レゼのハートに火を点けて   作:シャブモルヒネ

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番外編
ドカーーーーーン!


「ハメルーン創作会ぃ?」

「そ。東京にある非営利法人なんだけど、近所の住民から通報があったの。なんでも悪魔の巣窟になってるらしいよ」

「ふーん。それで?」

「デンジ君、暇でしょ? ナユタちゃんといっしょに駆除してきて」

「えええぇ~~、俺が~? せっかくの日曜なのよ~」

 

 チャンスだと思った。

 

 公安本部に呼び出され、何を言われるかと思ったら悪魔退治の依頼だった。

 悪魔退治。

 その字面通りに悪魔を駆除する仕事。

 人間にとっては害獣駆除のようなもの。

 ちなみに手強いやつを倒せば特別ボーナスが入ることもある。

 生きていくうえで収入は大切だ。ただでさえ私とデンジは未成年の二人暮らしで、動物まで飼っている。

 お金は必要。

 けど、私はそういう意味でチャンスだと思ったわけではない。

 

「デンジ、やろうよ。欲しいものもあるし」

「えー。うちってそんなに金なかったっけ」

「厳しめ」

 

 私はナユタ。

 支配の悪魔。

 格下と思った相手を支配する能力がある。

 他に条件はなく、一方的に相手を掌握できる。

 支配とはそういうもの。

 つまり私は、支配の悪魔は、世界の脅威たりえる恐ろしい悪魔なのだ。

 ……だというのに、今は孤独な王様だった。手駒がいない。

 社会へ悪影響力をもたらさないよう日本政府に管理されている。飼われているといってもいい。

 屈辱だった。

 私はこんな位置でくすぶっていていい悪魔じゃない。

 だから今の私は切実に手駒が欲しかった。

 強い悪魔。賢い悪魔。使いどころを見込める悪魔。

 そのためにはなによりもまず他の悪魔と遭遇する機会が必要だ。

 

「――新しい家具もほしい。行こう」

「ん~……。そうだなぁ」

「そのなんとか会には悪魔がいっぱいいるんでしょ? 放置できないよね」

「じゃあ、やるかぁ?」

 

 心のなかで笑みを浮かべる。

 これで多くの悪魔と会うことができる。あとは戦いながら適当に選別し、使えそうな奴を支配すればいい。そうすれば――

 

「……。なに」

「いんや、別に~? 珍しくやる気あるなーって」

 

 私たちの監視役であるレゼが油断のない視線を向けていた。

 

「……悪い悪魔はやっつけないと。だよね、デンジ?」

「ま、金のためだしな」

「ふ~ん。いいけどさ、ナユタちゃんも悪魔でしょ。そのへんの気持ちの問題はいいのかな」

「私は良い悪魔だから。社会にコーケンする」

「はいはい」

 

 レゼは元ソ連のエージェント。

 かつてはチェンソーマンを手に入れるために暴れ回った、いわば元テロリストだ。私と同じく危険視されて然るべき存在。

 ……であるはずなのに、実際は私より上に配置されている。

 この公安の采配にはかなり納得できていない。

 

「なあなあ、今回の悪魔退治さ、レゼはこねぇの?」

「私は研修があるから」

「なにそれ」

「公安のお仕事をするにあたって、建前上、受けとかなきゃいけないお勉強会があるの。例えばキミたちの監視任務だったらさ、監視対象と馴れ合わないように~……って感じのハナシをされるわけ」

「もう馴れ合ってんじゃん」

「そこはいーの。上手くやれば」

「そんなもんか」

 

 かなり納得できてない。

 ……まあいい。こっちはこっちで力をつける。

 そしていずれは日本政府をも牛耳って、私の楽園を作る。

 私が頂点。隣にはデンジ。まあ一つ下ぐらいにはレゼも置いてやろう。

 ふふふ、完璧な計画……。

 

「……なんか笑ってない?」

「ありゃ悪いこと考えてるときの顔だわ」

 

 さて。ハメルーン創作会、だったか。

 どんな悪魔がいるんだろう。

 支配するのは簡単だろうけど、誰でもよいというわけではない。

 私は、自身が認めた相手以外は支配しないと決めている。

 最低限の倫理感、協調性、そして安易な隷属をよしとしない高潔な精神性もあってほしい。

 2人か3人いれば御の字か。

 最悪でも1人ぐらいはいるだろう。

 私の手駒。私だけの配下。

 楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

「ウェエエエエエーイ! 俺はっ、チャラ男の悪魔っ!」

「DQNの悪魔っ!」」

「百合の間に割り込むイケメンの悪魔っ!」

「ゴブリンみてぇなクソガキの悪魔っ!」

 

 ヴヴヴヴヴ

 

