サニティエッタとの出会い!
幼い頃、近所の土手沿いにあった小さな練習場を走るウマ娘達をよく見に行っていた。
見に行っていた、といっても一桁数歳だし一人歩きをさせてもらえない位の年齢だったので自主的にではなかったけれど。
昔はウマ娘のトレーナーをしていた母に連れられて、散歩のついでに顔馴染みの挨拶にでもとそこへ寄って長居することが多く、でも子供な俺は会話に入れず暇で、ウマ娘達が走っている姿をぼーっと眺めていたというのが一番正しい。
その当時はさして興味もなく、横から聞こえる自分が育てたウマ娘はあーだったこーだったと話す声をまるっと聞き流していたけれど、そうして過ごしていた事をすぐに後悔した。
何故なら数年経っていつ頃からか、自分は楽しそうに走るウマ娘を見るのが好きなんだなと自覚したのだ。
年齢一桁の自分に言うのもあれだけど、もっと大人の体験談はちゃんと聞いておけって思った。
まぁ、聞いた所で覚えられる年齢でもないし結局って感じになるんだろうけどさ……。
──風を切って前を向き、力強く大地を踏みしめ、一生懸命に走っていく横顔。
走ることを喜ぶ表情も、気持ちも、勝利の喜びも、敗北の悔しさも、全て人生を楽しむスパイスと言わんばかりの輝かしい生き様。
これらをまるっと指して最初に“レースは人生だ”と表現した人は、なかなかにウマいこと言った。
実際のところ走ることを楽しむウマ娘達にとっては、人生という字にレースってフリガナが振ってあるに違いない。
そうして色々考えていき、母がトレーナーになった理由が何となく分かった。
そして、自分もトレーナーになりたいんだろうという事も。
まだ無名でスタートラインに立ったばかりの彼女達の
観客席という暗い地上から
──俺は、ついにトレーナーになった。
3月半ば。内定貰った後の微妙に暇な時期。
気取って言えば、デビュー前。
現在地、府中駅構内。
トレーナーの資格を取った後はどこか地方のトレーニングセンターか地元地域のクラブにでも所属して育成経験を積んでいくもんかと思ったけれど、俺は最初っから中央でゴーできるらしい。
他人事っぽい言い方だけど、自分でも「え、マジで中央?」 ってまだ思ってる。
そ、中央。
東京都府中市にある日本ウマ娘トレーニングセンター学園。略してトレセン学園。
世間からの評価、日本最高峰のトレセン。
ジャポンのウマ娘レースの中心、中央、わーお。
「そんな所に新人は場違いじゃね?」
なんて素敵な質問は母の笑顔と、昔からよく世話になってる練習場の管理人さんにかき消されて闇へ消えた。
だってあんた中央の資格取ったんだし行きたいんでしょ──なんて言われちゃったら違うとも言い切れないし労せず中央だとは喜びたいけど、こういうのはコネクションって言うんだよ……。
推薦って言えば聞こえは良くなるけど、コネって言うと途端にあくどくなる。
とにもかくにも俺は4月からトレーナーとして本格的に働く訳だけど、今日という日は例外的に「緊急ッ!」と言われて初仕事(?)だ。
今現在俺がここ、府中駅にいる理由でもある。
受験に成功し、田舎から
どうして探す必要があるのか、というのは単純な答え。
「迷子だなんてなぁ」
どうも今日やってくる予定の彼女、新幹線を降りてから東京駅で迷ったのを皮切りに乗り間違い降り間違いを繰り返しあちこち彷徨い、困り果てた末にようやく学園側へ連絡をしたもののそこでスマホのバッテリーが切れてしまったらしい。
お上りさんという言葉がよく似合う出だしで微笑ましいが、到着するであろう時間をとうに過ぎても結局辿り着けていない。スマホが駄目なら電話は当然繋がらないし、現在消息不明という一大事。
どこかの駅で公衆電話を使うとか事情を話して何か借りるかして学園側か家族に連絡を取るという発想を向こうは持ち合わせていないらしく、「京王線のホームを見つけた」との言葉を手懸かりとして残し行方知れずだ。
そんなワケで色々お忙しい学園役職の皆様を手伝えと手隙な新人の俺は駆り出され、こうして駅の中を徘徊する変態と化した。
以前にも北海道から来たウマ娘がトレセン最寄りの東府中と府中を間違え寮の門限に間に合わなかったという話があったそうなので、ここらへんまでは辿り着いてると考え灯台もと暗し的に基本を抑えてみようとやってきたんだがどうだろう?
