★★★★★
| [新潟トゥリボレット] サニティエッタ |
| 芝B | ダートA |
| 短距離C | マイルA | 中距離D | 長距離G |
| 逃げC | 先行C | 差しD | 追込B |
『──リッちゃんどこ?』
「あのサンタみたいな配色のやつです、ほら今ゲートに入った赤いの。あと今はサニティエッタだからリッちゃん呼びは合ってないですよ」
『昔っからリッちゃん呼びだから今更変えられないってー』
ああ、ウマ娘の幼い時のあだ名ね。幼名っていうんだっけ。
エッタ部分の由来からしてたぶんヘンリエッタだろうね。そのまんまだし、あんまり驚かないけど。
時は合戦前のゲート待ち。隣のラベリテが誰かと通話し始めた。
この重要なタイミングで新キャラを出すんじゃないよ。何奴か。
「ボクの幼馴染で、エッタさんと並ぶ親友の
『こちらがリッちゃんのトレーナーさん? あの
「おーう」
これはあれだな。新潟へ行った時に顔を合わせるフラグだな。
このエッタとは違う掴みどころのない感じは危険だぞ。だいたいこういう奴は「付き合ってんのぉ?」とかからかってくるタイプだ。
今の俺を取り巻く環境、特に殺意の高いエッタの姉辺りとシナジーを生み出してコンボで俺が死にかねん。
冗談抜きに射殺される。猟銃で。狩られる。
『ねえねえベリー、ジョゼさんだっけ? かっこよくない? あたしの好みかも』
「手を出したら捌かれますよ」
『捌かれる!?』
「じゃあそろそろ始まるし切りますね」
『待って待って、この文脈だとその切るが斬るってかKILLな感じで捌かれ──!』
──ぷち。
敬語だし応援に来てくれるしニコルラベリテって優しいイメージあったけど、親しい相手には容赦ないのね……。
「んふ、んふふふふ……」
直感幸運手触りすなわち鉄棒稟議。勘を信じて
越後を出たりや右も左も分からじや? の、時に出会いし大切に!
優しきジョゼに最初は懐き、横取りせなんだ威嚇をし。
だけどなんでか最近気持ちがちょっとヘン?
撫でられし頭、髪形気にせず。
いいえ元から寝癖気にせず乱雑ぼさぼさ。手入れはミークか姉ねに一任サニティエッタ。
カメラに魅せましょあての劇、ここに顕現フェニーチェ座。
道化ぞ演劇リゴレット!
「あての名! ……あー……んふっ。ぶー」
意識外に漏れた声。迷惑だから抑えよう。
今はレースに集中せり。そは者らにも都合せよ。
「越後よ阿賀よ、将軍杉よ。我に力を奔走を……」
レースに出る以上は地元新潟へ勝ち星を誓う。息を吐き、思考と気持ちを入れ替え。
うむ。
──前を向けばすぐそこにはゲートだ。が、まだ集中しきれず視線が自然とそっぽへ向いてしまう。
悶々とした緊張がピークに達すると気を逸らしたい自己防衛の一種なのか、目に入る文字全てが意識の最優先としてありとあらゆる思考を最優先に無視して読む対象となる。
応援の横断幕、電光掲示板の名前、建物の壁に書かれたロゴや名称。なんだっていいそれらを読むことで問題から目を背けようとしているんだろう。
もちろん元々の気が逸れやすいとかじっとしていられないとかもあるんだろうけど、お陰でレース前は、ゲートでは集中が余計に難しい。下手をするとゲートが開く動きも音も逃してしまう可能性がある。それほど気を張る。
ゆえに、自分のそこへは不満あり。
「るる、る……」
「?」
音読は周囲に影響を及ぼす。集中の必要な静かな場面では余計だ。最近はある程度を黙読で済ませられるようになったけれど、代わりに言葉にならない呻き声のようなものが漏れてしまう。
昔からの付き合いが過ぎ、これでも癖を意志で抑えられるようにはなった。
抑えたぶん気が付くと手足の末端がふらふらと動いている事はあるけど、でも隣からうるさいと言われるよりかはマシ。
(頑張れ、一着。に比したり伏しやは多くのさらば。演者の主役は真ん中一番)
文学はあての趣味しも、今は文字から目を背け前を見ゆ。でも観客の反応や動きが気になって、抑えなければ。
一瞬だけどうしてもと目を横にすれば、ここから一番目立つところにトレーナーとニコルラベリテがいた。
あの二人には迷惑をかけた。
サニティエッタに付き合う必要は、本当はないのに一方的なわがままに付き合って貰っている。道化芝居に付き合わせている。
一方的に受け入れを強要できる立場は誰に限らずないのに、それでもめんどくさいだろう者に進んで付き合ってくれてるんだ。
ニコルラベリテは東京行きの切符を捨てて。
ジョゼトレーナーは自分の夢を後回しにした。
なら、サニティエッタはその返礼をしよう。
道化舞台は夢の壇上。夢か
プラネタリウムは座って観る物。電車にもロケットにも乗らず、観覧席から星々を眺めることができよう。
ゲートの中は静かだ。
左右の息遣い、風に揺れる葉の音、ハッピーミークの気配。
久しぶりに頭の中の雑音が途切れた。
今なら、最後まで走れる。
レースは
──がしゃん!
