――速い。
予想外に順調な戦いに、俺は心の底から感嘆の息を漏らした。
俺とアスナが仕留める間に、漏れたもう一匹はベディヴィエール達が刈り取ってゆく。
センチネルはボス部屋にのみ出現するレアモンスターであるために同階層でも頭一つ抜けた強さを誇っているモンスターであるはずなのだが、それがこうも易易といくとは思っていなかった。
無傷なのは当たり前、上手く行けば何の行動もさせずに完封させてしまえる。
キバオウ達が適切に役割分担をし挑みかかっているのに対し、こちら側は二人共に攻撃特化。
いくら数が余ってベディヴィエール達と合流することがあっても、連携に連携を合わせてくれる彼等は非常にやりやすい。
声掛けをせずとも状況を見て行動を変えてくれる味方がここまで頼もしいなんて。今までに体験していなかった俺からすれば脱帽ものだ。
「スイッチ!」
「私が出ます!」
今だって、俺が地面に押し付けたセンチネルに向かってベディヴィエールが飛び出した。
俺の剣が離れると同時、既にインパクトは発生しており、センチネルからすれば正に息をつく暇もない連続攻撃に移るのだろう。そして再度跳ね上げられた影に吶喊する細身の一閃。
空中で無様な格好のままにセンチネルは体を青いポリゴン片と化した。
「GJ」
恐ろしいまでの速攻。だがそれ故に消耗が少ない俺達は結構な余裕を持って戦況を俯瞰していられた。
あまりに早く始末してしまうので再湧きが間に合わず、結果として暇をしているのだ。
「ふう、今度は結構早かったわね」
「そうね。あの人数でまだ倒せてない向こうの班と比べたらかなり優秀なんじゃないかしら」
ミトが毒づくように見るが、そちらも目立った支障はなく、むしろ順調といえよう。それでも連携相手によってここまでの差が現れるのかと内心恐々としていると、ディアベルが「三本目にかかるぞ!F隊、G隊前へ!」と叫び、壁の穴から新たな《センチネル》が飛び出した。
暇を持て余していた俺達は即座に躍りかかり、抜けたF隊G隊
の穴を埋めるべく高速の重撃による最短撃破を選んだのだった。
◆◆◆◆◆
《コボルドロード》とその衛兵と、プレイヤー四十七名の戦闘は最初の予想よりも遥かに順調に進んでいた。
目の前でガラスの割れるような音とともに消滅したセンチネルと共に現れたシステムメッセージに目もくれず、戦況の把握に努めていた。
現状、目立った被害もなく順調に戦闘が進んでいる。それはいいことのはずで、むしろそうならなければ残っているのは絶望だ。今も斬りかかるプレイヤーと打ち合うコボルドロードのHPバーは着々と減り続けている。
だが、何故だろうか。こんなにも早く、こんなにも円滑に進んでいるのに。一向に気分は晴れない。それどころか何か重大な見落としをしてしまったような感覚に囚われている。
(思い過ごしならいいのですが…)
「スイッチ!」
「やあああぁぁ――っ!」
と、いつのまにかセンチネルが湧いていたらしい。戦闘中にここまで注意が散漫になるとは何という体たらく。ソードスキルの直撃を食らって体制を崩すセンチネルへと斬撃をお見舞いして、その警鐘を無視するかのように向き直った。
―――そして、事件は起こった。
それは衛兵の対処にも余裕が出来、一部の者が休憩している間、近寄ってきたキバオウがキリトに対して何かを囁いた直後だ。
トリスタンによると、LAがどうだとか。だがしかし、それだけでどこまで考えを巡らせたのか、愕然とした様子でキバオウを、いや、キバオウを通して誰かの存在を見ている。
尋常ではない様子で、何があったのかと問い質すまもなくキリトは立ち直る。
しかし、それと同時に重厚な吠声がフロア中に轟いた。場所はメイン戦場。コボルド王が右手に持っていた骨斧、左手に装備した革盾を同時に投げ捨てる瞬間だった。
これはコボルド王のHPバーが最後の一本になったことを意味する。そして最大の特徴であり、攻略前に耳が酸っぱくなるほど聞いた攻撃パターン変化の兆候だ。ここからは死ぬまで曲刀カテゴリのソードスキルだけを使い、狂乱状態となって縦横無尽に暴れまわる。そのバーサーク状態の荒ぶり様と攻撃力は脅威だが、対処は完璧だ。瓦解するはずがない。
「…おや?」
「トリスタン、何か気づきましたか?」
「他国の刀剣にはあまり詳しくないのですが…あれは本当に曲刀なのですか?」
「は?」
「いえしかし、曲刀というには少し――
――鋭すぎるのでは?」
