隻腕の騎士、浮遊城に立つ   作:食卓の英雄

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あらすじ通りの作品。感動に任せて書いたからちょっと変かも


ベディヴィア≒ベディヴィエール

「産まれたぞ…」

「いや待て、あれを見ろ」

「ああ、そんな…」

「何てこと……!」

 

 磨かれた白亜の天板に大人が集う。その中央に寝かせられている女性は青い顔で滝の様な汗を流し、渦中の人物を胸に抱く。

 

 皆が悲嘆にくれている原因のそれは、とある一人の赤ん坊だ。

 おぎゃあおぎゃあと元気に生誕の産声を上げる男の子は、透き通るように輝く銀の頭髪を生やし、僅かに開いた瞳からは柔らかな翡翠が覗いている。

 

「ああ、ありがとう…、ありがとう……!私の、私の愛しい子…!」

 

 母親が感涙を流しながら、感謝の意を告げる。

 腕の中に収まるか弱き一生命。その幼子には右腕が無かった。

 欠損している、のではなく元から生えていないのだ。故に傷跡は無く痛々しさは感じさせないが、これからの将来を考えると顔を顰めるのも納得である。

 集う親族が思いを馳せ、憂いている中で、母親だけは万雷の喝采を上げる。

 

 天よ見よ、これこそが我が子なのだと言わんばかりに抱え上げ、ありったけの感情を込めて語りかける。

 

「貴方の名はベディヴィア。『ベディヴィア・ベドリバント』。ベドリバント家の祖先、ベディヴィア様の名を継ぎなさい。かの方の様に強く、優しい男の児に育ちなさい!」

 

 彼女は未だ泣き止まぬベディヴィアを抱えたまま、静かに息を引き取った。

 後年、後を追う様に父親が病死。残されたベディヴィアは祖父母に引き取られ、イギリスの片田舎で健やかに、礼儀正しく育つことになるのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「…お久しぶりですね。そちらは変わりなく過ごしているでしょうか」

 

 雨がしんしんと降り注ぐ中、彼―――ベディヴィアは語りかける。声音からは確かな親愛が注がれ、かなり親しい人物へ話しかけているという事が感じ取れる。

 しかし、それに答える声はない。

 

「私の方は未だ変わりありません。…ああいえ、最近は紅茶を入れ始めました。やってみると中々に凝ってしまうのか、プロと遜色ないと先生には言われてしまいました。ふふ、あなたが以前『執事みたい』というのも存外的外れでは無かったようです」

 

 整った顔立ちから放たれるその微笑は、あらゆる女性を魅了しかねない程のものであったが、相手は何の反応も示さない。

 それはそうであろう。ベディヴィアの側には人の姿など見えず、ただ、しとしとと存在を主張する墓石が三つ立っているだけだ。

 

『我が妻と子ら、ここに眠る』

『ーーー』

『アムレン』

『エネヴァウク』

 

 傘も指さずに佇む彼は、抱える花束をそれぞれの墓に供え、最後に生前の妻が最も好んでいたタンポポを添える。

 

「…私は明日、日本へ向かいます。…貴女の関わったというゲームを見てみたいのです。かつて貴女が夢見た世界は、立派に継承されている様ですよ。……暫くここには来れませんが、どうか許してください」

 

 抱えるものが無くなった隻腕はどうにも寂しげな印象を与える。やがて、墓石へと背を向けたベディヴィアは泥水だらけの道を引き返す。

 

「それでは、行ってきます」

 

――行ってらっしゃい。

 

 三日後、このひっそりと立っている墓石は三日間にも続く豪雨による洪水に流されてしまい、彼以外にその存在を知る者は居なくなった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

――東京都。世田谷区。

 

 その土地の一角、ごくありふれた集合住宅に住む人物がいた。

 身長は187cmと高く、穏やかな笑みを佇ませる中性的な甘いマスクは、通りゆく者が一度は振り返る程に整っている。男にしてはかなり伸ばされた銀髪を纏め、凛と歩く様は不思議な魅力を漂わせている。

 

 ベディヴィアは今、ヘルメット型のデバイス――第二世代フルダイブ型VRマシン第1号、『ナーヴギア』を装着してベッドの上に寝転がっていた。

 

 本日は世界初のVRMMORPGである『Sword Art Online』。そのβ版の配信日である。全世界のゲーマーが今か今かと待ち望む時間に、ベディヴィアも珍しく浮足立っていた。

 

17:57…17:58…17:59…

 

 今やさほど珍しくもない投影型タッチパネル式の時計が刻む音を聞き、逸る気持ちを抑えて確認する。

 トイレは?OK。夕食は?とっくに済ませた。ならば後は待つだけである。

 

 

10…9…8…7…

 

 生前、きらきらと子供の様な目で語られた言葉を思い出す。

 

 『私ね、実はファンタジーな世界とかに憧れてるんだ。それで今、絶賛進めてる計画があってね?今はまだ一般化はしてないけど、いつかゲームとして完成させたいの。その中は本当の世界みたいに動けて、病気の人でも元気に動けるんだ。……それで、もしそんなファンタジーなゲームができたらさ、一緒にゲームしようよ。きっと、ベディも楽しめるから』

 

