レゼのハートに火を点けて   作:シャブモルヒネ

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学校・ボム・チェンソー2

 ずりずり、

 ずりずり――

 

 片足を引きずりながら、ヴェロニカは前へ前へとただ進む。

「はっ、は……んぐ、っは、……は」

 身体を揺らすたびに、月明かりが斜めに差し込む廊下にぱたぱたと赤い命の雫を落としていく。

 隙だらけの背中を晒し、呼吸を荒げ、傷口を強く抑える。

 小さな背中だった。

 遅々とした歩みに追いつかないように私もゆっくりと歩く。

 彼女は振り向かない。けれど私が後ろに居ると知っている。知りながらも肩を上下させ、ただ暗がりを進むことを選んでいる。

 だから私は追いつかない。

 ずりずり、

 ずりずり、とヴェロニカは進んだ。

 誰も居ない廊下を踏みしめて、いくつもの空の教室を通りすぎ、空虚な階段に辿り着くと、彼女は上へ昇る道を選択した。手すりにもたれかかりながら一段ずつ昇る。力を籠めるたびに喘ぎが漏れる。

 彼女は下へ降りる道は選ばなかった。

 足を止めない。

 弱音も吐かない。

 だから私は追いつかないと決めていた。

 3階に辿り着く。

 ヴェロニカは更に上へと昇る。

 最後の段を踏みしめて、ドアノブを捻って、屋上に出た。

 ぶわり、と湿った大気が流れていく。ドアを潜り抜け、打ちっぱなしのコンクリートに血の足跡をつけていく。上を見れば視界に収まりきらないほどに散らばった天然の星々が瞬いている。

 ヴェロニカはまだ進む。

 進んで進んで、とうとうフェンスに突き当たる。

 無人の学校にガシャンと音が鳴り響いた。

 ヴェロニカは金網に指を絡ませて、その向こう側を見つめていた。

 私も横に並んで覗き込む。

 見下ろした先にあったのは白い大型バン。

 モルモットたちが乗ってきた車。今は棺桶になっている。

 ヴェロニカは息を荒げながらしばらくそのままでいた。

「ふ、ふふふ……。私は、こんな人間、だ……こういう、人生を、生きてきた……」

 金も家も家族も無くし、名前や戸籍に故郷も失って、自分の顔さえ捨て去った。たった1つの誇りを定め、他者の全てに犠牲を強いて、邪魔をしたなら同類さえも殺してのけた。

「ははは、はは」

 もう逃げ場はない。

 屋上のフェンスにもたれかかり、ヴェロニカはようやくこちらに振り向いた。

「笑っても、いいだろ……? やっと……日の、目を……見た気分、なんだ……」

 思う。

 彼女はもう助かるまい。

 もって3分、いや2分。

 潮風を浴びながら、彼女はのろのろと星空を見上げた。

 言葉なんか信じない――そう決めたはずのヴェロニカが最期に選んだのは、やはりお喋りだった。

「さて……、これから、どう、するか……。故国には……帰れない……。ひとまず、潜伏し……現地、民から、血を分けて、もらっ、て……傷を、癒し……それから……それ、から……。どこか……そう、暖かいとこが、いいな……、南に、行こう……。床屋でも、始めるか……」

 白い、紙のような皮膚を宙に向け、ヴェロニカは遠い目で何万光年も離れた場所を見る。

 

 

 

Some day I'll wish upo(いつか星に願う)n a star

And wake up where the clouds are (目覚めると僕は雲を見下ろし)far behind me

Where troubles melt like lemondro(すべての悩みはレモンの雫となって)ps

Away above the chimney to(屋根の上へ溶け落ちていく)ps

That's where you'll f(僕はそこへ行くんだ)ind me

 

 

 

 吐息が大気に溶けていく。

 横に並ぶ私と目を合わせ、引き攣りながら、どうにか苦笑した。

「嘘だよ、……に、決まって、んだろ。……今さら、……」

 ヴェロニカの呼吸はもはや途切れそうだった。

 細くなりすぎて聞こえない。

 血が抜けて、肉が凍り、固形となって動かなくなる。

 かすかにあった温もりを徐々に失っていくその過程を私はよく知っていた。

 彼女はただじっとこちらを見つめている。生と死の境い目が分からなくなってきた頃合いに、ようやく彼女は言った。

「勝負、しよう」

 この嘘に塗れた地上のなかで、一等虚しい嘘だった。

「いいよ」

 五指を伸ばし、貫き手を作る。

 武器人間の力で固めた、絶死の突剣。

 ヴェロニカは、フェンスにもたれかかったまま、動かなかった。

 

