☆月○日
初ライブに向け、ダンスレッスンも最後の仕上げに入ってきた。
ステージの中心から位置がズレた時の違和感がない戻り方だとか、振りを間違えた時の対処法だとか、そういった小技のような技術も教えてもらっている。
先生は忙しくて本番を直接見には来れないそうなのだが、非常に気合いを入れて指導してくださった。期待を裏切ることは出来ない。俺も全力で取り組んでいる。
しかしあさひの初ライブと言えば思い出すのはW.I.N.G.のシーズン4コミュだ。
彼女はあそこでライブを通して「自分自身を誰かに伝えること」の喜びに目覚めていた。恐らくそれこそがW.I.N.G.後のあさひのアイドル活動に対する原動力であり、その感情があさひの言うライブの「キラキラ」に繋がっているのだろう。
俺にはその「キラキラ」というものは見えていない。
パフォーマーと観客の一体感、とでも言うべきものなのだろうと当たりをつけてはいるが、それは表面的な理解だ。
あさひはW.I.N.G.でのパフォーマンスを通して「キラキラ」を自ら作り出すようになった。
俺もこのライブを通し、一歩でもその領域に近づけたらいいのだが。
☆月×日
今日は俺の初ライブの日であった。
朝から地方の小さなライブ会場に行って準備をし、数十人ほどの観客の前でパフォーマンスをした訳であるが、一応は成功したと思われる。
浅倉透のオーラを要所要所で用いて目を惹き、芹沢あさひのパフォーマンス技術で魅了してやれば熱狂した観客の出来上がりだ。
それに加えて八雲なみの力も使えば、ライブの成功だってさもありなんといった感じである。
しかしあさひの言う「キラキラ」に繋がる感覚は掴めそうで掴めなかった。
不思議な感覚である。「自分でない自分」は理解したけど、自分は理解できていないというような。
言語化が難しい。プロデューサーにでも相談してみよう。
☆月◇日
今日は「アンティーカ」のメンバーである白瀬咲耶と幽谷霧子と顔合わせをした。
アンティーカというユニットは283プロの稼ぎ頭というだけあって、非常に忙しいようである。
今日も5人まとめての顔合わせは難しいということで二人だけと話をした。
白瀬咲耶は元モデルであり、スタイルが抜群に良い。
その長身と整った顔立ちを見れば、多くのファンがメロメロになるのも納得というものだろう。
スタイルは流石のあさひでも真似しようがないため、非常に悔しいところだ。女の子を落とす話術だけでも勉強させてもらおうと思う。
幽谷霧子はなんというか、掴みどころのない女の子である。
口数も少なく明るい性格ではないが、それでいて不思議な魅力があって多くのファンを魅了している。
彼女の言動をトレースしても魅力まで再現することは出来なかった。もうしばらく観察を続けさせてもらおう。
☆月▲日
今日は果穂ちゃんとヒーローショーを見に行った。
休日はレッスンに費やしたいというのが本音ではあったが、期待に満ち溢れた目でお願いをされては断れない。果穂ちゃんの天真爛漫さをトレースするための観察をする良い機会だ、と自分を納得させてついて行くことにした。
見に行ったのはもちろんの如く「ジャスティスⅤ」のヒーローショー。
俳優・役者志望のバイトさんが動きにくい恰好をしながらもキレのあるアクションを披露するために頑張っているのだろう。そう思えば、子供たちの純粋な目線からではないが、それなりに気持ちの篭った応援が出来た。
子供向けではあったがそれなりの見応えはあり、隣から聞こえてくる果穂ちゃんの解説も合わせればそこそこに楽しめるものであったと言えよう。
果穂ちゃんも大満足の様子だ。子供らしい振る舞い方も学べたし、休日を費やしただけの甲斐はあったというものである。
その後はゲームセンターなどで1時間ほど一緒に遊び、夕食の前には果穂ちゃんは家に帰っていった。門限などは特に無いのだろうが、小学生にとっては夕食を外で食べるというのは中々ハードルが高いことだったような記憶がある。これが高校生同士とかであったのならば、もう2時間は外で遊んでいただろう。
幸いレッスン室は夜遅くまで使えるため、俺はレッスン室へ行って自主練習に残りの時間を費やした。
☆月☆日
とうとうユニットを組むという話をプロデューサーから聞かされた。
俺の予想通りならば、ユニットメンバーは「黛冬優子」と「和泉愛依」の2人だろう。
「
またメンバー全員がスカウトによって事務所に所属した唯一のユニットでもあり、その特異なメンバー同士の関係性から非常に多くの人気を獲得していたグループでもある。
しかし、ゲーム本編における初期ストレイライトのメンバー間の仲は非常に悪いものであった。
非常にプロ意識が高く自分にも他人にも妥協を許さない黛冬優子と、実力が他の二人より突出していて尚且つ空気を読まず常識に背く行動をする芹沢あさひ。
どう考えてもぶつかり合うのは必至である。
唯一和泉愛依はその辺りの人間関係に機敏で、芹沢あさひを上手く調整することで関係に亀裂が入ることを防いでいた。
まあ尤も、雨降って地固まるというかなんというか、ある事件の際に黛冬優子が素の自分をさらけ出し、芹沢あさひと思い切りぶつかったことで彼女たちの仲はぐっと縮まった。
あの関係性はあさひにとっても非常に尊いものである。
他の二人に対する信頼と、それに対して返される愛情は確かなものであった。
黛冬優子も言葉の上でこそ素直でないが、ユニットメンバーを大切に思っているのは一目瞭然だろう。
だからこそ、プロデューサーからユニットを組むという話を聞いたとき。
不安の念に襲われたのだ。
◇◆◇◆◇
元々、何だか嫌な予感はしていた。
「ふゆ」は結局、ヘタクソな人付き合いの末に産まれたものである。
それなのに、都合よく気が合って、都合よく方向性が合って、都合よくふゆの方がちょっとだけ実力が上で――なんて。
烏滸がましいにも、程がある。
「はじめまして、芹沢あさひっす! 今は中学二年生っす! 黛冬優子ちゃん、っすよね? これからよろしくっす!」
――冬優子にぴったりなユニットメンバーを見つけたから、紹介するよ。
そう言われてやって来た事務所に佇んでいたのは、「芹沢あさひ」を名乗る女子中学生であった。
(……っ! 何考えてんのよ、アイツ!)
