《兎沢深澄のあまり人に言えない秘密》
実は必要以上にベディヴィエールを素材集めに連れ出している
―――第一層攻略から、早くも5ヶ月近くが経過した。
一ヶ月で一層を攻略したことからもっと時間がかかるのかとも思われたが、やはり彼らも生粋のゲーマー。あらゆる面に於いて慣れてきており、着実に攻略階層を増やしていた。
そして5ヶ月もあれば、様々なことが起こった。
アスナがギルド《血盟騎士団》に入り着々と名を挙げていたり、今まで燻っていたプレイヤー、絶望していたプレイヤーが程度の差はあれ積極的に活動を始めていた。今最前線に立っているメンバーだけでは何れ無理が来るだろう。万が一の戦力の低下に備えるにしても、そうでなくとも、新しい前線プレイヤーが増えてきているのは事実だ。……当然、その中にはベディヴィエールの言葉に奮い立たされた者もいる。
前からディアベル、キバオウ、ヒースクリフが率いる大手ギルドは、最早プレイヤーの中で知らぬものなど居らず、中層プレイヤーからは尊敬と羨望の視線を一挙に集めていた。
そう。
25階層攻略時、他の2つのギルドに比べ旗印的存在のいないALSは一歩格下…だというのがプレイヤーからの印象だった。それをリーダーのキバオウも分かっていたのだろう。
故にこそ、自分たちのギルドのみで
…それが、悲劇を呼んだ。
功に焦った彼らは偽の情報を掴まされ、間違った情報のままにフロアボスに挑んでしまったのだ。彼らとてこれまで最前線に立ち続けてきた熟練者達。これが並のボスならば被害も抑えようがあったのだろうが、4分の1地点としてこれまでのボスモンスターと比較にならない強さを持っていたのが災いした。
途中でベディヴィエールらが割って入り、そのまま両ギルドも合流して、やっとのことで倒したのだが、ALSの被害は甚大だった。
最前線で張っていた彼らはほぼ全滅。キバオウを除いて両手にも満たない程のメンバーが生き残っていたが、べデヴィエールらの手出しが遅れていたら、それこそキバオウ一人のみが残されることになっただろう。
当然そんな有様ではギルドを続けていくこともできず、ALSは実質的に壊滅状態に陥ったのだった。
そして、それを乗り越えた26層にて、彼らが何を行っていたのかと言えば……。
「はあっ!!」
「ぜぇあっ!」
影が交わる。鉄の打ち合う硬質な音が響き渡り、その度に地面にエフェクトが舞い上がり、目まぐるしく動く戦況は白熱する。
「そこです」
「っ…!」
大鎌の柄を回転させ、剣の軌道を反らしては行くが、次第にそれすら追いつかなくなり、次第に反撃の手数も減っていく。
これは不味いと察した大鎌使いは下から上へと克ちあげるような軌道で大鎌を振り、けれどその軌道に合わせた急接近に対処出来ない。
そして――――。
「あっ」
大鎌を内側から掬い上げられ、無防備な腹部に三閃。決して見えない速度でもないのに、滑らかに撃ち込まれた剣に反応できなかった。
「……私の負け、ね」
「ええ、いい勝負でした」
大鎌の主、ミトのHPが半分に減り……。視界にデカデカと《LOSE》と書かれたホロウィンドウが浮かび上がる。
場に張られていた特殊なフィールドが霧散し、互いのHPが元に戻る。
今行われていたのはSAO内に存在する三つのデュエルの内の一つ、《半減決着モード》による決闘だ。
《半減決着モード》はその名の通り互いにどちらかのHPが半分を過ぎたら勝敗が決まるシステム。デュエルには他に2つ《完全決着モード》、《初撃決着モード》もあるが、デュエルでHPが全損した場合そのまま死亡してしまう《完全決着モード》はデスゲームと化したSAO内ではまず選ばれない。
では《半減決着モード》はどうかと問われれば、これもまた行われていない。
何故なら、半分ギリギリまでHPを削り、万が一にも火力の高いソードスキルでも当たってしまえばそのまま全損してしまう可能性だってあるのだ。これは同レベル帯であっても軽戦士と重戦士などのビルドの違いによってはありえてしまい、過去にこの仕様を悪用して《
よって、現在一口にデュエルと言えば専ら《初撃決着モード》のことを示している。
……のだが、今回行われたのは《半減決着モード》。万が一があり得てしまうそれを不用意に行うわけにはいかない。よってある
「前回の反省は活かせていましたが、そちらに注力するあまり積極性に欠けていましたね。証拠に、殆ど鎖鎌には変えていませんでした。仲間がいる状況や生き残る分には十分ですが、ミトの強みであるトリッキーな動きが活かしきれていない。特に、防御力を捨てたピーキーなスタイルの貴女では押し切られてしまうでしょう」
「…分かってる。今回もありがとう。やっぱり
それは
更に、この決闘はもう一つの重要な要素を鍛えるために行われているのだ。SAOはシステムの関係上、例え現実では持つことすら出来ないような大斧だろうが達人のように振り回すことを可能としているが、その裏に、本人の剣技が重要なファクターとして入り込んでいるのだ。
ソードスキルは高火力でシステムが勝手に体を動かしてくれるが、その動作にはある程度の干渉が可能なのだ。システムの動きに合わせて自身もその剣技をなぞることで火力を上げたり、軌道を僅かに変更することが出来るのである。
そもソードスキルというのも硬直時間や一度放ったら止めるわけにはいかないという性質上、そう連発するものではない。勿論チャンスがあれば叩き込む方がよいが、全ての戦いがそうであるとは限らない。
