漆黒の猟犬、静寂の摩天楼   作:エセダンディズム

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 お気に入り登録、感想、評価、誠にありがとうございます。皆様の反応が私のターボエンジンです。

 前話投稿してからちょっとの間、皆様にこれまでいただけた評価のお陰でこの作品の平均評価値が「9.11」だったことにどこか運命的なものを感じながら執筆していました。

 前回長くなったから切ったのに結局過去最長になってしまいましたが、また切るのもなんだかなと思ったのでまとめて投稿させていただきます。


第8話 誰が為に

 『さあ、東京レース場、第5R、メイクデビュー戦! 出走する16人のウマ娘が続々とゲートに収まっていきます! 実況は私赤坂、解説は細江さんです。細江さん、よろしくお願いします』

 

 『よろしくお願いします』

 

 

 ゲートには既に半分のウマ娘が収まっている。

 

 ひりひりする首筋を抑えながら、マンハッタンカフェがゲート入りするのを待つ。

 

 「いやあ、まさかこんな衆目に晒された場所であんな大胆なことをするなんてねえ。光る私より、ともすれば目立っていたのでは? うん? 君たちの趣味かな?」

 

 揶揄するようなアグネスタキオンの言葉に、苦笑いをする。

 

 「少なくとも、俺の趣味ではないかな・・・・・・」

 

 

 『二番人気のマンハッタンカフェ。3枠5番での出走。ゲートに悠然と向かいます! ゲート入りまでは一番人気でしたが、今は人気を一つ落としてしまいました』

 

 『ゲート入り直前に、少し気性に難がある様子を見せてしまいましたからね。どうやら噛み癖があるようです』

 

 『噛まれていたのはマンハッタンカフェの専属トレーナーだとか』

 

 『噛みつくほどに信頼関係があるのか、はたまた噛まれるほど仲が悪いのか。注目ですね』

 

 『女優として様々な作品で活躍を見せているマンハッタンカフェ。つい先日、事務所を通じてトゥインクル・シリーズに集中するため女優活動を縮小することを発表しました。ちなみに私は彼女の主演作『沈黙のキャロット』のファンです。クールなガンアクションが得意なようです』

 

 『それだけ、彼女のレースにかける意気込みが強いということでしょう。本気の挑戦ということで、期待ができますね。私はドラマの『科捜研のウマ』のゲスト回が好きです。鬼気迫る演技に定評があります』

 

 

 「それで、『根暗』はどんな作戦で行くんだ?」

 

 隣のアニマルポッケにそう尋ねられた。隠すようなものでもないので、今回の作戦を答える。

 

 「中盤まで脚を溜めて、最後の直線で差す」

 

 「おう。・・・・・・それで?」

 

 「それだけだけど」

 

 「おい!」

 

 「いや、デビュー戦で無意味に策を弄しても。こう言ったらあれだけど、マンハッタンカフェなら素の実力だけで押し切れる。変なことをする意味がないさ」

 

 シンプルイズベストだ。

 強気に言い切って見せると、納得したのかアニマルポッケもそういうもんかと前を向いた。

 

 

 『大外のエビスホーク、今ゲートイン! 各ウマ娘出走準備整いました』

 

 

 ガシャコン

 

 

 『スタート! マンハッタンカフェ、好スタートを切りました!』

 

 

 「カフェサン! ナイススタート!」

 

 よし、いいぞ。東京レース場の一八〇〇mはスタートからいきなり第2コーナーに突入するから、早めに内を取れたウマ娘に有利なコースだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 首尾よく内に入ったマンハッタンカフェは、しかし先頭集団で争うことを嫌ってコーナーに突入してすぐ中団に下がる。

 

 

 『第二コーナーを曲がって最初に飛び出したのは2番サウスアンジー! 追いかけるように3番サムスパーク、1番ブライアンテンポ、そして8番ホワイトブルームが続く! まずはここまでで先頭集団を形成! 好スタートを切ったマンハッタンカフェは下がって中団に控えています!』

 

 『差しが得意なウマ娘ということですからね。序盤は様子見でしょう』

 

 

