流石に一週間まるまるないのはアレなので、万が一のストックです。なのでこれでストックは尽きました。
《トリストラムの人にあまり言えない秘密》
目つぶってる時は割と寝ていることがある。
みんな知ってる
「早く、早くしないと…!」
一人の少女の顔が今、絶望と焦燥に彩られる。
囲むは数多の食人花。出来の悪いアートの様な口元は厭らしい笑みを浮かべ、少女の命を貪らんと進撃していた。
対する少女の獲物は大鎌。生命を刈り取る形のそれは空に艶やかな紫紺の軌跡を残して食人花達を切り刻んでゆく。
「通してっ……!お願いっ…死なないで」
少女の生命を表す値は既に半分を下回っており、常ならば撤退を視野に入れる状況に陥っている。
しかし、彼女の目に映るのは自らの死ではない。むしろその下、自分のものより小さく表示されるそのゲージは、少女自身のものより低く、今も僅かに減り続ける色は黄色に突入して尚、勢いを緩めることはなかった。
「――
アスナ。それが彼女のパーティーメンバーであり、命の危機に瀕している人物の名だ。
毎秒削られていくHPをただ見つめる事しかできず、今すぐに助けに行けないことに苛立ちを覚える。
それが続くほどに、攻撃はより苛烈になっていき、自らの防御などかなぐり捨てて眼前の障害達を打ち倒す。
全ては親友を救う為。自らが守ると誓った彼女と共にこの世界を生き抜く為に――!
「そんな……」
しかし、彼女の前に新たな絶望が立ち塞がる。アスナのいる上層へ登るための唯一の道。緩やかな傾斜となっているそこには夥しいほどの群れが続々と湧いて出てきていた。
ポーションも残り少ない。果たして、自分が死なずに辿り着けるかどうか。ましてや、一分と経たずに消えてしまう命がある最中での事。
そう、頭では分かっている。絶対に私が間に合うこともないし、あの状況で装備も十分とは言えないアスナが生き残る事が不可能だって事も。
それでも、気の許せる友人…たった一人の親友なのだ。本当の自分を受け入れてくれて、こんなデスゲームに誘ってしまった私なんかと接してくれる子。
「うあああああぁぁぁっっっ…!」
再び、神経の全てを突破する事だけに傾け、鬼気迫る勢いでソードスキルを繰り出す。巻き込まれたネペントは三体。纏めて青い結晶体と砕け散る。
その硬直時間にも、次々と触手は遅い来る。被弾は最低限抑えているが、それでも無傷とはいかない。じりじりと、焦らすようにゆったりとした歩みで死神が近づいてくる。
そこからは、考え得る限り最高効率でネペントを排除し続けた。鎌の特異なリーチを活かし、自らの攻撃を弱点部に当て、道を切り開いていくが………それでも、進めたのは10メートルといった所であろう。処理が遅いのではなく、それ以上の増援が絶え間なく現れているという事。むしろ、一人で相手取り押し進めている事が奇跡なのかもしれない。
募る焦りと最悪の予想がカチリと噛み合い、少女は正気を取り戻した。……取り戻して、しまった。
残りの体力を示す自分のものは赤一歩手前の黄色に染まり、アスナは数ドット程度の赤。それが今尚、減り続けている。
「―――あ…」
喉が震える。叫びたい気持ちとは裏腹に、口からは掠れたような吃音が漏れるだけだ。……私は、今まさに親友の死に様を見届けようとしているのだ。
身が竦んで今までの動きすら覚束ない。とうとう赤にまで達した己の生命線をただ凝視し、幻視する。
アスナのHPがゼロになった瞬間、屈託のない笑みを浮かべていた栗色の彼女は、私が巻き込んでしまった彼女は、高圧電力で脳味噌を灼かれ物言わぬ骸と化すのだと。
「だ、駄目…」
同時、親友という最も近しき人の『死』を認識してしまったせいで、何とか封じ込めていた恐怖心が積もり重なって襲いかかる。
極限状況下、如何に気丈に振る舞っていたとはいえ一中学生に過ぎない彼女に、これを耐えろというのも土台無理な話だろう。
怪物たちの騒音も聞こえない。ただ無いはずの心臓が盛大に脈を打つ。生きているという証であるその錯覚が、却って親友の死を連想させるようで……。
『絶対にアスナを守るから。……一緒に帰ろ』
「ごめんアスナ。約束、守れない……!!」
『Asuna とのパーティーを解消しました。』
―――私は逃げ出した。
結局の所、怖かったのだ。彼女の死を直視したくなかった。生命の灯火が潰える瞬間から逃げたかった。
あの時、トラップにハマってコボルドにリンチされて死んだパーティーがフラッシュバックした。自分もそうなるのではないかという、おぞましい悪寒が込み上がった。
そこからは、あまり覚えていない。このちょっとした空間は幸いにもモンスターはいなかったし、あの場所も目に入らない。
少し考えれば分かるはずだ。私が殺したのだ。
もし私が念を重ねてスプリーシュルーマンを追わなかったら、素人のアスナが実つきを攻撃することも無かった。
いや、もっと前、私がはじまりの街から連れ出さなければ…生き残るという事自体は達せられた筈だ。
いや、それよりも前――そもそも私が誘わなければ良かったのだ。普段ゲームをしない彼女の事だ。きっとお兄さんのハードを使おうなんて考えには至らないだろうし、いつも通りに学校に行って、勉強して、友達と喋ったりなんかして……家族に『ただいま』と言えた筈なのだ。
