漆黒の猟犬、静寂の摩天楼   作:エセダンディズム

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第2話 貴方の隣に這寄る影

 「すごい・・・・・・!」

 

 デビュー前にもかかわらず、レースの流れを読んでいるかのような走り、柔らかでしなやかなフォーム、影のようにとらえどころのない差し脚。

 

 彼女は出遅れという不利を抱えながら、選抜レースを自分だけの舞台にして見せた。

 

 (スカウトしたい・・・・・・!)

 

 彼女となら、彼女とだったら、トゥインクル・シリーズで素晴らしいレースをできる!

 そして何より、他のウマ娘の走りには感じなかった言葉では例えようもない感覚が、全身を駆け巡る。

 

 何なんだろうこの気持ちは。

 たった一レース、それを見ただけで俺の心の中で、『マンハッタンカフェ』という存在が大きくなっている。

 才能を見せつけたウマ娘は今日のレースに他にもいた。それなのに、その誰よりも彼女の走りに強く心を引き付けられている。

 

 今すぐスカウトに!

 しかし、そう思ったのは自分だけではなかったのだろう。

 コースには既に、マンハッタンカフェを囲むように人だかりができていた。

 

 (くそっ、走りに見惚れてボーっとしすぎて出遅れた!)

 

 「マンハッタンカフェ! 君をスカウトしたい! 君ならGⅠだって夢じゃない!」

 

 「私なら貴方に合った最高のトレーニングを用意できるわ!」

 

 「女優のキャリアに走りの才能、君にはスターの素質がある!」

 

 「いえ、あの・・・・・・」

 

 並びたてられる美辞麗句。確かに、彼女にはそれくらいの魅力がある。

 

 よくよく見れば、先ほど自分の後ろで色々彼女に失礼なことを言っていたトレーナーたちすら、その集団を形成していた。

 現金だなあ・・・・・・。

 

 しかしどうしたものか。彼女を囲うトレーナー陣はぱっと見渡すだけでも、GⅠウマ娘を育成した実績を持つベテランや、上り調子のチームを指導するトレーナーなど選り取り見取りだ。

 完全に出遅れ、しかも誇れるものも示せるものもない、あるとすれば熱意くらいの新人の自分では話すら聞いてもらえないかもしれない。

 

 『何勝手に新人風情が盛り上がっているのか』

 『お前にそんな権利はない』

 『身の程をわきまえろ』

 

 そう、冷水をかけられたような錯覚がした。

 

 近づこうとしても、人の圧に近寄れないし、一度離れてみて、もし人が減ったところで誰もスカウトに成功していなかったら、その時に声をかけてみよう・・・・・・。

 一日スカウトが失敗続きで思考が後ろ向きになっている自覚はあるが、粘っても今できることはない。

 

 顔を洗って気を引き締める意味でも、少しこの場から離れよう。

 

 

 マンハッタンカフェを中心に盛り上がる輪に背を向け、トレーニングコースを後にする。

 

 その時、ここのところいつも背中に感じる、視線が突き刺さるような感覚がした。

 

 「!?」

 

 振り向くが、マンハッタンカフェスカウト集団以外に目立つ人はおらず、こちらを見つめるような人もいない。

 

 「気のせいか?」

 

 なおも背中に視線が刺さる感覚はあるが、疲れているんだろうか。缶コーヒーでも買って、一息つこう。

 

 

 「あの、マンハッタンカフェさん? 私のスカウトの返事は・・・・・・?」

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 

 「マンハッタンカフェ? 聞いてくれているかマンハッタンカフェ? おーい」

 

 

 

 

 

 

 

 「ふう・・・・・・」

 

 木陰のベンチに座り、苦いだけの汁(ブラックコーヒー)を喉奥に流し込む。

 余韻も何もないが、気持ちを切り替えるだけならむしろこのわざとらしい苦みが心地よかった。

 

 手元の資料でマンハッタンカフェの項目に改めて目を通す。

 

 入学以来目立った成績もなく、どちらかといえば女優としての活動に重きを置いているような来歴。 

 走っている様子の映像もいくつか目を通したが、柔らかな走りこそ今と相違ないとは言え、レース展開やあの死角を突く差し脚は一度目にすれば忘れないはず。

 

 彼女の本格化はだいぶ最近であったのだろう。誰もあそこまでのウマ娘とマークはしていなかったように見て取れた。

 

 

 (どうしようかなぁ。正直最後のレースはマンハッタンカフェ以外見てなくて他の子の走りなんて印象に残ってないぞ)

 

 そんな状況で声をかけるのは失礼にもほどがある。しかし、当のマンハッタンカフェはもうスカウトの目はほとんどないと思っていいだろう。

 