 東京レース場の特徴、二度ある坂の一度目を五番手で通過したマンハッタンカフェ。

 

 上り坂でも速度は緩まることなく、力強い足取りで駆け上がり順調にレースを進めている。

 

 

 『サウスアンジー先頭のまま第三コーナーに突入! 先頭集団はサウスアンジー筆頭に膠着状態ですが、マンハッタンカフェがここで中団からジワジワと上がって、ホワイトブルームの背後にぴったりついた!』

 

 

 文字通りジワジワとにじり寄るように、4番目を走るホワイトブルームの後ろに張り付くマンハッタンカフェ。ターフビジョンに映されたホワイトブルームは、まるで怯えたような表情を見せている。

 

 「ホワイトブルームサン、可哀ソ。カフェサンニ後ロ、ツカレチャイマシタ」

 

 「走行辛(ヤリニキ)ぃんだよな、アイツに尾行(ツカ)れるの。なんつーか、背筋が悪寒(フルエ)るっつーか、陰湿(ジメッ)としてるっつーか」

 

 「視線。確かに、人にはそういうものを感じる感覚があるとは俗説で噂されている。進化の過程からして、野生の名残とするならば理にかなった機能だろう。だが、そこに本来ジメッとだとか感触のようなものが介在する余地はない。だというのに、カフェと走ったウマ娘たちは口を揃えてまとわりつくようなという感覚や寒気とかそう言ったものを訴える。実に興味深いねえ。我々ウマ娘には、人以上の何かを感じる第六感があるのか、はたまたカフェの視線に、ウマ娘の神経を触るような特別な触覚のようなものが備わっているのか・・・・・・」

 

 俺にはわからないが、ウマ娘はマンハッタンカフェから何か威圧感とか凄みのようなものを感じ取っている、ということだろうか。

 

 ・・・・・・いや、そういえば俺も、マンハッタンカフェの視線を背中に感じながら過ごしていた時があった。

 あの感覚をレース中相手に与えられるなら、それは一つの武器になるかもしれないな。

 

 このアイデアはマンハッタンカフェとのトレーニングで活かせるかもしれないから、心に留めておこう。

 

 ホワイトブルームがやや失速し、逃げるサウスアンジーとの距離が開きだす。

 

 マンハッタンカフェもそれに身を任せるように少し下がるが、それでも先頭との差は三バ身程度。運びとしては上々だろう。

 

 

 『さあ、いよいよ第四コーナーカーブ! サウスアンジー、先頭のまま抜け出し、意気揚々と最後の直線へと駆けてゆく! このまま逃げ切るか! 後続が捕まえるか! 東京レース場ラストに構える坂へと駆けていきます!』

 

 

 坂を上り切れば、あとは一直線。東京レース場の最終直線は五二五mと長丁場だ。

 

 脚を溜めて坂を越えたものが一気呵成に爆発的な末脚でごぼう抜きを見せることもあり、先頭集団でも最後まで気が抜けない。

 

 全ては、この坂をどう登るか、だ。

 

 

 『ああっと、ここまで先頭をキープしていたサウスアンジー苦しい! 必死に坂を駆けあがるが、サムスパークとの間に開いていたリードはどんどんなくなっていく! 13番コンドクールもここが勝負所と坂を駆け上がる! 先行集団の中でブライアンテンポとホワイトブルームは失速、ここまでか!』

 

 『しかし、坂を上がり切った後こそが本当の勝負です。ここで脚を全て使ってしまうと直線で苦しいですよ』

 

 

 勝負慣れしてないが故か。

 

 少し掛かり気味に見えるウマ娘たちが、ペース配分など欠片も頭にないかのように必死にズンズンと坂を登っていく。

 

 

 マンハッタンカフェは・・・・・・ピッチ気味に脚を回転させているが、足取りは軽い。よし、周りの熱に浮かされず冷静にレースを見れている。

 

 ペースに囚われず、作戦通り直線勝負する体勢だ。

 

 そして、勝負は最終直線へ。

 

 

 

 

 

 

 坂を登り切り、眼前を見据える。

 

 私に先行して既に坂を登り、ゴール板を目指してラストスパートを掛けているウマ娘は5人。

 

