SAOにはスキルスロットと呼ばれるステータスが存在している。プレイヤーはこのスキルスロットに現在取得可能なスキルを選択し、それぞれの行動を行う事で熟練度を上げていくのだ 。
『片手直剣』スキルならば、片手直剣を用いた戦闘を行う事で装備ボーナスや、ソードスキル冷却タイムの短縮といった
レベル1の時点ではスキルスロットは二つ。ある程度レベルを上げるとその度にスキルスロットも開放されていく、というシステムだ。
ベディヴィエールが最初に取得したのは片手直剣スキルと長槍スキル。そして、スタートダッシュのネペント狩りによって上がったレベルにより、スキルスロット枠が一つ増えていた。
選んだスキルは『野営』。アンチクリミナルコード圏外で使用可能なもので、焚き火を設置し、そこを野営地として設定するスキルだ。
効果は野営地として設定した位置から少しの範囲にいるプレイヤーに隠蔽効果を与え、一部のモンスターを寄せ付けない効果を持つ。更に、本来は食料アイテムではないものも調理する事が出来るという物だった。
効果を聞けばかなり優良なスキルのように思えるが、実はこれ、β時代は屈指のハズレスキルとして知られていた。
まず、隠蔽効果は同熟練度で『隠密』スキルの五分の一程しかなく、焚き火の周囲僅か2メートルしか適応されず、使い勝手も性能も悪い。また、モンスター避けになると言っても、効果があるのは動物型モンスターしか適応されず、昆虫型や亜人型のモンスターへは却って察知範囲を広げてしまうというデメリットがあった。
調理は料理スキルとは別物で、あくまで食べられる様にするだけの為、味覚エンジンについてはお察しだ。
当然、限定条件下でしか使えないこんなスキルを取るくらいならば、もっと効果が高く活躍出来るものを使うだろう。
何より、デスゲームと化した今では野宿は相当な危険を孕む行動である。無理に進んで野営するくらいならば、パーティーで安全に進み、就寝は村で取る事が長生きの秘訣である。
「……成程、ここはこういう味で…。おおっ、ここは中々…」
何かいた。否、ベディヴィエールである。
パチパチと弾ける炎に照らされ、何かを頬張っている。
見るものが見れば顔を顰めかねないそれは、ちゅるんと音を立てて喉の奥へと嚥下された。赤くウネウネとした姿は恐らくミミズ型モンスター『ジャイアント・ローチ』の一部であろう。
本来なら、装備強化や作成、及びにコルの足しにされる程度のそれだが……。今やこんなグロテスクな料理へと変貌していた。
曰く、癖や弾力はあるが、慣れたらイケる。レバーとハツの中間の様な味に、青魚の風味と若干の土臭さを残す大ミミズの素焼きはベディヴィエールの口に合ったらしい。
アイテムの整理とステータスの確認も終わらせ、そろそろ先へ進むかと腰を上げる。
時刻は午前ニ時。殆どのプレイヤーはすっかり寝静まっている時間だ。ベディヴィエール本人としては三日間の完徹くらいならば一切のパフォーマンスを落とさないと自負している為、何の躊躇いもなくこんな行動に出ている。
目立つ焚き火のウィンドウを開き、破棄しようとした所で冴えた聴覚がある物音を捉えた。
ポロローン、ポロローン…
確かに聞こえる。確かこれは第一層で特定条件を達成する事で入手できるハープ『銀の竪琴』と良く似通っている。…というより、第一層では店売りのハープは無く、プレイヤーメイドか銀の竪琴しか無く、開始一日で得られる熟練度ではここまで綺麗な音は出せないので、特定は容易である。
しかしまあ、余程の物好きが居たものだと思う。まずこんな時間に活動し、ここまで来れている事と、デスゲームと化した初日にハープを選択するという余裕。そしてまあ、単純に入手条件から。
ベディヴィエール自身が経験した訳ではないのだが、この『銀の竪琴』は『はじまりの街』の初期スポーン地点から後ろへ進み、その先の角のついた兜の飾られている家畜小屋の真ん中の最もトサカの大きいニワトリの下のスケイルメイルのレリーフの右にあるコインを取得し、それをアイテムストレージに入れた状態で最寄りのNPC鍛冶屋内で二時間眠ると、そこの店主が30%の確率でくれるのだという。
何とも頭が痛くなりそうな内容で、開発者は勿論、この条件を調べた奴と入手した奴は一体何を考えていたんだと言いたくなる事間違いなしの意味不明さである。バグか何かと疑う方がまだあり得る。
兎も角、そんな奇行…もとい希少なアイテムをこんな真夜中に奏でるのは一体誰だろうか。だんだんと音は近づき、やがて茂みの奥に一つの影が現れる。
