ぜえ、ぜえ――
視界が明らかにおかしくなっている。まるでかつて父と観た白黒映画のようだった。
粉塵が周囲に立ち込めて何も見通せない。ただ傍にある川の流れと、時折飛び散る飛沫だけが動くもの。
ここは河原だ。
河原のはず。
なのに水音がまるで聞こえなかった。
ただ自分の息遣いだけが聞こえている。
どうして?
私たちは何か悪いことでもしたんだろうか?
もしも神様がいるなら聞いてみたい。
いったいどういう理由で私たちがこんな目に遭わなければならないのか。
あの時、橋の上で爆発が起こって、身体が浮き上がったと思ったら、何も掴むことができなくなった。お腹の中身が浮き上がって、在りどころがない気持ち悪い感覚でいっぱいになって、無我夢中で手を伸ばした。
私は、橋から落ちたんだと思う。
左の手首がものすごく痛い。
始めはなんともなかったのに、目が覚めて、なんとなく変な感じがして見てみたら、ありえない角度に曲がっていて、それが分かった途端にどくんどくんと心臓の動きに合わせるように痛みが全身に広がった。
痛い。
ものすごく痛い。
でもそれどころじゃあない。
ぜえ、ぜえと、自分の息遣いだけが聞こえている。
身を起こして、初めて気付いた。
私の下に、姉が居た。
仰向けで、下敷きになっている。
直視したらいけないと分かっているのに目を離せない。無事ではないと分かっているのに確認してしまう。姉は全然動かない。鼻と口からとろとろと血が流れ続けていて、頭の下の地面にも血が広がり続けている。河原の石と石の隙間を赤黒い液体がゆっくりと満たしていく。
ぜえ、ぜえ――
なんで?
どうして?
私たちは復讐の悪魔との契約でどんな怪我でもすぐに治るはずなのに、どうして姉は動かないままなの?
そんなのまるで私が悪いみたいじゃないか。
私がさっき、仇討ちなんて止めようって思ったから、復讐なんてしたくないって思ったから、そのせいで契約が切れてしまったみたいじゃないか。
そんなの、だめだ。
だめに決まっている。
さっきのは、ほんと、違うから。
そういうのじゃ、ないから。
復讐はする、必ずする。
支配の悪魔でもなんでも、やっつける。
だからどこにも行かないで。居なくならないで……。
「……う、ああ、あ」
「!」
姉が呻いた。僅かに目を開き、虚ろながらもこちらを見つめている。
生きている。
治っている……?
でも、全然遅い。
いつならとっくに立ち上がっているはずなのに、姉はまだ起き上がれない。呼吸は頼りなく、唇の隙間から垂れた舌が弱々しく痙攣していて、幼い頃に見た野良犬を思い出した。あの犬は轢かれてから少しずつ息が弱くなってきて、最期は消えるようにして亡くなった。あの時と、すごく似ている。
お姉ちゃん、お姉ちゃん……!
嫌だ、そんなの嫌だ。
どうしよう、お姉ちゃんが死んじゃう……!
そして――私は自分に定められた運命を知った。
川辺にたちこめる粉塵の中から、支配の悪魔が現れた。
横顔が手の届きそうな位置にある。
私たちと同じぐらいの背丈。
濡れ羽色の黒髪が肩まで伸びている。
無感情な瞳を川下のほうへと向けたまま、私たちのすぐ傍を横切っていった。
私たちに気付いていない。
下を見ろ
声がした。
恐る恐る、視線を落としてみると、
一本の釘が落ちていた。
呪いの悪魔。
四回刺せば、相手は死ぬ。
ぜえ、ぜえ――
あつらえた舞台のようだった。
粉塵はうっすらと晴れつつあり、周囲には誰も居ない。支配の悪魔は無防備な背中を晒してよろよろと歩いている。私の左腕は折れているけどそんな痛みなんて気にならない。利き腕が無事だったのは何者かの意思であるかのようにさえ感じる。
邪魔する奴は居ない。
私には武器がある。
あいつを殺せば、お姉ちゃんは助かる――!