 だが、坂で力を使い果たしたのであろう、どんどん速度が落ちているウマ娘がいるのも見て取れる。

 

 先頭まではおおよそ・・・・・・5馬身といったところでしょうか。

 

 「・・・・・・行きます!」

 

 力強く芝を蹴り、五二五mの直線を駆け抜ける。

 

 

 『マンハッタンカフェ、スパート! 追いかけるように、坂を登り切ったマイネルリードも続く!』

 

 

 一人、二人。垂れてきたウマ娘たちを横目に、位置取りを上げていく。

    

 ――つま先で抉るように踏み抜き、

 ――踏み出す脚に力を籠め、

 脚を爆発させる――!

 

 

 『マンハッタンカフェ更に加速! あの坂を越えてまだこんな脚を残してた! 後続を突き放し、前方へ食らいつく!』

 

 『出走ウマ娘の中では頭一つ抜けていますね』

 

 

 逃げ続けていたサウスアンジーさんのスタミナが尽きたのか。

 とうとう先頭を走り続けていた彼女が、後ろから加速をしていたコンドクールさんに追い抜かれる。

 

 そして、私に追い抜かれる。

 

 あと一人。

 

 『サウスアンジーここまで! 先頭はコンドクールに入れ替わった! だが、内を突くように黒い影! マンハッタンカフェがグングンと順位を上げていく! 大外からマイネルリード! マイネルリードも突っ込んできた! 前二頭とはまだ差があります! 追いつけるのか!?』

 

 

 残り二〇〇m、今の私は二番手。

 

 しかし、外から必死の形相で追い上げてくるウマ娘の姿を、少し後ろに向けた目尻に捉える。 

 

 やはりトゥインクル・シリーズはレベルが高い。メイクデビューであっても、気を抜くことはできない。

 

 でも、負ける気はしない。

 

 トレーナーさんの前では落ち着きをアピールしてみたが、恥ずかしいことに今更になってデビューにあてられたのだろうか。何だか、体が普段より軽い。脚に熱が宿る。

 

 まだ行け――っ!?

 

 

 

 

 

 

 ! 今・・・・・・。

 

 

 『マンハッタンカフェかわした! コンドクールをかわし、並ばない! ゴールイン! マンハッタンカフェ、ゴール直前見事に差し切りましたー!』

 

 

 ゴール板をクビ差で一着で駆け抜けたマンハッタンカフェに、客席から大きな声援が飛ぶ。

 

 「カフェサン、Congratulation! スゴイ!」

 

 「いいぞォ『根暗』ァ! よくやった!」

 

 「ふーむ? 最後のスパート、今のカフェの実力ならもう一伸びすると思ったんだが・・・・・・見込み違い? いや、私の計算に狂いが? ならノイズの元は・・・・・・」

 

 「おら『マッド』! なに独り言(ブツクサ)言ってんだ!」

 

 「うわぁ!? 検証の邪魔をしないでくれたまえよ! 君は本当にガサツでデリカシーがないねえ!」

 

 ・・・・・・・・・・・・。

 

 観客に向かって笑顔で手を振るマンハッタンカフェの姿を見つめる。

 

 その表情、動きに違和感を覚え、疑念が嫌でも補強される。

 

 「? ドウカシマシタ、トレーナーサン? 顔、チョット、怖イデスヨ?」

 

 「・・・・・・いや。・・・・・・・・・・・・。すまん、ちょっと席を外す!」

 

 杞憂であってくれればそれでいい。

 

 だが、一度こびりついた妄想が脳を離れず居ても立っても居られない。

 

 盛り上がる人の海をかき分け、スタンドの出入り口目指して走る。

 

 「アッ、トレーナーサン!」

 

 「ケケッ、熱烈(アツイ)ねぇ。愛バを真っ先に迎えに行きたいってか。おーおー、行ってやんな」

 

 「ふむ・・・・・・?」

 

 マンハッタンカフェ、君は・・・・・・!

