隻腕の騎士、浮遊城に立つ   作:食卓の英雄

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半年ぶりだな…。
これが受験前…。


序章終幕

 

◆◆◆◆◆

 

 ステンドグラスの様な極彩色の床や壁はその色を通常のフロアのものに回帰し、灯っている松明だけがかつてここにいたボスの存在を証明していた。

 第一層フロアボス《イルファング・ザ・コボルドロード》を討ち取ったレイドパーティは、今も尚興奮冷めやらぬといった様子で肩を組み合い、喜びを共有している。

 

 それは当然、私達も同じこと。キリトは体格のいい斧戦士やディアベルらと何事かを話し、その戦果を称え合っている。

 

「やったね、ミト!」

「うん。……勝ったんだ」

 

 後、99層。先を見れば果てしない道のりだが、0と1では全然違う。恐らくは攻略にも慣れてこれから先の階層はもっと早くに決着が着くことだろう。

 長らく保っていた緊張が解け、足が折れかける。倒れかけた私がもたれかかったのはベディヴィエールだった。

 

「大丈夫ですか? 疲労が溜まっているのでしたら、この機に少し休んでいきましょうか」

 

 頭より少し高めの位置から放たれる物腰柔らかな落ち着いた低い声。疲れ果てた体に(この場合、現実世界で寝ているはずの体が疲れるはずもないので結局のところ精神的な問題だろう)投げかけられた言葉はすんなり耳朶をうち、バッと慌てて身を翻しアスナに支えられる。

 

「いっ、いやっ大丈夫!」

 

 多少上擦った声で否定すれば、静かに目を伏せて了承する彼。アスナには「ほんとに大丈夫?」と心配されてしまうが今は答えたくない。

 今自分の顔はどうなっているだろうか。SAOでは感情表現が多少オーバー気味に表現されるため、余程自制しない限りは本音が顔に透けてしまう。思い出すのは、二度目の旋車が放たれようとした間際のこと。

 

『――ミトッ!』

 

 ソードスキルの硬直で動けない私に、誰よりも早く駆け出したベディヴィエール。その時ばかりはいつもの冷静沈着さは鳴りを潜め、強い焦燥を顔に貼り付けた銀色の騎士。

 

 この世界では唯一無二の頼れる武器を投げ捨ててまで、決死の覚悟を以って私の元に来るや両腕を開いて私の背に回したのだった。

 

(――!?)

 

 今思えば、盾となることでソードスキルの直撃を避け、自分ごと吹き飛ばされることで距離を取るための策だったんだろう。

 だけど、その時ばかりは正常に機能する情報処理脳は上手く働かなかった。

 

 視界いっぱいに広がる肉体。靡く髪同士がお互いの鼻先を掠め、外見の華奢さからは程遠いほどに強い力で全身をひしと抱く。

 分かっていたつもりだが、女性的な見た目の彼も確りと男性なのだと再確認させられた。ちょっと苦しいような、でも、どこか安心できるあの感触が、頭の中で延々とフラッシュバックする。

 思えば、アスナを除けば私が本音を曝け出せるのは両親くらいだった。今では気軽に話せるような知人もいるけど、ベディヴィエールは人生初めてとも言っていい年上の男性だった。

 …きっと仮想世界に閉じ込められてから、郷愁の念から人肌恋しくなっていたのだろう。そうだ。この胸の動悸も、ただの勘違いだ。死の危険と、突然のことに心がびっくりしているだけだ。…きっと、そうに違いない。

 

 そう自分の中で無理くり理屈をつけて飲み込んだところで、ある一声が場の雰囲気を塗り替えた。

 

「…おい、ちょっと待てよ。何で攻略本に書いてなかったスキルをあいつが知ってるんだ…?」

「言われてみれば確かに…」

「もしかして、あいつもベータテスター何じゃないのか!? だからボスの攻撃パターンとかも知ってたんだ! 知ってて、自分だけが得をするために黙ってたんだろ!」

「LAもあいつが取ってたぞ! そうだ、ハナから俺達を出し抜くつもりだったんだ!」

「情報屋もグルだったんだろ!」

 

 たった一人の疑問が、連鎖し、悪い空気を作り出している。その目には色濃い疑念と動揺が滲んでいた。実際に声を上げたのは少数だが、それによりいくらかの目つきが変わる。影響されないものも少なからずいるようだが…自分が標的にされてまで庇うことではないらしい。

 

「はあ!? テメェ等正気かよ! あいつらがいなけりゃ俺達に死人が出てた可能性だってあるんだぞ!」

「そうだ。攻略本にだって目立つ注意書きがあっただろう。『あくまでベータテスト当時の情報』だとな。今この状況で情報屋が嘘を流す理由なんかない。もう少し冷静になってみたらどうだ?」

 

 そこに、庇う大人が二人。

 

「クライン、エギル…」

 