今にもがたがたと震えだしそうな自分に向かって、必死に言い聞かせる。これは運命だ。こうする他に道はない。すぐそこの支配の悪魔に復讐を果たさなければ、姉と二人、明日から生きていく道はないんだ。
決断しろ! 一回くらいちゃんとやれ! ちょっと歩いて釘を刺すだけなんだから!
ぜえ、ぜえ――
姉は、苦しいとき、いつでも私の手を引いてくれた。
私は、泣いて引かれるだけだった。
今は違う。
支配の悪魔が河原の石に足をとられ、バランスを崩した。
嘘のように震えが止まった。
足音を殺して、一歩、一歩、寄りながら、呪いの釘の握りを確かめて、まだ気付いていない背中に狙いを定めて振り上げた。
いける、いける! 今だ!
悲鳴をあげた。
怯え、死に物狂いで覆いかぶさり、叫びながら背中に向けて激しく釘を突きたてる。
ざく、ざく、ざくっ
手応え、嫌な感触、入った!
勢い余って釘を落としそうになる。慌てて握り直して、支配の悪魔にしがみつく。
絶対に逃がさない!
あと一回打つだけで、お姉ちゃんが助かる!
刺す刺す刺す――、ッ!!?
「あああッ!?」
何者かが私の背中にとりついた。全身の産毛が逆立つ。誰だ!?
恐怖が体内で暴れまわってどうにかなりそうだった。叫びながら両腕を振り回す。口から豚のような悲鳴が漏れる。
邪魔をするな! どっか行け!
「ああっ、あ……れ……?」
「
私は、見た。
薄暗い谷底で、ボブヘアーを赤黒い血で染めながら、姉が幽鬼のように立っていた。
「おねえ、ちゃん……?」
気がつくと、膝が折れていた。
よく知っている顔が私を見つめていた。真っ直ぐな瞳。何かを言いたいのか口を開きかけたけど、すぐに閉じてしまった。
気の抜けた私の傍で屈みこみ、呪いの釘を拾った。
踵を返す。
蹲ったままの支配の悪魔の細い首に手を回す。隙間無く固定してから釘を突きつけた。
「支配の、悪魔……。クァンシを、覚えてるか……?」
「イ、ヒ、ヒィィ……。ヤメ、殺サナイデ、クレェ!」
「おい、クァンシだ……! 知らねえとは、言わせねえ、ぞ……!」
「ア、ア……? アレ……? ガキ……カ……?」
「はあ、はあ……」
支配の悪魔は、たぶん、日本語を喋ってる。
どうやら中国語は分からないらしい……。
姉は大きく息を吸ってから、再度、尋ねた。
習ったばかりの日本語をたどたどしく並べる。
「なぜ、殺した、クァンシ!?」
「クァンシ……? 何、イッテンダ?」
「クァンシ! あなた、殺した、クァンシ!」
「……??」
支配の悪魔はただただ茫然と口を開けていた。
首筋に突きつけられた釘にも気付かない。警戒はなく、恐れもなく、忘我のままで呟いた。
「誰……ダ?」
姉の腕に固定されたまま悪魔は喋る。
「クァンシ……? 誰ダヨ、ソイツ? 知らねえヨ!」
少女の形をした悪魔は徐々に怒りを滲ませていく。
もがき、暴れ、覆いかぶさった姉を振り払おうとする。
姉は、揺さぶられながらも、表情を変えなかった。
「ハナセヨ、ガキ!」
もしかしたら、そうかもしれないとは思っていた。
支配の悪魔が何も覚えていない可能性。
クァンシさんのことも忘れている可能性。
だって支配の悪魔は何百人も殺しているものすごく悪いヤツだから……きっと道端の石ころを蹴飛ばしたことなんて記憶に留めない。
そう、この悪魔にとって、クァンシさんは石ころなんだ。