どうなんでしょう? 駅員さん。
こんな顔のウマ娘を見ませんでした?
「……申し訳ありませんが……」
「あっ、急にすんませんした」
写真見せたら知らないってきっぱり言われた。
よく考えたらそりゃそうかぁ。
ウマ娘の人口自体は少ないとはいえ、トレセンやレース場のあるこの辺じゃウマ耳に尻尾なんて見慣れてるんだろう。いちいち覚えてないか。
仕事の邪魔してさーせんした。でもこの子を見かけたらトレセンまで一報お願いします。
気を取り直し、同じように他を探している同期のトレーナーへ進捗を送ってから歩く。
千里の道も一歩から。アポロだって11号でようやく月面着陸だし、焦らないで地道に探そう。
取り出した写真をちらちら、周囲をキョロキョロ。
……さっきコンビニで写真をプリントしてからは手に持って歩き回ってるけど、俺これ通報されたりしないよね?
怪しさとか不審者オーラが爆発してると思う。
「にしても、サニティエッタか……」
ちなみにその探している彼女の名前はサニティエッタという。
眠たげな瞳、ちょっと癖のある薄紫のロングヘア、左右で色と柄の違う変則的な耳のカバーが特徴。
見た目の特徴には覚えがないけれど、この名前ってどっかで聞いたことあるんだよなぁ。なんだっけ。
上京できる実力なんだし地元で有名って位なんだろうが……。でも東京にずっといる俺が耳にするようなことって?
うーん……。
サニティ、サニティ……は、正気って意味だろ?
エッタはなんだろう。方言由来なのかな。
わっかんね。
捜索に関係ないので今はいいやと脳の片隅に思考を追いやり歩いていると、ポケットに入れていたスマホがぶーぶー震えた。
さっき連絡した同期、桐生院さんからの報告だ。向こうも見つかっていないらしい。
証言があるので乗れたであろう路線は絞れているとはいえ、こんな広い範囲の中で人ひとりそう簡単に見つかるとも──
「わはっはーっ!」
「ん?」
──変な笑い声が聞こえたのでスマホの画面から顔を上げると、下り階段の手すりを尻で滑って行く楽しげなウマ娘の横顔が見えた。
初めて見る筈なのに見覚えのある、というか手元の写真の特徴と一緒の、それってつまり!
「あれ、サニティエッタじゃね……?」
……のんきしてる場合じゃねぇ!
見つけたぞーって文字を打つ時間も惜しいので、桐生院さんへ向けての通話ボタンを押して走る!
「待ちなさぁーい!」
「んゆふふっふー」
俺が階段へ辿り着く頃に向こうは階段下にいて、ふらふらと変なステップを踏みながら人混みに消えていこうとするところだった。
急に声を出したもんだから昔見たアニメ映画の悪役みたいな変に裏返った声出ちゃったけど、でも実際追いかけなきゃ駄目なんだしぃ!
向こうはがらがらとトランクケースを引いてるとはいえウマ娘。見失ったら一息でどこまで移動するか分からんのやぞ!
『──もしもし、
コール&レスポンス!(?)
桐生ちゃぁん! こっちに例の娘がいたわよ!
今府中駅を出てバスターミナルに向かってるの!
「あのウマ娘、人混みに紛れるつもりよ! そんなの許さないわッ!」
『常禅寺さんってそんな口調でしたっけ……?』
「待ちなさぁーーい!」
しかし、妙なテンションで騒ぎ走る俺の行く手を近くの警備員が二人がかりで止める!
どけ! 俺はトレーナーだぞ!
