隻腕の騎士、浮遊城に立つ   作:食卓の英雄

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プログレッシブ見たって言ったろ?つまりそういう事だ。


βの終わり

『キシャアアアアッ!』

「フッ!ゼアァッッ!」

 

 βテスト最終日、三人の人影が迷宮区を駆ける。疾走するそれらを阻むのは『オロチ・エリートガード』。上半身が人型で下半身は大蛇のモンスターだ。特殊なルーチンワークを積まれているらしく、これまでと違う攻撃パターン等で翻弄してくる強敵だ。

 

 ガギンッ!

 甲高い音が迷宮区に鳴り響き、大男の鎌が弾かれる。その隙を逃さず、尻尾による強烈な一撃で味方に向かって吹き飛ばされた。

 

「グウゥ…!」

「失礼、大丈夫ですか?」

「あ、ああ、大丈夫」

 

 肩を支えられ、起き上がる。謝礼もそこそこに、再び立ち上がる。この強敵を早く倒してしまわねば…!

 彼の頭の中にあるのはそれだけだった。何をそんなに急いでいるのか。

 

《βテスト終了まで、後30秒》

 

 無機質なアナウンスが響き渡る。それを聞いた男の顔はより一層険しくなり、焦りを隠せない様子で目の前の存在へと斬りかかる。

 しかし、腐っても現状最高階層のモンスター。厄介なカタナのソードスキルと素早く不規則な動きに中々攻めに回ることができない。

 

《βテスト終了まで、後25秒》

 

 焦りが募る。最早防御などかなぐり捨てて攻撃だけを苛烈に行うが、決定打にはなりえない。

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

 

 最後の最後、渾身の一撃が防がれる。最早、これでは間に合わない。諦観に膝をつきそうになるその隣を、漆黒の風が通り抜ける。

 

「―――!」

 

 通り過ぎざまに三閃。それだけで自らの前に立ち塞がっていたモンスターは軽快な音と共に虚空に消える。

 あまりの事に理解が追いつかず、ただ走り去るその背中を呆然と眺めている。

 その男が向かっているのはこの迷宮の最深部、階層の終わりたるボスフロア。

 立ち並ぶ柱と灯る松明が古代の遺跡然とした広間を照らしあげ、男の移動に伴って影が大袈裟に揺れ動く。

 

『ギャシャアァァァァッ!』

 

 呆然とする鎌使いへと剣撃が迫る。そう、モンスターは一体だけでは無い。今しがた斬り殺されたものとは別個体のそれが赤いエフェクトを纏わせて躍りかかる。

 しかし、それよりも早く視界の端から銀閃が迸る。繰り出された腕が切断され、部位破壊エフェクトと共に中途半端なソードスキルが中止される。予想外の出来事に目を剥くと、背を押された。行きずりでパーティーを組んでいた剣士だ。

 

「レディ、我々も続きましょう!」

 

 その一言にハッと我に返る。まだ、まだ終わっていないのだ。硬直しているオロチ・エリートガードから目を離してこの広間の奥、ボスフロアへと続く大扉へ駆ける。

 

《グルルルァッ!?》

 

 予想外の全力逃亡に驚愕とも怒りともつかない雄叫びをあけるが、技後硬直からは抜け出せない。

 

《βテスト終了まで、後10秒》

 

 走る。走る。β期間中に高めた敏捷値ステータスをフルに活用して。

 

《9、8…》

 

 目には最早他の事柄など映っていない。ただ前を往く剣士と、今まさに開きかけている扉。先のボスフロアから白い極光が漏れ、視認することができない。

 荒れる息すら意識に遠く、いつかに見たハムスターの如く足を回転させる。

 

《7、6…》

 

 無理だ。

 今のこの速さでは届かない。極限まで近づく事は可能だが、その先を拝むことは出来ないだろう。

 どこか冷静な頭の片隅では悟り、諦めが渦巻き、そんな弱気を認めない心と体はこれでもかと奮起する。

 

「武器を捨てなさい!少しはマシな筈です!」

 

 背後に迫る男の声に反射的に従い、ガラリと音を立てて迷宮区へと投げ捨てられる。フォームが走ることのみに特化する。

 

《5…》

 

 もう扉は殆ど開き終わっている。最早一刻の猶予もない。このアバターの長い手足を活かして距離を伸ばす事だけに専念する。心做しか、速度が増した様な気がした。

 

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ…!」

 

《4…》

 

 扉を、光の先へ突き抜けた。

 すれ違う瞬間、前を行っていたプレイヤーの顔が露わになる。如何にも勇者然とした好青年な顔立ちは猛スピードで横切るこちらに目を丸くして立ち竦む。

 体力テストの日でさえここまで全力を尽くした事は無かった。当然、そんなものが急に止まれる筈もない。足を盛大にもつらせながら視界に捉えたのは、和風を旨とするこの階層の特色が目立つ、櫓と陣幕に囲まれたボスフロア。

―――その最奥、篝火に照らされながら佇む鎧武者の姿があった。

 

『カガチ・ザ・サムライロード』

 

 戦闘開始を表すHPバーが現れ、大太刀が空を切る。大気を震わせる咆哮が轟き―――――

 

 

 

――――世界は真白に染まった。

 

 

 

《βテストは終了しました》

 

 否、世界が白く染まったのではない。『ソードアート・オンライン』というゲームが消えたのだ。それはなんの感慨も及ばせない程に素早く行われ、四つん這いのこの身も拘って作り上げたアバターではない。