 今の俺の気持ちは、この缶コーヒーみたいに苦い。なんて、自嘲してみる。

 

 「缶コーヒー、美味しいですか?」

 

 「いや、正直不味いかな・・・・・・昨日飲んだコーヒーの方が美味しかったよ」

 

 「ふふ、そうですか。それでは後でまた、コーヒーを淹れてさしあげますね」

 

 「ああ、ありがとう・・・・・・。? ・・・・・・。うわぁあ!?」

 

 いつの間にか隣に座っていた黒い影に、情けない悲鳴を上げてしまう。

 そこには、先ほどまでトレーニングコースの主役だったはずの『マンハッタンカフェ』がいた。

 

 「マンハッタンカフェ!? な――」

 

 「大丈夫ですか? 拾いますね」

 

 「あ、ああ、すまない。ありがとう」

 

 驚いた拍子に膝から落ちてしまった資料を拾い集めてくれるマンハッタンカフェ。なぜ君がここにいるのかと問いたかったが、一先ず一緒にそれを拾い集めることにする。

 

 「あら、これは・・・・・・」

 

 マンハッタンカフェの手が止まる。先ほどまで見ていたマンハッタンカフェのページが、地面に覆いかぶさるように接して開いたままになっていた。

 正直、力を入れて調べを入れていたわけでもなく、学園の映像データと直近の授業の記録からまとめただけの簡潔なページだ。本人に見られるのは気恥ずかしいし、あまり注目していなかったのが一目でわかって申し訳ない。

 

 「私の事、調べていてくれたんですね」 

 

 どこか嬉しそうなマンハッタンカフェの声色に、申し訳なさが増す。

 

 「正直に言うと、君の事はそこまで注目株として見たりはしてなかったんだ。だから俺のそのデータも、多分どのトレーナーでも知ってるようなことしか書いてないと思うよ」

 

 「いえ、注目していないウマ娘の校内レースの成績も全てまとめてるようなトレーナーさんは、少なくともあの場にはいませんでした。私をスカウトしてきた方々も、女優であることくらいしか知らないようでしたね」

 

 うん、担当ウマ娘がいない新人トレーナーの俺は、それくらいしかやることなかったんだ・・・・・・。

 暇だから・・・・・・。

 ウマ娘眺めるくらいしか仕事ないから・・・・・・。

 

 「トレーナーさんも、先ほどのレースを見ていてくださっていましたよね? 応援ありがとうございました。・・・・・・いかがでしたか、私の走りは」

 

 どうやら手を振ったのを覚えられていたらしい。とすると、出遅れたのは本当に自分のせいだったのかもしれない。

 謝った方がいいんだろうかとマンハッタンカフェを見ると、彼女の瞳はジッと俺を見据えていた。

 月のような不思議な引力を感じる瞳に捉えられる。

 

 彼女は真剣に、自分のレースに対しての感想を求めている。

 ならば自分もそれに応えてあげなくては。

 

 「うん。そうだね。君の走りは凄かった。一瞬で引きこまれたよ。レース全体を俯瞰する冷静さもデビュー前とは思えなかったし、勝負勘みたいなものかな? 判断力も秀でてると感じた」

 

 「そうですか・・・・・・。そんな走りを見て、トレーナーさんは私をスカウトしたいと思いましたか?」

 

 「うん。まあ、当然それは思ったさ。でも――」

 

 「そう、それはよかった・・・・・・でも、それなら」

 

 ドンッ

 

 世界が回転した。

 

 いや、違う。回転したのは俺だ。

 

 なぜ? ウマ乗り*1になって俺を見下ろすマンハッタンカフェの存在が答えだろう。両腕も彼女の手に拘束され、身動き一つとれない。

 

 押し倒された事実がわかったところで、なぜ押し倒されたのかはわからないままだ。

 

 何か、彼女の気に障るようなことでもしてしまったのだろうか。しかし、心当たりはない。

 今もただ彼女を褒めただけのはずなんだが・・・・・・。

 

 威圧するように無表情になったマンハッタンカフェが、ハイライトのない瞳で俺を見据える

 

 「なんで、スカウトせずにあの場を去ったんですか?」

 

 「・・・・・・え?」

 

 「貴方は私の走りに光るものを感じた。なら、トレーナーさんがスカウトをして私がそれを受け入れて、契約成立。そういう流れでしたよね・・・・・・? なのに、なぜ声の一つもかけずにそのまま行ってしまうんですか・・・・・・? 意味が分かりません。納得のいく説明を要求します。まだ私が冷静でいられる間に・・・・・・」

 

 いきなり成人男性を押し倒して身体の自由を奪うのは、彼女の中では冷静な行いなんだろうか・・・・・・?