 すぅーっと心の臓まで分け入った。

 

 ヴェロニカは、芯の底から淀みを吐き出すような、深い深い溜め息をついた。

 崩れ落ちて私の肩にもたれかかる。

 冷たい体温が伝わった。

 密着し、何ヵ所も触れ合っていたけれど、どうしても払いのける気にはなれなかった。

 私は、言った。

「仕方なくないけど、仕方ないよ」

 ヴェロニカの心臓が跳ねた気がした。

 ……受け売りの言葉だ。

 ヴェロニカもすぐに分かったと思う。

 この言葉はけして私たちからは出てこない。

 だからこそ芯まで届く。

「卑怯、だろ……」

 知っている。

 私たちにとってこれ以上の劇薬はない。

 ずっとずっと願っていた。どこかの誰かがそんなふうに言ってくれないか、と。

「ああそう、か……。あいつ、か……」

 うん。

 デンジ君が言ってくれた。

 あの時、私は言われてしまった。だから絆された。

 ヴェロニカは聞き取れぬほどささやかな声を立てる。

「もう、少し……かしこ、く、させろ……おま、え、が……」

 分かってる。

 あまりにも危なっかしい。だってこんなことを言うひとの周りにはきっと物騒な連中が寄ってくるから。悪魔や、魔人に、武器人間、戦士、モルモット……。

 だから、私が寄り添って、死なないようにする。絶対に。

「ふぅぅ……」

 ヴェロニカはもたれかかったまま、私の耳元で薄く息を吐き出した。

「じゃあな」

 

 ヴェロニカは死んだ。

 本物になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 夜は終わらない。

 事件現場である学校には公安関係者がつめかけて、状況検分に清掃作業、学校関係者への説明……その他諸々の事後処理で、とにかくてんやわんやの状態になった。当事者である私たちもすぐには帰れずに、グラウンドに停めた公安の大型車の中で過ごすことになった。

 どこでもいつでも寝られる技能はプロの必須条件であるからして、当然私も習得している。プールに設置されたシャワーで汚れを洗い流し、差し入れのコンビニ弁当を平らげて、毛布を被って横になる。デンジ君が何かを言いたそうにしていたけど狸寝入りで遮った。

 寝た。

 泥のように寝た。

 夢は見なかった。

 起きた。

 小さなカーテンをぴらりとめくる。海はまだ薄暗く、太陽も顔を見せていない。

 車内を窺うと、デンジ君はナユタちゃんとまだ夢の世界にいる様子だった。

 背もたれに引っかけられたコートを借りて、外に出る。

 朝方の学校は見上げてみればなんてことはなく、普通で安っぽい建物だった。潮騒を聞きながら辺りを見回してみたけど寂れた港町に嫌気がさすだけだった。遥か遠くにある水平線を見たいと思う。高い所へ昇ることにする。

 学校に入って、階段を上って、屋上に出た。

 打ちっぱなしのコンクリートを一歩ずつ進んでいく。上を見れば雲一つない灰色の空が視界に収まりきらないほど広がっている。

 進む。

 フェンス際には三角コーンが設置され、そこにぴんと張られた黄色いテープが侵入者を拒んでいた。私はよいしょと乗り越えて、どす黒い染みの跡の隣に立った。

 金網に指を絡ませる。向こう側の景色を見つめる。

 水平線から太陽が頭を覗かせていた。

 幅広い白金のような光が張っていき、静けさのなかで空が蒼くなっていく。澄んだグラデーションが移りゆく様を茫洋とした心地で眺めていた。

 潮を含んだ風は冷たかった。

 しばらくぼんやりしていると、背後のドアが開く音がした。

 振り返るまでもない。

 足音と気配で分かる。デンジ君だ。

 靴裏とコンクリートが擦れる音が一歩ずつ近づいてきて、進入禁止のテープを乗り越える。すぐ後ろで止まった。

 背中から、肩の上に腕を回されて、力強く抱きしめられる。

「ここに居ろ、俺ん傍に居ろ」

「……」

 ずるい。

 笑い出してやろうと思った。けどできなかった。

 くそぅ。

 確かにやれとは言ったけど、私に対してじゃないでしょ?

