404 not found   作:白桜太郎

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正規ルート、エピローグ。

お気に入り、評価、感想、本当にありがとうございます。




Report『Dear』

 有馬記念が、終わった。

 私の勝利インタビューは行われず、ウイニングライブも私不在の状態で行われた。当然だろう。一体どこの誰が担当トレーナーの葬式を不参加にしてでもトレーナーとの約束を守る為に走り、勝った後に泣き喚いたウマ娘をインタビューしたいと言うんだ?それも私をああだこうだ…と、ある事ない事を記事に書いていた連中に、私が何か答える訳もない。

 葬式に参加するのかしないのかを聞いてきたあの記者には、いいかもしれないが。あの記者が書いた記事はしっかりと学園に校正されて世に出されたらしい。特に興味がなかったから記事は確認していないが、他の連中よりか好感は持てる。

 ウイニングライブに参加するかどうかの確認は取られたが、メンタルが酷くやられている私は断った。トレーナー君以外に私の歌と踊りを見せる気がなかったからだ。

 もう死んでいる存在には、何も見せられないから……。私がそう答えたときの気まずそうなスタッフの顔はこちらも申し訳なくなる程だった。謝る事はしないが。

 

「それで、いつの間にか君の部屋に来ているとはねぇ……」

 

 何もかもの予定をキャンセルして、用事も何もなくなった私が無意識に足を向けた先は、トレセン学園のトレーナー君の部屋だった。私が何度か侵入していたからか、窓をピッキングして入って来る事がないように部屋の窓の鍵は開きっぱなし。相変わらずの防犯意識のなさには驚愕を覚えるね。

 

「なぜ来てしまったのか……いや、考えるまででもないな。私は、君の面影を探しているんだろうね」

 

 私の頭の中には君の声が響いている。幻聴だったのか、本当に幽霊になった君が伝えに来たのか定かではない君のあの声は、私の心を揺さぶり続けている。なんとも酷い女だ。そんな女の声が響いて鳴り止まない。だが気分が悪いものでは、確実にない。それなのに私の心を締め付けてくる。そんな声だ。

「一緒に走ろう」、「スピードの果てを見せて」、なんて甘い台詞を囁いておきながら、最後は「貴女は一人で走れるよ」なんて言い残して消えていった君の事だよ、トレーナー君。

 あの時、君の顔が見えなかったことが少し心残りだが、どうせいつものように笑顔だったんだろう。記憶の中の君はいつだって優しく微笑んでいるんだ。

 

 あの日、夕食の買い出しに商店街まで出掛けて、君と並んで歩いた時の君の横顔を思い出す。

 あの日、深夜まで実験をしていた私に温かい紅茶を淹れてくれた君の、私を労うような笑顔が忘れられない。

 あの日、大阪杯の後に盛大に喜んでくれた君の満面の笑みを、私は………。

 

「酷い、トレーナーだよ。本当に……」

 

 君の死から1週間。まだ君の部屋は当時のままだ。君があの日に出かける前、どんな行動をしていたのか想像しながら部屋をゆっくりと回る。

 一人暮らし用のワンルーム。捲れたままで乱雑に放置されている掛布団が乗っているベッド。以前から君はベッドメイキングなんて言葉を知らなかったのは覚えているから、日常なんだろう。

 レースや他のウマ娘の情報が書いてある資料なんかが置かれた仕事机。綺麗、とは言い難いが本人なりに整理はしているんだろう。自分以外が触る事がないならそんなものだ。トレーナー室は随分と小綺麗にしていた癖に。

 ウマ娘関連の本がびっしりと詰まった本棚。どれも古い記事ばかりが載っている本だ。恐らくトレーナー室に置けなくなった物を捨てられないまま、この部屋に置いているんだろう。

 予定が書かれたカレンダー。12月までのカレンダーは、31日まで予定がびっしりと書かれている。どれも私に関係することばかりだ。彼女自身の予定なんて、殆どない。

 台所に何本か転がっているエナジードリンクの空き缶。アレだけ私に飲み過ぎに注意しておきながらこれだ。眠気を覚ましたいなら私の実験に付き合えばいいとアレほど言っていたのに。

