それは、運命だった。
こんなところで踊ったら迷惑になるだとか、
人の目を集めるだとか、
そんなことは、頭に浮かびすらしなかった。
ただ、
名前も知らないあの子の踊る姿が
あんまりにも輝いているものだから
気付けば体は、動き出していた。
故にそれは、運命だった。
コン、コン、コン。
自分の手の甲が響かせるノックの数は三度。
中から声が返ってくれば、少しの緊張と共に扉を静かに開け放つ。
「失礼します、社長」
「ああ、とりあえずかけてくれ」
中に入った俺を迎えるのは天井社長――この283プロダクションのトップ、即ち俺の上司だ。
かつてはやり手のプロデューサーであって、俺の憧れの存在でもある。
「さて、まずはこの間のファン感謝祭についてだが……無事成功、と言って構わんだろう。よくやった」
「アイドルたちが頑張ってくれた結果です。ありがとうございます」
ファン感謝祭。
283プロダクションの経営が軌道に乗ってきたこともあり、一度事務所主催の大規模イベントを開こう、ということで行われたイベントだ。
それぞれのユニットが自分たちでライブの企画などを出し、ファンたちへの感謝を伝える、という趣旨のそれは大好評を博し、定期的な開催を予定する案も出ているほどであった。
俺も現在283プロダクションに所属している4つのユニットたちそれぞれのメンバーと協力してイベントを成功させるべく動いてきたが、流石に開催前の忙しさは並みのものじゃなかった。
ウチの事務所唯一の事務員であるはづきさんと共に莫大な仕事を事務所に寝泊まりして捌いていたことを思い出す。
ファン感謝祭が無事成功したとき彼女と共に流した涙の内には、やっとマトモに眠れるという安堵の念も籠っていたんじゃないだろうか。
「本当に嬉しかったです。あのイベントで、
「……うむ。今日呼んだのは、その話についてだ」
天井社長はひとつ咳払いをすると、真剣な顔をしてこちらに目を合わせてきた。
「実はだな、新しくアイドルをスカウトして来て欲しいと思っている」
「スカウト……ですか」
スカウト。
それは芸能事務所における人材登用の手法としては、そう珍しいものではない。
実際、今現在283プロに所属しているアイドルの内半分はスカウトしてきた子たちであるし、受け身の姿勢であるオーディションと違って才能ある子に自分からアプローチが出来るところがスカウトのメリットだ。
尤も、当然ながらオーディションと違って目当ての子はアイドル志望ではないため狙った子を獲得できないことも多いが、その分成功した時のリターンも大きい手法である。
「ようやく軌道に乗った、ここが大きな勝負所だ。新たな戦力を確保し、プロダクションとしての力をつけたい。
……とはいえ、プロデュースを担当するのはお前の役目だ。今でさえ多忙なのだから、無理にとは言わないが――」
「やります。やらせてください」
俺の即答に、社長はいささか面食らった様子を見せる。
しかし俺は社長のカリスマに惹かれこの事務所に入ったのであり、社長の命令ならば中国でもヨーロッパにでも営業に行くくらいの覚悟は持っている。
多少の労力がかかる程度で、仕事に妥協を許すと思われてしまっては困るのだ。
「アイドルのプロデュースは、俺にとって全く負担なんかじゃありません。
それに……彼女たちはもう、俺がいなくてもやっていけるでしょうから。俺がやってることなんて、ちょっとしたサポートだけです」
今いるアイドルたちは、既に俺の手から離れて巣立っていった。
アイドルの雛を見つけ、翼を共に育てる。そこまでが俺の仕事だ。
その後は、自分の意思で飛べば良い。俺の助けなんて必要ない。
「そ、そうか……。お前が良いと言ってくれるなら助かった。新たな実力あるアイドルを発見してきてくれ、頼んだぞ」
差し出された右手を、しっかりと握り返す。
憧れの社長に任された仕事だ、絶対に成功させてみる!