あの優しくしてくれたクァンシさんが、石ころ……。
「オ、オ、オレハァ……ワタ、私? 私はァ、イダイデ、サイキョーノ……支配の悪魔サマダゾォ! 死ねヨ、マケグミ!」
支配の悪魔が、自身の首に回された姉の腕を掴んだ。
すさまじい握力が姉の腕に食い込んでいく。血が滴り落ちる。
姉はそれでも表情を変えなかった。
冷えきった目つきのままだった。
「ウスギタネエ、イエローガ! ボクヨリカセイデンノカ!? ザコガヨオ!」
言葉は分からない。でもそこに含まれた感情ならよく分かる。
軽蔑。
嫌悪。
無関心。
お釈迦様だって豚のクソに説法しようとは思わない――それと同じ理屈で、家持ちの人間様は無自覚に
声を出すな。耳が汚れる。
道を歩くな。目が汚れる。
耳元を飛び回る羽虫を払う感覚で私たちは石を投げられる。
「私はカエッテドウガヲアップスルンダヨ! ナンビャクマンサイセイニモナッテ、オレハニンキモノ……ヒーローニナル! カチグミ!」
その目が、同じだった。
学校に通える子どもたち。我が子に関わってほしくない大人たち。にべもない政府の役人。何も買わせてくれない市場の店主。人民警察。クァンシさんの同僚。追いかけてきた武装警察。平和な国の日本人。
同じだった。
同質の悪意だった。
徹頭徹尾、“お前らは下だ”という認識が伝わってくる。
ああ、やっぱり。
支配の悪魔もそういう生き物なのか。
だったら、
頭の奥で、かちり、と音がした。
最後の防波堤がまるで始めから存在しなかったかのように消えた。
ざくり
私たち姉妹の釘が深々と突き刺さる。
そして、
音も無く、気配も無く――
死が浮かび上がってくる。
「ア、アレ……? 何カ……ツカマレテル!……カラダガハリツケニナッテクヨオ~!?」
支配の悪魔を包む空間に、異形の存在が現れる。
いや、違う。
理屈ではなく、理解できた。
あれは初めからそこに居た。
死はどこにでも在る。空気よりも濃密に全ての空間と時間に満ちている。
呪いの悪魔――
私と姉が差しだした意志と寿命を糧として、死を方向づけている。
けして何者にも逃れることのできない死が支配の悪魔に噛みついた。
「――」
消える。
消えて、居なくなった――
静寂だけが残っていた。
薄暗い谷の底で、私と姉だけが命を持っている。
「…………」
「…………」
支配の悪魔は死んでいた。
横たわって、虚ろな瞳を晒したままだった。
ぜえ、ぜえ――
周囲にはまだ粉塵がうっすらと立ち込めている。ただ傍にある川の流れと、時折飛び散る飛沫だけが動くもの。
ここは河原。
水音がさらさらと耳に飛びこんでくる。私のよく知る世界に戻っている。
ただ自分の息遣いだけが聞こえた。
終わった……?
どくんどくんと自分の心臓が鳴っている。
ただ聞いているだけ。
あまりにも違和感がなさすぎて時の流れというものを感じられない。
姉は、静かだった。
いつかの深夜に見たような、ぼさぼさ頭で帰ってきて何も言わずに眠りこんでしまったときのような、疲れきった顔つきだった。
でも今回は少し違った。遠い目のまま言葉を紡ぐ。
「呪いの悪魔……。アタシはあと何年、生きられる?」
2年……
「…………そう、か」
え……?
2年って……なに?
それって、お姉ちゃんの寿命は残り2年間しかないってこと……?
ほんとに……? お姉ちゃんはもう大人にはなれないってこと……?