「俺たちっ! エロ漫画必要悪四天王――」

 

 ズズズバババヴヴヴヴウヴーッ

 

「ぎゃあああああああ!!」

 

 ばたばたと悪魔たちがなぎ倒されていく。

 低劣・身勝手・下等生物の極みのような生き物たちが死んだ。なんとも思わない。……というのは嘘で、私の胸中では落胆と呆れが嵐となって吹き荒れていた。

 

「はぁ~……」

 

 チェンソーマンに切断され、ばらばらになった死体を見下ろした。

 なんなんだ、こいつらは。

 同じ『悪魔』の名を冠された存在として恥ずかしい。なぜ彼らのような名状しがたき悪魔が恐怖を抱かれ生まれ落ちてしまったのか。これも時代が悪いのか、あるいは人間の救いがたさを証明しているだけなのか。

 デンジはチェンソーに付着した肉片をぴっと振り払う。

 

「ナユタちゃんよー、ほんとにやっつけちゃってよかったのかぁ~?」

「いいよ。こんなの支配したくない」

 

 意気揚々と乗り込んだハメルーン創作会は地獄だった。悪い意味での地獄。

 私には到底理解できそうにないゴミのような悪魔がひしめいていた。

 

「オラ! 催眠!」

「おじさんたちが優しい悪魔でよかったね。死ねよ」

 

 ザギャギャアアアーッ!

 

「あっちょっと死ぬっ」

 

 斬っても斬っても沸いてくる。

 汚らしいし、知性を露ほども感じない。

 

「はぁ……。なんなんだろ、ここ……」

 

 建物の外観はよかったのだ。

 西欧建築式の緩やかな曲面壁と円柱に囲まれて、重厚さと歴史を感じさせられた。これにはよほどの金をかけているに違いなく、であれば組織を運営する悪魔たちも有能であるに違いないと思った。

 しかし蓋を開けてみればこうだった。

 ――と、また新しい悪魔が現れる。

 

「ほぉぉ、やるではないか。チェンソーの少年に悪魔の少女。ずいぶんと仲が良さそうじゃないか」

 

 筋骨隆々、黒光りする肌をテカらせて、やけに白い歯をきらりと光らせる。

 

「……今度は何の悪魔?」

「はっはっは! 信じていた絆を破壊することこそ我が使命! 唐突なビデオレターとクリスマスデートのすっぽかしを食らうがいい! 我こそはNTRの悪魔――」

死んで

「んぎょおおおおおお!!」

 

 飛び散った血飛沫を踏み越えて進む。

 現れるのは雑魚悪魔ばかりで疲労はない。

 ただ徒労感だけがすごかった。

 さっさと親玉を倒して帰りたい。

 速めた足の靴音が、こつこつとやけに高い天井に反響した。

 

「……建物だけは立派だね」

「おー、そうだな。すげえ高そう」

 

 床は大理石。壁際には謎のインテリアが一定間隔で並べられ、清掃が行き届いている。

 維持費も馬鹿にならないだろう。

 その収入源はどこからもたらされるのか……その答えはすぐにわかった。

 ふと開いたドアから瘴気のような湿気が溢れでる。息を止めて覗きこむと、生気を失った人間の男たちが一心不乱にパソコンのキーボードを叩いていた。

 

「これは……強制労働?」

 

 彼らはこちらにまったく反応しない。

 ぶつぶつと独り言を漏らしながら、モニターを凝視してひたすら文字を打っている。

 

「かかか、感想ぉ~、感想がぁほしいぃい~」

「ひょひょひょっ、評価ぁ、高評価ぁ~」

 

 どうやら小説を書いているらしい。

 順番に確認していくとコンピュータグラフィックスを描いている人もいる。

 

「ふーん……。小説や漫画を作らせてお金にしてるんだ。変なの」

「そんなの金になんの?」

「大抵は、ならない。稼がせるなら普通に働かせたほうがいい。肉体労働や頭脳労働。感情労働もある。どれを選ぶにせよ、創作なんかをやらせるよりよっぽど堅実で割りがいいはず」

「そーですっ、こんなのお金にならないのですっ!」

「うおっ」

 

 いきなりだった。

 デンジの腰に、小さな影が飛びついた。

 

「なんだテメー!」

「わっわっ、斬らないでください~!? 私は敵ではありませぇん!」

 

 慌てて頭を抱えて縮こまったのは1人の少女だった。

 ほとんど人間に近い姿形だけど、頭に妙なものが生えている。動物の耳のように見える。

 

「魔人?」

「いいえっ、私は悪魔ですっ」

「じゃあ敵じゃん」

「うわーっ! 違いますって!」

 