「はい、283プロダクションのプロデューサーとして……必ず、才能ある子をスカウトしてきます!」
◇◆◇◆◇
「とは言ったものの……そう簡単に見つかるわけないよなあ」
いざ才能ある子を見つけんと、事務所を飛び出してはや数時間。
いくら俺のやる気があるとは言ったって、即戦力を1日で見つけろというのは流石に無理のある注文であった。
今いるスカウト組だって見つけられたのは偶然によるものが大きい。
千雪や凛世たちとの出会いを思い返しつつ、少し懐かしい気持ちに浸る。
「いやあ、懐かしいなあ……。最初の頃は仕事を取りに行ってもマトモに話も聞いてくれないこともザラだったし。みんなと一緒に283プロを盛り上げていって、すごい大変だったけど、すごい楽しかった。
色々トラブルもあったりしたけど、ここまでやってこれて本当に良かったなあ」
俺がプロデューサーとして本格的に仕事を初めて以来の、数々の活動の集大成がこの前のファン感謝祭だ。そりゃあ思い入れも深くなるというものだろう。社長にも成功だと言ってもらえて本当に良かった。
「……っとと。思い出に浸ってる場合じゃないよな。ここが終わりじゃないんだ、新しい子と一緒に、更に盛り上げていかないと!」
かつてを思い返しても、粘り強く諦めないことこそが成功の鍵だとわかる。
今回のスカウトだって根気強く頑張るしかない。
「よし、今度は大通りに行ってみよう。やっぱりたくさんの人を見ないと」
気分を改め、止まっていた足を町の中心、大通りへと向ける。
やはり母数は大事だ。ピンと来る子は数多くの中の一握り、砂粒の中の砂金である。
諦めなければいつかは見つかる。
今度こそ、と気合いを入れ直して、俺は人の流れに逆らいつつ大通りを歩く人々を観察する。
とはいっても、気合いを入れただけで上手くいくはずもなく。
血眼になって大通りで探し続けるも、全く成果の得られないまま1時間が過ぎることとなった。
「いやあ、何の収穫もないってのは結構心にくるなあ……。やっぱり場所を変えてみようか」
少し休憩、という気分でスカウトを一旦中断する。
それでも道行く人々を目で追ってしまうのは職業柄だろうか。
「それにしても、アイドル業界はやっぱり敵が多いな」
周りをぐるっと見渡してみると、至る所にアイドルたちの活動の痕が見られる。
商品のPR、CDショップの店頭販売、雑誌の表紙……たまに見かける283プロのアイドルの姿に、思わず笑顔がこぼれた。
その中でも特に目を引くのが、ある人気アイドルのコマーシャルだ。
ダンス、歌、共に高い水準でまとまっており、かなりの人気を博しているベテランアイドル。
そんな彼女のダンスがメインに据えられた広告を、ここ最近よく見るようになっていた。
「あのアイドルの広告もよく見かけるようになったなあ。
こういうの、意識してないつもりでも意外と目に入ってたりするんだよ……って。なんだ、あの人だかり」
人通りの絶えない、よくある大通りの一角。
少し遠いが、モニターに映し出されたその広告をじっくりと眺めるには丁度いいであろう場所。
そこには、偶然では説明できないほどの人の数が集まっていた。
「なんだ? 大道芸人でもいるのかな」
気になった俺は休憩がてら群衆に参加してみることにした。
こういうのは意外と見る価値のあるものも多い。283プロダクションでスカウトすることはないだろうが、多少の金銭を投げ入れることに抵抗はない。
「……うーん、よく見えないな」
しかし、いざ見物せんと試みてみたものの、群衆はみんな何某かのパフォーマンスに夢中になっているのか、入る隙間もないほどに密集している。
しいて言うならば、誰か小柄な人物が激しく動いているのが僅かに体と体の間からわかるのみ。遠目からでは何も判別がつかない。
そんなにも面白いものなのか。
尚更その大道芸人(仮)が気になった俺は、少し近寄って背伸びをし、群衆の頭上から見てみることにした。
それが運命の出会いになるとは、全く予期しないままに。
「よっ……ほっ……」
右足、左足、前に出てターン。
ふわりとなびく銀髪に、目鼻立ちの整った顔。
小柄な体と、垂れ目がちであどけなさの残る顔立ちが醸し出す彼女の幼さとは対照的に、そのダンスパフォーマンスは異常なほどの完成度を誇っていた。
それこそ、先の広告のダンスを超えうるほどに。
見たところ中学生くらいか。よくその歳でここまでの技術を身につけられたものである。流石に振り付けまで自分で考案したとは考えづらいが――
と。そこまで考えたところで、ふと違和感を覚える。
「――違う」
後ろを振り向き、あのアイドルの広告のダンスの振り付けを観察する。
そして、俺は再度銀髪の彼女のダンスを見て確信した。
あれは、模倣だ。
超えすぎてしまった結果、最早誰も原型があの広告だと気付いていないのである。
進化の結果、最早新しいダンスとなってしまったのである。
俺が広告を見るために一瞬目を離したことが気に入らないのか、不満げな顔でますます彼女は動きを激しくする。
その動きは一瞬一瞬に変化し続け、またその一瞬一瞬の度に進化し、更なる高みへと彼女はどんどん登っていく。
模倣対象であったあのアイドルなど、彼女にとってはただの足掛かりに過ぎない。
翼を生やした彼女は、天へと続く階段を無視して空へと羽ばたき続ける。
私を見ろ、私だけを見ろ。そんな声が聞こえてくるようだ。
一瞬でも目を離した俺を許さないと言わんばかりに、彼女の動きはますます俺を魅了してくる。
気付けば、俺の周りにも人だかりが出来ていた。隣の人との隙間は更に小さくなっており、群衆は全て銀髪の彼女に目を奪われている。
やがてダンスにも終わりがやって来た。
俺の記憶が正しければ、あのアイドルはもうすぐ決めポーズを取って動きを止めるはずである。
そして銀髪の彼女のダンスもそこは変わらないようで、最後は片手を高く挙げ、天に指差すポーズで動きを終えた。
ただその一瞬、これまでの彼女すらをも塗りつぶす輝きを発して。
「――っ!!」
俺は確信した。
彼女が、彼女こそが、次の世代の頂点を取る器であると!
