「と、言うわけでシンボリルドルフに負けないくらいのウマ娘目指して、これから頑張ろう!」
翌日午後。
トレーナー室で最初のミーティングを始めた俺とマンハッタンカフェは、昨日の生徒会室での一件を話し合っていた。
「・・・・・・。トレーナーさん」
テンションを上げて「オー!」と手を突き上げてみるが、ジトーっとした目つきのマンハッタンカフェにいたたまれなくなり、頭を下げる。
「・・・・・・マンハッタンカフェの気持ちも確認せず勝手に突っ走った! すまん!」
「・・・・・・ふぅ。顔を上げてくださいトレーナーさん。別に怒ってはいませんから」
「マ、マンハッタンカフェ!」
「呆れてるだけです」
「本当にごめん!」
嘆息するマンハッタンカフェ。
しかしクスリと笑って続ける。
「デビューもまだの私がシンボリルドルフ会長たちをどうこう言うのは気が早いとは思いますが、実際、いつかは
「えっ、そうだったのか?」
「はい、あれ程の実力者と本気のレースで走れたらどれだけ
獰猛な笑みを浮かべるマンハッタンカフェ。
やはり彼女はクールな雰囲気、立ち居振る舞いの下に、燃え上がるような情熱を秘めた子のようだ。
「よし! どこまでも何だってサポートするからな! できることは何でも言ってくれ!」
「何でも・・・・・・ふふ、ええ、ちゃんと焚きつけた『責任』・・・・・・取ってくださいね?」
事後承諾のような形にはなってしまったが、こうして大目標は決まった。
次は中目標。トゥインクル・シリーズを駆け抜けていく上で、彼女がどのレースを目標にしているかを確認する。
「マンハッタンカフェは、何か出たいレースとかあるのか? もしあれば、そこに向けたトレーニングメニューを組んでいきたいと思うんだけど」
ウマ娘の中には、家族の影響だったり幼い時の憧憬からなのか、特定のレースに対してとても強いこだわりを見せる子がいる。
マンハッタンカフェにそういうものがあるのか、それを確認しておきたかった。
「・・・・・・。正直なところを言えば、私、特に目標にしているレースとかはないんです。強いウマ娘たちと、
「走ることそのものが目標か・・・・・・」
「なので、方針や目標レースは全部トレーナーさんにお任せします。私の全てを貴方に委ねます。トレーナーさんなら、きっと私の『
マンハッタンカフェは笑みを浮かべ、軽い口調でサラリと言ってのけるが これは・・・・・・もの凄いプレッシャーだ。
彼女のレース人生の白紙委任状が、今まさに俺の手の内に渡ったに等しい。
晩御飯の献立に、「何でもいい」と答えられた母親の気分というのはこういうものなんだろうか。
彼女の選抜レースの走りや学園に記録された各レースの記録を見れば、中距離以上に適正があるのであろうということはわかっている。
中距離以上のレースに適正があるとなれば、トレーナーとしてはクラシックレースの大本命『皐月賞』『日本ダービー』『菊花賞』の三冠路線をまずは大きな目標として掲げたくなるのが正直なところだ。
だが、彼女は熱いレースならどこでもいいと言っている。
それなら、杓子定規にクラシック三冠路線にこだわるのではなく、出走するウマ娘たちの顔ぶれを重視してシニア混合の重賞を目標に据えたほうがいいのではないだろうか。
だがどちらを取るにせよ、シニア混合のレースに出られるようになるのは6月以降なので、それより前に行われる皐月賞や日本ダービーは直近の予定としては申し分がない。
レースへの場慣れも兼ねて、来年の春頃までに何度かオープン戦や重賞を走らせてみて、その仕上がりで出走するレースを決めていく方向で調整してみようか。
「うーん・・・・・・そうすると、直近の照準は弥生賞・・・・・・いや、ホープフルステークスもありか・・・・・・朝日杯・・・・・・流石にマイルはどうなんだろう・・・・・・」
どれくらいの時間悩んでいたのだろうか。
意識の底に潜り込んでいた俺を現実に引き戻したのは、鼻腔をくすぐるかぐわしい香り。
瞬きして視線を前にやれば、二つのマグカップを持ったマンハッタンカフェが、湯気の立つコーヒーの注がれたその一つを目の前に差し出してくれていた。
「一息、つきませんか?」
「はぁ・・・・・・落ち着くなあ」
胃に落ちたコーヒーが、体全体をじんわりと温めてくれる。
凝り固まった頭も解されていくようだ。