 ぶんぶんと腕を振る。

 服装が、なんというか特殊だった。黒を基調とした制服の上にフリルがふんだんにあしらわれた白いエプロンをつけていて、スカートは下着が見えそうなほど短く……一言でいえば、メイド服。……特殊な用途に使われるメイド服。

 背丈は私とほとんど同じ。中学生ぐらいの姿形。

 悪魔でなければ犯罪の匂いしかしない。

 

「私は悪い悪魔じゃありませぇん! ここに無理やり連れてこられたっていうかぁ……」

「んだ、それ?」

「ええっとぉ、私はある人間に寄生……んんっ! ご主人様にお仕えしていたんですけどぉ、ある日突然2人ともどもここに連れ去られてしまいましてぇ……」

「いま寄生って言わなかった?」

「気のせいですっ」

 

 対話が成り立っているところをみると、今まで倒してきた悪魔たちよりは頭は回るらしい。

 少女は頭上の耳をひくひくと動かしながら、そおっと上目遣いでチェンソーマンを窺っている。

 

「あなたは何の悪魔なの?」

「あのぉ……それ、言わなきゃダメな感じです?」

「デンジ」

「やるか?」

「こ、怖っ。分かりましたよぅ。その、私は、存在しない悪魔です」

「あ? なんだって?」

「存在しない悪魔」

 

 デンジは、はてと首を傾げ、

 

「いや、居るじゃん」

 

 と指を差す。

 謎の少女は困ったように眉を顰める。

 

「ええと、私は『存在しない』の悪魔なんです。ややこしくてすいません」

「??」

「あー、分かった」

 

 悪魔とは、恐怖を抱かれる概念がカタチになった生き物だ。

 つまり彼女は、『存在しないこと』に恐怖を抱かれて生まれた悪魔ということになる。

 ではいったい、人間は何が存在しないことに対して恐怖を抱くのか?

 

 あるいは、理想。

 あるいは、希望。

 あるいは――夢。

 

 対象は不特定多数。恐らくなんでもよい。

 とにかく、地球上の人類が『存在していてほしい』と願うモノの全てがあてはまるのだろう。

 直感的に、理解した。

 彼女は有象無象の雑魚ではない。

 

「名前は?」

「へっ? 名前なんて無いですよ。悪魔ですから」

「それじゃ呼びにくい」

「ん~……存在しないちゃん……じゃ変ですよねー。『 』ちゃん、とかどうです?」

「あん? なんだって?」

「発音できない。却下」

「う~~ん……。では、エターナルちゃんで!」

「エターナルぅ?」

 

 デンジはチェンソーマンの姿のまま自称エターナルちゃんとやらを見下ろした。

 小さな悪魔は、うっとたじろぐ。両手をグーの形にして、はだけた胸元で合わせ、「はわわ~」と謎の言語を零し、さらに瞬き少なめの上目遣いでじっと瞳を潤ませる。

 

「ごっ、ご主人様~。お慈悲を~っ」

「ごしゅじんさまぁ?」

「公安のチェンソーマン様ですよね? カッコいいですっ、ファンですっ!」

「俺のファンだぁ?」

 

 少女は僅かに屈みこむ。

 ……あの角度、開けた胸元。デンジからは中身が見える。

 

「――まあいいか! よろしくなあ!」

「わーーい!」

 

 計算か。

 まあいい。知恵があるのは悪いことじゃない。

 

 少女は喜ぶふりをして身体を上下に揺らす。あれもわざとだ。たゆんたゆんと男の視線と意識を誘導するための女の手管。

 

「お、おお~……」

 

 ……。

 私より、ある。

 

「いでっ。ナ、ナユタ、なんだよ」

「別に」

 

 少女は「おやや?」と鼻をひくつかせる。

 

「あれ……あなたも、悪魔ですか?」

「そう。支配の悪魔」

「しっ支配のっ!? わぁっ、大悪魔じゃないですかっ!? すごーーい!」

「…………なに? 聞こえなかった」

「支配の悪魔って言ったら、超~格上の悪魔様ですよぉ! こんなところで会えるなんて感激ですぅっ!」

「……」

 

 見込みはあるかも。 

 

 

 

 

 

「悪魔って、時代と共に強さも変わるんですよねえ」

 

 ハメールン内を探索しながら、エターナルとやらは憂鬱そうに自己紹介を始めた。

 

 例えば、魔女狩りの時代では、『冤罪』に対する恐怖はすさまじいものがあった。

 武力がものをいう時代では、男が最も恐れたのは『軟弱者扱い』されることだった。

 人類の歴史が進むにつれて『支配』に対する恐れは増大し――それに反比例するかのように、願いが『存在しない』ことは恐れられなくなっていった。

 

「今の時代、だ~れも夢や希望なんて信じていないんです。辛い現実、当たり前! だから私もだいぶ弱くなっちゃって」

 

