現れて、今度は男の手元に渡った。

 缶ビール。

 

「それ、ウマいんか?」

『美味しくはありません』

「じゃあなんで飲むんだ」

『大人になれば分かります』

「あっそう」

 

 嫌な奴。

 でも何故か嫌いになりきれない。

 きっと理解できるからだ。

 こいつは敵じゃない。味方でもない。

 そして他人でもない。

 こいつは鏡だ。俺の胸ん中にしまってある本音を映しだそうとしている。それを見て嫌だと感じるなら、こいつのせいじゃない。問題は俺自身の中にある。

 俺はただ見せられているだけ。

 

『正解です。――ま、私はそんな悪魔なわけです。私は害意を持ちません。何故なら、人間を傷つける刃物は人間自身が持っていてくれるからです。勝手に自傷してくれる……だから私は何もする必要はない』

「よく分かんねーけど、あんたは俺の心ん中をほじくり返したいんだろ?」

『そうなります』

「今度はなにを喋るんだ? マキマさん殺したことか? それとも親父?」

『いいえ、どちらもキミの中では整理がついていることです。言及は致しません。……キミは、強いヒトだ』

「いきなりなんだよ」

『考えても仕方ないことはスッパリ切り捨てている。その能力は人間にとって永らく必要なものでした。これも進化でしょうか。あるいは生存戦略?』

「難しいこと言うなよ。こっちは義務教育も受けてねーんだ」

『それです』

 

 男は手の中の缶ビールを背後に投げ捨てる。

 音も無く闇に消えた。

 

『教育。常識。キミにはまるで足りていない』

「だろーな」

『キミの人生の履歴書はほとんど白紙。資格もない。趣味もない。特技も自己PR欄だって同じ。なのに、そのことに不安は…………ないのですね』

「ないね」

『それが私には不思議でなりません。人間は社会的な生き物です。外から見た自分というものを初めて自覚したとき人は狼狽せずにはいられない』

「はあ」

『キミはマキマさんを打ち倒し、ナユタさんと生活を共にするようになってから、社会の中で生きることを意識し始めたはずです。自身の未熟さを思い知ったでしょう。たかが学歴と思いつつ、将来への不安が膨らむのは止められない……違いますか?』

「だから勉強してんだよ。九九だって覚えたし、英語だって少しは喋れるぜ。I am Denji very much! ……どーよ?」

『それだけ? どうしてそれだけで済むんです? まったく不思議ですねえ』

 

 面接の悪魔は足を組み、首を傾げる。

 

『その程度では社長にはなれないし、真っ当な一人の人間扱いされることだって叶わない……分かっているでしょう?』

「分かってるけど」

『けど?』

「そこまで考えてらんねーって感じ?」

『なんですそれ? 後学のためにも教えてほしいですね』

「おめー面接の悪魔じゃねえの? 俺、受けたことねーから分かんねーけど、面接ってこんな感じなの?」

『いいじゃないですか。興味があるんです』

「あっそう? まあいいけど」

 

 うーん。

 夢の中にいるせいか、それとも自分自身の大事なことであるせいか、無視する気にはなれなかった。

 首をゆっくり回しながら、考えてみる。

 俺はバカで、社長にはなれないかもしれない。バカのせいでこれから先も色々損するかもしれない。でもそのことに対してあまり不安になっていない。

 どうして?

 

 浮かんでくるのは、アキとパワーの顔だ。

 確かに俺がバカだったせいで色々全部ダメになった。

 だからバカのままでいるのは止めようって決めた。

 ……けどすぐに利口になれるわけじゃねえ。

 同じ街のオトナたち。高校の同級生。そんな周りの連中は、ずっと普通に生きてきただけあってすげえ頭がいい。なんか見えないルールってやつを知っている。俺ぁずいぶん遅れてる。差は縮まらねえかもしれねえ。

 やべえ! って思う。

 でも大事なのはそこじゃない。

 

「……ナユタはな、抱きしめると、ふわふわしてて、でもしっかり手応えもあるんだ」

 