「あの、すみませ――」
そう思い、興奮のままにスカウトをしようとした瞬間、俺の声は湧き上がった群衆の歓声にかき消される。
踊り終えた彼女はそれに対し鬱陶しそうな顔をしながら、するすると群衆の間を抜けてどこかに去って行ってしまった。
「ま、待って――」
声を挙げて呼び止めるも、人の多い大通りではすぐに見失ってしまう。
最早、どの方向に行ったのかもわからない。
最悪だ。最高の天才を見つけたのに、それを失ってしまった。
「いや。絶対に諦めるもんか……!!」
社長の期待に応えなければいけない。
最高の原石を磨かなくてはいけない。
使命感にも似た感情に駆られながら、俺は町を駆け回ることを決めた。
◇◆◇◆◇
「――はぁっ、はぁっ、はぁ……どこにも、いない…………」
銀髪の彼女を見失ってから1時間ほど。
スーツ姿でずっと町を走り回り続けた俺は、服にシミができるほどの汗をかいていた。
息も絶え絶えであり、肺が悲鳴をあげている。この時以上に学生時代の体力が欲しいと思ったことはない。
「はっ、はぁっ……結局、この大通りにまで、戻ってきたけど……」
踊っていた場所の近くは全て回った。
あの子くらいの歳の子が行きそうな所は手当たり次第に顔を出した。
それも結局、無駄な努力となってしまったワケだが。
「もう、ここで毎日、待ってたほうが、見つけやすいのか……?」
息を落ち着けつつ、走った疲れを取るために道の端っこで地面に座り込む。
ちょうど先ほど、彼女が踊っていた場所であった。
腰を下ろし、視線を上に持っていけばあのアイドルの広告が目に入る。
あの広告の彼女は間違いなく実力のあるアイドルだ。ダンスも本格派と呼ばれるだけあって、数々の練習に支えられたものであるのだろう。
そう。だからこそ、銀髪の彼女の異常性がはっきりと際立つのだ。
少なくとも、スーツ姿とはいえちょっと走っただけで息切れするような、体力のない今の俺では真似なんて到底出来そうにない。
俺の担当しているアイドルたちにもアドバイスを求められれば答えるが、実際にステップを踏んで見せるといったことはまずしない。
俺の体力も落ちたものである。昔を思い返して少し物悲しい気分になりながら、目に入りそうな汗を拭う。
「いやあ、本当に体力落ちたな。夏葉にもよく誘われるし、ランニングでも始めるか」
「すごい汗っすけど、大丈夫っすか?」
ドキリと心臓が跳ねる。
独り言を呟いた瞬間に言葉をかけられるというのは、思ったよりも驚く経験であったようだ。思わず声をあげそうになった。
心臓を落ち着かせ、慌てて声の方向へ顔を向けると、そこにはずっと探し求め続けていた銀髪の彼女がいた。
「あ、ああ、ごめん。ここ、邪魔だったかな」
「……? 別に、ここはわたしの場所じゃないっすよ」
不思議そうに首を傾げる彼女。
一つ一つの彼女の挙動には幼さを感じさせられ、とても先のパフォーマンスを行った彼女とは同一人物に思えないほどであった。
「そっか、てっきり君の踊り場なのかと」
「外で踊ったのは今日が初めてっす。本当は、さっきもここで踊る気なんてなかったんすよ」
そう言う彼女はどこか後悔している様子で、踊る気がなかったというその言は真実なのであろうということが推測できた。
「ただ、あの広告を見たら、なんだかすっごく真似してみたくなって……。
今だって、これで見るのは2回目なのに、すっごくキラキラして見えるんす」
「へえ、そうなんだ……って、2回目?」
見るのは2回目、と彼女は言ったのだろうか。
それは即ち、先のパフォーマンスの時の模倣は1度の視聴であのクオリティまで持って行ったということになって…………。
「て、天才……」