全員綺麗なスタートを決めて、先頭はドラゴンバード。そのすぐ後ろにブラッドホークが続く。
しょっぱなから飛ばして競り合うふたりに釣られる事無く少し下がった中団にはハッピーミークが居心地は悪そうに収まっている。先行差しが多くて前後左右を囲まれた位置取りになってしまったようだ。
サニティエッタは……その中団を視界に収めるように最後尾からちょっと引いて待っている。
耳をぴんと立てて前のみに集中し、最後尾で地を鳴らし目立っている大柄なブラックブルすら全く気にしていない。
スタートの出遅れもなく、細かい位置調整も一瞬で済ませて良い場所に付けたようだ。
「前と比べて凄まじい集中力ですね」
「さっきまで普段通りだったのに、切り替えられるのは流石道化師」
「何か秘策でも使ったんですか?」
「いや?」
音を遮る耳のカバーも、視界を遮るゴーグルも本人を窮屈させるだけ。
全ての音を拾って、広い視野に振り回される事無く情報を扱いきれるなら問題ない。
本人次第を本人が望んだんだ。だからできると信じる。
第一、第二コーナーを回ってエッタとハッピーミーク周りに目立った順位の変動はなし。
コーナーを得意とするブラッドホークが加速してドラゴンバードを抜いたくらいだ。
遠くの直線に入り、実況のカメラが俯瞰視点になる。
この直線で仕掛けるウマ娘はまだいない。
しかし、ハッピーミークの周りがこのままだとまずいと位置取りを変えてきた。
真っ白なお陰で分かりやすい彼女以外のカラフルが、ルービックキューブのようなモザイクとなって立ち代わり入れ替わり場所を変えていく。なんとなく、なぜか全員ペースが乱れているようにも見える。
その中でもハッピーミークは顔色を変えず、あえて自分からは動かず道が開けるのを待っていた。
待ち続けるとは物静かなあのウマ娘らしい。エッタだったら……。
……ん?
「あれ、エッタさんは……?」
「どこいった?」
第三コーナーに近付いた直線の終わり際、サニティエッタの姿を俺達は見失った。
実況はそれに触れず順位の入れ替わりを慌ただしく告げ、観客の騒めきからもそれに気が付いたという声は聞こえない。
視界から外れた刹那、道化師が消えた。
「あ!」
「いた?」
「突っ込んでます! 正面に!」
ええ? わざわざあのバ群に突っ込んだのぉ!?
新潟の自然で視力を鍛えたのかラベリテは発見できたらしい。俺からは見えないが。
実況カメラからは見えないし、遠くを走ってるので何が何だか分からない。
もしやまさか、集中力が切れて抑えきれずに突っ込んだか。いや、でもそんな判断するか?
幾ら思考に癖があれど直感でのレースセンスはあるんだし、これだけはするなってのも教えてるしそこはやらないはず。
作戦間違いでそうなってる訳じゃないのなら──。
「出てこない……!」
道を見つけて集団から抜け出してきたハッピーミークと数名。
その中にサニティエッタの姿はないし、まだバ群の中に紛れてるらしい。
わざわざ姿を隠す必要があるかどうかは分からないが、何か考えがあるに違いない。
焦るラベリテとは対極に俺は落ち着いていた。
それはエッタに対する信頼感、人を驚かせる事が大好きな道化師ならという安心からくるもの。
「最終コーナー、そろそろ来てください……!」
ラベリテの祈りと共に、ほぼ全員が仕掛けてきた。
流石に走り続けてスピードの落ちてきた逃げのふたりが下がってきて、ハッピーミークを先頭にゴールへ向かっていく。
エッタはどこだ、どこからくる? もう直線で、目の前を通る。いくら隠れたって見つかるはずだ。
『サニティエッタだ! サニティエッタが伸びる!』
姿勢を下げ、力を込め過ぎず、全く無駄のないフォームで加速したサニティエッタが飛ばしてきた!
「速い!」
「行けるぞ!」
地を滑るような体勢。身体の柔らかさとバランス感覚があの低い姿勢を生み出し、それを使いバ群の中に潜んでいたのだ。
フォームを整え、調整が済めば後は加速するだけ。
スピードに乗ったサニティエッタは、エッタの最高速度は……!
「タイマンだぁ!」
白いハッピーミークに続いて走ってきた面々も疲れて落ちて、代わりに赤い道化師がやってくる。
見物に来ていたトレセン所属のウマ娘が席で騒ぐ。
こうなってしまえばあの二人のタイマン勝負、一対一。
『サニティエッタか!? ハッピーミークか!? 残り200!』
「やれ!」
ハッピーミークの顔に焦りが生まれた。後方からくる気配に気が付いたのだろう。
俺の掛け声が耳に届いたのか分からないが、サニティエッタはにへらと笑い大きく腕を振って更に加速する。
ずどんと一発深く踏み込んで、芝を大きく跳ねぐんぐんと迫っていく。
気楽でお気軽な道化師としての驚かせは終わった。
後は、ウマ娘として最高の走りを魅せるだけ。
『並んだ!』
小細工なしの正面対決。残り100mもない。
残り数秒さえ守りきれば勝てると更に速度を増そうとして、焦って無理をしたハッピーミークのフォームが崩れる。
サニティエッタはもう最高速度に乗っている。追い抜かすためにとこれ以上のスピードを出そうとはせず、自分のペースを守った。
並んだのは一瞬だけ。
次の瞬間にはもつれてゴール板を越していた。
ほぼ並んだ状態で駆け抜けたが、カメラにははっきりと結果が映っている。
『サニティエッタ一着!
クビの差で二着にハッピーミーク!』
勝った!
エッタが秋華賞を、取った!
「やったぁ! エッタさん、やりましたよー!」
「いょぉっっしゃああああああ!」