 

 

 

 

 

 

 「マンハッタンカフェー!」

 

 芝と控室を繋ぐ通路を歩くマンハッタンカフェの姿を認め、足早に駆け寄る。

 

 「――! トレーナーさん、来てくださったんですね。しっかり勝てました。ふふっ」

 

 こちらへ歩み寄ってくるマンハッタンカフェの歩き姿は()()()()()()()()()()、笑顔も何か作り物のような違和感がある。

 

 疑念が確信に変わった俺は、強張った声で、マンハッタンカフェへの賞賛もなしに指示をした。

 

 「・・・・・・マンハッタンカフェ、靴を脱いでくれないか」

 

 「・・・・・・・・・・・・。・・・・・・なぜ、ですか? こんなところで、そんな大胆な発言、トレーナーさんらしくないですよ?」

 

 マンハッタンカフェの口から出てくるのは、からかうような言葉とは裏腹に戸惑いではなく緊張の感情。

 

 「そうだな。何もなかったら好きになじってくれていい、変態呼ばわりしてもいい。だから今は、らしくないのを承知で俺の指示を聞いてくれ。ここが嫌なら控室に行こう。さあ、俺の背におぶさって」

 

 俺が絶対に譲らない、引かないのが通じたのだろう。

 堪忍したように大きく息をついたマンハッタンカフェが、作り物の笑顔を外して困ったように微笑んだ。

 

 「・・・・・・ここでは恥ずかしいのは事実です。控室まで行きましょう。ですがそこまでは、私一人で歩かせてください。それくらいは、いいですよね?」

 

 「・・・・・・わかった」

 

 いつまでもここにいたら、取材に来たマスコミたちに捕まってしまう可能性が高い。

 

 マンハッタンカフェの隣に寄り添い、不測の事態に備えながら控室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 「っ痛」

 

 椅子に腰かけさせたマンハッタンカフェがシューズを脱いで、こちらにタイツに包まれた脚をおずおずと伸ばす。

 

 かかとを抱えるように触ると、マンハッタンカフェの端正な顔が痛みに歪んだ。

 

 「・・・・・・かなり腫れてるな。いつからだ?」

 

 タイツの上からでもわかる腫れ。このケガは急いで医者に見せるべきだろう。

 

 「・・・・・・ゴールの直前、コンドクールさんを差した時です」

 

 「やっぱりか・・・・・・何で、あんな何でもない風を装ったんだ?」

 

 そんな状態で差し切れるマンハッタンカフェも凄いが、それでも痛みはすぐにでも知らせるべきだっただろう。

 

 マンハッタンカフェはなぜ、脚の怪我をあの場で隠したんだ?

 

 「・・・・・・私にも聞かせてください。トレーナーさんは、どうして気づいたんですか? 自慢をするつもりはありませんが、私の演技は完璧でした。周囲どころか脚や表情筋(自分自身)も騙し切っていたのですから」 

 

 「()()()()()君らしくなかったからね。動きも、笑顔も。それに、君の走りを一番見ているのは俺なんだ。流石に走りの違和感くらいは気づけるさ」

 

 患部の容態を注視しながら、声だけでマンハッタンカフェの疑問に返す。

 

 「トレーナーさん・・・・・・やはり貴方だけが私を――」

 

 「あとアグネスタキオンも違和感を覚えてたみたいだったよ。彼女の観察眼は凄いね。マンハッタンカフェにはいい友達がいるな」

 

 脚を刺激しないようにゆっくりと台にするために重ねたタオルの上に降ろし、友人の凄さをたたえながら彼女の表情を伺う。

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 

 あれ、急に機嫌が悪くなった。わかりやすくムスッとしている。

 

 やっぱり年頃の女の子、男の俺に脚を触られるのに抵抗があったのかな。しかし、状況を把握するための触診だ。すまないが我慢してくれ。

 

 「ともあれ、この脚ではウイニングライブは無理だな。運営に申し入れて、その後すぐタクシーを呼んで病院に――」

 

 「嫌です」

 

 思いもしなかった拒絶の言葉に、一瞬反応が遅れる。

 

 「・・・・・・マンハッタンカフェ。」

 

 「ウイニングライブはやります・・・・・・やらせて下さい」

 

 「どうして・・・・・・確かに、ファンに応えるウイニングライブは大事な行事だ。でも、事情を説明すればきっと皆わかってくれるさ」

 

 しかし、マンハッタンカフェは首を横に振る。

 

 「違います・・・・・・トレーナーさんに、見てもらいたいんです」

 

 俺に?