 

 所詮はβテスト。本格的な配信の前のお試し、及びに様々な要素の確認。テストとつけられているからには理由がある。

 

 二か月の努力が水泡に帰す。受験勉強を進めながらも考えだしたビルドが、迷宮区を練り歩いて集めたドロップアイテムが、強化に強化を重ねた装備群も全て、二度と復旧することはない。

 

 まるで胸に大きな穴が空いてしまったような喪失感が襲い来るが、何もそれだけではない。

 最後の最後、ようやく10階層ボスモンスターを拝む事が出来た。あの時、あのプレイヤーの言葉が無ければきっと間に合わなかっただろう。そして多分、私はそれを根に持ったはずだ。何となく分かる。

 

「…ふう」

 

 いつまでも留まっている理由も無く、ログアウト。頭部をすっぽり覆うナーヴギアを取り外す。

 さらり、と濃紫がかった黒い長髪が垂れる。今まで仰向けの態勢だったからか、伸びをしたときにポキポキと小気味良い音が鳴る。

 

「あー…楽しかったぁ!正式リリースが俄然待ち遠しくなっちゃった!」

 

 βテストで鍛え上げたものは何も残らない。しかしそれとこれとは話が別だ。勿論、後ろ髪をひかれる思いがあるのは否定しないが、最後にやりきる事だって出来た。今度は、自分の実力で先に辿り着いてやる…!

 

 しかしまあ、奇特なプレイヤーもいたものである。まさかあんなギリギリの状態で他人を先に行かせるなんて。…というよりも、何故意図に気づけたのだろうか。

 まあ、別にいいか。プレイヤーの数だけその思想がある。そういう人があそこまでガチガチの攻略をしていたのは不思議だけど、そういうこともあるのだろう。

 まあ、β版をあれだけやり込む程の人だし、正式にリリースされた日にはきっと我先にと入り込むだろう。

 190近い身長に、後ろに結んだシルバーの髪。碧眼の似合う整った顔立ち。凝ったアバターなだけによく覚えている。大多数のプレイヤーはいかにも冒険者といったイケメンさだが、それとは一線を画していた造形には思わずほうと唸ったものだ。

 

 次にあった時には、お礼でもしてみようかな。β版で作ったアバターはそのまま引き継げるらしいし。

 

 ますますもって一ヶ月後が楽しみになって来た。それまでに、スタートダッシュを決めるチャートでも…いや、明日奈も誘ってみようかな。

 バイバイ、βテスト。待ってろ、正式サービス。

 その合間にも、感覚は忘れないようにしとかないと…。

 机にあるメモ帳に今思いついた事を殴り書きして、部屋を後にする。

 

(あれ…?)

 

 汗を流す為、シャワールーム前まで赴き、ふと気づいた。

 

「なんで女って分かったんだろう?」

 

 思い返されるのは男の一言。あの時確かに『レディ』と言ったのだ。中性的なアバターなら兎も角、筋骨隆々の大柄なおじさん、といった容姿だった筈だが…。ひょっとしたら私が気づいていないだけでリアルの男女を区別する何かがあるのかも知れない。

 そう考え、プレイヤー名『Mito』。実名『兎沢深澄』は大きく息を吐いた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「だあぁぁぁっ!?最後の最後で越された!」

「ちょっと和人ー?そろそろ寝なさい。明日学校でしょう?」

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「明日奈、いつまで起きているの。模試も近いんでしょう?」

「うん、大丈夫。ちゃんと分かってるわ」

「…ならいいのだけど」

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「βテストも終わりか…」

 

 成程、確かに面白かった。生まれてこの方ゲーム等してこなかった身からすると、理解しきれない部分もあったが、そんな私でも時間を忘れて熱中してしまう程に楽しめた。

 …欲を言えば、彼女と共にあの世界を駆けてみたかったが。

 

「さて…製品版はどうしましょうか」

 

 正直に言ってしまえば、私は彼女が手掛けたゲームをしてみたかっただけで、その目的自体は達せられている。

 彼女の遺作となった作品ではあるが、彼女が少しでも開発として関われた階層は7階層までらしく(制作クレジットに名前があったのが7階層までであった)、その上は彼女の死後に作られたものだ。これ以上は他人のゲームという事になる。

 

 確かに、そこまで娯楽というものに触れない中で出会えた趣味の一つではあるが、そもそもゲーム自体は好きでも嫌いでもないのだ。魅力はあれど、もう堪能したというべきか。

 

「……やはり、それに時間を割きすぎるというのも―――っ!?」

 

 何だ?何か、強烈な悪寒がした。あの時、妻が亡くなった当日にも同じような予感はあった。本能的に理解している。この警告は無視してはいけない。

 

 しかし、それと同時に何故?という疑問が滲み出る。

 ゲームである以上、現実の容姿も何も知らなければ、関係の無い他人だ。それに、遊びで現実の世界に何の影響があるのだろうか。ましてや、一会社が大々的に宣伝している看板商品。不具合や安全管理はこれ以上ないものになる筈だ。

 

 自分は一体何を案じているのだろうか。

 

 正体不明の予感に苛まれ、沈黙と思考を繰り重ねる。その鋭い眼差しの先には、『アーガス』の公式サイト、SAO情報を纏めるページが明るい水色で表示されていた。

 

 

―――SAO正式サービス開始まで、あと一ヶ月。




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