隻腕の騎士、浮遊城に立つ   作:食卓の英雄

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ベディヴィエールの口調が分からんけど、一応別人だし多少の差異は許して……。


隻腕の騎士、浮遊城に立つ

 本日一時をもって正式サービスが開始となった初のフルダイブ型VRMMORPG『ソードアート・オンライン』。

 発売日には三日前からゲーマー達の行列が店舗には溢れており、初回ロットである一万本はものの数分と持たずに完売した。

 

 

―――アインクラッド第一層『ホルンカの森』

 

 

 『はじまりの街』から北東に草原を抜けた先にある深い森地帯の一部であるそのフィールドの一端、そこにベディヴィエールはいた。

 時刻は二時半、ログインと同時に最低限の装備を整え、最短距離で駆け抜けていた。当然、プレイヤーの影も形もない。間違いなく、ここが現在の最前線である。

 ベディヴィエールは初期装備である『スモールソード』を体の一部かのように自在に扱い、群がる植物型モンスター『リトルネペント』を一蹴する。

 

 外見は1メートル程の巨大なウツボカズラに、人間の口がつけられたような姿で、短剣のように鋭く尖った蔓を生やすモンスターだ。

 その気味の悪い見た目が、VRで映るのだから、その特性と合わせて嫌われ具合も一入だ。

 そんなネペントを通り過ぎざまに一閃、二閃、三閃、四閃。相対していた個体と合わせ、計五体のターゲットをとる。

 

 MMORPG、或いはSAO経験者からすれば、愚策とも取れるこの行動。自分よりも格下のモンスター相手ならばこれ程のターゲットを取るのもあり得るのだが、ベディヴィエールのレベルはこの時1。レベル3のネペントのネームタグはやや黒がかった赤を示している。

 数で囲まれれば、それだけ注意を割く必要が出てくる。個別に五体を倒すよりも遥かに重労働を強いられるだろう。

 

 しかし、ベディヴィエールの顔は別種の緊張を孕んでいた。

 目の前の強敵では、その翳りを一時でも忘れさせることは出来ない。

 四方から伸ばされる蔓を躱しながら切り払う。相手の体力を示す緑色のバーが一割ほど減少した。続けて吐き出された溶解液を大きく左回りに旋回し、進行方向のネペントを的確に刻んでいく。無駄は無く、それでいて舌を巻くほどの連続攻撃。瞬きをする間も無く、三体のHPがイエローゾーンに突入する。

 そして対岸の二匹が復帰し、直線上に並んでうねうねと蔓をしならせながら迫りくる。

 

 それを確認するや、素早く手元を動かして長槍をその場にドロップさせた。はじまりの街で買える、何の変哲もない普通の長槍だ。

 SAOでは、基本的に武器を二つ以上装備することは出来ない。よって、武器を切り替えたければ、メニューウィンドウを開き、自身の装備フィギュアに入れ替えたい武器をセットしなければならない。

 ベディヴィエールの装備フィギュアにはスモールソードのまま変えられていない。本当に、ただその場に『ドロップさせた』だけなのだ。

 

 左腕の剣を地面に突き刺し、足で掬い上げた槍を構えた。後、渾身の力を込めての投擲。流線を描いて飛翔するそれは弱点である茎を容易く貫通し、二体のHPバーを纏めてレッドゾーンへと誘った。

 最後に大きく飛び出し、水平に構えた刀身に薄緑の光が纏い付く。勢いよく繰り出されたソードスキル『ホリゾンタル』はシステムのアシストとベディヴィエールの体捌きにより通常とは比べ物にならない威力を発揮し、五体全ての体を爆散させる。

 この間、実に40秒。

 

 危なげなくこれを一掃したベディヴィエールはしかし、歓喜を滲ませる素振りすらなく、何かを探すような視線を周囲に巡らせる。新たに湧いたネペントを斬り捨て、ベディヴィエールは己の内に燻る予感に心を悩ませていた。

 

(やはり……何か胸騒ぎがする)

 

 一ヶ月前、βテスト終了と同時に湧いた予感は時間が経っても消えることはなく、むしろ日を追うごとに増すばかりであった。

 

『キョエエッ!』

 

 目の前に現れたネペントは奇怪な雄叫びを上げ、ベディヴィエールへと襲いかかる。流れ作業の様に発動させた『ホリゾンタル』を行使しかけ、その頭に垂れ下がる物体を見て軌道を無理矢理修正した。

 

 ネペントの頭部には、今にも破裂しそうなでっぷりとした赤い塊がついており、これこそが一部プレイヤーを恐怖のどん底に陥れた陥穽だ。実はこの「実付き」は少しでも頭部の実に衝撃を与えてしまうと特徴的な色と匂いの煙を吹き出し、フィールド上のネペントを呼び寄せ、脱出困難な包囲網を築くのだ。

 SAOのゲームシステムの関係上、フィールド毎に一定時間でPOP出来る上限は定められており、枯渇させていれば問題は無いが…生憎とここまでたどり着けているプレイヤーはベディヴィエールのみであり、当然POPはほぼ最大数残っている。