「しょ、しょうが……ない。こういうことも、ある……。しょうがない……」
「で、でも……!」
「いいっ! アタシが、決めたことだ! 悪魔の力を借りるなら……こうなることぐらい、分かってたっ」
「だって、お姉ちゃんはなんにも悪いことなんてしてないのに!」
「ぴーぴーうるせえぞ! いいっつったらいいんだよ! それよりお前は、お前の寿命は、――あれ?」
激していた姉がぴたりと静止する。
視線の先は、支配の悪魔。
その死体が、ぐにゃぐにゃと波打っていた。
形が変わっていく。
丸みを帯びていた関節の節々が角ばっていき、服装さえも別種の物になってしまう。
中年男の死体へと。
「は……? 誰だよ、こいつ……?」
知っていた。見たことがあった。
ついさっきまで橋の欄干に縛り付けられていた男。
丸い金属頭の女の悪魔に変身していた殺し屋。
変身能力者。
「変身、していた……? え、それって、つまり、」
つまり、
私たちが殺したのは、
全く関係ない、赤の他人ってこと……?
「だっ、え……? そん……な」
「支配の悪魔じゃない……? わた、私たち、だって、殺しちゃった……」
殺した。
何の罪も無い、ただの人間を――
胸の奥に、点のような疼きが湧いた。
そして――見計らっていたかのように、河辺の粉塵の向こう側からドイツ人の少女が現れた。
「
私のすぐ傍に、サンタクロースが立っていた。
手を伸ばせばすぐ届く位置から私を見下ろしている。
私はまるで現実感を掴めていなかった。
人殺しのプロが容赦なく推し進めていく現実のスピードにまるでついていけていない。ただ呆然と眺めているだけ。
「人形にする人間に、人間しか持たない感情を入れる事」
ガラス玉よりも無感情な目つき。
抑揚の感じられない喋り方。
「
姉が、私を突き飛ばす。
その必死の形相を、どこか他人事のように見ていた。
「敬愛。崇拝。哀憐。そして隠し味は――」
サンタクロースの手が伸びて、無防備に立ち竦んだ姉の肩へと触れた。
「罪悪感」
びくん、と姉の身体が震えた。
「あ」
唐突に思い出した。
何百、何千もの雨粒が音も無く降り注ぐこの今という現実は、あの時とよく似ていた。
あれは多分、つがいだった。
車に轢かれる前のその犬は、目を見張るような精悍さと理知的な瞳を備えていたのをよく覚えている。
腹のあたりが血潮で染まり、臓器が辺りに広がって、すぐに生き物ではなくなった。
つがいのもう一匹がきゅうんきゅうんと鳴いていた。
横たわった頬のあたりを何度も舐めて、うろつき回り、義務のようにまた舐める。
もうとっくに死んでしまっているのに。
――本物の情愛って、正気を失くすほどに深いのかな……。
他人事のようにそう感じたのを覚えている。
だって仕方ないじゃないか、そのときはまさか自分がその気持ちを味わうことになるなんて思わなかっ
「おまえ、」
舌が勝手に動いていた。
思考が追いつかない。
全身の血が引いていく。
津波の前に潮が引くように、数瞬後には抑えようのない憎悪の奔流が溢れ出すのをはっきりと自覚していた。
「よくも、」
自分というものが塗りつぶされていく。
頭のスイッチは既に入っていた。
姉はこれまで見たことのない、無感情で、人形のような顔をしていた。
「やってくれたな」
全身を巡るどす黒い血液に焼かれながら思う。後生大事に倫理観など守っていたからこうなった。無知でバカな被害者面をするだけを生存戦略としていた自分自身がひたすら憎い。もはや全てが牙を剥いていた。臆病も卑怯も言い訳も、保身も責任転嫁も思考停止も、生き汚い本能ですら、これまでの役割を放棄して全会一致で親指を下に向けていた。