 冷蔵庫に貼ってあるのは私の好みばかりが書かれたお弁当のメニューと、私に食べさせようとしている私が苦手な料理の一覧。なぜ嫌いなモノを食べなければいけないのか、未だに理解に苦しむ。どうしても食べさせようとする気概は尊敬に値するがね。もっとも、もう嫌いなモノを食べさせられるようなことはないのだが。

 

 君は一体何を思って、出掛けたんだろう。一体何をしに行ったんだろう。外に出なければ、行動しなければ、君はまだ私の隣に居て、有馬記念を制してスピードの果てに至った私を盛大に祝ってくれた事だろう。想像すればするほど、君が何を想っていたのか分からなくなる。私の事を考えていたに決まっているという、一種の脅迫概念染みた決めつけでさえ脆く砕けていく。

 君がどのようにあの日に生きていたのか、それを見る事がなかった私には分からない。想像の中ですら怪しいのだから。でも、どれもこれもがトレーナー君の生きた証。存在した証明。それが変わる事はない。

 いっその事、全部トレーナー君の思考をトレースする為に全部を資料として持っていければ…。

 いや、そうする訳にはいかない。私にとって唯一無二の大切な存在であったが、それはトレーナー君のご両親にとっても同じことだ。私だけが、独り占めするものではない。

 いつ荷物を引き取りに来るかは分からないが、ここにあるものはご両親が全て回収していくだろう。もしかしたら、ご両親のご厚意でトレーナーノートなんかが私の手元に残るかもしれないが……。そうなる可能性は低いだろう。

 なぜなら、私はこの有馬記念を最後に引退する予定だからだ。トレーナー君以外のトレーナーだなんて今更考えられないし、付いてくれるとも思えない。それに、恐らく出走要請が来る筈の年明けから始まるURAファイナルズには、今から新しいトレーナーを見つけるには遅すぎる。なら、有終の美を飾ったこの有馬記念で引退するのが一番だろう。

 そんなウマ娘にトレーナーの資産とも言えるものが残る筈もない。仮に私の手元に来たとしてもトレセン学園に寄贈して他のトレーナー達への礎になるのがオチだ。

 そうなれば私に残るものはトレーナー君との思い出だけになる。

 

 

 

 

 空しい。

 

 

 

 

 その言葉がよく似合う。いや、これ以外にはあり得ない。君との思い出はいつか朽ち果てていくものだと知っている。いつしか君の顔も、声も、思い出せなくなるだろう。

 あの有馬記念で聞こえた君の声も、あの背中を押してくれた感触も、温かさも。忘れたくないのに、風化させたくないのに、私の記憶から消えていってしまうのだろう。

 こんなことになるのなら、せめて写真の一つでも撮れば良かった。必要ないからと、私は私だけの君の写真なんかを撮ることがなかった。私だけのモノは、君に対する実験で得られたデータ群と記憶だけ。それが酷く悲しく、悔しい。

 

「………さっさと出るか。この部屋に、もう用はない」

 

 この部屋は抜け殻だ。君の匂い、君の足跡、君の思い出。その全てがつまった抜け殻だ。そんな抜け殻にもう用はない。君との記憶を思い出させるモノが多すぎて、私には酷い毒でしかない。

 

「この部屋を出て……私はどこに、行けばいいのかな……」

 

 部屋に別れを告げながら、私は悩んだ。闇よりも暗い行く先を照らすカンテラはなく、道しるべは腐り落ちた。

 君が居ない未来なだけで、私という存在は随分と弱くなってしまったが、もしかしたらこの心の傷が癒える日が来て、君が居なくとも前を向いて新たな目標へと進める日が来るかもしれない。

 スピードの果てを見た私が、更にその先……限界なんて言葉が存在しないと証明する日が来るのかもしれない。

 だがその日まで、私はどうすばいいんだ?

 君に頼りっぱなしになった私が、どう生きればいいんだ?