 面接の悪魔はモザイク状に塗りつぶされた顔の向こう側で怪訝な表情をした、と感じた。

 

「あったかくて、いい匂いがする。気持ちよく眠れるんだよ」

『なんです、それ?』

「俺がナユタを好きってハナシ」

『だから?』

「でもナユタは悪魔だろ? 支配の悪魔。すんげぇ悪い奴って思われてる。……まあ実際そうなるかもしれねえし、俺が叱ってもどうにもなんなくなるのかもしれねえ。そしたら皆、ナユタをやっつけようってなるだろ?」

『まあ、そうなるでしょうね』

「俺はそれが嫌だ」

 

 この世で恐ろしいことを一つ挙げるとするならば。

 ナユタが居なくなることだった。

 

「でもどうやって守りゃいい? ……強くなりゃいい! って思うけど、最強に強かったポチタだってマキマさんにはやられてた。……この世にゃ無敵の奴なんて居ねーんだ。じゃ、どーする? 俺一人じゃ限界がある……そこで天才! 俺は閃いた。俺だけじゃダメなら……他の奴に協力してもらえばいいんだ」

 

 手の中の缶ジュースを握りしめ、闇の向こう側へ放り投げる。

 

「だから、社長よ。仲間がいっぱいいりゃなんとかなる確率が上がんだろ?」

『なるほど……』

 

 口の中が甘すぎて喉が渇く。

 ここが本当に俺の夢ん中なら……と自動販売機に念を送ってみたら、ガコンと次の飲み物が転がってきた。

 拾って、ラベルを確かめる。

 缶ビール。

 

「他にもやれることは色々あんだろーな。でも今は分からねーから、勉強だ」

『つまりキミは、社長以外でもいいわけですね。ナユタさんを守れさえすれば』

「だな。あと社長って他にも都合がいいんだ」

『と言うと?』

「レゼもこないだ後ろから抱きしめたらすげーしっくりきた。ああコレ、って感じ。やっぱ好きだな~って」

『彼女も守りたい、と?』

「ああ。俺ん助けなんか要らないかもしれねえけど」

『ふうん』

 

 面接の悪魔はほんの僅かに上半身を傾ける。

 

『呆れました』

「そう?」

『しょせん性欲とはね』

「セックスはしてえよ?」

『そういう話ではありません』

「へー?」

 

 缶ビールを開けてみる。

 これが夢ん中なら誰かに怒られることもねーだろ、と飲んでみた。

 うえ。苦ぇ。

 

『恋人なんて他人です。永遠ではない。キミはそれを理解していると思っていましたが』

 

 聞き流して缶ビールも放り投げる。

 もう飲み物はいいや。少しもったいないけれど。

 

『キミは男だから多くを愛せる。生殖本能です。だが女は違う。たった一人の優秀なツガイを求めて乗り換えていく生き物です。……キミは自分が見限られる可能性に思い至らなかったのですか?』

「そいつは嫌だなあ」

『愛した女を守るために生きる――聞こえはいいですが、それは人生の道標を他者の選択に委ねることに変わりはありません。せめて婚姻という名の契約を結んでからにしてみては? ……もっとも、かたや悪魔、かたや社会に属せぬ戸籍無し……縛れるものとも思えませんが』

「なんか嬉しそうに言うじゃん」

『そりゃもう。私の生き甲斐ですから』

 

 頭の後ろで指を組んで、夜空を眺めてみる。

 月が一つ浮いている。それだけ。雲で隠れてしまえば闇に包まれる。

 

「フラれたかねえ……。けどそんなことまでは分かんねえ」

『……彼女たちを信じる、とは言わないんですね』

「だって知らねえもん。ナユタやレゼの心ん中なんて」

『ナユタさんのほうは覗けるのでは?』

「毎日覗くなんて、面倒くせえ」

『……ふうん』

「フラれたかねえ。フラれたかねえけど、最悪、生きててくれりゃいいかな」

 

 月の光は遮られてしまうこともあるかもしれない。

 けれど砕けてしまった思い出に比べれば、雲の裏側だろうと浮かんでいてくれればいい。そう思えるのだ。

 ……フラれたかねーけど!