「コーヒーには、リラックス効果がありますから。私も、疲れた時や悩んでいる時はこうして一息つきます・・・・・・」
「そういえば、この前もコーヒー淹れてくれたんだったね。好きなんだね、コーヒー」
トレーナー室の一角。マンハッタンカフェ専用スペースとして自由に使ってくれていいと伝えたそこには、アンティークな喫茶店でよく見かけるハンドル式のミルから、知識のない俺には何のための器具なのかよくわからない見たこともないものまで、ズラリと並んでいる。
マンハッタンカフェが運び込んだもので、全てがコーヒー用品らしい。
「はい・・・・・・。元は家で母が飲んでいる姿に憧れてマネをして飲んでいたものですが、今ではすっかり」
「お母さんの影響なんだ。仲がいいんだね」
「ええ、私の尊敬する人です。今は引退しましたが昔はアメリカの映画界で活躍していた女優で、更にその前はアメリカのレースを走っていたんです。私が子役として芸能界に入ったのも母に近づきたかったから。なので、ある意味では母こそが私の人生における目標と言えるかもしれませんね」
母の事を語るマンハッタンカフェの表情は、普段の大人びたものとは違い年相応の少女に見える。
大好きなんだろうな、お母さんの事。
「それにしても、本当に君の淹れるコーヒーは美味しいよ。缶コーヒーとかインスタントばかり飲んでたから、こんなに違うんだってビックリした」
何というか、ブラックコーヒーなのにほのかに甘みを感じるのだ。あまり喫茶店に馴染みがなく、ブラックと言えば缶コーヒーのように苦みとエグイ酸っぱさ一辺倒で甘いのが飲みたいなら砂糖をドバドバ入れるものと認識していた。
「コーヒー豆は挽くと酸化が始まります。なので、飲む直前に豆から挽くことで、コーヒーの果実が持つ本来の甘みを楽しめるんです。缶コーヒーやインスタントコーヒーは手軽に安価に飲める代わりに、大量生産しやすい苦みの強い豆を使用してそういったコストは切り捨てていますから」
「へぇ、勉強になるなあ」
「あの・・・・・・もしコーヒーに興味がおありでしたら、今度私が豆を買いに行くとき、よろしければご一緒していただけないでしょうか? トレーナーさんの好みの味を知っておきたいので」
遠慮がちに聞いてくるマンハッタンカフェだが、こちらとしても断る理由はない。
忙しい中でのせっかくのプライベートに俺が一緒にいていいのかとは思うが、彼女の方から誘ってくれているのだし、今は気にしなくていだろう。
「ああ、迷惑じゃなければ是非」
「! ふふ、ではまたお声をかけさせていただきますね」
「楽しみにしてるよ」
・・・・・・うん、マンハッタンカフェのコーヒーのおかげで考えもまとまってきた。
「ひとまず来年の6月までは順当にクラシック三冠路線の皐月賞と日本ダービーを目標にやっていこう。そこから先はそのまま三冠路線を続けるか、早いうちにシニア混合の重賞目指すかは未定だけど、三冠に拘泥はせずその年のシニアやクラシックの熱量を見ながら判断する。今年に関しては当面はG1レースであるホープフルステークスを目標に据えるが、これに関しては今後のトレーニングやレース次第で変わる程度の優先度にしておく。マンハッタンカフェは、それでいいかな」
「ええ、もちろん。必ず、トレーナーさんの期待に応えてみせましょう」
最初の目標も決まった。
今日からいよいよ俺たちのトゥインクル・シリーズのスタートだ。
「よし、それじゃあ早速トレーニングを始めようか。俺は先にコースに行って準備しておくから、マンハッタンカフェもトレーニングウェアに着替えたら来てくれ」
「はい。それではトレーナーさん、また後で」
一旦マンハッタンカフェと別れ、トレーニングコースへと向かう。
トレーニングコースでは既に多くのウマ娘がトレーニングを始めていた。
俺も予約していたコースの一角に陣取り、マンハッタンカフェのトレーニングの準備を進める。
すると、後ろからポンポンと肩を叩かれた。
「よっ、やってるかい」
軽い調子で声をかけてきたのは沖野トレーナー。俺の新人トレーナー研修を担当してくれた先輩で、トレセン学園でも一目置かれるチームスピカを率いる実力派だ。
「沖野トレーナー! お疲れ様です」
「準備してるとこ悪いな、邪魔したか?」
「いえ、まだマンハッタンカフェも来てませんから大丈夫ですよ。それで、どうかしましたか?」