それは、どういう…、そう問いただそうとした瞬間に近くでセンチネルを牽制していたクラインが「あー!?」と声を上げる。
意識を一瞬移し、彼の言葉が紡がれるのを待つ。
「ありゃ、刀じゃねぇのか!? 俺、他のMMOでもサムライやってっから分かるが、あれは断じて曲刀なんかじゃねぇぞ!」
その一言に、ぞっと背筋が凍った。
「ちょっと二人共、いくら安定してるからってサボタージュは」
「すみませんミト、こちらは任せます!」
「へ、ちょっと!」
抗議の声もどこ吹く風。今ある全力の敏捷値を以って地面を踏みつけるのと、キリトが叫んだのは全くの同時だった。
「だ…だめだ、下がれ!! 全力で後ろに跳べ――――っ!!」
切迫したキリトの声が、走るベディヴィエールの耳に微かに届いた。
だがしかし、それも最前線にいるC隊には届かない。イルファングのソードスキルのサウンドエフェクトによって掻き消されたのだろう。誰一人として、背後へ跳ぶものはいなかった。
「グガアァァ――――ロロロッッ!!!」
ドンッ!
まるで大型トラックが事故を起こしたかのような衝突音と共にイルファングの巨体が宙を舞う。飛んだのではない、垂直に跳んだ。
空中で身動きの取れない筈のコボルド王が空中でギリギリと体を捻る。手に持つカタナに満身の力を込め、落下と同時にその蓄積された一撃を真紅の輝きに変えて解き放たれる。
あの動作を、私は識っている。
軌道は水平に、範囲は三百六十度に。
第十階層の敵も使用してきたカタナ専用ソードスキル、重範囲攻撃《
迸る朱いライトエフェクトと共に叩きつけられた一撃は完全にレイドパーティの不意をついた。
コボルド王を取り囲んでいたC隊のHP平均値ゲージがゴリッと一気に消滅し、半分を下回ってイエローに突入する。これで見ることができるのはあくまで平均値。個別のHPはタップすることで閲覧可能だが、今はそんな悠長なことをしている暇はない。
範囲攻撃のために威力は低くなるのだが、これでも十分にとんでもない威力だ。しかし、悪いことは続くらしい。それは倒れ込んだ六人の頭の上を回転する黄色の光。一時的な
状態異常の持続時間は麻痺や毒には及ぶべくもないそれだが、発動が即効で、かつ治す手段は時間経過しかない。それゆえ、本来ならスタンした時点で仲間が注意を引き付けるのがセオリーとなっているのだが…。
まだ、誰も動かない。否、誰も動けない。コボルドの予想外の動き。事前に緻密に建てられた作戦の崩壊。そしてこれまでが楽に進めていたこと。最後に、信頼するリーダーのディアベルが一撃で打ちのめされてしまったこと。それらの理由が悪くも重なり誰もが声を失って立ち竦む。
ボス戦だというのに、先程までの喧騒が一時鳴り止み、不気味なまでの静寂が場を支配する。
――これは、いけない。場の空気に呑まれてしまっている。
そう思うのも束の間、間の悪いことにちょうどその瞬間に新たなセンチネルが湧く時間がやってきたようで、動けないC隊の目の前で重武装の獣人が煌めく鉄の輝きをこれでもかと見せびらかす。
「ひいっ…!」と誰かが声を漏らす。近寄るセンチネルに怯えてしまっているC隊の男性のものだ。動けないこの状況でHPが半分を下回っている彼らからすればそれは己を死に追いやる絶望の嬰児にも等しく映る。
今にも振り下ろされる長束斧の持ち主に、遠方からピックが投げられる。ソードスキルの光を纒っていないにも関わらず的確無比に放たれたそれに、センチネルの優先順位が塗り替わる。
総HPの一割にも満たぬ一撃であったが、生まれたばかりのセンチネルは初ダメージを与えた赤髪の男へと狙いを済ます。
同じように、近くに湧いた二体の注意も惹きつけ、出来るだけC隊から離す。
C隊が安堵の息を漏らした瞬間、後ろから聞き覚えのある若い少年のような声が注意を呼びかけた。
「ウグルオッ!!」
コボルドロードの硬直時間が終了したのだ。まだ、彼らのスタンは治っていない。
既に前線の数名は何とか意識を戻し援護に乗り出そうとしていたが、センチネルの注意がそちらにも向き妨害される。
硬直する彼らの前で、獣人が吠えた。両手で確りと握りしめた刀――いや野太刀が床すれすれの軌道から上へ跳ね上げられる。
あれは《
HPでいえば、そこまで減少してはいない。だがこれは連携初めの一撃。まともに食らった時点で次の攻撃を防ぐのは途端に厳しくなる。
(無駄に足掻くな! 浮舟を食らったら、全力で防御に徹するんだ!)