気づけば、目の前にアスナが立っていた。勿論、本物では無いことなんか分かっている。……顔は、怖くて見れない。
『人殺し』『何で私を見捨てたの?』『そんなにゲームが楽しかった?』
「違っ…そうじゃ……!」
違わない。何も違わない。私は一時の欲求の為に危険に晒し、見捨てたのだ。
『ずるいよ』『私は最後まで闘ったのに、一人で逃げるなんて』『卑怯者』『あなたが私をここまで連れてきたんでしょ』
「ごめん…ごめんなさい…っ、ごめん…ごめん…」
『謝ってももう遅いよ』『いっつもそう。深澄が上手だからって一人で舞い上がって』
「嫌…私、そんなつもりじゃ…」
そして、傷口が開いた。
『
「待っ…アス――」
―――
伸ばした手は宙を掻き分け、やがて力なく下ろされる。
それはまるで、産まれたばかりの赤子が知らず、母親を求める様な仕草であった。
胸の内が虚無感と喪失感に支配される。思考は呪詛に冒され、仮想世界だというのに頭はひび割れそうな程に鳴り響く。
心を覆っている硝子は砕け散り、その中枢に深く突き刺さる。
こんなにも世界は暗かっただろうか。こんなにも、恐ろしいものだったか。暗雲は立ち込め、灰色の雨がしんしんと降り注ぐ。
移動しなければと冷静な部分が顔を出す。
体は竦んで動かない。子供のように、膝を丸めてただ震えているだけだ。フーフーと、何かが漏れる音がする。
私の体ではない。本物の私は今頃病院のベッドに寝かされ、点滴による延命が為されているだろう。この体は、所詮はデータに過ぎない、空っぽな体。だから、動けるはずだ。動けるはずなのだ。
そんな意思とはお構いなしに、体はガクガクと情けなく震え、嗚咽を漏らす。ゲームはどんな感情でプレイしても、決まった動きを出来る。故に、動こうとする意思が勝つはずだというのに…。
これが茅場晶彦の見たい景色だというのなら、なんて趣味の悪い男なのだろうか。いや、そもそも1万人をゲームに閉じ込めるという事件を起こした時点で、既に正気ではないといったところか。
なんて、責任転換をしてみたけれど、関わらせたのは私。私がどうやった所で干渉出来たのはアスナしかいないのだ。
ああ、なんてこんなにも弱い。βテストで最後の最後でボスを拝めたからといって何になるのか。曲がりなりにも強い等と思い込んでいたのだろうか。下手に手を伸ばすから、全てを取り零す。
現実世界ではもう12月になろうかという時。精密に再現された気候はSAO内でも同じの様で、寒風が涙を攫う。
…涙?
そう、涙だ。ぽろぽろと雫が肌を濡らす。いくら最先端の技術で五感まで再現しているナーヴギアとはいえ、液体はあまりに流動的過ぎて、僅かな違和感を感じる。気づけば、頬を伝うほどに長く、衣服を濡らすほどに多く泣いているらしい。
「ふっ…ふぐっ…ぅ…ううっ…!」
…泣く資格なんて、私には無いのに。
私は一体何がしたかったんだろう。私と違って、コアなゲーマーでもない明日奈を誘い込んで、一緒に攻略したいから等と利己的な感情で安全圏から引き摺り出した。守ると誓って、調子に乗って、人が死ぬ所を間近に見ても、『私はこうはならない』なんて慢心した挙げ句、親友を殺した大馬鹿者。
「ううぅぅぅぅ…、うああぁぁっ…!」
そうやって、癇癪を起こした私の耳は、新しい物音を捉えた。モンスターの活動音ではなく、人の足音だ。
「隣、よろしいですか」
返事を待つまでもなく、隣に座り込む誰か。何処かで見覚えのある銀が映える男だった。
ただ、その人は何も言わず、何も話さず、ただ本当に休みたかっただけ。それがまた、誰にも頼れないということを表して、気分が悪かった。
そして、こんな時でも、私の体は睡眠を求めている。あれ程のことがあったからか、泣き疲れたからか、私の意思と相反する気持ちがせめぎ合う。
きっと、ここで眠ってしまったら次に起きるのはあの世になるだろう。そうやって、うつらうつらと、ただひたすら耐えていた。そう、孤独に、独りで。大人に頼るなんて考えはもうない。だって、ゲームは全て数値で決まる。βテスターである私を憎んですらいるプレイヤーも居ることだろう。だから、これからはソロプレイヤーとしての自覚を持たなければいけない。
でも、その前に一眠りくらいはさせてくれる筈だ。そうに違いない。
なんて、都合のいい事を反芻してみたけど、もう限界に近い。思考が沈静化されるのがはっきりと認識する。身体は微睡みに沈んでいく。…相変わらず、優しくないゲームだ。自らの体に爪を立てても、痛みは無いし、眠気が抑制される事は無い。
駄目だと分かっているのに、脳が休めと強要してくる。
そんな眠気に抗っていると、低く、優しく、落ち着いた声が届いた。
「……そのまま寝てどうぞ。番は私が務めます。……見ず知らずの男にこんなことを言われても警戒するとは思いますが、どうか信じてください。………せめて、貴女の夢見が良いものでありますように」
そう、か。なら、少しだけ言葉に甘えようかな。
そんな思考もおざなりに、私の意識は数秒と保たず、安寧の奥へ沈んでいくのであった。
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