レゼのハートに火を点けて   作:シャブモルヒネ

6 / 26
「すぐは無理でもいつか一緒に」

「はっ、は、……ん、ぐ……ふは……」

 疾走する大型バンの車内。

 座席は倒されてフルフラットになっており、そこで魔人の少女が呼吸を荒げて仰向けになっていた。

 ソ連のエージェント、ヴェロニカ。

 ヴェロニカは逆さに掲げた血液パックを握りしめ、それでも中身が出てこないのを確認すると、唇から一滴の液体を垂らしながら艶めかしく溜め息をついた。乱暴にぶちまけられた赤黒い液体は傷口だけでなく車内も汚している。それは近くで息を潜めている12、13歳ほどの少年少女たち3人の足先にもかかったが、彼ら彼女らは眉一つ動かさなかった。訓練された軍用犬のようにじっと上位者からの命令を待っている。そのように躾けられた生き物だった。

「同志ヴェロニカ」

 1人の少年が、生白い皮膚を動かして問いかける。

 指を差した先には、無残に切り裂かれ上半身だけになった少年の死体。胸元からはスターターの紐が生えている。

「チェンソーの心臓を、取り出さないのですか」

「ああ……」

 ヴェロニカは仰向けのまま手短に答える。

 血の補給は済んだが傷がすぐに塞がるわけではない。体力を回復させるためにも休息が必要だった。

「んん、う、うう~……。ふうぅ……危やく、死ぬとこだった……」

「同志」

「なんだ……」

「心臓を取り出しましょう。運び易くなります」

「しつこいぞ。お前の指揮権を今握っているのは誰だ?」

「同志ヴェロニカです」

「だったら、黙って従ってろ……。と言いたいとこだが、まあいい。……ふう。私は優しいセンパイだからな。後学のためにも、教えてやる。いいか、私が早川デンジをそのままにしてんのは理由がある。レゼを釣り上げるためだ」

「レゼ……。ボムの心臓の所持者ですね?」

「ああ、そうだ」

 ヴェロニカは身を起こし、あぐらをかく。手を伸ばせば届く距離にいるモルモットの3人を、そして運転席の少年を見て、最後に傍らに転がっている死体を眺めた。

「この早川デンジは、支配の悪魔と同じ住居に住んでいた。……支配の悪魔、知ってるな?」

「ブリーフィングで資料を確認しました」

「はあ? あんなのお前、本当に最低限しか書いてないんだぞ。……ふん、教えてやるよ。先代のマキマっていう支配の悪魔は、死体をも支配して操っていたそうだ」

「死体を……?」

「そうだ。だから今のこいつは死体でありながら操られている。この瞬間にだって動き出すかもしれない」

 少年少女たちの顔が強張った。慌てて懐からサイレンサー付きの銃を取り出す。

 対してヴェロニカはのんびりとした調子。

「反応速度はまずまず。だが想像力が足りてない」

 いけしゃあしゃあと言う。

「落ち着け。こいつは腹から下が無くって両手首も無いんだ。どう動いたって脅威にはならない」

「しかし同志、こいつは武器人間です。トリガーを引けば欠損部位も再生する」

「引ければな。手首が無いんだ。動いた所で引けるわけがない」

「……確かに」

 少年たちはゆっくりと銃を降ろすが、肩は強張ったままだった。

 ヴェロニカは言う。

「こいつは支配の悪魔といっしょに住んでいた。つまり支配されてるのは間違いない。なぜって、悪魔はそうやって人間を害せずにはいられないからだ。……で、だ。支配されてるってことは、つまり端末化してるってこと。無線で繋がっているようなものだと思えばいい」

 死体はぴくりとも動かない。だがビーコンのように信号を発しているとヴェロニカは言う。

 ここに居るぞ、と。

 追跡せよ、と。

 攫われてからずぅっと、親玉である支配の悪魔に知らせ続けている。

 ごくり、と誰かが唾を飲みこんだ。

「例えばこの死体をバラしてチェンソーの心臓だけにしちまえば追跡はされなくなるかもしれない。だがそれじゃダメだ。レゼが追いかけてこなくなる。この早川デンジの死体はな、2つ目の任務のための釣り餌にするんだよ」