 それともあれか。デンジ君、狙ってやってんな?

「……なにそれ。別にどこにも行きませんけど」

「ああ」

「ねえ? こういうことやったらほんとにダメなんだよ?」

「ああ」

「ダメなんだから」

「ああ」

「私、言ったよね? そんな男はクソ野郎って」

 デンジ君は冷たい空気を追いだすように私を引き寄せた。コート越しの背中に熱を感じていると、腕が私の身体の前で交差して、指先がお腹の辺りにあてられた。どうやら逃がすつもりはないらしい。

「クソ野郎」

「……」

「クソ野郎~」

「いいよ。クソ野郎で」

 ……ずるい。

 デンジ君は、ほんとにずるすぎる。

「……ねえ」

「ん」

「あれ、もっかい言って」

「あれって?」

「私のこと、どう思ってんの?」

「好き」

 噴き出した。ぎりぎり笑いにできた。でもまだ綱渡り。想定通りの言葉だったのにじんわり胸に染みこんだ。身体が必要以上に温まる。

「はああ~あ~! ……ったくさ~、ほんとにさ~!」

 ほんの少しだけ後ろに寄りかかる。デンジ君に背を預け、冷たい風が額を撫でる感触を楽しんだ。

「いいよね~、好きって言われるの。ずっと言われたかった気がする」

「何回でも言ってやるよ」

「あーあー、ダメダメ! たまに言うからいいの。何回も言われたら、ちょっとね」

「ちょっと?」

「うん。ちょっと。……ダメになるでしょ」

「ん~~?」

「くしゅっ」

 うわっと。くしゃみ出た。

 しまった。不覚。

 するとデンジ君は腕を解いた。温かさが離れていく。

 え~~~そんなの減点だよ! と言いたい気持ちを我慢して唇を尖らせる。

 振り向くと、デンジ君はごそごそとポケットから缶コーヒーを取りだしてこちらに押しつけてきた。

「ん、あったかい」

 冷え切った指先には熱すぎるぐらいでびっくりする。両手の間で転がして、なんとなくやばいなって思いつつ、プルタブを開けた。一口啜ってみる。今度は身体の中から温まる。

「……」

 う~~~。

 少し、キている。

 とくんとくんと鼓動が鳴っている。

 やばいなって思う。デンジ君、ほんとに狙ってやってんの?

 口元を缶で隠すしかない。

 ああ、どうしよう。

 前のときは、浜辺のときは、大人ぶったエージェント顔してどうにか誤魔化せた。けど今はもう味方同士だから遠慮する必要がない。どうにでもなれる。なっちゃっていい。いや、でも、でもさ!

 ……。

 それでも、もしも今デンジ君がそう言うのなら――

「なあレゼ、あのさ」

「ん……」

 背筋を伸ばす。

 ガードは下りている。言われるがままに変われる自信がある。もう一度言われてしまったら私はどうにかなるだろう。

「俺さ、会社作ろうと思うんだよな」

 ……。

 ………………。

 ん?

「デビルハンターの民間会社。俺が社長で、好きなことだけすんの。ウマいもん食って、遊んで、金が無くなったら悪魔を倒す。どう?」

 んん?

 んんん~~~?

 思わず耳を疑った。

 あれ、何か食い違ってない?

「会社ってなに」

「だからぁ、俺が社長で、ナユタが副社長。んでレゼには秘書とかやってほしいんだよな。どう?」

 ええと。うん、一度情報を整理しよう。

 デンジ君は、私に一緒に居ろって言って、好きって言って、それで秘書になってほしい。

 あれ、これちょっと理解できない。

「待って……民間会社? を作る? それって今の公安はどうするの?」

「辞める!」

「どうやって?」

「あ? どうやってって?」

「デンジ君って、日本にとって超重要人物でしょ? ナユタちゃんもそうだし、簡単に辞められるわけないよね?」

「そうかあ? 頑張ればなんとかなんじゃね?」

「いや有能になったらますます手放されなくなる、っていうか……」

 っていうか、さ?