「不審者にしか見えないの分かってる?」
「ですよね」
逃げるウマ娘を追いかけて叫びながら駅を飛び出る男。
普通に通報されたりしてもしゃあないし、そうでなくても近くの警備員は止めるよね。
現行犯逮捕を避けられるだけで捕まりはするかと諦めて、これ以上罪を重ねない内に大人しくする。
えーっと、俺はこう見えてもトレセン学園の関係者でして。
田舎から来て行方不明中だったウマ娘を探しててようやく見つけて急いで追いかけてまして。
というか追ってたわけでして。
たわけでして。
「……本当に?」
トレーナーには見えないぞこのあんぽんたん、と言外に出ている。
片方の警備員へあの娘が迷子な事に違いはないし保護して欲しいとだけとにかく伝え、おとなしく近くの交番まで同行されよう。
一応は学園から警察関係に連絡は行ってるはずだし大丈夫なはず。
てか行方不明者発生ってんで連絡してなかったらまずいし。
え、してるよね?
俺ただの不審者で終わらないよね?
ね?
警備員さんから引き継がれてお巡りさんのターン。
交番で確認のために名前とか身分証明書になるものを出して、質問されて。
せっかく見つけたんだから取り逃がしたくないなぁーと思ってたらようやく納得してくれた。
決め手は学園側に連絡して、俺の名前とか一致させてっていうめんどくさい感じだったけど。
どんだけトレーナー風に見られてないんだ俺。
「ウマ娘に対するトレーナーを騙った変な勧誘とかここ最近増えてますから」
「あー、そりゃ怪しみますね。お疲れ様です」
釈放ッ!
いや逮捕はされてないけど。
見送られながら交番を出ると、丁度良くさっきのウマ娘が警備員さんに迷子として連れられてやってきた。
お巡りさんと警備員さんにウマ娘は軽く質問されて、ぺこりと大きく頭を下げてから俺の方へ顔を向ける。
そして。
「やはやいやはや災難めんぼく。あてをお探しトレーナー?」
……自分と俺を交互に指さして何やら摩訶不思議な言葉を発した。
一応、俺の事を出迎えに来たトレーナーだと認識はしているみたいだけど……。
「えっと、一応確認するけど名前はサニティエッタで合ってるんだよね? 今日からトレセンに来る予定の」
「いかにも! あての名サニティエッタと申したられやあてエッタ!」
よっしゃ! 行方不明者の確保完了!
でも、うーん。なんやその喋り方……。
まず一人称はその、「あて」なの? 珍しいね。
というか何故にトランクケースと左手が手錠で繋がれてるの?
あとそのケースすげぇ頑丈そうだね。幾らしたの?
それと口調や元気な動作に反して無表情がデフォなの? ちっちゃいお口がちょこちょこ動くだけで目元も眉もまったく変わらんよ?
やっっっべぇ。情報量が多過ぎる。突っ込み切れねぇ。
トレーナーとして初めて関わるウマ娘がこれってすごい運だな俺。
とりあえず。
「警備員さんにお巡りさん、ありがとうございました」
「いえいえ。こちらもご迷惑をおかけしました」
「お世話になりましもうしわけ!」
ここに留まっていても邪魔になるので移動しよう。
突っ込みやら聞きたい事やらはひとまずさておいて、んじゃ行こうかーと声を掛けて歩き出すとちゃんと横をひょこひょこ着いてきてくれる。
どこからその油田的情報量を切り崩してやろうかっていう前に、それにしたってエッタ。サニティエッタ。
やっぱりどこかで聞いたことあるんだよ。
どこか、どこかで……あー……。
「……あ、思い出した」
「んゆ? どうかされましトレーナー?」
「あれだ。サニティエッタって名前、掲示板で見かけたんだ」
「んゆふふふ。知られし好評公開公表エッタの評判いかに!」
俺が見た掲示板というのは所謂SNSに分類されるネット掲示板の事で、その中でもこれから有名になるであろう隠れたウマ娘を発掘していくという少し興味を引かれる場だった。
その話題の中でサニティエッタという名前を見かけたんだ。
詳しい評価はどうだか忘れたけど、紹介されてた文言は覚えている。
そうだそうだ。思い出したぞ。
触れ込みは確か、“正気を証明してくれ”。
覚えてる限りだと、確か超大股なストライド走法をしており直線でのトップスピードはなかなかのモノだったはず。
大股なので動作自体はゆったりゆっくりしてるおり、周囲に“自分はまだ速度を出せていないんじゃないか?”と錯覚させペースを乱すのが得意と書かれていたのは印象深い。
直接レース風景の動画を見ていないから想像になるが、大逃げのウマ娘にペースをかき乱されるような状態にするんだろう。
地元での評判というか渾名は道化師。
なぜ道化師かという質問は掲示板にいた他の人間も思ったようで、すぐに質問と答えは用意されていた。
「それよりお腹空きたりしや空腹。右往左往の移動ばかりの断食エッタがかわいそう……」
「飯、食うかぁ」
喋り方や行動が、独特過ぎるというらしい。
その時は良く分からなかったしあっさり会話が流れてしまったので分からず仕舞いだったけど、直接会って数分所か初見の時点ですらこいつの喋りやべぇなってなるくらいにはやべぇ。
流石は道化師。
あとエッタってどういう意味なのか。
桐生院さんに身柄を確保した事と食事を食べさせてから学園へ向かう事、それらを各位に伝えて置いて欲しいと頼んでここから徒歩で向かえる範囲にある適当な飲食店へ向かう。
お上りさんらしくあっちこっちに興味を惹かれながらサニティエッタはふらふら歩き、目的地を前にして何処かへ行ってしまいそうになるのを必死に止めて。
ようやく席に座れた頃にはオラなんだか疲れちまったゾぉ!