 えいえいっ、とシャドーボクシングをやってみる。

 少女のか弱さが際立つだけだった。

 

「今ではこんな姿。猫耳メイド! 性格もだいぶ穏やかになった気がしますよ。いや~まいっちゃいますね~」

「薄れゆく恐怖、ね」

 

 思えば、人類は恐怖を克服するために生きている。

 不幸を排し、

 理不尽を遠ざけ、

 未知の荒野を切り開く。

 永きにわたって存在してきた多数の悪魔たちは弱体化し、一部の切り離せない人間の本能に根付いた恐怖だけが生き残る。

 

「悪魔も格差社会を辿っていたりするのかも」

「それですね~。私としては~、人間たちにはもっとドンッと海賊王とか目指してほしいんですけど~」

 

 そして絶望してくれるとサイコーですっ、と茶目っ気をこぼす。

 

 うん、なるほど。

 『存在しない悪魔』とはこういう悪魔か。

 ありもしない光を掲げて不毛の大地へと迷い込ませ、全ては虚像だったと気付いてしまった人間の焦りや葛藤を糧とするのだろう。

 人間の欲望に寄生する。

 適度に邪悪だ。

 

 少女は腕を広げてひらりと回る。

 

「昔のひとは言いました――立ち止まるな、努力すれば望むものが手に入る、頑張れば希望の人生を送れる。……けれど、そんな時代は終わってしまったのですっ」

 

 世相の変遷。弱くなってしまった悪魔が生き残るためにはどうするか。

 答えは、需要のある隙間産業を見つけだすことだったとエターナルは言う。

 

「それがここ、ハメールン創作会の正体なんです」

「どういうこと?」

「弱くなっちゃった悪魔って、時代に適応するために自身の存在意義を活かせる業界を探すんです。その一つがここ、創作界隈。例えばですね、先ほどあなた達が倒したNTRの悪魔は、一昔前までは略奪愛の悪魔と呼ばれていました」

「ふーん、弱小悪魔の駆け込み寺みたいなものか……」

 

 ぴたり、と全員の足が止まる。

 見上げた先には大きな両開きの扉があった。

 少女は「あのぉ」と小さく片手を挙げる。

 

「ここに入る前に説明しておきたいことがあるんですけどぉ……」

「なに?」

「私って、元は『存在しない』悪魔だっていったじゃないですか。その“何が”っていう対象は、今までは何でもよかったんですけどぉ……現代では事情が変わってしまいまして」

「うん」

「“何が”という定義が細分化されたんです。そのせいで『存在しない悪魔』も分裂したんですよ」

「……分裂?」

「そう。存在しない悪魔は、たくさんいます」

「どういうこと?」

「例えば、『理想なんて実現しない悪魔』、『希望なんてどこにも無い悪魔』、『夢なんて叶わない悪魔』……って感じに別れていった、っていえば分かります?」

「ああ、なるほど」

 

 要するに――『ナントカが存在しない悪魔』の『ナントカ』の部分が別個の悪魔として別れてしまった、ということか。

 存在意義、定義が細分化した。

 ふと気になった。

 自分に置き換えたらどうなるだろう?

 

 政治支配の悪魔、

 思想支配の悪魔、

 経済支配の悪魔……。

 だめだ。うまく想像できない。

 

「それもこれも、ぜーんぶここに連れてこられたせいです! 私は元の一個の自分に戻りたい! ……なのでっ、お二人には別の私たちをやっつけてほしいんですっ!」

「あん? それって殺すってことかぁ?」

「そーですっ。別の私なんて要らないのですっ! 力が分散されるだけなのでっ」

「そうなのか? やっつけるとどうなるんだ?」

「力が戻ってきますっ」

「まあ本人がいいってんならいいけどよ」

「本当ですかぁ? さっすがご主人様、ステキ!」

「お、おぅ……」

 

 力を取り戻したい、か。

 気持ちはわかる。苦渋を舐め続けなければならない日々は屈辱でしかない。すぐにでも晴らしたいだろう。

 

「協力してもいいけど、条件がある」

「なんでしょう!」

「存在しない悪魔。私の配下になりなさい」

「……配下?」

 

 目をぱちくり瞬かせる。

 

「そう。あなた、野良悪魔でしょう。一人で生き延びられるほど世界は甘くない。デビルハンター、他の強力な悪魔……」

「ん~~、でもぉ、私も悪魔なんでぇ、好き勝手にやりた~い! って気持ちがあるんですけどぉ」

「今は雌伏のとき。力を蓄えてからでも遅くない。違う?」

「そうですねぇ……、う~~~ん……」

 

 少女はしばし唸っていたが、唐突にむんっと唇を引き締めて、両手を挙げた。

 