 その願いは終ぞ叶わなかった。けれど、彼女の夢見た世界を一目見たい。彼女の理想はここにあったのだと、そう伝えたい。

 

6…5…4…

 

『ベディって円卓の騎士様の子孫なんでしょ?何か残ってたりしてないの?……わあ、すごい、これ本当に千年以上前の鎧なの?すっごく綺麗だし、形もカッコいいや……。ちょっと着てみてくれない?いい?ありがとう。………うん、すっごく似合ってる!なんだか本当にファンタジー世界の騎士様みたい。じゃあ私はお姫様かな?…なんちゃって』

 

3…2…1…

 

『ベディって、剣とか使えるんだよね。え?何でかって?……まだ秘密〜!』

 

……0

 

「『リンクスタート』!」

 

―――視界が真白に染まった。

 

―――触覚、視覚、聴覚、味覚、嗅覚。

 それぞれの意味を示す英単語が現れてはclearマークを出して脇へと消える。

 

 気づけば、暗闇に覆われた空間にベディヴィアの意識は存在していた。ログインパスワードを片手で入力すると、視界は晴れ、目の前には人型の男性アバターが表示される。

 

 様々な髪型、表情、カラーリングが選べるが、ベディヴィアはそんな事には拘ってはいない。適当に体格の違いすぎないプリセットを選ぼうとし、ナーヴギア内部の写真をそのまま使える事に気づいた。

 唯一入れている写真を確認し、少しの寂寥感に苛まれる。

 その写真にはタキシードを着たベディヴィアと、ウェディングドレスを着た妻が笑い合っている写真だ。確か当時は隻腕用の袖合わせが間に合わず、不格好にならないようにと義手をした思い出がある。

 

 僅かな逡巡、向かって左側の己を選択する。髪型は現在の結んでいるものへと変え、名前は……『ベディヴィエール』。

 全ての工程を確認したらゲームスタートのボタンを押す。

 

《Welcome to Sword Art Online!》

 

 真闇の帳の奥から光の奔流が迸り、盛大な音楽と共に石畳に足をつく。

 目の前には中世風な建物が立ち並び、如何にも冒険者といった姿の者――恐らく同じβテスター達――が感激と驚嘆の声を上げている。

 かくいうベディヴィア…否。ベディヴィエールもあまりにリアル過ぎるそれらに目を剥き、その感触や質感、匂いまで再現された世界に舌を巻く。

 

「これが、ソードアート・オンライン…!」

 

 視界の端に浮かぶHPバー等が無ければ、現実だと信じていただろう。彼女が夢見た世界を全身に感じ、ベディヴィエール自身も昂ぶってしまっている。続々と現れるプレイヤー達と同じ装備に身を包み、背には初期装備と思われる直剣を携えている。

 そして気付いた。

 

(腕が…!?)

 

 生まれつき存在しない筈の右腕、それが現在のアバターには備わっていた。動かそうと思えば動かせる。義手の様な動作の遅れや無機質さはなく、長年使ってきた左腕同様の動きが可能となっている。

 

――ベディもきっと楽しめるよ。

 

 再び彼女の言葉が浮かぶ。

 

「…成程、そういう事でしたか」

 

 全く彼女らしい…。そう独りごちるその顔は呆れと哀しさ、嬉しさの入り混じった複雑なものであった。

 

「さて、何をすべきか…」

 

 とりあえず、歩きながら考えよう。

 

―――…

 

「はっ!」

『グギャアッ!?』

 

 βテスト開始から既に三時間が経過した。

 街を散策している途中、親切なプレイヤーからRPGの定番というものを教わり、一先ずのセットを揃えた。

 

 武器は騎士剣と長槍。リアルでも相当に使い慣れたもので、他プレイヤーの様に武器に振り回される、といった事は起きていない。むしろ、今まで無いものだった右腕の扱いの方が拙い。

 

 長槍の一撃でHPバーを削りきられ、モンスターはポリゴン体となって爆散する。丁度今ので必要経験値を満たしたのか、ファンファーレと共に『LevelUp』というウィンドウが表示される。

 

 ベディヴィエールはそれを軽く眺め、手に入れたポイントを筋力と敏捷にバランスよく振っていく。

 

 このSAOという世界に、ベディヴィエールは早くも適応していた。細かい設定やゲームのノウハウこそないものの、現実の体を動かすのとほぼ同じ感覚というのが幸いした。

 身につけた技術はこの世界においては最大の武器ともなり得るもので、手探りで戦闘を行っている者よりも遥かに効率がよい戦闘を可能としている。

 

「ドロップアイテムは……と。『リトル・ネペントの胚珠』ですか…。これは、食べられそうですね」

 

 どこかズレた尺度で吟味し、一先ず帰ろうかとした所で、茂みの先から人の気配。

 草木を掻き分けて現れたのは中肉中背の男。対するベディヴィエールが大きいせいか、平均的な筈の男が小さく見えてしまう。

 

「驚いた…。ここへは一番乗りだと思ってたんだけど…先客がいたか」

「貴方は…?」

 

 如何にも勇者然とした顔立ちの男は気を取り直すと名乗りを上げた。

 

「俺はキリト。アンタと同じβテスターだよ」

 

 これはとあるIFの世界の話。

 たった一人の人間が加わっただけの、そんなつまらない可能性の軌跡である。

 




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