 

 それを知っているベディヴィエールは―――()()()に薙いだ。

 

 強烈な一撃はネペントのHPをゼロにまで追いやり、同時、実の中身を撒き散らした。

 薄暗い森、煙で遮られた視界の中に次々と赤いカーソルが現れる。シューシューという独特の呼吸音と蔓が地面を叩く音。集まったネペントの数は200は下らないだろう。

 β時代、ある程度狩りを続け、POP率を減らした状況でかつ、安全マージンを超えている四人組のパーティーという条件か揃って尚、全滅したという恐るべき規模の軍団。

 しかし、その状況下にあっても焦りはない。むしろ、この状況こそがベディヴィエールの望んだものなのだから。

 

 冷静沈着。忠義の騎士は来たるべき何かに備えていた。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

『これはゲームであっても遊びではない』

 

 ここから先は、特筆すべき所はない。この世界を創ったゲームマスター、茅場晶彦によってログアウト不能、HPがゼロになると現実世界でも死亡するという事が明かされただけだ。

 

 そして配られた鏡。これにより、ゲームの象徴であるアバターは消え失せ、現実世界の肉体が露わになる。ベディヴィエールも同様だが、元々現実の写真からアバターを制作した為に特に変わった部分はない。

 

 否、最も重要な部分が置き換わっている。β当時と変わらぬアバターの精緻な質感の右腕は無機質な鈍色に置き換わり、周囲の光を反射して鈍い輝きを放っていた。

 感覚は残っている為、問題は無いようだが、それが却ってこの異様な風体を強調させてしまっている。

 この腕の正体はキャラセレクト前のテストキャラクターのポリゴン体であり、右腕を感知出来なかったシステム側のやむを得ない処置、バグにも近しいものなのだ。

 

 当然、開発は疎か、ゲーム自体に詳しい訳ではないベディヴィエールには預かり知らないことである。

 

 混沌と恐慌渦巻く広場にて、多種多様―というには男女比、人種共に偏りすぎている気がしなくもないが―の人が入り混じる中、ベディヴィエールは冷静に物事を俯瞰していた。

 

(この騒動の最中外へ飛び出した彼ら…恐らく、私と同じβテスター。…プレイヤーをこの場から解放しようと動いている……訳ではありませんね。残念ですが…)

 

 ちらと、再び周囲を見渡す。

 焦燥を募らせるプレイヤーの殆どは、この理不尽で絶望的な状況に思い思いの行動を取っている。怒り、嘆き、現実逃避……いずれも、とても良いとは呼べないものだ。

 

(賢い選択は彼らの様にいち早く抜け出す事なのでしょう。

 

……しかし)

 

 祖父に聞いた話と、幼き頃に読み耽っていたアーサー王伝説、そして、この世界を思い描いていた妻を思い返す。

 

(私は円卓の騎士、忠義の騎士であり、恐るべき膂力のベディヴィエール卿の末裔!我が両親も尊敬に値する人物だったと聞く。…どんな状況下にあっても、この心は揺らぐものではない!)

 

 ベディヴィエールは一人、広場の正面に当たる、黒鉄宮の屋根に飛び乗る。

 

(何より…この世界を思い描いた彼女の夢を、彼女が手掛けた世界を、恐怖の象徴に等させてはいけない…!)

 

 不信感を募らせるであろう右腕は白いローブで覆い隠し、広場全てに響き渡る程に声を張り上げる。

 

「皆さん落ち着いて下さい!あの茅場晶彦と名乗る人物の意図は分かりませんが、パニックになるのは頂けません!その不安や気持ちは承知しますが、一旦冷静になるべきです!」

 

 言い争いや掴み合いをしていた者たちは皆声の主のいる方向を見上げ、少しの間放心する。

 

「まずは冷静に今後の事を考えましょう!不得手な者、戦いたくない者は結構!意思のある者だけがフィールドに出ればいいのです!救助があるにせよ、攻略するにせよ、生き残る事が最優先です。決して、自暴自棄にはならないで下さい!」

 

 ただ漠然とその言葉が耳朶を打ち、鈍くなった頭で考える事数秒。意味を理解した彼等は瞬間、堰を切ったように怒号を上げた。

 

「〜〜巫山戯るなっ!?」「落ち着けだと?これが落ち着いていられるかっ!?」「なんなんだお前!」「引っ込め馬鹿!」「この現状が分かってないのか!!」「もう嫌っ!」「こんな時に何言ってんだ!」

 

「…っ!一先ず、話を」

 

「だからその話が意味ないんだよ!?」「だっ、大体お前!アバターのまんまじゃないか!?」「そっ、そうだ!あいつも仲間なんだよきっと!」「俺たちをここから出せ!」「死ね!」「茅場晶彦を出せ!」

 

 やはりこの様な状況では人間まともな思考を出来る者は少ない様で、心ない罵倒や罵声がベディヴィエールに叩きつけられる。

 頭では理解する者もいるが、納得は出来ない。行き場の無い感情の嵐が調度いい矛先を見つけた。

 