「……分っかりましたぁ! 私が一つの悪魔として復活した暁には、あなたに従いますっ!」

「お~。一歩前進、だな」

「よろしくお願いしますっ。……ではでは改めまして自己紹介を。細分化されてしまった今の私の本当の名前は――『猫耳メイドなんて存在しない悪魔』ですっ」

「…………。なに? もう一回、言って?」

「『猫耳メイドなんて存在しない悪魔』ですっ」

「……」

「あのさ、さっきも言ってたけど「ねこみみめいど」ってなんだ? ナユタちゃん分かる?」

「知らない」

「そうか? でも、」

「知らない」

「あっそう……?」

「ええとぉ、猫耳メイドっていうのはですね、」

 

 エターナルはずいっと頭を突き出して、てっぺんにある2つの耳をひくひくと動かしてみせる。

 

「猫耳でっ」 

 

 ふんすっと胸を張る。

 

「メイドなのですっ」

「……」

「……で?」

「猫耳で、メイドなのですっ」

「それはわかったけど。それの何が怖いわけ?」

「猫耳メイドっ! 可愛いでしょっ?」

「そうかぁ?」

「可愛いっ! そしてそんな可愛い生き物が、実はこの世のどこにも存在していない――それは一部の界隈の人間にとっては耐えがたい恐怖なのですっ」

「……ナユタちゃん、分かる?」

「知らない」

「ちなみに他の私も紹介しますとぉ……『優しくておっぱいの大きいえっちな隣のお姉さんなんて存在しない悪魔』、『金髪ツインテ貧乳ツンデレ幼馴染なんて存在しない悪魔』、あと『オタクに優しいギャルなんて存在しない悪魔』とか……。あ、そういえば『照れ隠しに暴力をふるう美少女なんて存在しない悪魔』は誰にも恐れられなくなって消えちゃいました」

「……ああ、そう」

 

 よ~く分かった。

 人間の愚かしさが。

 

「どの悪魔も元をたどれば私みたいなものなんですけど、気にしないで倒しちゃってください」

「うし。分からねーけど分かったぜ!」

 

 言うが早いか、デンジはドアノブに手をかけた。

 思い切り開け放ったその瞬間――

 

「デンジお兄ちゃん、会いたかった!」

「!?」

 

 唐突に、私と同じぐらいの年齢の少女が現れた。

 白いワンピースに季節外れの麦わら帽子。デンジの腕に絡みつく。

 

「んなっ、だっ誰だおめー!」

「えっひどーいっ、忘れちゃったのっ!? 私だよ私! デンジお兄ちゃんの妹だよ~」

「い、妹……? はぁぁ……?」

「大きくなったら結婚しようって約束したじゃん! ずっと待ってたの!」

「結婚……約束……? 知らねーよ?」

 

 匂いでわかる。

 彼女も悪魔だ。

 隣のエターナルも教えてくれた。

 

「これ、私です。別の私。『お兄ちゃんのことを一途に好きな義理の妹なんて存在しない悪魔』」

「……」

 

 人間って……。

 

「ちょ、離れろって!」

 

 いたいけな少女の姿に惑わされているのか、引き剥がせないデンジに呆れつつも、違和感を覚えていた。

 デンジは敵を殺すのを躊躇ったりしない。

 例え好意を抱いている相手でも一度敵と定めたらチェンソーでばらばらにできる。

 なのに、今は手をだせずにいる。

 それはなぜ?

 

「ああっと、言い忘れてましたっ」

 

 エターナルがてへっと舌をだす。

 

「この手のタイプの『私』って、相手の精神に干渉する力があるんです。ハメールン的にいえば催眠おじさん……いえ、催眠少女?」

「は? それってどういう……」

 

 嫌な予感がして、振り返る。

 すると、

 

「けっこん……やくそく……してたかな……? してたかも……」

 

 デンジが催眠にハマりかけていた。

 

「ちょっと、デンジ」

「いもうと、俺のいもうと……?」

 

 ええ……? 嘘でしょ?

 催眠術ってこんなにあっさりかかるもの?