 

 「マンハッタンカフェ、俺たちのトゥインクル・シリーズはここからずっと続くんだ。今日が無理でも、ウイニングライブは次の楽しみにさせてもらうよ。君ならきっと、センターで踊る姿を見せてくれるって信じてる」

 

 確かにウイニングライブを見れないのは少し残念だが、マンハッタンカフェには代えられない。

 

 そう伝えたかったのだが、それはマンハッタンカフェの意に沿う答えではなかった。

 

 「でもトレーナーさんの、初めての担当ウマ娘の、初めての勝利レースの、初めてのウイニングライブは、今日、今、この時だけです。次はありません。私だけが、その思い出を作れるんです」

 

 そうして、絞り出すような声でマンハッタンカフェが深々と頭を下げた。

 

 「お願いです・・・・・・。私を・・・・・・貴方の記憶の中の私を、初勝利のウイニングライブを見せられなかった情けないウマ娘にしないでください」

 

 縋りつくようなマンハッタンカフェの思いつめた表情に息を呑む。彼女は本気だ。

 

 もちろん、俺はそんなことで彼女を情けないなんて決して思わない。

 

 しかし、担当ウマ娘が心から望んでいることを、トレーナーの俺が否定していいのか。

 

 常識で考えれば、この脚の彼女を病院に連れて行かないことこそがトレーナー失格だ。糾弾されるべき行いだ。

 

 だが、心からマンハッタンカフェのしたいことを、常識を盾に否定する。それは、本当にトレーナーとして『正しい』のか。

 

 俺がやるべきこと・・・・・・俺がしたいことは・・・・・・。

 

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 

 「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 「・・・・・・・・・・・・ハァ」

 

 どれくらい時間がたったのか。一分かもしれないし、一時間かもしれない。

 

 永遠のような沈黙を破ったのは、俺の溜息だった。

 

 「――っ、トレーナー、さん」

 

 「俺の言うことを、ちゃんと聞いてくれるなら、ウイニングライブをやっていい。・・・・・・守ってくれるか?」

 

 ああ、俺は『トレセン学園』のトレーナー失格だ。

 

 でも・・・・・・。

 

 「っ、は、はい。必ず、何でも守ります・・・・・・!」

 

 この子の笑顔を守れるなら、『マンハッタンカフェ』のトレーナーとしては、これが一番正しいことなのだろう。

 

 

 よし、やるべきことが決まったなら、あとはそこに向かって全力投球するだけだ。

 

 「まず脚をテーピングで固定する。一曲持たせるくらいならできるはずだ」

 

 備え付けの救急箱を棚から持ってきて、中からテーピングを取り出す。

 

 「よし、テーピングをするからそのタイツを脱いでくれ」

 

 「・・・・・・あの」

 

 「流石にタイツの上からだと丸わかりだからな。テーピングをして、その上からソックスを履いて覆い隠す。ライブの時間は夕方だから多少ごわついても気づかれないだろう」

 

 「・・・・・・はい、それは。あの、でも」

 

 一向にタイツを脱がないマンハッタンカフェ。

 

 素足を見せるのに抵抗があるのだろうか。

 

 しかし、恥ずかしがっている場合ではない。心を鬼にして、マンハッタンカフェに急ぎタイツを脱ぐよう説得を試みる。

 

 「さあ、マンハッタンカフェ。早く脱ぐんだ。大丈夫、これは治療行為だ。やましい気持ちは全くない」

 

 「タイツは、体操服の下に履いているので、その・・・・・・まずズボンを脱がないと、タイツを脱げないのですが・・・・・・なので、トレーナーさん。できれば・・・・・・」

 

 

 バンッ!