「やっと、追いつきました」
「貴方は…」
赤い髪を肩口まで伸ばし、胸のはだけたシャツを来たその人物は、ベディヴィエールを見つけるや、再びハープを幾度か鳴らす。
「久しいですね。ベディヴィア」
「すみません、リアルの名前を出すのはマナー的にどうかと…」
「えっ…」
沈黙。
親しげに声をかけた旧知の仲にまさかそんな事を言われるとは思っておらず、ただ一言、「私は悲しい…」と呟いた。
◆◆◆◆◆
「広場で貴方を見かけた時は驚きました。日本に来ていたのですね」
「そういうトリスタン卿こそ、5年ぶりでしょうか?」
「いえいえ、卿などと敬称は不要です。ここはゲーム内ですし、私と貴方は友人ではないですか」
閉じかけたウィンドウを戻し、トリスタン――本名、トリストラム・リオネスと談笑する。
トリスタンはこの様な非常事態に、気の許せる友人を目にしたために歓喜し、そのままの足で追いかけていたとの事だ。
途中、偶然にも銀の竪琴のフラグをクリアしたため(つまり寝ている)遅くなったが、何とか辿り着けて良かったとの事。
「卿の活躍は耳にしていますよ。昨年のアーチェリー世界大会、準優勝だったそうですね。おめでとうございます」
「ええ、どうも。しかし、これで嵐矢選手に2連敗ですね…。ゲームから脱出したら即座に鍛え直さなければ…」
このデスゲームという事実さえ無ければ、何てことないごく普通の会話は、彼らの持つ余裕を表している。褒められた事に少々気恥ずかしそうに頬を掻き、質問を返す。
「…ベディヴィエールは何故このゲームに?今までそのような類のものには触れていなかったと思うのですが。βテスターであるとも言っていましたし、何か理由が?」
「ええまあ、……妻が、このゲームの制作に関わっていたのです。彼女の一押しというので、始めてみましたが、中々面白く…。まさかこの様な状況になるとは思いませんでしたが…」
「…それは災難でしたね。奥方はこちらに?」
何気なく放たれた一言。沈黙が場を支配し、複雑な顔をしたベディヴィエールを見てトリスタンはハッと息を呑む。
「まさか……もう既に」
「…いえ、そうではありません。妻は2年前に先立っていますので、今回の事とは関係ありません」
「……そうですか。すみません。不躾でした」
暗くなったムードをどうすべきかと頭を悩まし、咄嗟に未来の事について展望を巡らせる。
「たっ、確か子供が生まれたと聞き及びました。その子らの為にも、早く「……二人共、既に病死しています」……申し訳ありません」
「いえ、卿が謝ることでは…。教えていないのですから知らないのも当然です」
またも気まずい沈黙が訪れ、しばらくの間パチパチと薪の弾ける音が響く。
「では、私も今度墓参りに」
「四ヶ月前に川が氾濫しまとめて流されてしまいました……」
「……………」
「……………」
「待ってくださいトリスタン!私は気にしていませんからっ…!」
「止めないでいただきたい…!ここまで無神経極まりない愚か者など貴方の友として、人として失格です!ましてや死者に関わる事など……!」
強烈に地雷を踏み抜き、避けた先でも誘爆させていった見事なまでの踏みっぷりであろう。
自責の念に駆られ、首を吊ろうとするトリスタンを必死に宥める。SAOでは首を吊ったとしてもプレイヤーのHPが減ったりはしないが、ここは気分的な問題であろう。
「……お見苦しい姿を…。申し訳ありません。では、償いという訳ではありませんが、僭越ながら私から鎮魂歌を…」
美麗なハープの音が身に沁みる。装飾の少ない純銀の竪琴は赤髪の奏者の手の中で弦を震わせ、今は亡き死者への想いを綴る。
このSAOの中では感じる全てが虚構のデータ。
夜闇に浮かぶこの美しい音色すら、ナーヴギアが送った電気信号を脳がそうだと受け取っているだけの事。現実世界に於いては何の意味も持たないそれは、しかし、きっと届いたのだろう。
それは電子世界のバグか、はたまた想いの力がそうしたのか。ベディヴィエールの耳には活発に笑う彼女と、抱えられている我が子を確かに思い浮かべたのだ。
『……頑張ってね、ベディ』
ポロロン、ポロロン。
そう、きっと、届いたのだろう。
いいか、動くな。続きが欲しければ……分かっているだろう?
高評価と感想を寄越せくださいおねがいします。続きが出来るまでな…。
ああ、そうそう。あまりに高評価増えすぎてビビったんだが…