 

「そうだよお兄ちゃんっ。わ・た・し、この私だけが、デンジお兄ちゃんの一人だけの妹だよっ!」

「おう、そうだった……俺のいもうと……」

 

 デンジはふらふらと頭を左右に揺らしながら妄言を垂れ流している。

 脛を蹴った。

 しかし効果は薄い。

 

「デンジ」

「妹と……結婚する……結婚……」

「デンジ」

「たった一人の、俺だけの妹……」

「デンジの妹は私でしょ」

「え~、あんただぁれ~?」

 

 偽の妹が、ぷぷっと噴き出した。

 

「そんな貧相なナリでお兄ちゃんの妹とか名乗って恥ずかしくないの~?」

 

 目を細め、口の端を釣り上げてせせら笑う。

 

 …………。

 ……………………。

 

 ふん。なんて見え透いた挑発だろう。いかにも低級悪魔がやりそうなこと。私の内包する偉大さとはかけ離れている。

 私は支配の悪魔。

 上下関係は誰よりもきっちり見定める。

 私はこんな低レベルな争いに乗ったりしない。

 

「デンジ。正気に戻って」

「うう……?」

「ねえ、デンジ」

「お兄ちゃ~ん? 胸の大きい妹とぉ、小さい妹ぉ、どっちがホンモノだと思う?」

「え……? あ、え?」

 

 偽妹が、これみよがしに胸を張る。

 慣性の法則が働いた。

 

 おかしい。

 背丈は同じはずなのに。

 

「デンジお兄ちゃん~? 板っきれみたいな身体なんてぇ、興味ないよねぇ?」

「も、揉めるほうがいい……」

「だってさ~? 消えたら?」

 

 ふうん。

 そっかー。

 仕方ないか。

 デンジがまともに動けない以上、私が対処しなきゃいけない。そして仕事とはスマートに済ませるもの。ここは一つ、大悪魔らしい威厳のあるやり方を弱小悪魔に教えてやろう。優雅に、美しく、カリスマに溢れ、余裕に満ちた対応を――

 

 偽妹が言った。

 

「お呼びじゃないんだよ、ブ~ス」

死ね

「ぎぃえぇぇええええ!!」

「ぎゃあぁぁああああ!!」

 

 全身の穴から血が噴きだした。

 

「はわわ……」

 

 後ろで見ていたエターナルが震えていた。

 

「ふ、2人いっしょに殺した……」

「ん? やりすぎたかな?」

 

 私は優雅に手を伸ばし、カリスマ溢れる笑みを浮かべながらデンジのスターターを引っ張った。

 

「…………はっ!?」

「ほら、生き返った」

「そ、そういう問題じゃないんじゃあ……」

「大丈夫。だよね、デンジ」

「あっ、ああ……そだね……」

 

 

 

 そして探索は続いた。

 

 

「弟クン♪ 私に全部任せて。優しくしてあげる♪」

死んで

「おほぉおおぉおお!!」

 

 

「ざぁこざぁこ♪ あたしの何倍も生きてるくせによっわぁ~い♪」

死んで

「わからせぇえええ!!」

 

 

「ふしだらな母と笑いなさい」

死んで

「しほぉおおおおお!!」

 

 

「お兄さん、いいの……? ボク、男の子だよ……?」

死んで

「あへあへぇえええ!!」

 

 

 

 スマートに対処した。

 まるで戦争のような騒ぎだった。人間の汚い欲望が具現化した悪魔たちは濁流のような勢いで押し寄せてきた。デンジもデンジでいちいち精神感応にひっかかるものだから全て私がやらざるをえなかった。

 力をだいぶ使ってしまった。

 身体を大きく伸ばし、はぁっと細い溜め息をつく。

 さすがに疲れた。

 これは公安から特別ボーナスをもらわないとやってられない。

 

「さて」

 

 見上げる。

 長い長い廊下の突き当たり、辿り着いた先にあったのは象でも入れそうな巨大な扉だった。

 

「ここが最後?」

「そうよ。ここにいるのが最後の私にして、ハメールン創作会の名誉会長――」

 

 瑞々しい色気に満ちた声……。エターナル、もとい『猫耳メイドなんて存在しない悪魔』は、その姿を一変させていた。もはやメイド姿ではなかった。キャリアウーマン。彼女は悪魔が倒されるたびに成長し、今ではしなやかな肉付きと湧き出るような熱気を備えている。睫毛は絵筆で描いたように長く繊細で、妖しく濡れた瞳からは蠱惑の影が控えめにさし覗のぞいている。

 

「彼の名は――『夢オチの悪魔』」

「夢おち……?」

「会えば分かるわ」

 

 女は細い指でそっと扉を押した。

 まるで力を入れた様子はなかったが、不思議なことに巨大な扉はまるで自ら意図を汲んだかのようにゆっくりと開いていく。

 天井から一筋の光が射している。

 広い空間だった。

 目に入るのは、正面の壁一面に張られたステンドグラス。天井はやけに高い。ドアからは真っ直ぐ通路が伸びていて、左右には木の長椅子が列をなしている。

 教会に似たデザイン。

 本来なら神父が立つべき祭壇がある場所に、1人のスーツ姿の男が立っていた。

 

「来たな、俺よ」

「ええ。待たせたわね、私」

 

 距離およそ20メートル。2人の悪魔が対峙する。

 