この年齢の子に言うのは大変失礼なんだけど、その行動力は5歳時かって思うくらいにはあちこちへふらふらと歩いていきそうになってた。
そら迷子になるわね……。
「何食おうかねー?」
「お腹ペコペコぺこぺっこ! にんじんリンゴにハンバーグ? あてはリンゴの方が好き」
「リンゴ……でハラに貯まるか?」
「もっと食べたき幸せお肉。つまり注文ハンバーグ!」
歩きながらテーブルに貼られているおすすめランチ的なのを指さしたので、それでいいならそれでいこう。
サニティエッタは左手の手錠を外し、それに繋がれていたトランクケースを足元に寝かせてから座ると早速ベルを鳴らす。
行動力の化身かお主は。
まぁご注文は決まってますんでオナシャス。
これとこれとこれ、よろしくでーす。
サニティエッタはスマホも使えないし暇なのか、近くのメニュー表を手に取って何度もペラペラ捲ったり、裏表紙の間違い探しを見つけてじっと眺めたと思えば飽きて全身で暇をアピール。
やっぱりなんだか落ち着きのないウマ娘だ。
俺も話題らしい話題も持ってないし、どうしたもんかなー。
……あ、そういや俺モバイルバッテリー持ってたわ。使う?
てか使ってけろ。
「ん! あては助かりしやお礼!」
「いいって事よ」
端子合ってる? ああ、大丈夫そうだね。
充電できたらすぐ家族さんに連絡取っとけよー。たぶん心配してっからさ。
「むー。我が家一家は心配性」
差してすぐに電源ボタンを長押し。ふっと一瞬画面が光って、すぐ消えた。
まだ充電できてないしゆっくりしとれと言いたいが、言った所でそわそわ具合が収まるともなんだか思えない。
ちょっと走って落ち着いてこいとも出来ないな。店内はともかく外も人通りが多いし。
そしたらここは、大人な俺ちゃんが無い知恵を捻り絞って話題を振ってやろう。
サニティエッタに質問ターイム。
「サニティエッタのエッタってどういう意味なんだ?」
「んゆ?」
ずっと気になっていた事を聞いてみる。
謎手錠や謎口調、謎行動力よりも幾分かマイルドな質問だろう。
「あての名全部はサニティエッタ。しかしでもでも本当は、ヘンリエッタとしとう申すと事情がありてやなりぞよ」
「あーっと、つまり、長かったか被ったりかで略したってこと?」
「そう! サニティヘンリエッタは呼びにくきしてや語呂良く縮めてエッタなり!」
「なるほどなー」
意味とかは無くて単純に、ヘンリエッタの略としてのエッタだったのかぁ。
ウマ娘の名前には文字制限があって、それの回避のために伸ばし棒が略され……とは別だけど気分的にはそんなもんだろうか。
あ、店員さん来た。
サニティエッタの前ににんじんの突き刺さったハンバーグ定食と、俺の前にコーヒーが置かれる。
ほらお前の飯が来たぞぉ。若ぇの食え食え。
「んゆあ? トレーナお食事食事はいずこあり?」
「俺はお腹すいてないから
「……にんじん、食べる?」
ハンバーグから引き抜いたにんじんをでんと一本渡してくれるけど、それも貴女がお食べなさい。
若いモンは何も気にせず笑って沢山食べてくれれば良いのだ。
サニティエッタはまっったく笑わないけど。
写真で見た眠たげな瞳を携えたまま、よく観察すれば微かに眉が上下しているのが分かるだけで口調に反しやはりほぼ無表情を貫いてる。
もっと笑ってくれー!