 こうなってしまうと、何を言っても火に油を注ぐだけだろう。ベディヴィエールはこの惨状に言葉を詰まらせる。一体どうすればいいのかと。言葉を選び、悩み、考え、いい案は出てこない。合理的な考えは浮かべど、それでは意味がなく、心に訴えかけるには信頼が圧倒的に足りない。

 正に四面楚歌。折り重なった悪感情が牙を剥こうとし―――

 

―――不意に、一陣の風が吹き抜けた。

 

 春の暖かさを感じさせ、心地良い花の香りが鼻孔を満たす。ほんの数瞬だけ、熱り立った心は鎮静化した。

 

 ピロンッ!

 

 軽快な音と共にメールが届く。

 

(メール…?一体、誰が…)

 

 β時代、フレンドになった関係は多くいるが、正式サービス開始後はこれといった接触は起こしていない。何より、βテスト時のデータは消去され、フレンド他は引き継がれない筈だが…。

 

 そう不審に思いながらも、ウィンドウを操作してメールを開く。

 

『お困りの様だね。

 私はしがないネットアイドルで、君のファン1号……おっと、茅場晶彦とは何の関係もないから安心してくれたまえ。

 手短に行こう。

 彼ら全員に私の書いた攻略本…というよりはガイドブックを配ってくれたまえ。これに序盤の安全策や、危険な情報、様々な知恵を記している。といっても本当に最低限の知識や生活の為だから、その先を目指すには足りないけど…、無謀な戦いや、パニックは防げる筈さ。

 こういうのは最初期が最も恐ろしい。けれど峠を越えればある程度安定はしてくる。そこに至るまでの簡素なものさ。是非とも役立てて欲しい。

 

byマギ☆マリ』

 

 同封されているガイドブックをオブジェクト化し、パラパラと簡単に流し読む。

 内約は記されている通り、最低限の生活を保証出来る方法や、ソードスキルや戦闘のステップだ。ゲームの攻略本としては余りに慎重に過ぎるそれだが、今はそちらの方が都合がいい。

 

 僅かに和らいだ空気に合わせるように、ガイドブックを視界に見えるカーソル全てに向けて配布した。

 

 送られてきたガイドブックを眺め、目を白黒させるプレイヤー達。ベディヴィエールの言葉が続く。

 

「私はβテスターです。これは私…がβ時代の事を纏めてガイドとしたもの。基本的な戦い方や、コルの稼ぎ、ステップを踏んで記した物となります!」

 

 衆目がざわめき立つ。思わぬ情報に驚愕と戸惑いの意を示す。信用するべきか、否か。どっちつかずの空気には、先程の喧騒はない。聞こえてくる声からも険が取れている。

 

 幾人もが迷う中、一人のプレイヤーが声を上げた。

 

「俺は信じるぜ!俺ぁモンスターと戦ったが、ばっちり倒す事が出来たんだ!他のβテスターにも教えられたが、無理さえしなきゃ余裕だぜ余裕!」

 

 その男の言葉を皮切りに、肯定的な意見が散発する。

 

「ああ、信じてもいいかもな。これ。確かに俺が見たのとも合ってる」「俺も一回だけ戦ったけど、コツさえ掴めばレベル1でもこの周辺は大丈夫だと思う…」「そ、そうだよな」「まあ、最悪圏内から出ないで生産職でも…」

 

 場の雰囲気が傾いた。決して良いなどとは言えないが、悲観的に過ぎるさっきよりはマシだ。何より安全性の確保という点に置いて、この情報は万金に値する。

 

「先に外へ出たβテスターの一部はβ時代との差異や難易度の検証、及びルート先行をしてくれています!中には私から直接依頼した者もおりますので、新人を見捨てた訳ではありません!…このガイドブックも、β時代のフレンドや、裏の取れた情報を扱っています!」

 

 そんな事はない。言っている事の殆どはデマカセで、自分が調べた訳でもなければ、依頼など出す暇もなかった。

 しかし、この言葉こそが最も聞きたい言葉のはずだ。少なくとも、今この時ばかりは最善の結果を引き寄せるに違いない。

 

「外からの救援を待つにも、このゲームがクリアされるのを待つにも、生きていなければ出来ません!どうか、どうか希望を捨てないでください!……私からは、以上です」

 

 ベディヴィエールの演説が終わり、広場に沈黙が満ちる。

 街の外へ向かうベディヴィエールには何の反応もない。ただ歩く姿を視界に収めていた。

 

 やがて、どこかの誰かが拍手を鳴らす。それにつられるように、パチパチと音が増えていく。

 人が道を開けるように割れ、その様はさながらベディヴィエールの道行きを祝福するかの様であった。

 

 

 後に、『銀腕の騎士』と呼ばれる事になる伝説の第一頁目が刻まれたのであった。




続きが欲しければ大人しく高評価、或いは感想を送れば、考えてやらん事もないですお願いします(土下土竜)
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