キリトの心の叫びもディアベルには届かない。必死の形相で不格好に長剣を振りかぶるが姿勢が悪かったのか、虚しくもソードスキルは不発。
そんな無防備な体を、巨大な野太刀が正面から襲った。
「あっ…!」
声を上げたのは誰だったか。それは傍観していたレイドメンバーのものか、隣でことの成り行きを見る細剣使いか、はたまた俺だったかもしれない。
まるで吸い込まれるようにディアベルの体に向かう赤い光を帯びた刀身は、しかして何者かに受け止められる。
「う、おおおおおおッ!!」
ベディヴィエールだ。
繰り出されたのは《ホリゾンタル・アーク》。飛び上がった瞬間に角度調整を終え、上段から迫る真紅の一撃を受け止める。
一瞬の拮抗。ギチギチと金属同士が悲鳴を上げ、火花のようなライトエフェクトを撒き散らしながら同時に振り切る。
ガギンゴギンッッ!!
空中で振るわれたソードスキルは高速で二筋の軌跡を描き相殺。ここで二連撃ソードスキルである《ホリゾンタル・アーク》はその刀身に宿る光を霧散させ、ベディヴィエールの動きが止まる。
だが、コボルドロードの野太刀にはまだ赤い光が備わっている。カタナ専用三連撃ソードスキル《
最後の渾身の突きがベディヴィエールへと叩き込まれた。
「ベディヴィエールッッ!!」
「卿っ!」
背後に庇ったディアベルと共にゴムボールもかくやという勢いで吹き飛ばされる二人。これにはフロア中から悲痛な声が上がる。
ディアベルも、ベディヴィエールもあれでは無事には済まないだろう。なにせ後列で取り巻き狩りをしている俺たちのすぐ近くまで吹き飛ばされたのだ。その威力は推し量るまでもない。
そこかしこから恐れを抱いた声が上がり始めるが、それを一喝するような声が響いた。
「イエロー切ってない! 無事よ!」
いつの間にか合流していたミトが、声を上げていた。俺はその時「そんなバカな!」と驚愕の視線を向けていたことだろう。
いくら適正レベルを超えているとはいえ、ボスモンスターのソードスキルをまともに食らったのだ。他のメンバーも似たような顔をしている。まさかイエローにすら差し掛かっていないなんて…とともすればミトへの不信を思わせるような思考を働きながら、視界左上のHPゲージを見る。
それによると確かにミトの言葉通りにベディヴィエールのHPはイエローゾーン一歩手前のグリーンで完全に止まっている。超過ダメージのせいで時間差で減るということもなく、完全に沈黙していた。
「一体どんな仕組みを…!」
その秘密とはすぐ明らかになった。
吹き飛ばされたベディヴィエールは、片膝を付きながらも姿勢を崩さず、長剣の腹に手を添えて佇んでいた。
「《2Hブロック》…」
それは持ち手と反対の手を刀身に据えてソードスキルに対抗する防御テクニック。β当時も話題になっていたが、これをタイミングよく行うには相当に練習が必要だし、空中でソードスキルを放った直後に、それもボスモンスター一撃に合わせるなど、どれだけの技量が必要なのだろう。
再びゾワリと背中の毛が立つ感覚に襲われる。先程と違うのは、今回は悪寒ではなく興奮と末恐ろしさからだった。
重い両手武器のソードスキルをこの技で受けると武器破壊を喰らう可能性がある。両手武器ではないとはいえ、規格外の野太刀の一撃は相当に重いはずだ。
それでも尚、ベディヴィエールの掲げる剣は一点の曇りもない純銀の光を放っていた。