「ではわわでわっはいただきます!」
「おう食え食え」
「……それにしてとてトレトーレ、おとし年齢あてとそんなに変わらず思ひて」
細けぇこたぁいんだよ!
……男なんて、数年歳上ってだけの一瞬でおっさん扱いされちまうのさ……。
「ふーぬ? もぐもぐ」
よほどお腹が空いていたのか、すぐにもぐもぐモゴモゴと食べ始めた。無表情で。
静かになったその隙にスマホを取り出し、さっき思い出したSNSの評判をもう一度確認しておこう。
サニティエッタと名前を打てばすぐに関連のものが出てくるので、いい感じにまとめてくれてそうな所をタップ。
えっとなになに?
新潟県出身の期待の新星であり地元じゃそこそこ注目されていて、ご当地コミュニティでは「あの宇宙を感じさせるウマ娘はなに!?」「しなやかな動作と全く動かない表情が噛み合ってなくて不思議」「子供が痙攣を起こした」等々と好評を得ているウマ娘。
直線でのトップスピードに軽々とバ群を抜け出し追い上げる視野の広さと賢さが売り。
賢さ……?
「ふがふが」
口の周りに食べカス沢山の姿からは想像がつかない。
おっと、口調に付いても言及されてるな。
ぎりぎり理解可能だけれどあんまり意味は分からないけど何となく意味が分かるとされる例の喋り方は、エッタ語なんて称されているらしい。
何かの番組で一瞬出たシーンを切り取られてウマッターで
そん時のコメントが……あった。
えっと、「この宇宙を植え付けてくるウマ娘はなに!?」「柔らかい足腰とクソ固い表情が噛み合ってなくて不思議」「子供が痙攣を起こした」……それなりに受け入れられてるのな。
いやこれって受け入れられてるのか? わがんね。
俺って何かすごい詩人みたいな事言ってロケットになりたいとか無限の宇宙に連れていきたいとか言ってたのに、こいつ単騎でもう既に宇宙に到達しとるやんけ。
てか宇宙そのものやん。
折角ならもっと早くに知っておきたかったなぁ。
俺もそろそろウマッターでの情報取集を本格的にしていくか。
「──所属していたクラブの内外から期待を背負い、地元を離れて一人東京へ……か」
「がふがふ……んゆ?」
「まだ若ぇのにご苦労なさってんのぉ」
「なぜにさきから謎口調? 不思議へんてこ口調は不可思議」
「お前ほど変じゃないやい」
古風なのかラップ風なのかリズムを刻んでいるだけなのか。何なんだお前のそれ。
「それよりそいえばトレーナー。お名前名前を聞いてない」
口調に関しての答えはでないけど、そういえばそうだった。
サニティエッタからしてみれば、俺ってトレセン所属のトレーナーって位しか伝わってないんだよな。
流れでここまで来たし名乗ってもない。
「俺は
「じょうぜ、ジョゼ……レーナー!」
「あんま気にしないから何とでも呼んでくれていいぞー」
てな訳で、よろしくー。
「でわや! あだ名はジョゼなるや!」
「別にいいけど、公私は分けてくれよ?」
「んふふふふ。ではではあての名気軽にエッタと呼びなりぞやぞてのぞや!」
確かにいちいちサニティエッタってフルで呼んでたらめんどくさいし、ここはお言葉に甘えてエッタと略させてもらおう。
さようならサニティ。
いよいよ
「ふご、ふごごご。んぐ」
「食い終わったか?」
「ごちそーさまでした」
食べ終わったエッタは忘れずに手錠でトランクケースと自身を繋ぐと、スマホを忘れて立ち上がった。
お待ちなせぇ。
「まずは家族に連絡を取るんだエッタよ。たぶん遅れれば遅れるほどたくさん怒られるから」
「なんと!」
電源オン。
同時に通知がぶーぶー。
「うわわわ、わ、わわ……」
「大変そうだねぇ」
迷ったのはエッタのやらかしだし怒られてこーい。
「トレっちトレトレ、トレーナー。あての代わりにお電話お話たまふぞや」
「俺が出てどうするんだよ……」
不審者列伝パート2でもするか?
