×月◎日
今日も今日とてレッスン漬けである。
本日は「ビジュアル」のレッスンで、写真撮影時の心得について学んだ。
表情の作り方だとか、ポーズの取り方だとか、実際に正解を見せられれば「あさひ」は瞬間的にそこへ辿り着ける。
最終的にはレッスンを見学していたプロデューサーを唸らせるほどの完成度まで持って行くことが出来た。
また、練習ではあるが実際に写真撮影も行ったりした。
プロのカメラマンが撮影するわけではなく、プロデューサーだったりトレーナーさんに写真を撮ってもらって自分の姿を客観視するためのものであったが、これが良い練習になったんじゃないかと思う。
そも、良いカメラマンが撮れば良い写真が出来上がるのは当然だろう。
「芹沢あさひ」が目指す場所はもっと上だ。
カメラ撮影に関しては全くの素人であるプロデューサーが撮ったとしても、完璧な写真が出来上がるように。
撮影者の技術に関わらず、「芹沢あさひ」の魅力をカメラの中に落とし込めるように。
カメラが自ら、「芹沢あさひ」の肢体を追ってしまうほどに。
目指すべき境地は見えた。
あとは俺の努力次第で辿り着けるかどうかが決まるだろう。
×月¶日
12時頃、事務所で風野灯織とたまたま出会って昼食を一緒にとることになった。
彼女が食べていたのは彩り豊かな自作のお弁当である。料理上手というのは本当なようだ。
俺も母親手作りのお弁当を持ってきていたのでおかずの交換を提案すると、灯織は差し出すおかずをどれにするべきか軽く3分は悩んでいた。
ぼそぼそ呟いていた独り言から推測するに、レッスン後でお腹が空いているであろう俺に肉を渡すべきか、それともカロリーのことを考えてヘルシーなものを渡すべきなのか考えていたと思われる。
何も考えずミートボールを差し出した俺の方がおかしいのだろうか。
こんなことになるなら初めにどれが欲しいか聞かれたとき、変に彼女を気遣って選択権を委ねるのでなく、自分で欲しいおかずを選択しておけば良かった。
最終的に俺の顔を伺いながら差し出されたのは卵焼きである。
美味しいと伝えれば、彼女はほっとしたような表情を浮かべていた。
食事中の会話は特に弾むこともなかった。
×月▲日
偶然と言うべきかなんというか、昨日に続き今日も風野灯織と行動を共にすることとなった。
俺がいつも通りにレッスン室へ向かったら、そこには既にレッスンの準備を終えた様子の灯織がいたのだからまあびっくりである。
彼女曰く、他のアイドルと合同でレッスンを行うのはよくあることらしい。
なんでもアイドル同士の仲を深めるために、あえてプロデューサーがそうしているのだとか。
まあ俺としては幸いなことに、模倣相手が増えたということに等しい。
今日はボーカルレッスンであったが、レッスン中も灯織の喉の使い方などをしっかりと観察させてもらった。
プロデューサーの思惑通りに仲も深められた気がする。
一緒に汗を流すとやはり、お互いに親しみを覚えるものだ。
また、ゲーム時代に見ていた灯織らしい面も見れた気がする。
何か生活で気を遣っていることはあるかと聞いたら、グルタミンだとかビタミンDだとか聞いてもいない栄養素の話を早口でし始めたり、最終的には睡眠時に放出されるホルモンやらの話までし始めたのだ。
とはいえ聞き逃していい話ではなかったため、ふんふんと頷きながらメモを取っているとすごく嬉しそうな顔をしていたのが印象に残っている。
これからもっと仲が良くなっていけたら嬉しいものだ。
×月■日
今日は待ちに待った初仕事の日であった。
プロデューサーの意向で新人アイドルには軽い仕事から経験を積ませて業界に慣れさせていくらしく、俺が行ったのも雑誌の一ページに載せる、ほんの小さな写真の撮影である。
とはいえ仕事は仕事。全力で取り組まなければいけない。
伝説のアイドル八雲なみの「靴に足を合わせる技術」を用い、今回の仕事に最も適した「芹沢あさひ」を作り上げて仕事に臨んだ。
また、未だ不完全ではあるものの一応は習得した「カメラに自分を追わせる技術」も用いて完成させた写真は、自分でも納得のいく出来であったと言える。
カメラマンの方からも「俺が撮ったとは思えないほどいい写真だ」なんて、謙遜とお世辞も入っているだろうがお褒めの言葉を頂いた。
ただ、八雲なみの技術を用いたときにプロデューサーが怪訝そうな表情を浮かべていたことが少し気がかりである。
×月♡日
週に3度のダンスレッスンであるが、やはり先生の熱量が初回のときと全く違う気がする。
一つ一つの指導がすべてハイレベルで、あさひの才覚をもってしても一度では習得できないような技術を要求してくるのだ。
もちろん厳しさも人一倍である。期待の裏返しだと思うようにはしているが、にしても横で見ているプロデューサーだってドン引きしている。
とはいえあさひの実力ならそれでもついていけてしまうので、これまでとは比較にならないくらいの速度でダンスの技術は成長していっている。
やはり指導者がいるのといないのとでは成長の度合いが全く違う。
良き師に出会えて幸運だと考えるべきだろう。
×月◇日
先日行った雑誌の写真撮影であるが、なにやら雑誌の関係者から意見が出たとのことで、俺のあの写真は一ページ丸々使って掲載するらしい。
更に嬉しいことに、あの写真を見た上の人が気に入ってくれたらしく、その雑誌の次号の表紙のオファーをもらった。
プロデューサー曰く、新人アイドルにしては破格の仕事だという。
経験を積ませてから大仕事に臨む、という彼の方針からは外れているからか少し複雑そうな表情をしていたものの、これはビッグチャンスだということで俺に仕事を持ってきてくれた。
当然俺も断るはずがない。いきなりの機会に大喜びである。
その仕事はそう期間を置かずにやってくる。
今のうちに、八雲なみの技術をもっと磨いておかなくてはならない。
靴にも合わせられないようでは、俺の足なんかを求める人はいないだろうから。
靴に合わせる必要なんかあるんすかね
一番綺麗な足をしてたら、みんな見てくれるっすよ