 

 

 俯いて頬に朱を差したマンハッタンカフェの羞恥の訴えを最後まで聞くことなく、俺は勢いよく控室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 「よしっ、これで大丈夫なはずだ。どうだ、マンハッタンカフェ」

 

 額の汗を拭う。

 タイツを脱いでもらったら割れた爪も出てきて焦ったが、テーピングと共にこちらの補強もできたので大丈夫だと思う。

 爪に気づかず何も処置をしないまま立たせていたらと思うとぞっとしないな。

 

 「凄い・・・・・・足を地につけても、爪も足首も痛みを感じません」

 

 立ち上がったマンハッタンカフェに部屋を数周させてみて、感触を確かめる。

 

 「あくまで応急処置だから、走ったり激しい動きには多分耐えられないけどね。とりあえず、これでライブをしても患部への衝撃も多少はカバーできるはずだ」

 

 「ありがとうございます、トレーナーさん」

 

 「そして、もう一つ。ウイニングライブの曲を変更する」

 

 俺の提案にマンハッタンカフェが首をかしげる。

 

 「でも、私は『Make debut!』の振付しか練習していませんよ?」

 

 ウイニングライブには特定のシチュエーション、レースにおけるお約束の曲がある。

 

 例えば、今マンハッタンカフェが名前を挙げた『Make debut!』は、デビュー戦及び未勝利戦のウイニングライブにおける定番曲だ。

 

 他にも、クラシック三冠レースでのみ歌うことを許される栄誉あるライブソング『winning the soul』。短距離レースを盛り上げる『本能スピード』など、その種類は多岐に渡る。

 

 だが、『winning the soul』を歌うことが義務付けられたクラシック三冠のように格式高いGⅠレースとは違い、実はほとんどのレースにおけるウイニングライブの選曲というのは意外と融通が利く。

 定番曲というのは、レースに集中するためにウイニングライブの練習を負担をかけず効率的に行うための、ウマ娘への配慮の側面が大きいのだ。

 

 だから、きちんとこなす自信さえあるのなら、ウマ娘が望めばデビュー戦であっても選曲はこちらの判断で変えられる。

 

 メイクデビューが続いたレースの日に怒涛の『Make debut!』エンドレスメドレーを聴かされるのは観客としてもどうなんだということで、これはむしろ好意的に受け取られるため、歌自慢ダンス自慢のウマ娘は自分の十八番曲を引っ提げてレースに臨むことも多い。

 

 「ああ、一度もダンスレッスンはしていない曲だ。でも、むしろだからこそ今の状況においてはそれがいい。この曲はダンスをせず、立ち姿と歌で観客を魅了する曲だ。脚に負担を掛けない意味でも最適だと思うし、歌そのものの練習は『Make debut!』に並行してやっていたからな。それに・・・・・・」

 

 「それに・・・・・・?」

 

 「こう言ったら怒られるかもしれないけど、俺、『Make debut!』よりどっちかと言えばこっちの曲の方が好きなんだ。だから、この曲をカフェが歌ってくれたら、俺にとっては思い出に残る最高の初ウイニングライブになる・・・・・・なんてな」

 

 最後に冗談めかしつつ、この曲を選んだ理由を伝えた。

 

 マンハッタンカフェも、『Make debut!』を歌うことそのものに拘っていたわけではないので、素直に受け入れてくれたらしい。

 

 「トレーナーさん・・・・・・ふふ、指令(オーダー)、了解しました。きっとトレーナーさんを魅了して見せますから、眼を離さないで下さいね」

 

 「ああ、最前列で応援してるよ」

 

 

 

 

 

 

 「おいトレーナーさん、一体何してたんだよ! もう祝勝会(ウイニングライブ)開演(ハジマ)んぞ! オラ七色色彩発光棒(サイリウム)持っとけ! お前の担当の大舞台(ライブ)にお前が振らねえでどうすんだっ」

 

 「すまんすまん、マンハッタンカフェをウイニングライブの打ち合わせしてたんだ。場所取りありがとう」

 

 レースが終わって数時間経ってやっと戻ってきた俺の姿に、アニマルポッケが青筋を浮かべながらサイリウムを投げつけてきたのでキャッチする。いい子だ。

 

 「カフェサン、何カアリマシタ? トラブル、デス?」

 

 不安げなサスケハナに、何でもないよと努めて明るく返事をする。

 