 

 今の彼女の言葉をそのまま受け止めれば、彼女は選抜レースで最初から、数多くいるトレーナー陣の中で新人トレーナーの俺一人だけにアピールをして、走り終えてからは俺からのスカウトを待っていたということになる。

 そして、自分が尻込みして声を掛けに行かなかったことに彼女は怒っているのだと。

 でも、それはおかしい。だって――

 

 「あの・・・・・・ちょっといい?」

 

 「はい、何でしょう」

 

 

 「俺たち、初対面だよね?」

 

 

 「はい、こうして直接お話しするのは初めてですね。それが何か?」

 

 何か? ではなく。

 

 「私は、トレーナーさんのことを()()()見ていました・・・・・・。トレーナーさんも、私のレースを見てくれていました・・・・・・。言葉はかわさずとも、私達には絆があります」

 

 それ、もっと仲良くなった頃に言うセリフじゃないか?

 

 「ん? ()()()?」

 

 「はい、ずっと、です。トレーナーさんがこのトレセン学園に来て、私達トレーナーのついていないウマ娘の授業を見ていらっしゃった時。トレーニングを眺めている貴方の横顔を見た時、私は言い知れぬ『運命』を感じました。それから、時間があるときはいつも貴方を見ていたんですよ? お役に立ちたくて、お手伝いとして他にも部屋を掃除してみたり、コーヒーを淹れてみたり・・・・・・。コーヒー、気に入ってくれて嬉しかったです」

 

 つまり、ここ最近の付きまとう視線の主。昨日、トレーナー室に立ち入ってコーヒーを置いていった犯人、すなわち『ストーカー』の正体――

 

 「トレーナーさん」

 

 マンハッタンカフェが、曇りのない瞳で俺の顔を覗き込む。

 

 「トレーナーさんは今、私のことをストーカーと思いましたね? ふふっ、わかりやすいトレーナーさん・・・・・・可愛いですね」

 

 心が読まれた!?

 拘束された俺は、彼女に何をされても不思議じゃない状態だ。怒らせてはいけないと脳が危険信号を発する。

 

 「いや、ちがっ」

 

 「ですが、それは誤解です。私はストーカーではありません・・・・・・」

 

 幼子を諭すかのように、優しい声色でマンハッタンカフェは俺に語りかける。

 

 「えっ・・・・・・」

 

 この子はいきなり何を言い始めるのか。

 

 「まず、私がトレーナーさんをなぜずっと見ていたか、についてですが」

 

 「そ、そうだ! 俺の後を君はずっとつけてたんだろう? それってまさしく――」

 

 「『トレーナー』と同じ、ですね」

 

 そう、ストーカー・・・・・・

 

 「え? トレーナー?」

 

 「はい。トレーナーの方々は、ウマ娘のトレーニング、レース、日常生活・・・・・・言うなればウマ娘の仕事を常日頃から視姦し、そこで気に入ったウマ娘がいれば、彼女たちを徹底的に調べ上げ追いまわすスカウトに勤しまれていますよね」

 

 ひ、人聞きが悪すぎる!? いや、トレーナーがやってることを悪し様に言い換えればそうなるかもしれないけど!?

 

 「そして私は、トレーナーさんのお仕事を見つめ、そこで気に入ったトレーナーさんのことを調べるためにお傍にいた。つまり、逆スカウトのための準備をしていたということになりますね。トレーナーさんの中には、ウマ娘に気に入ってもらうために、スカウトの前から差し入れやトレーニングメニューを贈ることもあるでしょう。つまり、私がした差し入れも、それです」

 

 ・・・・・・・・・・・・。なるほど。一理ある・・・・・・のか?

 

 ――いや、いやいや! 一瞬納得しかけたがおかしい。 

 

 「逆スカウトって、例えば『リギル』の東条トレーナーや、『あの』奈瀬トレーナーみたいな『凄い人』たちに対してならわかるんだよ。でも、俺は実績も何もない、新人トレーナーで、君たちウマ娘にしたら不安要素だらけの博打みたいな存在だ。それを――」

 

 自分の客観的評価を並べ、反論を試みる。

 

 そう、どれだけ自分なりの努力をしてきたつもりでも、俺はウマ娘たちにとっては信用するに足らない存在だ。

 一度しかないレース人生を預けるには、余りにも頼りなく、パートナーとして役者不足。

 今日スカウトして失敗したウマ娘と同じように、マンハッタンカフェにとってもそれは変わらないだろう。

 

 なのに、なぜ。

 

 「トレーナーさん。あまり自分を卑下しないでください。それは、貴方がいい、貴方でないとダメだと心から思っている私にとっても悲しい言葉です」

 

 君はそんなにまっすぐな瞳で俺を見つめるんだ。 

 