思わずそう言葉を零すと、彼女は苦笑を返す。
「『芹沢あさひ』は、こんなものじゃないっすけどね」
苦笑いと共に発されたその言葉には、自嘲のような、悔恨のような、何か深い感情が込められているようで、そこに触れることを思わず躊躇わせた。
「それで、そんなに汗をかいてどうしたんすか?」
「――っ! あ、ああ、実は俺、こういうもので……」
彼女の言葉で本来の目的を思い出した俺は、慌ててハンカチで手汗を拭い、名刺を取り出して彼女に渡す。
アイドルのプロデューサーをやっている、と簡単な自己紹介をすれば彼女は目を見開いてこちらを見てきた。
「……やっぱり運命って、あるんすかね。ここで私が踊ったことなんて、ただの偶然に過ぎないのに」
「え、えーっと、君の言うことはわからないけれど……君にはアイドルの才能がある! もしよければ、ウチで活動してみる気はないかな?」
ここで断られてしまったら、それこそ俺が駆けずり回った意味は何もなくなる。
縋るような気持ちで返答を待っていると、彼女は神妙な顔をしてこちらに目を合わせてきた。
「……わたしのどこに、魅力を感じたんすか?」
「え?」
「顔っすか? 髪の毛っすか? それともスタイルっすか?」
不安げな表情をし、己の魅力を問うてくる彼女。
どこか危うげな様子を見せられた俺は、思わず佇まいを直す。
「この『わたし』が持ってる魅力なんて、『あの子』と同じくらい輝いてるところなんて、あなたがスカウトする理由なんて、そのくらいしか――」
「あのダンス、すごかった!」
すごく、危うく見えた。
だから、俺も真剣に応えた。
「――へ?」
「すっごい努力の積み重ねを感じさせられた。あんなに綺麗で慣れた様子のステップ、中々見れるものじゃない。それにあの時間踊りきる体力をつけるのも並の努力じゃあ無理だ」
俺が見つけた彼女の魅力を、全て応えていく。
彼女の根底にあるのは、圧倒的な才能と、それに並ぶ不断の努力だ。
「観客の視線を誘導する技術もすごかった。一番格好いい自分を見せ続けるっていうのは、プロでも出来る人は少ない。きっとすごく時間をかけて習得したんだと思う」
「あ、えと……」
「特に最後の決めポーズの瞬間! あれ、どんな魔法を使ったんだっていうくらいに目を奪われた! ほんっとうにすごいと思う!」
「――っ!」
思いついただけ褒めていると、だんだん彼女は恥ずかしそうにして身を捩らせていく。
「それに――」
「も、もういいっす! これ結構恥ずかしいっす!」
まだまだ褒め言葉を綴ろうとすれば、少し顔を赤くした彼女に無理やり遮られる。
出来る限り言葉は尽くしたが、俺の気持ちは伝わっただろうか。
「……自分の努力を認められるって、うれしいものなんすね」
照れくさそうにそう言った彼女は、片手を俺の方に差し出してくる。
「えーっと、これは……」
「握手っすよ。わたしは、『わたし』に相応しい輝きを身につけたかったんすけど……あなたとなら、なんだか出来そうな気がするっす」
その言葉の意味を、数瞬遅れて理解する。
これって、スカウトに成功したってことか……!
「ほ、本当か!?」
「そう言ってるじゃないすか」
思わぬ喜びに震えつつ、嘘じゃないだろうなと彼女の顔を見つめると、さっさと手を握れと彼女は顎をしゃくって命令してきた。
命令通り恐る恐る右手を差し出し、しっかりと手を握る。
すると彼女は、見惚れるような笑顔でぎゅっと手を握り返してきた。
そして彼女は白い歯をキラリと光らせ、元気の溢れる笑顔のまま口を開く。
それが俺と彼女の、長い旅路の始まりであった。
「わたしは『芹沢あさひ』っす! よろしくっす!」
身長、すごい大きいんすね! やっぱり牛乳が大事なんすか?