 君という毒に犯されて今にも死にそうな私は、一体どうすれば……。

 眩暈がする。頭痛がする。身体を支える力がなくなって、ふらふらとしてしまう。

 有馬記念で走る為に抑えてきた不安が今になって一気に押し寄せてきたのだろう。ただひたすらに、死にたいという想いが私の中に渦巻き始めた。結局、こういう結果になるんだよ私は。

 トレーナー君と出会う前ならよかった。出会う前に、こうして自分の脚で果てを見れたのであればサッパリと自殺でもしただろう。もし何かしらの心境の変化があれば、プランBを他のウマ娘に施していたかもしれない。

 けれど、今の私はそうはならない。簡単に夢を誰かに託すには自身の夢を現実にし過ぎた。簡単に死ぬには自分の脚は完璧に近過ぎた。どちらに転ぶ事も容易じゃない。

 どれもこれも、トレーナー君の影響だ。

 君の居ない世界なんて、何も価値がないのに。

 

「ははは……何が、『君は一人で走れるよ』だ………」

 

 走るどころか、立つ事すらままならないじゃないか。君は嘘ばかりつくな。今まで、私に嘘を言ったことなんてないから、信じてしまったよ。

 傍にあったトレーナー君の作業机の椅子によろけながら座る。その時、手に机以外の感触が存在した。

 

「……トレーナーノート、か」

 

 それは一般的なA4サイズのノートブックだった。表紙には「トレーナーノートその10」なんて書いてある。手書きの題名は間違いなくトレーナー君の字だ。

 中を開いてみると、そこには私のトレーニングメニューや、その結果。レースに対する分析。様々な事が雑多に、自分に分かればいいと言うように書いてあった。なるほど、これは私には手渡さないな。

 ペラペラと捲っていくと、後ろの方のページに違和感を感じた。何枚かページを破ったような感触があったのだ。不審に思ってそこを開いてみると、トレーナー君が私向けに手渡す手書きのトレーニングメニュー表のように彼女らしい綺麗な字で書かれた文章があった。

 

 

 

 

『これを読んでいるのが、タキオンだったらいいな。でも私が生きている時に見たなら、そっとこのノートを閉じて欲しい。全部読まれて、事細かに感想を伝えられた日には私は部屋に籠って二度と外に出ないぐらいに恥ずかしがるかもしれないから。

 もしそうなったらタキオンに作るお弁当もお菓子も、何も出せなくなるよ?だから、私が生きていたらどうか読まないで。お願いします。ほんっとうに、お願いします』

 

 

 

「……なんだ、この前書きは?」

 

 馬鹿なんじゃないのか?という感想が真っ先に出てくる。

 そりゃあ、君が生きている時にこのノートを読んでいたのなら、君をからかったかもしれないが、そんなに恥ずかしいならなんで書いたんだい?

 一体、何が目的で書いたのかも訳が分からない。そんな私の疑問は、1行開けた文章を読んで、綺麗に晴れた。晴れてしまった。それと同時に納得した。いくつものページが破れていたのは、何度か書き直したんだろう、と。

 

『これは私の遺書です。遺書と言っても、私は死ぬ気はこれっぽっちもありません。何故ならタキオンが目指す先。スピードの果て、ウマ娘が到達出来る限界速度を見れていないからです。それに、私はタキオンが目標を達したとしても、タキオンの隣でタキオンの走りをずっと見ていたいから。私は死ぬ気はありません。

 だけど、もし……もし、私が事故か何かで死んでしまったとき。タキオンに一言も残せないまま死んでしまった時を思って、この遺書を残します』

 

 ………なるほど。もしもの時の為に書いた遺書か。用意周到な事だ。普通の人間はしないような遺書を書き残すなんて。でも、君らしいじゃないか。

 その恥ずかしい前文をどうにかしてくれたら、だいぶ評価も変わるのだけれど……。

 

『たぶんタキオンがこの遺書を私が死んだ後に見ているなら、有馬記念が終わった後なんだと思う。誰かがタキオンに見せたか、タキオンがいつものように私の部屋に侵入してみてしまったか。たぶん後者だと思うけど、どちらかは分からない。

 でもきっと、タキオンは私が死んでから脇目も降らずにトレーニングをしていたんじゃないかな?これを書いてるのが有馬記念からちょうど2週間前で、私がいつ死んでいるか分からないけど、有馬記念の為にすっごく頑張ったんだと思う。私が死んだ事で起きた面倒事で、思うようにトレーニングがこなせなかったりしたと思う。

 もし、この予想が当たっていたらごめんなさい。死にたくなかったけど、死んでしまった私の責任です。でも、タキオンがそこまで私の事を想っていてくれたんだと思うと、少し嬉しくなります。ちょっと重いかな?』