「本日お手数お招き感謝に尽くせり陳謝なりてやエッタなり」
「初めての東京じゃ仕方ないさぁ」
がらんがらんがしゃがしゃ。
どんがらがっしゃんがらがらがら。
ようやく見えてきたぞ、我らがトレセン!
いやー、それにしてもたった徒歩何分かの移動なのに、道中のサニティエッタは中々に騒がしかった。
電車内でもあれやこれやと窓から興味を惹かれるものが見えれば声を出し、あっちこっちと興味がすぐに移ってふらふら移動しまくりだったことだろう。
本人も騒がしいが、振り回し過ぎてキャスター部分の壊れたトランクケースもこれまた騒がしい。さっきの擬音は全部、トランクケースが半ば引きずられたり無理やり段差を乗り越えさせられた音だ。
やはり総合的にうるさい。俺はいいがこのままでは周りの迷惑にもなるし、迷子にもなるし、次に同行するときはタクシーにでもしようか。
俺あんまりお金ないけど。
ナチュラルに同行する前提で考えちゃってるけど。
「今更だけど手錠で荷物を繋いでるのって、もしかして失くす可能性があるからって配慮?」
「んふふふふ。あての姉ねが心配プレゼント。これがあらればお荷物安心なりぞや言いなりて」
「お陰でここまで紛失しなかったんだし、次連絡する時にでもお礼言ってやりなー」
「とても大変大助かりぞ!」
短い付き合いだけど、手錠にでも繋いどかなきゃ今頃どっかに置き忘れるだろうなってのが想像できる。
「トランクケースは、そっちの方も買って貰ったの?」
「これは父からプレゼンツ! とても丈夫で頑丈です」
「タイヤが壊れただけで済んでるし、それで良かったって言ってやりなー」
「んむゆ」
普通の旅行用って感じじゃないよそれ。
見た目で分かる趣味レベルの頑強さ。紛争地域にでも行くの? ってくらいのごっついヤツ。
それを初陣で破損させるエッタも、これくらいじゃないと耐えきれないと判断するお父さんも、置き忘れると見越して手錠をプレゼントするお姉さんも……。
うん。
家族の絆って最高やな!
「ついたぞー」
「おお! ここがトレセン東京中央学園!」
正門まで辿りついたらさっそく乗り込もうとして走り出す。──のは経験上もう目に見えて分かっていたので、事前に腕を掴んで止める。
ぐいっと一瞬引っ張られた感覚がしただけで止まってくれた。セーフ。
名称が滅茶苦茶な上に、あんたはまだ入れないよ。
「まずは荷物を片付けないと駄目じゃん?」
「おお! なるほど名案トレーナー! それは明暗分けたりの選択!」
これからいくらでも世話になる学校なんだから慌てなさんな。
寮はこの正門の真後ろだから、ぐるっと回って……。
「……こんにちは」
なんか真っ白いウマ娘がジトっとした目でこっちを見てるゥ!
そんで一瞬でエッタが歩み寄って絡みに行ってるゥ!
「んゆ? さっそく発見同期のものなりてやぞやなりて!?」
「……たぶん?」
「んふふふふ。あての名その名はサニティエッタ! そちらの名前は何でしょう?」
「ハッピーミーク……」
眠たげな瞳をした葦毛のウマ娘はハッピーミークというらしい。どこかの誰かと違って物静かな性格のようだ。
同じ無表情な眠たげな瞳を携え同士、サニティエッタはもう少しこの娘を見習って落ち着いてくれまいか。
「彼女はサニティエッタの事を待っていたんですよ」
ぬっと傍から桐生院さんが出てきて教えてくれた。
いたんすか? そして、ハッピーミークがこいつを待ってたって?