「……リスクが大きすぎるのでは?」

 わざと追跡させても来るのはレゼだけとは限らない。つい先ほどヴェロニカを撃退した岸辺や他の公安も現れるかもしれないし、もっと言うなら日本の公的機関全てが先回りして道を塞ぐ可能性もある。放置するのは蛮行でしかなかった。

 しかしヴェロニカは意にも介さない。

「任務は2つだ。両方やらなきゃ意味がない。私を落伍者にするつもりか?」

「しかし……」

「何をビビってんだ。いいか、1つアドバイスしてやる。真面目に考える奴は明日死ぬかもって現実に心が折れる。だが「俺は無敵だ、こんなのビビらないぜ」って思えるバカだけは生き残る。有名な話だろう?」

「それは兵隊の話です。我々は違う」

「違うものか。お前らはまだ兵隊の段階だ」

 ヴェロニカはごろりと横になり、天井を見上げながら皮肉げに頬を歪めた。

「ようし、せっかくだから講義してやる。私たち秘密の部屋の住人は、始めに全てを奪われる。真っさらにされて、故国に尽くすための兵隊に造り変えられる。……そこがお前らが今居るステージだ。私は優しいセンパイだからな、次のステージを教えてやるよ」

 ヴェロニカはぼろぼろになったスカートのポケットに手を入れる。現れたのは一本の花。早川デンジがプレゼントしてきた安っぽい花。指先で摘まんで、天井に掲げてくるくると回してみる。

「兵隊になった次はな、常識を教育されるんだ。世界の、社会の常識だ。ヌルくて、勘違いしてる、しょーもない性善説……それらを知らなきゃ一般人に紛れ込めないからな。例えば、家庭。両親。学校。友達。恋愛。普通の人生……」

 花が回る。くるくると。

 善意。親切。そんな象徴のようなものをヴェロニカは遠い目で眺め続ける。

「キッツいんだ、そんなもんを見せつけられんのは。だって考えてみろ? 私らモルモットは人生を土台からぶっ壊された。それで散々戦士として生きることだけを教えておいて、任務を達成することだけが生き甲斐になるように仕込んでおいて、なのに後からそれら全部が実は間違ってましたって言うんだぞ? もうぐちゃぐちゃだ。整合性がとれなくなっておかしくなる奴もいた」

「あなたはどうなんです」

「なんだ、私もおかしいって言いたいのか?」

「いえ……」

「ま、否定はしない。妙な性癖がついちまったのは確かだからな。……どいつもこいつも嘘つきで、どんな教えも疑わしい。だから私は悲鳴を聞くのが好きなんだ。安心できる。そこに偽りはないからな」

「……よく分かりません。ですが1つだけはっきり言えることがあります」

「なんだ」

「私たちは正しく国家に貢献できる戦士になれるんです」

 3人の少年少女たち、その手にはサイレンサーつきの拳銃が握られている。

 前触れ無く、一斉にヴェロニカに向けられた。

「あなたとは、違う」

 

 火を噴いた。

 

 ぷしゅ、ぷしゅと空気が抜けるような音が重なる。何度も何度も。

 魔人であろうとも絶命するに充分な回数が繰り返され、くぐもった呻きが何度か漏れる。

 そしてあっけなく、何事もなかったかのように静寂が戻る。

 

 ……これが、少年たちの任務だった。

 言動の安定しない魔人の監視役――

 もしものときは処刑の権限も与えられていた。

 

 『ヴェロニカは明らかにかつての同期レゼに固執していた。

  リスクとリターンの天秤を読み違えるほどに』

 

 ――そのように報告すればよい、と少年たちは考えていた。

 実際のところがどうなのかは知らない。

 彼らはただ自分たちが成果を得ることだけが重要で、自身の存在意義を故国に認めさせることしか考えていなかった。

 

 

 運転席の少年は、無感情に車外の様子を窺った。

 車の窓にはスモークがかかっている。当然、街を歩く一般人は誰も気付いていない。

 順調だった。

 あとは近場の潜伏ポイントで早川デンジの死体を解体し、チェンソーの心臓を取り出すだけでいい。支配の悪魔に捕まる前に離脱できれば安全は確保されたようなもの。最後は指定の港まで辿り着けば祖国に戻れる。そうすれば評価を得られる。自分たち4人にも念願の名前が与えられるだろう。