内心あの
どちらかと言えばこの少女には、もっと明るくて快活な――283プロでいうならばそう、小宮果穂辺りと組ませるのが最適だろう。
逆に「ふゆ」と組ませるべきなのはもっと可愛さを全面に押し出した、それでいて”そこそこ”程度に明るい女の子である。パフォーマンスの方向性が似ていたり、ほわほわとした仲良し営業が出来れば最高だ。活発さ・元気さは求めていない。
どちらにせよ目の前の少女が「ふゆ」の方向性と合っているとはとても思えず、心の中でプロデューサーを呪う。ふゆにピッタリとは本当になんだったのだ。
とはいえ決められたものは仕方がない。アイツのことだ、どうせ何か考えがあるのだろう。
芹沢あさひの後ろでニコニコと頷いているプロデューサーを横目に、一先ずは言いたいことを飲み込んで挨拶を返すことにした。
「芹沢あさひちゃん、だね。こちらこそよろしくお願いします♡ 仲良くしてもらえたらとっても嬉しいなあ」
「――もちろんっすよ、冬優子ちゃん!」
その言葉にピクリと体が反応する。
自身の呼び方は、「ふゆ」に統一するべきだ。
名前の浸透のしやすさ、あだ名で呼ぶことによる親近感、仲を良く見せるための演出――様々な理由から成り立つ「自身の呼称の統一」という目的を達成すべく、いつものように自分の呼び方を訂正する。
「あ、その……ごめんね。良かったら、ふゆのことは『冬優子』じゃなくって『ふゆ』って呼んでくれないかな。ふゆ、そっちの方がかわいいって思うの」
いつもの作業だ。
手っ取り早く仲良くなるために――今はアイドル活動上の目的も含んでいるが――あだ名で呼ばせる。十年近く続けてきたことである。
先ほどは文句を垂れ流したとはいえ、目の前の少女は同じユニットのメンバーだ。仲良くやっていかなきゃ気苦労も多くなるというものだろう。
少なくとも見た感じビジュアルに文句は全くない。サラサラとした銀髪に、人形のように美しい顔立ち。負けるつもりは毛頭ないが、思わず羨んでしまうほどの顔の良さだ。
にっこりと手慣れた作り笑顔を浮かべつつ、猫なで声で少女「芹沢あさひ」にお願いをする。
呼び名を訂正するというのは、ファーストコミュニケーションとしてはマイナスポイントだ。先手を打って「ふゆ」と呼ぶようにお願いしておくべきだった。
少しばかりの後悔を感じつつ芹沢あさひの顔を見れば、そこにはどうしてか困ったような表情が浮かんでいた。
「――
一瞬の間。
ごく一瞬の間、彼女からは躊躇いの念が感じられて――そしてすぐに、プロデューサーからの前評判通り聞き分けが良く利口な彼女らしく呼び名を変更してくれた。
「うん! ありがとう。ふゆはやっぱり、そっちの方が可愛いなって思うの」
「そう、っすね。わたしもそう思うっす。……あ。それじゃあ、わたしはレッスンの時間っすね。また今度っす!」
あの間はなんだったのだろう。
そう思う間もなく、彼女は忙しない動きでその場を去って行った。
「どうだった、冬優子。仲良くやれそうか」
そうして取り残されていたところにプロデューサーが話しかけてくる。
色々と言いたいことはあったが、一先ずは抑えておく。なんだかんだ、この男のプロデュースの手腕は認めているのだ。
「まあ、やっていけそうなんじゃない? もう一人っていうのがどんな子か知らないけど」
「そうか! あと一人はもうしばらく後に遅れて合流だ。ちょっとの間は2人で活動してもらうことになるけど、よろしく頼むよ」
その言葉に、思わずうへぇとため息を吐きたくなる。
仕事中にわざわざ女子中学生の面倒を見なければいけないのか。心労が増えるというものだ。
そんなふゆの内心を知ってか知らずか、プロデューサーの顔には笑顔が浮かんでいる。
やっぱり一発くらい蹴りでも入れておいた方が良いだろうか。
「冬優子になら安心して任せられるな。……逆に冬優子にとっては、ちょっと辛い時期が続くかもしれない。何かあったら、すぐに相談してくれよ」
「何よ、ふゆがユニットメンバーと仲良くすることも出来ないって言いたいワケ? 冗談じゃないわね。アンタはいつも通り後ろで腕でも組んで、ふゆがユニットでも立派に輝いてるところを見守ってりゃいいのよ!」
そうやって威勢の良い言葉をふゆが言うとアイツはニヤリと笑う。
いつものやり取りだった。
ただこの時のふゆは、プロデューサーの危惧する問題が何かをきちんと理解していなかっただけで。
えー! 絶対「ふゆちゃん」より「冬優子ちゃん」の方が可愛いっすよ!