 未だ冷静で、物事を俯瞰できる一部プレイヤーも頷き、やや追及の声が収まりかけた瞬間。

 

「そ、そんなこと言ったって騙されないぞ! うまい話でも持ちかけられて買収されてるんだろ!」

 

「なっ…」

(こうなっては、手がつけられませんね…)

 

 絶句。正常な思考を持つ者ならばありえない発想。いや、なまじ頭をよぎったとてここまで攻めては却って己の立場も危うくなる。混乱する場に新たな火種が降り注ぎ、宥める声も無視した一部がとうとう剣を抜きかけ――

 

「―――いい加減にしないか!!」

 

 鶴の一声が轟いた。

 これまでにない剣幕を伴ったそれにこの場にいる全員が動きを止め、言葉の出処――ディアベルに視線を集める。

 

「ディ、ディアベルさん」

「さっきから聞いていればなんだ! 彼らなくしては犠牲者なしには終わらなかったのはみんな理解してるだろ! 真っ先に俺が死んでいた! それで指揮権を移したのだって俺の一存だ!」

 

 どよどよと、反対意見側から怯える子供のように肩を寄せ合う。どうやらディアベルシンパの者も混ざっていたらしい。

 

「途中までの攻略に支障はなかった、正式サービスに伴っての仕様変更点があそこだった! 間違いなく、ベータテスターも知らない情報なんだよ」

「で、でもグルだったら…」

 

 ディアベルの必死の問いかけにたじたじに反論する彼らだが、その勢いは明らかに落ち、口は窄まっていく。

 

 ディアベルはその反論に目を閉じ一際強く深呼吸してみんなの顔を強く見つめる。その瞳には、強い意志がこもっているように見えた。

 

 そして、誰もが固唾を呑んで見守るその中央で、青髪の騎士は重い口を開いて紡ぐ。

 

 

 

「――――俺も、ベータテスターだ」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 結局、ディアベルがベータテスターだという事実はボス攻略組を大いに揺るがした。

 ある者は騙していたのかと糾弾し、またある者は薄々感づいていたのかやっぱりか、と心中に零す。

 かけられる言葉の数々にディアベルは毅然として答え、その誠実さを如実に表していた。粛々と全てを白状するディアベルに野次を飛ばす者は居らず、緊迫した空気の、懺悔とも取れる男の独白が耳朶に響いた。

 

 ディアベルがベータテスターであること、そしてそれをひた隠しで騙していたことにショックを覚え彼から離れる者がいた。しかし、それと同等の数は彼をベータテスターだと知ってもこれまでの信頼から彼と道を共にするらしい。

 

 意外というべきか、この状況でも冷静だったのは関西弁の彼―――キバオウだ。

 喚き散らすわけでなく、信じられないと目を見開くわけでもなく、冷静に場を俯瞰し、わざわざ決別の言葉をかけてディアベルから離れていった。

 一見冷淡にも捉えられるだろうが、私達にしか聞こえないような声で簡単な謝礼と、それはそれとしての宣言を叩きつけた。

 

「……今までんコト、悪かったな。ディアベルはんがベータテスターなんは薄々思っとったし、今回死者がおらんのもアンタらのお陰や。そこは認める。…でも全部認めたワケやない。わいはわいのやり方でクリアを目指す」

 

 とのこと。

 

 何というか、変に律儀な人だなと思った。

 

 結局、攻略のためにと集められただけであるこのレイドは一旦解散となった。当然、同じパーティになったり、先のボス戦から行動を共にするグループもいくらか見受けられたが、あまり関係のないことだ。

 

 

――――そして、私達はといえば。

 

 

「それでは、第一層の攻略お疲れさまでした」

 

 

 コツリと、デジタルで模られた、ライトイエローの液体が入った小瓶を打ち鳴らす―――などということはなく、みな胸元に軽く掲げてそれを口に含み始めた。

 

 解放された第二層。荒れ果てた荒野と乾燥した大地を基調とした階層であるここは、その枯れた雰囲気に合うような牛型や虫型のエネミーが徘徊している。

 

 その中でも、つい先程到着した首都『ウルバス』。石レンガ造りの街並みは一層『はじまりの街』と変わらないが、この黄砂のフィールドならではの空気感がこれまでと全く異なる雰囲気を与えている。

 つい先程有効化(アクティベート)された転移門により、第一層で今か今かと待ち望んでいたプレイヤー達が流れ込み、閉塞された環境を脱する一歩に大騒ぎしている。

 

 大通りから聞こえてくるそんな喧騒をBGMに、ベディヴィエール、トリスタン、ミトは飲食店で腰を落ち着けていた。

 

「ふぅ…おいしかったけど、レモン味のビール……?」

 

 一息に飲み干したそれに舌鼓を打ちながらも、アルコール飲料のような独特の苦味にミトは顔を顰める。

 