「いや、用って用はないんだがな。可愛い後輩に担当が見つかったってんで祝福でもと思ってさ。どうよ? 今夜一杯。奢るぜ?」
あの万年金欠の沖野トレーナーが奢りとは珍しい。・・・・・・ああ、そういえば今日給料日か。
「奢りは嬉しいですけど、先に東条トレーナーにお金返した方がいいんじゃないですか? だいぶツケ溜まってるって聞いたような」
「へーきへーき、おハナさん優しいから。そんじゃ、今夜いつものバーに集合な。で、どーよ初めての担当ウマ娘とは。上手くやってけそうか?」
「ええ。目標レースも決まって今日から本格始動です。沖野トレーナー、選抜レースまでに色々アドバイスありがとうございました」
「気にすんなって。でもま、礼代わりってわけじゃないが、今夜は酒の肴ってことで噂の真相バッチリ聞かせてもらうからよろしくな。ラブラブコンビの片割れさん」
突然の爆弾発言にブッとむせ返る。
「ら、ラブラブコンビ!? 一体何の話です!?」
噂の真相の前に発言の真相を教えてくれと言いたいが、沖野トレーナーはそれに答えず俺の後ろを指さす。
振り返るとトレーニングウェア姿で駆けてくるマンハッタンカフェが見える。
「まーたとぼけちゃって。ま、節度は持てよ。それじゃ待ち人は来たようだしお邪魔虫は退散するぜ。じゃあな」
ポケットに片手を突っ込みもう一方を後ろ手にヒラヒラ振りながら、沖野トレーナーが立ち去る。
「沖野トレーナー! ちょっと!?」
できるなら追いかけたかったが、こちらに来るマンハッタンカフェを置きざりにするわけにもいかず、沖野トレーナーの背中を見送ることしかできない。
追及は今夜の酒の席までお預けだ。
「・・・・・・トレーナーさん、お待たせしました。あの、今の方は?」
「えっと、頼れる先輩、かな? うん、頼りになるけど頼りにならない人だね」
「それは、どっちなんでしょう・・・・・・? でも、とてもいい人ですね」
「えっ、何で?」
「ふふ、ウマ娘は耳がいいんですよ」
「?」
答えになっているようで答えになっていないマンハッタンカフェの返答に、首をかしげる。
「まあいいか。それじゃ、時間も惜しいしトレーニングを始めようか」
「はい。よろしくお願いします、トレーナーさん」
動的ストレッチで身体を温め、軽めのジョギングでウォーミングアップを済ませたマンハッタンカフェに練習メニューを指示する。
「それじゃ、今日は距離は短めにマイルの一六〇〇m。ラストの直線の手前に坂があるから、登り切ってからの直線でスパートできるようにペース配分には注意してくれ。インターバルを挟みながらまずは5本行ってみよう」
「はい。それでは行ってきます。目を離さないで私のことを見ててくださいね」
「ああ、しっかり見てるぞ!」
「・・・・・・行きます」
駆けだすマンハッタンカフェの様子を観察する。
選抜レースで見た通りしなやかな走りだ。線が細く小柄な印象には似つかずストライドの大きい、まるで跳ねるような走りでで徐々にスピードに乗せてゆく。
加速スピードは緩やかで、所謂スプリンター、マイラー特有の瞬発力と比較すれば物足りない。
やはり彼女の脚にマイルの距離は短すぎるか。
本領は中・長距離でこそ活かされるだろう。
なら練習メニューも、スタミナとレース運びを見極めるレース感覚を中心に・・・・・・。
そうやって頭の中で彼女の脚を分析している時だった。
グイッ!
「うわぁ!?」
「おう、冴えねー
「アー・・・・・・スイマセン。少シ、時間、イイデスカ? エト・・・・・・変態ヒョロ、サン?」
いきなり胸倉を掴んで俺を持ち上げ、ガンを飛ばしながら人を変態呼ばわりしてくる鹿毛のウマ娘と、その横で礼儀正しくペコリと頭を下げながらも、やはり変態呼ばわりしてくる葦毛のウマ娘。
い、いろいろ言いたいけど・・・・・・とりあえず、降ろして・・・・・・!
とりあえずオリウマ娘のうちでのキャラ付けはこんな感じです。
オリウマ娘の名前はどちらが好みですか?
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アニメ・シングレ風 例)キンイロリョテイ
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史実そのまま 例)ステイゴールド