 ほんの少しだけ胸が高鳴るようにさえ少年は感じた。

 車を左折させるためにウインカーを点灯させる。

 と、後部座席から同志が小さな溜め息とともに近付く気配がした。首の後ろを触れられてひやっとする。いや、むしろ生温かさを感じた。

 血の匂いが漂っている。

「そっちじゃない。真っ直ぐ進め」

 ヴェロニカの声だった。

「――!?」

「どうした? 左じゃないって言ってんだよ。指示器を消せ」

 肩の後ろから、ぬるりと頭が寄ってくる。2本の金属棒が刺さった特徴的な頭。魔人の頭。殺されたはずの人外の大きな瞳がぎょろりとフロントガラスを凝視している。

 少年を見ていない。

 なのに彼は動けない。

 自身の首を、ハサミの魔人の五指でがっちりと掴まれていた。

「指示器を、消せ」

 消すしかなかった。

「それでいい、そのまま真っ直ぐ行け。さっき教えたばかりだろう? 進む先が崖だろうと海だろうと「俺は無敵だ、こんなのビビらないぜ」――ってな」

 恐る恐るバックミラーを確認すると、その狭い鏡面の下のほうに、未成熟な腕や足がバラバラになって突き出ていた。

「ああ、こいつらの生き様があんまり昔の私と似ているもんだから、優しいセンパイとしては止めてやらなきゃならんと思ったわけだ。――で、お前はどうなんだ?」

 ハサミの魔人は身を乗り出して、ラジオのスイッチをONにする。

「なあ? お前も国家のために全てを捧げちゃうのか?」

 

 窓ガラス一枚隔てた向こう側――

 血臭を知らない平和な世界を眺めながら、ヴェロニカは皮肉げに口ずさむ。

 車のスピーカーから流れ始めた優しげなメロディを。

 

 

 

『Over the Rainb(虹の彼方に)ow』

 

Somewhere over the rainbow way up (虹の向こうのどこか空高くに)high.

There's a land that I heard of once in (子守歌で聞いた国がある)a lullaby.

 

Somewhere over the rainbow skies(虹の向こうの空は青く) are blue

And the dreams that you dare to dream rea(信じた夢はすべて現実のものとなる)lly do come true.

 

 

 けして実現しえぬ幻想に想いを馳せる歌。

 世界的な人気曲であり、ヴェロニカが来日するにあたり日本人と共通の話題を作るために学習したとあるドラマでも使われていた。

 

 それは、夜の街をとある男女が自転車の2人乗りで走るシーン。

 自転車を漕ぐのは、大企業の社長に成り代わった偽者の男。

 後ろから幸せそうな顔で両手を回しているのは、そんな彼を告発しようとして殺された秘書の死体。

 秘書は、男に好意を寄せていた。

 しかし男は偽者だった。名前も身分も偽りで、その正体はただの貧乏人。

 この世で認められるのは本物だけ。

 秘書は口封じに殺されて、死体となって男と2人乗りで夜の街を彷徨った。

 生きていればけして結ばれることのない2人が、片方死ぬことでようやく共に在る安らぎを手に入れた。その光景はひどく背徳的で、おぞましく、しかし幻想的で、美しい。

 

 

 

 白い大型バンは走り続ける。

 オレンジ色に沈みゆく太陽を追いかけて。

「私は確かめたいだけだ。……レゼ。お前の本当の声を聞きたい」

 

 

 


 

 

 