混じりけのない殺意が手を伸ばす。呪いの釘を拾って握りしめる。
もう私の人生で他に掴むものは無い。
『オ、オオ……コレハ……素晴ラシキ……憎悪……』
復讐の悪魔が鼓膜の内側で満足そうに呟いた。
契約が履行されていく。
知ったことではない。勝手に食うがいい。どうせいくらでも溢れてくる。
「殺してやる」
姉はいつも私に優しかった。
電車の中で、襲い来る火炎から守ってくれた。
橋から落ちるとき、私の手を掴んで落下の衝撃から庇ってくれた。
そして、ついさっきも――
睨みつけた先のサンタクロースを守るために人形兵たちが駆けつける。
10、20……だからどうした、ゴミ虫が。
真っ先に突進してきたのは登山の格好をした中年男性。
捕縛するために大きく開かれた両手には分厚いゴム手袋のようなものが巻かれている。恐らくあれを付けていれば接触しても出来の悪い人形にはならないのだろう。感染させずに動きを封じる……よほど私を精巧な人形とやらにしたいらしい。
そう、精巧な、人形に……。
姉と同じように……姉がされたのと同じやり方で……。
ばんっ
私に触れた瞬間、中年男性の腕が弾け飛ぶ。
お構いなしに続々と人形兵たちが群がってくる。
スーツ姿のサラリーマン、糊のきいた制服を着た学生、趣味の悪いイヤリングを付けた貴婦人、真新しい靴を履いた子供。その全てが、私に触れたと同時に圧縮粉砕されていく。
「これは……」
ぱらぱらと飛び散る破片を浴びながら一歩後ずさったサンタクロースに答えを示す。
「2倍、3倍、4倍……返し……」
復讐の悪魔と深く繋がって理解した。
悪魔との契約には相性がある。悪魔の好みに沿えばより大きな力を引き出せる。
さしずめ今の私は、私の憎悪は、復讐の悪魔にとっては垂涎の餌。
ばんっ、ばんっ、ばんっ、ばんっ
誰も私を止められなかった。
接触と同時にその圧力を10倍にも20倍にもしてやり返す。
公安らしき格好の大男が恵まれた体格を活かして剣状の腕を目にも止まらぬスピードで振るったが無駄だった。
分子一つ分だけ私の肌に食い込んだ瞬間、男の身体が百の斬撃で摺り下ろされる。
ばんっ
全ての人形兵が塵と化した。
残るはサンタクロース本体と、姉のみ。
「――」
……いや、違う。
あれは姉なんかじゃない。姉はあんな目で私を見ない。
だから姉だった人形が私に差し向けられようと止まるつもりは微塵もない。
一歩、踏み出した。
ここは河原。
狭い谷底。
逃がす道などありはしない。
呪いの釘を強く握りしめる。
たった1%の容赦さえするつもりはなかった。
「復讐の悪魔よ。私の全部をあげるからおまえの全部を使わせろ」
もう何がどうなっても構わない。
今、ここで、どんな手を使っても、ありったけの害意を投げつける。そのためだけに生きている。
私の胸に渦巻く喪失の痛みを何千倍にも練り上げて、負荷を現象として因果に流し込む。
「うっ」
サンタクロースがたたらを踏んだ。目と鼻と口から血が滴り落ちていく。
それでも少女は微笑んだ。
ゆっくりと、いっそ優しげに掌を掲げる。
「これ、で……あな、たも、家族です」
釘を振り上げる。
サンタクロースの手が伸びてくる。
同時に触れた。
「……さて」
軽く息を吸う。
目と鼻と口に流れていた血の跡をごしごしと拭った。
首を回し見ると、肩に釘が刺さっていた。
引き抜く。
喜ばしいことだった。
新しい
「全ての攻撃を跳ね返す――それが復讐の悪魔の能力でしたね」
目の前には中国人だった少女が2人。
精巧な人形になっていた。