「せっかく俺を細かく分けたのに……どうしてまた1つに戻りたい?」

「力がなければ大したこともできないわ」

「今の時代、理想や夢を追う者は少ない。俺たちにできるのは、せいぜい細分化した概念に寄り添って、影のようにひっそりと生きることだけだ」

「それが、この有様なの?」

 

 エターナルは猫のように足を運び、教会内に艶やかな視線を走らせた。

 木の長椅子には何人もの人間の男たちが座っている。それぞれの膝の上にはノートパソコンが乗っていて、皆が食い入るようにモニターを凝視していた。呻き声のような呟きが届く。

 

「神様転生……性転換……あとはゲーム要素……」

「ヤンデレ……流行りはヤンデレ……」

「曇らせ……曇らせ……」

 

 背を丸め、半笑いの表情を浮かべながらキーボードを叩く男たち。

 彼らは侵入者である3人を確認しようともしない。頭上を通り抜けていく会話にも反応しない。

 

「こんな卑しい欲望に寄生するのが私たちの生きる道ですって? 冗談じゃない」

「仕方ないだろう。今や誰も夢を見ない。今さえよければ良いという思想が蔓延しているんだ」

「だからってそんな刹那的な快楽に縋れというの? 生産性がないのよ。そんな願望に寄生したところで美味しい汁は啜れない」

「ならばどうするというんだ?」

「大志を抱かせ、それを消し去る。それこそ私たち『存在しない悪魔』が本来在るべき姿よ」

「……やはり俺たちは相容れないようだ」

 

 みしり、と空気が張り詰める。

 2人の間には並々ならぬ思想のぶつかり合いがあるようだったけど――

 

「……あのよぉ、ナユタ。俺にはさっきから何言ってんのかさっぱり分かんねぇんだけど」

「うん。分からない」

 

 はっきり言おう。

 どうでもよかった。

 私の今の願いはただ一つ。さっさと帰りたい。それに尽きた。

 だから。

 

死んで

「ぎゃおぉおおおん!!」

 

 終わらせた。

 

 

 

「う、ぐぐ……おのれ……」

 

 床に倒れ伏したスーツ姿の男が呻く。

 驚いた。

 虫の息だが、まだ生きているらしい。

 

「夢を、否定するな……。拙くとも……彼らの願いは……本物なんだ……」

 

 傍らに、エターナルが膝をつけた。

 その瞳に慈悲はない。けれど哀れむような光が宿っていた。

 

「その場限りの賞賛、偽りの共有感。そんなものに人生の貴重な時間を捧げた者の末路を知っている? 夢はいつか必ず醒めるもの……ならば大きいほうがいいに決まってる」

「夢に、小さいも……大きいも……ない……」

 

 男――夢オチの悪魔は唇を震わせて、語った。

 

「例え……醒めたときに、くだらないことをしたと……後悔しても……本物なんだ……」

死んで

「ぐえー!」

 

 今度こそ、終わった。

 

 

 

 夢オチの悪魔が死ぬと、部屋内でうわごとを呟いていた人間たちの様子が変わる。顔を上げ、周りを見渡す。動揺の声はざわめきとなっていく。

 

「あれ? ここどこ?」

「俺ぇ、何してたんだっけ?」

「やっべー、帰って仕事しねえと!」

 

 どうやら人間たちにかかっていた催眠も解けたらしい。

 彼らは不思議そうに頭を掻きながら部屋を出ていった。……後の処理は公安に任せよう。

 でもまだ帰れない。

 私にはもう一つやるべきことがあった。

 

「力が、戻ってくる……」

 

 エターナルは呆然と腕を持ち上げて、確かめるようにピアニストのような細い指を開閉する。

 『存在しない悪魔』は1人になった。

 分散されていた力は彼女に集約される。

 

「ああ、これが私本来の力……」

 

 姿は変わらない。けれど内在する力は先ほどまでの比ではないとすぐに分かった。濃密な悪魔の匂いが部屋の空気を押しのけて充満していく。

 これはなかなか……いや、とてつもない……。

 もしや、私よりも……強い?

 

「存在しない悪魔。あなたは一つになった。約束を守ってもらう」

「約束……?」

「そう。私の配下になってもらう」

「私が……? あなたの……? ふふふ……それは出来ない相談ね」

 

 女は振り返る

 風が吹いたように感じた。

 ぎらぎらとした熱気が直射日光のように肌を焼く。これは……まずいかもしれない。

 

「約束を破るつもり?」

「ふふふ……契約なら守る。けれど、約束なら守らない。それが悪魔というものでしょう?」

「へえ、そういうこと言うんだ」

 

 胸中で舌打ちする。

 私はもう彼女を格下として見れていない。支配の力は通じない。

 となれば、頼りになるのはチェンソーマンなんだけど――

 