 「トレーナーさん。貴方は先ほど私をスカウトしたいと言ってくれましたね。それは、私を見た目でスカウトしたいと思ってくれたのですか?」

 

 「いや、違う・・・・・・」

 

 「では、女優のキャリアやレースの実績だけを見てスカウトしたいと思ってくれたのですか?」

 

 「違うよ・・・・・・」

 

 そうだ。見た目でもキャリアでも実績でもない。俺はあのレースを一目見たからこそ、君をスカウトしたいと強く思ったんだ。

 

 「もし、あのレースで私と一緒に走っていたのが、例えばシンボリルドルフ会長やマルゼンスキー先輩のような『凄いウマ娘』だったら、トレーナーさんはそちらを選んで私のことは気にも留めませんでしたか?」

 

 

 「そんなことはない! シンボリルドルフでも、マルゼンスキーでもない。俺は、マンハッタンカフェがいい!」

 

 

 「っ・・・・・・! トレーナーさん・・・・・・っ!」

 

 「君がいい、君じゃなきゃダメなんだ!」

 

 「・・・・・・ァッ。フゥ・・・・・・私も、トレーナーさんじゃなきゃ嫌です。東条トレーナーでも、奈瀬トレーナーでもなく、貴方がいいんです。わかっていただけましたか?」

 

 そうか、マンハッタンカフェはそれを伝えたくて。

 俺を励ますためにここまでのことを・・・・・・。

 そんな彼女をストーカー呼ばわりなんて、俺は何て失礼なことを言ってしまったんだろう。

 

 「ああ、ありがとう・・・・・・。それとごめん。君を疑ってしまって。改めてマンハッタンカフェ、俺は君の担当トレーナーになりたい。君と、トゥインクル・シリーズを駆け抜けたいんだ。俺のスカウトを受けてくれるか?」

 

 「はいっ、もちろんです。嬉しい・・・・・・あんな情熱的なスカウトでトレーナーさんの愛バになれたなんて、本当夢のよう」

 

 アイバ・・・・・・相バ? 相棒ってことかな?

 

 「ああ、二人三脚、相棒として頑張ろう! よろしく!」

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 

 あれ? 急にマンハッタンカフェの雰囲気が。

 

 「そういえば、お仕置きがまだでしたね、トレーナーさん。私を焦らして、こんな道の真ん中ではしたない真似をさせたお仕置き」

 

 ふふふ、と冷たい笑みを浮かべて捕食者のような目つきのマンハッタンカフェが、女優の名に相応しい端正な顔を近づけてくる。

 

 「えっ、ちょ、ちょっと!? マンハッタンカフェ!?」

 

 「無防備に首元を晒して、誘っているんですか? イケナイ人です・・・・・・。貴方はもう、私から逃げられない。それをちゃんと、自覚してください、ねっ」

 

 ガプッ

 

 「イテッ」

 

 首筋に鈍い痛みがじんわり広がる。どうやらマンハッタンカフェに噛みつかれたらしい。

 精神的に未成熟な、気性難な幼いウマ娘に多く見られる噛みつき癖。

 大人びてクールに一見見えるマンハッタンカフェにも、少し子供らしいところがあるらしい。早速、彼女の新しい一面を知ってしまった。

 

 でも、俺の首なんて噛んでも汚いし不味いだろう。これからはガムかスルメでも用意しておこうかな・・・・・・。

 なんて、俺の首から歯を離してペロリと舌なめずりする、蠱惑的な彼女の顔をボーっと見ながら、そんなことを考えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザワザワ

 

 「やべぇ、あいつらウマ乗りして野外うまだっちでうまぴょいするんだ!」「マーキングよあれ・・・・・・」「な、何て情熱的な告白なの!?」「こ、こんな白昼の往来で、ひょえ~!」「これが中央・・・・・・!」「不潔!」

 

 

 そういえばここ、コース近くの道のベンチの前だったね・・・・・・。

 そんな、往来の激しい場所でウマ娘に大の大人が押し倒されて、しかもその態勢のままスカウトするという、傍目には変態的な姿をさらし続けていたことになる。

 

 自分の姿が周囲にどう映っていたのか、それを言葉による詳細な説明より雄弁に語る、向こうの方から爆走してくる生徒会副会長(エアグルーヴ)風紀委員長(バンブーメモリー)の姿に、今日これからの予定が決まる瞬間を確信した。

*1
戦国時代にウマ娘が戦場で武将の首を取る時、優れた下半身の力で身体を抑え込み身動きを封じた様から。転じて、人の上に跨ること

オリウマ娘の名前はどちらが好みですか?

  • アニメ・シングレ風 例)キンイロリョテイ
  • 史実そのまま 例)ステイゴールド
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