 彼女たちは、純粋にマンハッタンカフェの応援のために来てくれているんだ。少なくとも今この時だけは、いらない不安や心配は抱えないで、純粋にマンハッタンカフェのウイニングライブを楽しんでほしい。

 

 「・・・・・・・・・・・・ふむ、まあ、今はそういうことにしておこうか。おい、誰でもいいから私にもサイリウムをおくれよ。着の身着のまま拉致されたから、私も持ってないんだよ」

 

 やはり、アグネスタキオンは何かに気づいているのだろう。しかし、深くは突っ込まないでいてくれたようだ。

 

 あとで皆にはきちんと話すつもりだから、今は聞かないでくれて助かる。

 

 「・・・・・・いや、お前には無用(イラネエ)だろ。全身蛍光ブルーの七色色彩発光棒(サイリウム)ウマ娘状態じゃねェか」

 

 日が暮れた夕闇の会場に、青く輝くウマ娘が一人。

 

 みんながサイリウムをつけているからそこまで注目はされていないが、ヒソヒソと何であの子発光してるのと噂している人たちも見える。

 

  「えー! 私もサイリウム使いたいよ!? ライブを観戦するに当たっての人とウマ娘の精神的感応の差やホルモン分泌のデータの比較検証ができないじゃないか!」

 

 「振りたきゃ首振り(ヘドバン)でもしてろ」

 

 「おいおい、私の頭部には君とは違って英知の源である脳が詰まっているんだよ。無意味に振り回してどんな悪影響があるやらわかったものじゃないだろう?」

 

 ブチィ!

 

 「テメェ喧嘩売ってんのか!? 上等だ! (オモテ)でろやゴラァ!」

 

 「わー! ストップストップ! サイリウムなら俺が持ってきたのあるから!」

 

 何とかサスケハナと二人がかりでアニマルポッケを制止し、間一髪大乱闘を回避する。

 

 マンハッタンカフェのウイニングライブをこんなしょうもないことでフイにされたら、さっきまでの覚悟とかが一体何だったんだすぎるぞ!

 

 自分が引き起こしかけた惨事など興味がないとばかりののんきな顔で、わーいとサイリウムを光らせてフリフリしているアグネスタキオンに脱力していると、開演のブザーが会場に響く。

 

 

 『さあ皆様お待たせしました! 続いては、本日見事メイクデビュー戦勝利を飾りましたマンハッタンカフェによるウイニングライブです! 皆さま、お手元にサイリウムをご用意の上、彼女に精一杯の応援をお願いします!』

 

 

 ワアアアアアアアア!!

 

 歓声とともに、舞台の上のマンハッタンカフェがスポットライトに照らされる。

 

 ライブ衣装に着替えたマンハッタンカフェが一歩、前に出る。

 

 瞬間、誰に言われたでもなく静まる客席。

 

 マンハッタンカフェは一瞬で、客席のボルテージを自分の意のままに制して見せた。

 

 「ほう・・・・・・」

 

 「っ、偉大(パネ)ェ・・・・・・」

 

 「カフェサン、綺麗・・・・・・」

 

 静寂の場内に流れ始めるイントロ。

 

 観客がゆったりとサイリウムを左右に振り出したのを見守りながら、スッとマイクを構え、マンハッタンカフェの口から歌詞が紡がれる。

 

 

 その曲の名は――『楽園』。

 

 

 マンハッタンカフェと俺の、目指す先へ。

 

 旅路の前奏曲(プレリュード)に相応しいその曲は、しかし険しく困難な未来の道のりを暗示するかのように、波乱の幕開けを飾り付けたのだった。




 ウイニングライブの設定は捏造です。

 ちなみに「L's Surprise!!」、私イチオシのウマ娘楽曲です。

 「楽園」じゃないんかいというセルフツッコミをしつつ、長文にお付き合いいただきありがとうございました。

 アンケートもまだまだやってますので、是非ご参加ください。

オリウマ娘の名前はどちらが好みですか?

  • アニメ・シングレ風 例)キンイロリョテイ
  • 史実そのまま 例)ステイゴールド
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