 

『一つだけ分かったことがあります。それは……キミは私の餌にはなりそうにない、ということです』

「そーかい」

 

 面接の悪魔は、さて、と呟いて立ち上がる。尻の汚れを払って姿勢を正す。

 

『そろそろタイムリミットのようです。現実世界のほうでナユタさんに気付かれてしまいました。私は貧弱な悪魔……一瞬で捻り潰されてしまうでしょう。ですのでここらでお暇させていただきます』

「逃げんのか?」

『はい、逃げさせていただきます。私はこれからも細々と面接を続け、自身を直視できない現実逃避者たちのリアルを浮き彫りにしていく所存です』

「それってすっげー嫌な奴じゃーん」

『本日の面接、ありがとうございました』

 

 ビジネスマン風の男は、腰を直角に曲げて一礼する。

 と思ったら、すぐに顔を上げ、こちらを意味深に見つめた。

 

「んだよ?」

『早川デンジくん――キミの益々のご活躍をお祈り申し上げます』

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ジ。デンジ」

 

 声がする。

 懐かしい声が、するりと耳朶に染みこんでいく。

 

「うう、あ、ナユタ……?」

 

 目を開けるとナユタの顔がある。

 その奥には天井。自分の部屋。

 はあっと一息つけると、寝汗をびっしょりかいていることに気付いた。

 俺はどうやら眠っていたらしい。

 

「ナユタ……」

 

 なんとなく触って確かめたくなって、ナユタの澄まし顔に思わず手を伸ばすと、べしっとはたき落とされた。

 ひでえ。

 黒々とした瞳が返された。拒絶の色には見えないが、何を考えているのかも読めない。

 

「何かあった?」

「ああ、うん……。なんか、糞みてえな、夢」

「夢?」

「ああ。糞みてえな夢みたよ」

「どんな」

「覚えてねえ」

「じゃあ見るよ」

 

 俺が頷く前に額に手をかざされる。

 何やってんだろう、と思う。見るって? 俺ん夢……?

 

「……」

 

 五秒。

 十秒。

 

「…………」

 

 ナユタは、動かなかった。

 まるで診察中の医者だった。俺も気になって神妙にする。けれど、呼吸三十回以上を繰り返してもナユタは微動だにしない。なんだなんだ。なんかものすげえ病気を告知される予感。

 

「ナユタ?」

「……」

「なあ、ナユタ」

「別に」

「は?」

 

 ナユタはこちらを見ないようにして立ち上がる。少しだけ肩に力が入っている気がした。「何でもない」と呟きながらドアまでぺたぺた素足を鳴らして歩いていく。なんか変。

 ぴたりと止まった。

 背中が喋る。

 

「デンジは悪い悪魔に取り憑かれていたみたい」

「ふーん。それってどんな奴?」

「大したことない。もう逃げた。デンジに影響はない」

「そっか」

 

 ならいいか。

 起き上がる。

 汗だくの服が張り付いて気持ち悪い。風呂でも入ろうと思った。ひとまずシャツを脱ごうとして、まだナユタがドアの前に立ったままだと気付いた。

 なんだろう。

 

「……大丈夫。デンジはちょっとやそっとじゃ逃げ出さない、もっと悪い悪魔に取り憑かれているから」

 

 言うが早いかナユタはドアを開けて出て行った。

 

「あん?」

 

 ぎいぃ、とドアが閉まりきらずに揺れている。

 なんだありゃ。

 

 

 

 

 

 その日の夕食はおかずが一品増えていた。

 なんかよく分からねえけどラッキー!

 

 

番外編 本日の圧迫面接を始めます おわり




リハビリかつ実験作その2。

全然調子が戻らないので書きたいままに書いたら変なもんができました。
助けて。
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