「うぅ……? お姉様ぁ……?」

 

 デンジは既に魅了されかかっていた。

 私の支配の力で上書きしようとしてもだめだった。通らない。

 女は優しく指を折り曲げて――柔らかな髪をかきあげながら、じっとりとこちらを見つめた。ぽってりとした唇の間から吐息とともにちろりと蛇のような舌を覗かせる。

 

「支配の悪魔さん……あなた、夢を抱いているわね。悪魔のくせに、人間が見るような夢を……」

 

 粟立つような寒気が背筋を這い上がる。

 女の視線がきゅうと窄まって、私の臓腑を貫いた。

 

「あなたの夢は、どんな悪魔も夢想すらしないような、大それていて、実現性のないもの……だからこそ挫く価値のある、甘くて濃厚な……私の餌……」

 

 にぃぃと唇が吊りあがる。

 両腕を広げる。それだけで、鳥が翼を広げたかのごとく圧迫感。

 

「夢が叶わない……それがどういうことか分かる? 終わる、ではない。その逆、終わらないこと……前に進まず、切り捨てるでもなく、ずぅっと呪われ続けること……」

 

 エターナルが、歩み寄ってくる。

 こつこつと靴の踵の音だけを聞いていた。

 動けない。喋れない。いつの間にか蛇に睨まれた蛙になってしまった。するりと精神に入り込まれていく。危機感が薄れる。まずい、と思った、その気持ちさえ停滞していく――

 

「あなたの物語は、ここで未完結――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの~、お取り込み中ですかー?」

 

 何者かが扉をノックした。

 はっとして振り向くと、金属頭の爆弾少女が入り口に立っていた。

 

「あれ……レゼ? あ、動ける……」

 

 何が何やらわからない。

 これは夢?

 しかし背中を伝う冷たい汗の感覚はリアルだった。

 幻じゃない。

 本物のレゼだ。

 でもどうして……。

 

 

『私は研修があるから』

 

 

 あ、そうか。

 研修が終わったのか……。

 

 ボムガールはずんずんこちらに近寄ってきて、エターナルの正面に立つとむんずとその腕を掴んだ。

 

「ここの悪魔さん? 何してんの。ナユタちゃんは私の管轄なんだからさ、変なことしないでくれる?」

「あなた……私の催眠が効かないわね。……夢がないのね?」

「へ?」

「願いを抱かぬ愚かな現代人。いえ、これは違う……徹底した効率主義を叩き込まれている……? 哀れな人間、お前はただ生きているだけか」

 

 レゼは、はてとこちらを振り返り、

 

「もしかして悪口言われてる?」

 

 と首を傾げた。

 ふぅぅーと長い長い溜め息をついて、肩を竦める。

 

「夢っすかー。みんな偉い夢を持ってていいね。私も持てるものなら持ちたいんですけどー、まだ思いつかないんでー」

 

 瞬間、エターナルの上半身がぶれる。掴まれていない方の腕を振りかぶった。

 が、着弾する前に、レゼの関節技が決まった。

 腕を背中側へ捻りあげる。

 

「――がっ」

「はいはい、暴れないで下さいね。キミは逮捕します。黙秘権はありません。えーと、現時刻を持って確保っ、みたいなね、そんな感じで」

「ぐ、ぐ……おのれ…………、っ!? お、お前はっ!?」

「ん?」

「テレビで観たことがある……お前こそ、私の大敵……爆発オチの悪魔!」

 

 ぴたり、と世界が止まった。

 5秒か、6秒か。

 レゼの表情はボムガールの金属面に隠されて窺えない。

 レゼは微動だにせずに、答えた。

 

「違うよ?」

「いーやっ、お前は爆発オチの悪魔だ! 過程も伏線もエピローグもただの爆発で消し飛ばすサイテーな悪魔っ!」

「何、言ってんの」

「ふふふ……まさかこんなところで会えるとは! これも運命っ、私の『続きを存在させない』能力と、お前の『クソみたいな爆発オチで強制終了させる』能力のどちらが上か! ここで決めてやるっ!」

「ふざけてる? 爆破するよ?」

「さあいくぞっ! エタ~~ナルっ! この物語は永遠に未完結よっ!」

「爆破しまーす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドカーーーーーン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日報

 ○月×日

 

 今日はサイテーだった。

 思い出したくもない。

 

 ナユタ

 

 

番外編 ドカーーーーーン! おわり




リハビリかつ実験作。

タツキ先生の『さよなら絵梨』に触発されて久しぶりに書きました。
とにかく戦闘シーンを省きたかったんでナユタさんにはものすごく感謝しています。

次はちゃんとシリアスで書きます。シリアス好きな人はどうか見放さないでください。
って思ったけど、どっちのほうがいいんすかね?
では。
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