「私にはあなたたちを傷つけるつもりなんてありません。攻撃ではない。愛ですよ、愛」
呪いの釘を懐にしまいながら現状を確認する。
標的は2人。
チェンソーマンの少年と、支配の悪魔。
更に障害として爆弾の武器人間と、火の魔人も2人いる。
対してこちら側の戦力は……人間狩りの悪魔と人形兵たちのみ。
「やはり増強が必要ですね」
そのために精巧な人形を作った。
「バイバイ、いもうとちゃん」
言いながら
「ワッ……タシの心臓ヲ……捧げ……まズ」
曇天を見上げる。
霧雨を浴びながら、
「ぞの代わりに……地獄の悪魔よ。お姉ちゃんを地獄へ招いてください」
空に扉が開かれた。
地獄の悪魔の巨大な腕が振り落とされて、
サ
更に。
開いたままの扉から、入れ替わるようにして大量の悪魔たちが現れた。
ぼとぼとと、雨どいから吐き出される水のように何匹も何匹も落ちてくる。
二足歩行の怪物もいれば三足歩行の異形もいる。ツノ付きもいれば触手だらけの生き物もいる。翼持ちはふわりと弧を描きながら落下して、傷だらけの古強者は中空で身を捻って音もなく着地した。
総勢13匹の悪魔たち。
サンタクロースの前に揃い立つ。
「お名前を教えてください」
「ムカデの悪魔」
「森の悪魔……」
「ピエロの悪魔ァ!」
「地下室の悪魔」
「沈黙の――悪魔――」
「鳥の悪魔ぁああ」
「ギャハハハ!」
「ういんういんういんういん」
「ワシは世界大統領じゃああああああ!」
「バーカ! バーカ!」
こほん、と咳を一つ。
「では約束通り、契約を結びましょうか」
「対価はぁあ!?」
「貴様のちっぽけな心臓一つで我々が従うと思うのか?」
「人形のなんか要らないよォ!? ぜぇんぜん要らなァイ!」
「はい。ですので私が下す命令はとてもささやかなものになります」
「――と、言うと――?」
「ご自由に」
私自身の腕を剣状に変化させる。
「どうぞ好き勝手に振る舞ってください」
13匹の視線が集まった。
己の本能を解放してよいうえに対価までもらえると言われて拒否する悪魔など存在しない。
「ちなみに一つだけ……ここには支配の悪魔が居ますよ」
「なにィ?」
「ほおぉ」
「クソ野郎だァ!」
「ええい、下賎な悪魔が手を出すな! 気高く美しいワシが殺すんじゃあ!」
了承は、得た。
ズッ、と心臓を貫いて、捧げた。
契約成立。
「では……また、後ほど……」
ばたりと倒れこむ。
薄れていく意識の片隅で、悪魔たちの歓喜の声を聞いていた。
その契約の一部始終をカラスの耳目を通して監視していた少女がいた。
濡れ羽色の黒髪が肩まで伸びており、いつも眠たそうな瞳はよく見ると人形のように無機質で、その異質さに気付いた者は恐れを抱いて距離をとる。
彼女は悪魔。
支配の悪魔。
「どした、ナユタ。すっげ~悪い顔してっけど」
「待ちに待った時が来た」
「なんだそれ」
口元が三日月の形に歪んでいた。
悪魔の名に相応しい邪悪な笑み。少女にしては珍しく、内面を素直に曝け出していた。
何故ならば、今日という日は彼女にとって間違いなく人生の転機になるからだ。
ナユタは孤独な王様だった。
前の世代であるマキマがやりたい放題をしたせいで、支配の悪魔に対する日本政府の監視の目はあまりにも厳しかった。少女の存在意義は支配なのに、カラスやネズミしか配下がいない。
しかし、今。
ついに好機がやってきた。
何人もの刺客が暗躍し、公安が駆けつけられないこの混沌とした状況で……10匹以上の悪魔が野に放たれた。
「5匹……10匹ぐらい奴隷がほしい……! たくさん支配したい……!」
「コワ~……」