漆黒の猟犬、静寂の摩天楼   作:エセダンディズム

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後書きの言い訳が長いので本文はいつもより短めです。




第10話 変人記者

 「足が前に出すぎだ! 身体の軸に平行させて下ろすんだ!」

 

 「・・・・・・はいっ!」

 

 練習コースの一角、マンハッタンカフェの動作に注目し、修正点を指示する。

 

 一つ修正すれば、そこに連動するかのようにまた別の問題点が表れる。 

 先は長いな。 

 

 「すいません、トレーナーさん・・・・・・まだうまく感覚が掴めず」

 

 「いや、当然のことだ。今まで何年もやってきた走り方を変えるんだからな。気にしないでいい」

 

 

 寝食を忘れて資料を読み漁ること数日。マンハッタンカフェの怪我が癒えるまでには自分の中でプランを固める必要があった。

 

 結局毎日トレーナー室にやって来るマンハッタンカフェと二人で資料を読みながら、ああでもないこうでもないと二人で意見を言い合い、マンハッタンカフェにこれ幸いと怪しい薬を飲ませようと突撃してくるアグネスタキオンを追い返す毎日。

 

 付け焼刃の対策ではだめだ。

 

 マンハッタンカフェの脚は今後もレースを走り続ける脚だ。トゥインクル・シリーズの、数レースだけ走れるようになればいいというものではない。

 

  俺が沖野トレーナーから貰った数々の資料。その中から俺が出した結論は一番先を見据え、最も困難かもしれない方法だった。

 

 『走法の変更』

 

 沖野トレーナーも可能性の一つとして調べ上げ、そして当時のトウカイテイオーの状況には使えないものと断念したものである。

 

 

 トゥインクル・シリーズを見始めたばかりのファンが最初に驚くことがある。GⅠレースでウマ娘が着用する勝負服の多くがハイヒールの形を取っていることだ。

 

 人並外れた脚力のウマ娘がハイヒールでどうやって走っているのか。その答えが走法だ。

 

 ウマ娘は爪先から芝を踏み、そのままかかとを地面につけず足先で蹴り上げる所謂『フォアフット走法』を取る子たちが多い。ウマ娘の強靭な腱が可能にするこの走り方は、爪先から接地することで膝や筋肉への衝撃を和らげる。

 

 そして足先で走るからこそ、ハイヒールでもあれだけの走りができるのだ。

 

 マンハッタンカフェも、その例に漏れずにフォアフット走法で前回のレースに臨んでいた。しかし、マンハッタンカフェの爪は彼女の脚力に耐え切れなくなってしまった。

 

 それは、足先に力を籠めるフォアフット走法の限界を意味する。

 

 関節部分の怪我も全ては爪先に端を発するもの。そこに負担をかけ続ける限り、彼女の脚はいつか本当に壊れてしまうだろう。

 

 ならば、覚悟をしなければいけない。今まで何年も続けてきた走りを捨ててでも、未来を得るための覚悟を。

 

 

 沖野トレーナーがこれを選ばなかった理由の一つは多分「時間」だ。慣れ親しんだものを捨てるのだから、会得してから違和感の修正するまでにはとにかく時間が必要だ。

 既にクラシックレースの真っただ中に身を置き、しかも大怪我からの復帰のリハビリの最中のトウカイテイオーにそれ以上の負担は背負わせられなかっただろう。

 

 それに、既にGⅠを取るという偉業を達成していたトウカイテイオーの走りは、ある意味あそこで完成していた。

 走法を変えるというのは別に魔法の解決法でも何でもない。

 

 リスクとリターンを考慮した結果、トウカイテイオーにやらせるものではないという結論を出したのだろう。

 

 

 その点翻って、まず俺とマンハッタンカフェは走法を変えなければそもそもこれから先のレースの見通しが立たないという崖っぷちからのスタートだ。

 やらなければならないことならやるしかない。

 

 クラシックレースまでにはまだ時間があるのも幸いし、ジュニア期は雌伏の時期として先の戦いに備えるという結論に俺たちは至った。

 

 マンハッタンカフェに習得させようとしている走り方は『ミッドフット走法』。爪先ではなく足の裏全体で着地し地面を蹴る走り方だ。

 爪先以外に負担を分散し、脚全体への衝撃も和らぐこの走り方に俺とマンハッタンカフェは活路を見出した。

 

 そうして、マンハッタンカフェの怪我が治った今日から、早速走り方を変える特訓をスタートしたわけだ。

 

 

 「よし、少し休憩しようか。初日から飛ばしすぎるのもよくない」

 

 マンハッタンカフェにドリンクを渡し休息を取らせつつ、互いに見ながら、やりながら感じたことを情報共有する。

 

 マンハッタンカフェが感じた些細な感覚も今は貴重な情報だ。

 

 ノートと映像で記録し、後から分析できるよう備える。

 

 すると一息ついたマンハッタンカフェが、何かに気づいた。

 

 「トレーナーさん・・・・・・あそこの人、私たちを見ているような・・・・・・」

 

 マンハッタンカフェが言う方を見れば、メモ帳とペンを手に熱心に俺たちを見ている女性がいる。

 

 あれは記者だろうか。

 

 トレーニング中にも関わらず接触しようとしてくる、トゥインクル・シリーズにはあまり興味がない芸能記者のような人たちが最近よく現れるので辟易していたが、彼女はウマ娘関係の記者なのだろうか。

 

 トレーニングの邪魔をせず見ていてくれるなら、警戒することもないだろう。

 

 マンハッタンカフェには気にしないよう言って、トレーニングを再開した。

 

 

 

 

 

 

