ほんの僅か。
でも、それが難しい。
思春期ですもの。
頑張れ可愛い大喜くん。

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アオく続く、その道に

 名前で呼びたい、と思う。いや、ずっと思っている。

 千夏先輩じゃなく、千夏と呼んでみたい。

 とは言え、それは。それは――。

「身の程知らず、過ぎるよな」

 そもそも先輩相手に呼び捨てとか、それかなり酷しいし。女子を呼び捨てって更に難度高い。

 でも俺は、あの人が好きで。好きだから、特別な関係になりたくて。

 だから、呼んでみたい。

 

「いや、勝手に呼べよ突撃バカ」

 アッサリと匡のやつに正論をぶつけられ。俺はその場に膝を着く。

 これは恐らく、衝撃で足腰がやられてしまった。

 昼休みが終わっても、教室に戻れないかもしれない。責任とって俺を運んでくれないだろうか。

「きがるにいってくれるなあ」

 俺のバカさ加減と空回りぶりを舐めるな、出来るもんか。

 先輩のフルネームは「かのちなつ」、五文字。俺が言う「ちなつせんぱい」は七文字。明らかに長い。不合理ではある。

 先輩はいつだって気さくで、誰にでも優しい。俺が突然名前で呼んだって、多分怒らない。多分きっと。

 問題は、俺だ。アダ名で呼ぶことさえ羨ましくて仕方無い俺が、そんな急に距離を詰められるもんか。

 俺はよく、猪突猛進と言われるけど。実際は、迷ってばかりだ。

 正直言って、今の友好な関係は奇跡的なものだ。どこかで歯車が一つ狂ったら崩壊する、仮初めの関係。それをブッ壊すような事はしたくない。好きの反対は無関心じゃなくて、悪意なんだから。

「でもさお前、雛とはいっつも名前で呼びあってるだろ」

 俺は人目があるときは蝶野さんって呼ぶけどな、と匡がパック牛乳を飲み干して言う。

 まあ、そりゃ雛は違うから。あいつを女子扱いするのはなんか違和感というか、分類的には匡と同じセクションだし。

 今さら雛を苗字や敬称付きで呼んだら、それこそドン引きされそうだ。名前で呼びあわないと不自然だし、なんとなく負けた気もする。

「雛と千夏先輩は全然違うだろ。先輩が好きだから名前呼びたいけど、どうやっても呼べないって話してんのに」

「……………………あー…………そう」

 信じられないバカを見るような冷ややかな顔で、匡は俺を一瞥するばかり。

 あれ、何で俺こんな扱いなんだろう。

 

 そして、放課後になって。部活が休みだと、することがないから困る。

 とりあえずなんかないかな、と思って部室に行ったものの、こういう時に限ってまだ誰も来てない。

 待つのも無駄だし、やれやれ大人しく帰るかと部室棟から出たその時。

「ああ、大喜。今日って男バド、休みなんだってね」

 ジャージ姿の先輩とバッタリ、なんとも奇遇なタイミングで出会した。

 周囲に人影はとりあえず無く、先輩も機嫌が良さそう。今こそ、名前で呼んでみる絶好の機会ではないだろうか。

 そう思うけど、でも。

「あ、はい。千夏、先…輩」

 勇気が、出ない。理由なんか、本当はそれだけだ。ほんの少し、勇気が出せたなら。俺はきっと、踏み出せるのに。

「私、今日ちょっと遅くなるからさ。由起子さんにはLINEしたけど、既読付かなくて。大喜からも、帰ったら一応話しておいてね」

「あ、分かりました」

 なんか、家族って感じだな。そう思うと、さっきまでの悩みが解けていく気がする。

 いいじゃないか、呼び方なんか。変に度胸だしてギクシャクするより、現状維持で行こう。そうしよう。

 そう思えば、心も軽くなるし。目を背けただけかもしれないけど。

「じゃ、お願いね。――大喜」

 俺に背中を向け、後ろ手を振って先輩は去っていく。

 それを見送って、十数秒。俺は、ようやく違和感に気がついた。

「え、今先輩……俺のこと……」

 大喜くん、じゃなくて。大喜、と。

 幾らかの躊躇も感じさせない、極々自然な感じで。俺を、名前で呼んでくれていた。

 いや、聞き違いかもしれない。そうでないなら、もしかして先輩も。俺と同じように、考えていたんだろうか。

 しかしこれは、問題だ。千夏先輩が俺を名前呼びするなら、こっちも応えるべきかもしれない。

「ちな、つ……」

 僅か、三文字を口に出してみる。その響きは、余りにも激しく熱い。顔から火を吹きそうだ。

 千夏先輩が家に帰ってくるまでに、なんとか普通に言えるようになるだろうか。

 無理だろうな、死にそう。俺の名前だって同じ三文字なのに、先輩は平然と言ってくれた。やっぱりインターハイに出るような人は違うな、スゴい人だ。

 いや俺だってインターハイ目指してはいるんだけどな。目指しては。

 とりあえず、がんばろう。もっと男磨きしないとな。

 なるべく早く、先輩を名前呼び出来るように。そして先輩が卒業するまでに、想いを伝えられるように。目標は手近な所から、だ。

「さて、元気だしていこうか、ねーっと」

 相手は遥か格上の強豪だ、挑み甲斐があっていい。

 歩き出す帰り道は、夕日に染まって。

 先は長いけど、一歩ずつ進んでいこう。いつかの勝利を目指して。




実はラジオ体操の時の「大喜、一本!」が、最初の名前呼びですけどね。

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