 ちょっとずつ分かってきた。

 デンジ君は狙ってやってない。

 あほだった。

 ただのあほ。超あほ。

「え~~!? この流れでそういうこと言う!?」

「えあっ? なに? 流れって?」

 天を仰ぐ。

 蒼く染まったどこまでも抜けていくような空に向け、対空砲のように吠えたてた。

「嘘でしょ~~~!!」

 ひどい。

 ひどすぎる。

 一生モノの屈辱を食らった。

 ぎりぎり演技の拗ね顔で左パンチをお見舞いした。

「ちょっ、んだよ。俺すげえ会社作っからさあ。一緒にやってくんねえ?」

「ばかばか、ばーーーか!」

 思い切り頬を膨らませ、進入禁止のテープを乗り越える。肩をぷんすか怒らせながら去ろうとすると、背後からデンジ君の必死な声が追い縋ってくる。

「ちょ、待てよ!」

「っぷ」

 今度こそ噴き出した。

 これで狙ってやってないっていうから面白すぎる。いくらなんでもそれはない。あほらしすぎてもう笑うしかなかった。

 お腹を抱えながら振り返る。

「デっ、デンジ君はさ~、社長になるの~?」

「なる!」

「どうやって……は、この際いいや。あのね、社長ってカリスマ性がないとダメなんだよ?」

「かりすませい……?」

「少なくともブラックコーヒーも飲めないようじゃ~無理だねえ」

 肩を竦めてみせると、デンジ君は分かりやすくむっとしたようだった。

「もう飲めるぜ!」

「ほおー? 前はドブ味って言ってたのに?」

 飲みかけの缶コーヒーを渡してみる。これもブラック。まだ半分残っている。

「ほんとに飲めるのかな~?」

「……飲む!」

 ぐいっと勢いよくあおる。

 すると。

 みるみるうちに眉間に皺が寄り、顔を歪めて舌を突き出した。

「へ、平気ィ!」

「あははは! まだ子どもだ、子ども!」

「飲んだだろお~!?」

 ダメだこりゃ。

 笑いすぎて涙が出てくる。

 デンジ君はほんとに子どもで、あほで、しょーもない。だからオトナな私が鍛えてあげよう。私好みの、頼りがいがあってスタイリッシュで気遣いができて優しくて、あと女にだらしなくない! そんなステキな男性に。

 もしそう成れたら、まあ、そうだね……秘書でも何でもやってあげるよ。

 

Light my fire. おわり




故ヴェロニカ「ひとが死んだ場所でイチャつくなよ」


 この続きの話もけっこう書いたんですけど需要ありますかね。

 えー、ひとまずLite my fireの章を最後までお読みいただきありがとうございます。
 前作を読んでない人はお時間あればどうぞ。

 テーマは『嘘と本当・存在意義・誠実さ・あと飲み会』って感じです。
 前作とは空気感が変わってるので合わなくなった人もいるかもしれません。
 今作はとにかくテンポ最重視で解説とか減らしてます。特にこの第8話は省きまくってるんで「なんで? どういうこと?」って思われるだろうなあって思います。そのときは聞いてくれれば答えます。

●レゼについて。
 この人エミュすんの難しい!
 っていうのも漫画から読み取れる対人描写が少なすぎるからです。
 ・騙してるとき(ほぼデンジ相手のみ)
 ・バレて仕事モードになってるとき(ほぼデンジ相手のみ)
 ……じゃあ他の人にはどんな感じなの? 仕事が絡まないとどうなるの? 分からん!
 とりあえず私が想像したレゼ像はこんな感じでした。違和感どうでしたかね。

●ヴェロニカについて
 オリキャラ。とりあえず1つだけ書かせてください。
 ・能力がハサミである理由。
  ボムとの対比とかそういうメタ的な理由ではなく、ボムより弱い能力にしようと思ったのと、作者が小説の『ハサミ男』を好きだからです。

●感想・評価お願いします。
 罵倒や低評価でいいんで! あればあるほど元気になれます。

●最後に。
 チェンソーマンアニメ楽しみです! 漫画第2部もひたすら待ってます!
 ではまた。
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