やれるうちに、やれるだけのことをやっているに過ぎないのだ。これからもシステムのみに頼った戦闘では生き残れない。だがモンスター相手ではプログラムされた行動しかとれず命の危機もある。故に、このような小手先の技術を培うには、これが最適の方法なのである。
因みに、ミトのこれまでの戦績は0勝42敗である。トリスタンとベディヴィエールは互角の勝負を繰り広げているが、ミトはそのどちらにも1勝も出来ていない。
いくらリアルでの剣術の経験差というものがあったとしても、SAOでも最上位にいると自負していたミトの自信はボロボロだ。
ソードスキル込みなら勝てるということでもないのは言わぬが花である。
「続けますか?」
「ううん、やめとく。色々と素材も集めたいからね」
立ち上がったミトは体を軽く動かすと、ぐっと伸びをすると、メニューを呼び出す。
ウィンドウを見ながら、必要な素材やマップ等の情報を整理する彼女にベディヴィエールも近づき、二人でその効率や作戦などを話し合っている。
纏まったのか、リストにメモ書きとしてそれらを次々と入力していく。しかし、その量はとても個人で扱う量ではない。
全員分の装備を一新する、という目的ならばいざしらず、その中には彼らの装備の要求素材ではないものも多く含まれている。
その理由は―――
「それにしても、前線で戦いながらよくここまで熟練度あげれたわね…」
「きっと気質が向いていたのでしょうね」
スキル一覧に燦然と輝く『防具作成』のスキル。『鍛冶』スキルで必要なスキルの一つ。その名の通り素材を消費して防具を作ることが可能になるスキル。
アスナを置いて逃げ出したことと、ある出会いがきっかけでこの路も進み始めたが、これが全く馬鹿にできない。
戦うことは止めていないが、それでも防具というカテゴリに於いては現段階のプレイヤーメイドと比べても頭一つ抜けているだろう。
何せ、パーティを組んでいる三人は誰もがトップクラスのプレイヤー。偶にキリトやアスナ、エギルに風林火山なんかを巻き込んで素材を集めたりしているため熟練度も資金も潤沢だ。
因みに、作成した防具の中で使用しないものはエギルの店に卸して貰っている。大々的に名を売るようなことはしていないが、今ではその防具を目当てにエギルの元へ訪れるプレイヤーもいるのだとか。
当然、今の彼女たちの防具もミトの作品である。
「キリト辺りが聞いたら複雑な顔をするんでしょうね。彼、ソロプレイ用のスキルとか戦闘用しか取ってないから」
「ですが攻略組の中にも戦闘向きでないスキルを所有している方もいらっしゃいますよ」
身近な人物で言えばアスナやエギルだろう。アスナは『裁縫』を、エギルは商売用の『鑑定』系スキルなどだろうか。
ベディヴィエールが不思議そうに言えど、ミトは大きく溜め息をついて言い放つ。
「そりゃあ、アスナ達は本職の熟練度が一番高いからね…!」
ここで、彼らの保有するスキルでそれぞれ最も習熟度の高いスキルを羅列しよう。ベディヴィエールは『野営』。ミトは『防具作成』。そしてトリスタンは『竪琴』。
はっきり言って、戦う気がゼロの集団である。これがまた、ゲーム後半であるならば両立させることも不可能ではないだろうが、まだ前半も前半である現状でこれなのだ。
そのくせ、これでこのゲーム内でも上澄み中の上澄みなのだからまったく巫山戯た話だ。
それを深刻なものだと理解していないベディヴィエールに対して呆れを滲ませるミトだが、それもそこそこの付き合いで慣れたらしい。
話を切り替え、今回のレベリング兼素材集めに出立するためトリスタンにも声をかけようとして………。彼がこの場にいないことに気がついた。
「トリスタンは?」
「…そういえば姿が見えませんね」
言われて初めて気がついたのか、ベディヴィエールも同意して彼の部屋へと向かうが、反応はない。
「外へ出かけてるとか…?」
「……プレイヤーネーム指定のメッセージが届きませんね。だがパーティメッセージ自体は送信出来る…と。ダンジョンにいるのか……」
「この階層にいないか、ね。彼ならどうせ大丈夫だろうけど、私達に何も言わずに出ていくって…。前から思ってたけど、一体いつも何考えてるのかしら」
やれやれと過去の奇行を思い返しため息一つ。中々毒を吐くが、これも既に何度目だか。
一週間前なぞ、戦闘中急に援護が途絶えたと思ったら、木に寄りかかって爆睡していたこともあったのだ。何とかそこは切り抜けたが、まさか己の命の掛かっているゲームの戦闘中に睡眠する輩がいるとは誰も思わないだろう。
「……その説はすみませんでした。これも普段から気にかけていれば…!」
「いや、いいよ。もう過ぎたことだし…。………それじゃあ、取りあえず二人でやろっか。パーティ間ならメッセージは送れるし…」
慣れた様子で謝るベディヴィエールを不憫に思いつつ、トリスタンは抜きで本来の目的を遂行するらしい。多少効率は落ちるかもしれないが、これでも安定して狩り続けることは出来る。後は、そこに他のプレイヤーが来るまでにどれほどドロップするかの勝負だ。
「まずは南エリアの―――――」
標的を言葉にして、二人は駆け足で狩り場へと向かう。
結局、その日は運が良かったのかかなりの素材をあつめることは出来た。しかし、終ぞトリスタンが合流することはなく、就寝前にふらっと姿を表しただけであった。
「このパーティみんな非戦闘系スキルが一番熟練度高いんだぜ」
「へぇ〜。いいんじゃない? 人それぞれだし。どんなの?」
「それぞれ『野営』『防具作成』『竪琴』」
「…?? 何の集まり?」
「これで攻略組らしい」
「???」
「しかもその中でも一握りの強さだとか」
「何で?」