 

 

 十二分に重いと思うよ。けど、ここまで予想しているとは私は思いもしなかった。君が私自身をそこまで見てくれているとはね……。てっきり私は、君は私の走りにしか興味がないものだと思っていたから。

 

 

『私はずっと、ずっと。タキオンの隣で、タキオンの走りを見ていたかった。タキオンに毎日お弁当を作って、タキオンと紅茶を飲んで、ハンモックでお昼寝をして、タキオンとトレーニングをして、タキオンの実験に付き合って、そんな毎日をずっと送りたかった。

 でも、もう私には出来ない。ごめんね、本当に…ごめんね、タキオン。こんな不甲斐ないトレーナーで、本当にごめんなさい』

 

 なぜ、謝るんだ。君は何も悪くないだろう。予測不能の死に巻き込まれたんだ。君に非はないだろう。

 

『さて、ここからが本題。私の事を忘れて、とかそんな事は言わないよ。タキオンの中に居る筈の私をどうするかはタキオン次第だから。忘れてくれてもいいし、心の中に留めておいてくれてもどっちでもいいよ。でもね、一つだけ……私の我儘を言わせてください。これが最後の我儘だから』

 

 

 

 最後の我儘——————。それはトレーナー君の幻聴が言った言葉そのものだ。

 

 

 

 嫌な予感がした。ゾクリ、と背筋に悪寒が走った。

 

 これ以上、その先を見てはいけないと頭の何処かが叫んでいる気がしている。

 だが、私は自身の好奇心に勝てない。

 例えその先にあるものが茨の道すら生温い地獄へと続く道だとしても、私は見なければいけないと、受け入れなければいけないと思ってしまった。

 

『私はね、タキオンに生きていて欲しいんだ』

 

 予想していた言葉とは違った。『スピードの果てを見たい』なんて言葉だと私は勝手に思っていた。だが嫌な予感がした。それ以上に、酷い言葉が出て来るんじゃないか……と。それは正解だった。呪いだ。これは祝福なんかじゃない。ましてや祈りでもない。私を、これからも縛り続ける呪詛そのものだ。

 

『有馬記念できっと勿論優勝して、スピードの果てを、タキオンが到達し得る限界速度を、タキオンは見たんだと思う。そして今、タキオンはきっと生きる意味を見失ってるんじゃないかな?』

 

 やめろ。やめてくれ。

 

『私は、言うよ。私の我儘だから』

 

 やめてくれ!

 

『私のところに、来ちゃダメだよ。寂しいからって、悲しいからって、生きる意味がないからって。そんな甘えは許さないよ。きっとこっちに来ても、私は追い返しちゃうからね?』

 

 何故だ。何故なんだ!

 

『こんなトレーナーで、ごめんなさい。でも、タキオンには生きていて欲しいんだ。だから、タキオンは生きて。生きて、生き続けて。理想を追い求め続けて欲しい。どうか、どうかお願いします』

 

 私に嘘を吐いたのは許す。だから、そんな事を言わないでくれ!

 

『貴女は1人でも走れるよ。ずっと先まで、先を超えても。だから、走り続けて』

 

 

 

「私は!もう1人で走りたくないんだ!!!」

 

 

 

 勢い任せに両手と共にノートを机に叩きつける。ミシリ、という嫌な音と共に机が揺れ、破裂したような衝撃音が部屋に響き渡った。

 

「1人でも走れるだと!?二人三脚で走って来て、唐突に私を1人にして、今更1人で走れる訳がないだろう!自分は勝手に死んだ癖に!ずっと隣に居るだなんて嘘までついた癖に!君は自分の我儘を私に擦りつけるつもりか!!この大バ鹿者め!!」

 

 私は、君と走りたかっただけなのに。君が居ない世界で、君は走れと言うのか。それも、私一人だけで?君が隣に居ない生活なんて最早考えられないと言うのに、君はそんな呪いを私の残すのか。君の隣に行こうとした私を、そんな風に突き放すのか。

 地獄じゃあないか……そんなもの。生きていく事に縛り付けるだなんて。君は悪魔か何かかい?あの声だって、本当に幻聴だったんじゃないのかい?酸欠でまともじゃなかった私の脳が見せた、存在もしない音だったんじゃないのかい?だって、君は一緒に果てを目指そうって、言ったじゃあ……ない、か。なのになぜ私はそっちに行っちゃいけないんだ?