 夜の空を、早川ナユタを背負って駆けている。

 ビルの庇に指をかけ、屋上のフェンスを跳ねて、宙を泳ぐ。

 人工の星々が私たちを照らした。

 天まで伸びる高層ビル群。格子状に縁取られた窓からは労働者たちの営みが漏れだして、眼下を覗けば、家路につく車の流れが緩やかに蛇行する川となっている。

 掌で、そして足の裏で小爆発を起こして姿勢を制御した。

 建物伝いに飛んで、登り、落ちて、進む。

 やがて地の光は消え去った。

 目の前にはひたすらに広大な海。

 真っ黒い水平線は空と混ざり合って境い目は分からない。上を見れば視界に収まりきらないほどに散らばった天然の星々が瞬いている。

「着いた」

 早川ナユタのナビに従って辿り着いた先は朽ちかけた港だった。

 周囲を確かめる。

 巨大なコンテナ群が並べられ、潮風に劣化した倉庫がいくつも海際に連なって静かに佇んでいる。

「デンジ君はまだ洋上には出てないんだよね?」

「うん。あっちの建物に居る」

「そっか」

 指差す先には、白い箱状の建物があった。3階建ての学校で、闇を抱えた窓がこちらを覗き込んでいる。まるで異界へと通じる穴のよう。

「罠かな」

「間違いなくね」

 ふう、と溜め息をつく。

 急ぐためとはいえ結構力を使った。岸辺さんにもらった血液パックを啜って回復し、軽く伸びをして疲れをほぐす。手足の煤をはたいて落としながら、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

「ねえ、ナユタちゃん」

「なに」

「デンジ君に力をかけてるって言ってたよね? おかげで追跡できたんだけどさ、それって結局、どういうことなの?」

「支配の力。私はデンジを支配している」

「あー……、やっぱそういうやつなのね」

「先に言っておくけど、デンジの許可はもらってる」

「それがちょっとね~、分からないんだ」

 支配とは、何か。

 我が身でも体験したから分かる。あれにかかってしまえば自由意思は1%も保てない。

 だけどデンジ君はデンジ君だった。

 何かを奪われているようには見えなかった。

「何もしていないから」

 早川ナユタは、言った。

 

 支配の力はかけている。しかし何も強制していないし、奪い取っていない。

 更には“対象に何でもできる”ことを逆手にとり、ナユタと同じ命令権も与えている。

 

 つまり、今のデンジ君は――

 主人であるはずの早川ナユタに対して、何でも強制できるし、何でも奪い取れる。

 自由意思を消せる。

 記憶を筒抜けにできる。

 感情を思うように曲げられる。

 ――そんな万能の権利を持っている。

 でも、行使していない。互いに静観しているだけ。

 

「……それって、なんか意味あるの?」

「私の(さが)、みたいなものかな……」

 

 支配の悪魔は、どんなに対等な関係を望もうと相手を支配せずにはいられない。その欲求は思い入れのある相手ほど強くなる。

 だから、合意の上で支配の力をかけた。

 ただしそれだけではただナユタが“上”になるだけなので、デンジ側も同じことができるようにしている。互いが互いに100%の支配権を持つことで、ようやく完璧に対等な関係になったと納得しているようだった。

 

「……ふぅん」

 ナユタの支配欲のようなものを満たすために全てを委ねる。それもお互いに。それは例えるなら、心臓に埋め込まれた爆弾のスイッチをお互いに持たせるに等しい行為ではないだろうか。

 仮に、自分なら……と考えてみた。

 無理だと思う。

 抵抗感しかない。

 仮に生殺与奪の権を委ねるまではいいにせよ、記憶と体験を検閲無しで晒すのはありえない。人にはけして知られたくない恥部があるものだから。

 まして、この自分には。

 奥底にけして拭い去れないカビのような暗黒がひしめいている。

 ……もう少し、時間が欲しいと思う。

 デンジ君なら、とは思うけど。私もまだ何も持っていないから、全てを曝け出すのは、やはり怖い。

 黙り込んでしまっていると、ふとナユタの口元に微笑が浮かんだ。

 ……なんだろう?

 あれは、優越感?

 

 なぁんだ~、お前じゃあこのステージには立てないか~。

 

 ……みたいな。

 ほぉぉ~~?

 そういう顔、する?

 かっちーん、ときた。

「ナユタちゃんはさぁ、デンジ君と私が遊んでた頃の記憶も覗いたんだよね?」

「ん」

「お祭りデート。花火をバックにキス。……はーー、もんのすごくロマンティックだったなぁーー! デンジ君を助けたら~、もっかいしよーっと!」

「はァァ?」

 ナユタのこめかみに青筋が立つ。

 びきびき、と音が聞こえるようだった。

「ふっふっふ。それじゃ頑張ってデンジ君を取り戻しますか」

「あなたにはあげない」

「はいはい。取りはしませんよっと」

 今は、まだ。

 でもいつかは。そう、いつの日かは取ってやろう――




『OVER THE RAINBOW // WIZARD OF OZ』
アーティスト:JUDY GARLAND
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。