「ええ、こちらははじまりの街の隅に追加されていたようで…。中々いけるものでしょう?」

「まあ、そうだけど…。言ってくれれば良かったのに」

 

 苦味に顔をしかめるなど、子供っぽいと思われそうで少しだけむすっとした顔をする。

 それが余計に子供らしさを出していて…。やっぱり、あれだけの動きを見せていても、根は普通の子供なのだと改めて実感する。

 

「それで、貴女は良かったのですか?」

 

 トリスタンが問う。

 何を、と疑問を抱くこともなく、ミトは即答する。

 

「ええ。私も、アスナも、お互い話し合って決めたんだ。アスナはちょっと一人で、前向きにやってみたいことがあるんだって。……それに大丈夫。今まではずっと一緒なのが友達なんだって思ってたけど、うん。ちょっと違ったみたい」

 

 その顔に迷いはない。これまでのように、責任と罪に押しつぶされてきたものでなく、憑き物がすっかり落ちた様であった。

 

「アスナは私が思ってるよりずっと強かった。それこそ、私のほうがアスナの存在に助けられてきたようにね。…一緒の道を行けるのは仲間だけど、離れても別々の道を往けるのが友達なんだって、今はそう思ってる」

 

「それに、会えなくなるわけじゃない。だから私は気にしてないわ」

 

 そして沈黙。その間に恥ずかしく思ったのか、最後にレモン色の飲料をぐっと飲み干した。電子上では全く効果のない、赤らんだ顔を酔いのせいにして。

 

「おや、あれは…」

 

 ふと窓を見れば、そこには小柄なフードケープを纏ってフィールドへ走り抜ける”鼠“と、それを追いかける二人組。……そして、少し離れた場所から後を追う黒ずくめのソロプレイヤー。

 

「あれは情報屋と…。忍者………??」

 

 何故疑問系なのかと言えば、それは一般的にイメージされるような忍者装束ではなく、灰色の布防具。上半身には軽いチェーンメイルを、頭には同色のバンダナとパイレーツマスクといった装備であり、ありあわせで構成されたような忍者。最早忍者風といったほうが正しいからだ。

 

「確か、ベータテストの時にも見かけましたね」

 

 ベディヴィエールの言葉で当時の状況を思い出す。

 

「……ああ、ギルド名は《風魔忍軍》。……だったような」

「そんな感じでしたね」

「有名なのですか?」

「悪い意味でね。敏捷力(AGI)極上げビルドの集団で、AGI壁だけの高速戦闘をして、ピンチになったらその足の速さに物言わせて近くのパーティーに押し付ける。ってのを繰り返してたの。……このデスゲームでも忍者やってるとは思わなかったけどね…」

 

 呆れた。といった様子でため息をつく様にトリスタンは同じくと続いた。

 

「…情報屋が追われてる…?でも…流石に早々PKな訳ないし、困るのは向こうも一緒。今になって追いかけるのは2層の何かが関係している…?」

 

 一度考え出すと止まらない。ゲーム脳が様々な推測を上げていき、けれど話の欠片も伺えない状況では答えは出ない。

 

「もしかしたら、《体術》スキル狙いかもしれませんね。ベータ時にギルドごと壊滅させた時に欲しがっていたので」

「そ、そう…壊滅……。でも《体術》ってエクストラスキルよね。今の時点で取れるの?」

「勿論です。ある場所で《体術》専用のクエストを受けられるので、クリアすれば取得できますよ」

「へぇ…。こんな序盤で手に入ったのね…。知らなかった」

「私も取得していたので。試しに行ってみますか?今なら先回りも出来るかと思いますが」

 

 そう告げると、ミトは逡巡し、意を決してそちらへ向かうことにした。キリトや情報屋が多少は心配だが、今のキリトには最大限に強化された武器やボスドロップの装備もある。情報屋だって素人ではないし、悪いことにはならないだろうと判断した。

 

 何より、自身のゲーマー魂がエクストラスキルへ興味を抱かないはずがない。

 

「ええ、このパーティーで初めての活動には、もってこいね」

「そうと決まれば、直ぐに発ちましょうか」

 

 顔を見合わせると、三人は立ち上がる。その足取りは軽やかで、純粋な楽しみと期待が零れんばかりに醸されていた。

 

 

 ―――鋼鉄の浮遊城は初めて好転の兆しを見せた。それは人々の胸に希望を宿し、勇気ある誰か、野心溢れる何者か。それらすべての止まっていた時が、今動き出したのだ。

 

 

 

 その後、2層のどこかで巨大な岩をひたすら殴る三人の美形の姿があったとか、なかったとか。




最後雑じゃなこれ。手直しするかも。

平成コソコソ噂話

実はベディヴィエールは人を抱きしめる行為に憧れがあります。
何せ生まれつき隻腕なので、両腕で好きな人を抱擁することは出来ず、最愛の子供を片腕でしか感じられないので。血の通わない義手では暖かさを得られないのです
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