 トレーニング終了後、マンハッタンカフェのクールダウンの間に、練習を最後までずっと見ていた記者の人が近づいてきた。

 

 「申し訳ありません。今、お話よろしいでしょうか?」

 

 「はい、大丈夫ですよ。練習が終わるまで待っていただいてありがとうございます」

 

 「いえいえ。トレーニングに励むウマ娘さんとトレーナーさんをお邪魔するにはいきません。何時間でも何日でも、トレーニングが続く限り待ち続けますとも!」

 

 そんなにトレーニングしたら俺たちの方が壊れてしまうが。

 

 よくわからないテンションだが、とりあえず熱い人ではあるようだ。

 

 「あっ、申し遅れました。私、『月刊トゥインクル』で記者をしております、『乙名史 悦子』と申します。本日、マンハッタンカフェさんとその担当トレーナーさんに取材をさせていただきたく、お邪魔させていただきました」

 

 頭を下げる乙名史記者。

 月刊トゥインクルはウマ娘に真剣に向き合った紙面と、専門家顔負けの豊富な知識に裏付けされた内容で、トレセン学園のトレーナーやウマ娘にも愛読者の多い人気雑誌だ。かく言う俺もトレーナになる前から愛読している。

 

 「早速ですが、マンハッタンカフェさんの本日のトレーニングについてお聞かせ願えますか? 前回のメイクデビューの後軽い怪我をされたとのことでしたが、それと何か関係が?」

 

 まあ、今日一日まともに走りもせずひたすらフォームのトレーニングをしていたからな。そこが気になるのは当然か。

 

 「はい。マンハッタンカフェと相談し、彼女の脚にあったフォームを身に着けるトレーニングをしていました」

 

 「なるほど。しかし、デビュー後にフォームの特訓とは、あまり聞かないことですね。それはやはり――」

 

 隠し立てすることでもないので、マンハッタンカフェの爪と脚についてかいつまんで話す。

 

 「そうですか・・・・・・爪の負担を軽減するために。ですが、走法の変更とは思い切りましたね。変えたばかりに元のようには走れず、走法を戻すこともままならない。そんな例も過去にありますが」

 

 「確かにリスクは大きいです。ですが、マンハッタンカフェが今後もレースをする上ではこれがベストの選択だと俺が判断しました。彼女ならパフォーマンスを維持できると信じてサポートしていくつもりです」

 

 「・・・・・・・・・・・・。す」

 

 す?

 

 「す、す、す、素晴らしいですっ!」

 

 うわっ!

 

 「マンハッタンカフェさんのために、ありとあらゆる責任を一身に背負い、己の全てを彼女の未来に捧げる覚悟! 感服しましたっ!」

 

 突然ハイテンションで奇声を上げ、何というかイった目で虚空を見上げる乙名史記者。

 

 「ただレースに勝つだけでなく、一秒でも長く彼女の走りを守るためにあえて難しい道を行き、そしてそのためなら自分はどうなってもいい! 火の中水の中、彼女の栄光を支える礎として骨を埋める決意! 素晴らしいトレーナ魂です!」

 

 そこまでは言っていないが、どうやら彼女の琴線に触れたらしい。

 

 ものすごい勢いでメモ帳に文字が書き込まれていく。

 

 その後も、マンハッタンカフェとの出会いやメイクデビューまでの質問について、俺とマンハッタンカフェの二人で答えた。

 

 いくつかはオフレコでお願いする部分もあったが、乙名史記者はそこは守ってくれると確約をくれたので大丈夫だろう。

 

 「これは是非記事に! そして、マンハッタンカフェさんとトレーナーさんの行く道を、これからも私に密着取材させていただきたいっ! そう感じました!」

 

 この人にこれからも記事にされると、いつか世間の俺への認識がマンハッタンカフェのためなら己の命すら投げ出す狂人になっていきそうで怖いんだが、しかし、俺たちに友好的な記者の知り合いができるのは心強いものがある。

 

 できる限り記者は味方につけろというのはこの世界に入ってから散々色々な人に言われてきたことだ。

 

 苦笑いしながら乙名史記者に了承の意を示し、こちらこそお願いしますと頭を下げた。




 まず、走法については陸上経験者でも何でもないネット情報だけのにわかなので、ツッコミどころだらけだと思いますがご容赦ください。専門知識で殴られたら無抵抗になります。


 ただ、マンハッタンカフェがミッドフット走法なのではないかなというのには一応それなりの理由があるので言い訳をつらつらと書いていきます。

1.勝負服の靴が上履き
 マンハッタンカフェの勝負服はご存じの通り超かっこいいですが、それに似つかわしくないところが靴が上履きであるということです。
 これは、馬の方のマンハッタンカフェが足を保護するために『鉄橋蹄鉄』という蹄鉄をつけたことがあるからではないか、というのが根強い説です。
 そして、マンハッタンカフェのアプリでの走りをコマ送りにして何度も見続けた結果、マンハッタンカフェはヒールではなく上履きを履いていることで、爪先からは地面に脚をついておらず、足の裏全体で着地するミッドフット走法で走っているのではないかと結論付けた次第です。


2.長距離レースイベント
 アプリマンハッタンカフェは長距離レースに特定回数出走し一着を取ると、イベントが発生します。
 その時にマンハッタンカフェは『爪を庇う走りをしていたことで、疲れにくい特殊な走りになったのでは』という考察をします。
 この特殊は走りがミッドフット走法ではないかと、自分は考えました。
 

 もしただ自分の見間違い、勘違いだとしても、この作品内ではマンハッタンカフェはこれからはミッドフット走法でやっていきます、ということで長い言い訳は終わりです。

 お付き合いいただきありがとうございました。
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