「ルームメイトが初めての東京で迷子になってると聞いて、心配だったみたいで」
「なるほどね。お優しい」
「……ぷい」
褒めたら照れているのかそっぽを向かれてしまった。
いやぁ、年頃の女の子って感じで可愛らしいなぁ。
いて。なんか小突かれた。
なんでエッタは俺の事そっと蹴るんだよ。お前も可愛いって言われたいのか? ヨーシヨシヨシ。
いてて、やめろ小突くな。ルームメイトにでれでれされるのは気分が良いものではないよな、うん。
「ハッピーミークに桐生院さん。こいつ、サニティエッタは中々に癖が強いというか何するか分からないんで気を付けてくださいね」
「……楽しそう……」
「大変だったのは分かりますけど……」
「んゆう?」
なんでエッタが首傾げるんじゃい。
理事長へ今日の流れとか報告する時に桐生院さんも同行するがいい。そして聞かせてやろう、今日の俺がいかに大変だったかを……!
いつ車道に飛び出るか分からない子供を見守るママンの気持ちがよく分かったぞオイラ! 慣れない気遣い頑張った俺!
「な、なんか大変だったみたいですね」
「わー……」
こんな所で詳しく立ち話するのも何なので、その辺はこれから身を持って知るがいい。ククク。
まずもう今現在の時点で正しい日本語でのやり取りが成り立つのか怪しいというのは分かっているだろうが、そんなの序の口。
会話をなんとかしようと奮闘している間に動き出して、ふらふら歩き始めて、早めに制御しないと行方不明になる。
とにかく目が離せなくて大変だぞ。
……あれ。そんな感じのとこれから部屋を共にするハッピーミークは大丈夫なのか?
明後日くらいに見たら疲れてアンハッピーミークに変貌してるとかないよな?
「お部屋一緒に楽しむ青春これから楽しみよろしくなりてや!」
「よろしく……なりてや」
口調が移りかけてる。エッタミークになりかけてる。
頑張れミーク! ハッピーを死守するんだ!
サニティなんかに負けるんじゃない!
ん? サニティってどういう意味だっけ。
まあいっか。
がんばえー!
| To: 姉ね 父様 |
| 件名: 1日目のご報告! |
| 駅で迷ってさ迷い電池もなくなりわやわんや! ごはんをくれたトレーナーに手錠をきかせば姉ねにお礼! 壊れぬかばんの感謝も伝える全感謝! そうですお部屋を共するハッピーミークはかわいらしい。姉ねも気に入る真っ白髪の毛! 葦毛の眩しい笑顔は乏しい? けれどエッタは笑顔がわかる! そちらは寂しくないですか? |
夜。就寝時間、あるいは消灯時間後。
布団を被ったサニティエッタはスマホを起動し、一日の報告という事で家族へ今日あった事を日記のように伝えていた。
伝えたい事や言いたい事が多すぎる上に内容が纏まっていないので滅茶苦茶だが、いつも通りなので姉はその滅茶苦茶を受け入れそこは特に気にしない。
数分と経たずにぴろんと返信が届く。
| To: サニティエッタ |
| 件名: Re:1日目のご報告! |
| 初日から大変でしたね、お疲れ様です。迷子になり行方不明となったと聞いた時は少し焦りましたが、無事なようで何よりです。 ごはんをくれたトレーナーとはどういう事でしょう? 最初から担当のトレーナーが確定しているという訳ではないと思いますが。 |
サニティエッタは「ふぬぅ?」と首を傾げてぱたぱた足を動かす。
常禅寺はトレーナーではあるがサニティエッタの専属と決まったわけではないのに、トレーナーとのみしか書いていないのでさも専属と受け取れるようになってしまっている。
つまりややこしいをさせてしまった。
しかしサニティエッタはそんな事に気が付かず、常禅寺の事を聞いているんだ程度に解釈して仲良しアピールの写真を送る。
| To: 姉ね 父様 |
| 件名: お写真! |
| ではや送りますや写真!仲良し仲良し手錠でがちゃん!お名前ジョゼと申しやレーナートレナー! |
添付した写真。
その内容は、常禅寺の右手と自身の左手を手錠で繋いでいるという危ない雰囲気の自撮り。
さらに何か関係を勘違いさせるようなものだがサニティエッタはその事に気が付いておらず、返信を待たず睡眠欲に一瞬で負けてスマホを投げ出し布団を被った。
翌日。
姉の電話で叩き起こされしこたま問い詰められた。
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