 

 

「————————————えっ……?」

 

 

 

 最後。ページの最後の行に、遺書を締めくくるように書かれた言葉が私の目に入り、自身の顔が驚愕に染まっていく事が、鏡を見なくても分かった。

 

 

 

 

『さようなら。私の、超光速のプリンセス』

 

 

 

 あぁ………君は。

 

 

 

『私だけの、アグネスタキオン』

 

 

 

 

 本当に。

 

 

 

 

 

『今まで、ありがとう』

 

 

 

 

 

 ——————本当に、私の隣に居てくれたのか。

 

 

 

 君の別れの言葉。あの時に聞いた、君の最後の言葉。一言一句違わないその言葉が、私の乾いた心の中に入って来る。最後の言葉、『今までありがとう』は聞こえなかったんじゃない。私が、認めたくなかっただけなんだろう。だから聞こえないふりをしていた。知らないフリをしていた。

 あの声は幻聴なんかじゃなかった。

 君はずっと隣に居てくれたんだ。

 ただ、私からは観測出来なかっただけで、君は、ずっと……。

 

「だからって、私を走り続けさせる呪いを残したのは、許せないなぁ……」

 

 笑いながら、涙を零す。いつだったかしていた、君の嬉し泣きと似ているな、なんて思いながら。遺書の君は走れとは一言も言わなかった。でも、私に生きろと言うのならそれは『走れ』と同意義だ。

 

「トレーナー君。トレーナー君……トレーナー、君……………」

 

 君の名前を何度も呼ぶ。声が帰ってこないのは分かっているが、止められない。

 

「………逢いたいなぁ。でも、生きなきゃいけないのか。あぁ、なんとも………難儀だね」

 

 ボロボロと零れる涙がトレーナーノートに落ちないように袖で拭う。

 君は嘘なんてついていなかった。私が勘違いしていただけの話。理屈や科学の観点から言えば、そんな事はありえない、と結論が出るだろう。

 でもあの幻聴のような君の声と、この遺書の君が同じ事を言っている。こんな偶然が、早々あるものか。

 

「あぁ、走ってやるさ。生きてやるさ。君がそう願うのなら。いつの日か君に出会った時に君の我儘を聞いた分、全部利子を付けて払ってもらえばいい。手始めに毎食お弁当を……ん?」

 

 私に借りを作った事を後悔させてやろう。そう意気込んだ時に『追伸』の文字が目に入った。

 

 

『追伸:念の為、毎日作ってるおかずを冷凍庫で凍らせています。1週間ぐらいなら大丈夫だと思うので食べたかったら自分でレンジでチンして食べてください。それが最後のタキオンへのお弁当になるけど、ごめんね』

 

 この追伸を見た私は、思わず笑ってしまった。君はなんて用意がいいのだろう。君はやはり最高のトレーナーだよ。

 

「あぁ、頂くさ。正直これから先、君のお弁当をもう食べられないと考えたくはないが、君が折角作ってくれたんだ。食べられるうちに食べるとしよう」

 

 冷蔵庫の上段についた冷凍室を開けると、耐熱容器に入ったお弁当が1つ置かれていた。それを流し台の横に置かれたレンジの中に入れてタイマーを回す。何分すればいいのか分からなかったから5分で設定した。

 

 レンジの中でぐるぐるとマイクロ波を浴びながら回るお弁当を見ながら、これからの予定を立てていく。まずはスカーレット君に謝罪しなければならない。次はトレーナーだ。彼女の後任なんて誰でもいいのだが、やはりカフェの所にでも転がり込むべきだろう。カフェのトレーナーとは色々と面識があった筈だからね。あのトレーナー君が、彼に何も遺していないとも考えられないし…………。

 あぁ、これから先の事を考えると憂鬱だ。自分の夢だけを追いかけていたばかりだった頃とはもう違うのだから。

 

 

「そこで見ていたまえよトレーナー君。君に幾ばくかの勝利をプレゼントしようじゃないか」

 

 

 ちらり、と隣を見る。そこには部屋の壁しか見えなかったが、君が少し笑ったような気がした。

 




テーマソング:19‘SoundFactory「Dear」
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