阿賀町三人衆の結束 その1
人間はウマ娘に勝てない──。
鍛えている競争ウマ娘はもちろんの事、走らない事を選択した在野のウマ娘相手でも勝てるか怪しい。
なんせ人間が100mをようやく9秒台で駆け抜けニュースになるのに対し、それ以上のペースを1000mも余裕で走るのがウマ娘だ。生まれが違う。
フィジカル面で勝てる見込みはない。小柄で可愛らしいハルウララでも大人の男性を蹴り倒せるといえばその圧倒的な身体能力の差が分かるだろう。
ウマ娘の子供が産まれた時、まず教えるのは暴力を振るってはいけませんという事だ。
人間はウマ娘に勝てない。……本当にそうだろうか?
少なくとも常禅寺という個人は、粘り強さで勝てるんじゃないかと思っている。
原始時代に野生生物のスタミナが切れるまで追い続けた持久力での勝負、という訳じゃない。
「エッタさん。頼みますお願いします、このままだとストーブが置けないから一緒に片付けてください」
粘って強請れば片付けの苦手なウマ娘相手でも部屋を掃除してくれるか、という話だ。
「何ででしょう? どうでしょう!」
「ストーブ置いたら120%燃えるからじゃい!」
「いったいなぜー?」
「おい貴様、貴様だ貴様。部屋の7割を埋めてるのだ、よく分からん物で!」
火事んなったら監督責任で俺の財布も燃えるんじゃー!
レースで遠征する度にお土産として小物を買い、普段も切り株すら持ち込む始末!
てか、毎日こんなに色々買ってきてお主の財布はどうなっとるのじゃ!
「ったくなぁー」
「んなー」
チームルームの片づけを願い、粘り、まだ俺頑張る。もう冬なんだし暖房器具を入れようとしてるのよ。
1つ片付けて隅に追いやれば空いたその隙間に2つ物が増えても、僕頑張るよ。わーい。
椅子……ではなく乱雑に置かれた木箱ンテナに座り、腕を伸ばしホワイトボードをばばんと回転。
11月が終わり、今日でもう12月。スケジュールはついに空きだ。
本人は重賞挑戦に対する渇望がない。あくまで目標は注目集めでそこにブレはなく、いわばアイドル路線。
なので無理せずマイルチャンピオンシップは相手の悪さもあって回避する事にした。
サニティエッタがマイル距離に適しているとはいっても、それは他のマイラー共にも同じこと。
秋華賞で見せた作戦は様々な取材で掘り尽されてしまっているし、そうでなくとも近いレースで二度通じるようなモノでもない。あれはサニティエッタの走りに不意を突かれたゆえ起きた“事故”に近いものだ。
丁度いい時期なのもあり、以前からの予定だった12月から1月いっぱいは休養と修行を兼ねたクールダウン。
といっても、秋華賞から完全オフの休みっぱなしというわけでなく一度は出走した。お題目は特になく、近場でひと枠空いてるからどうだって誘われて。
このレースは重賞でもないしエッタ本人が秋華賞で謎の進化を遂げたお陰か、複雑な作戦抜きにシンプル勝ちした。
ネームドと言ったらあれだが、いつも重賞最前線で斬った張ったしてる今世代上位連中相手じゃなければ何とかなるっぽい。
追いの走りと合わせて、道化師気まぐれアタックの弊害で最後まで勝てるかヒヤヒヤもんだけど。
「でも、そういう注目のされ方が好きなんだろ?」
「知りゆれば散りゆく叢雲切れ目、闇夜に月よ。桜花賛美の賞賛なんと称すばジョゼ常禅」
「桜花賞はもう終わっちょるがな」
「むふー。月を褒めれば良いだけなのに」
月が綺麗ですねって言わせたければ天体観測にでも連れていくがいい。
ククク、東京の夜は月も厳しいぞ。
「あてに挑戦投げかけゆ?
「地元の名称出されたって分からんよ」
それはさておき、12月は道化師送還の儀。
今年は一緒にこいって言われてるんだよなぁ。新潟に。
きっと秋華賞を取ったお礼だとかは関係ない。大事な娘のお気に入りがどんなツラか見定めてやろうとお呼び出されているのだ。
ラベリテが帰り際に半笑いで十字を切る位には見捨てられてる。
「ふむ……」
き、と愛用のパイプ椅子を傾け揺らしながらサニティエッタが静かになる。
ピアノを弾くように机を指で叩き思案している時は危険だ。次の瞬間に俺の脳みそを半壊させる攻撃を仕掛けてくるに違いない。
「そろそろ約束を果たすべくか」
なんだその発言は。何をするというのだ。
ジトっとした目で俺を見るな。お前のそういうとこ怖いんだぞ。
恐怖が勝って癖になる前に発狂する。その瞳に。
『
人間はウマ娘に勝てないが、俺は新潟からも逃げられない。
呼び出しからは逃れられない。俺に生きて帰る術はない。
それしか道はない。車掌のアナウンスを聞き絶望に浸る。
「近付きましてや我らが帰郷、田園を過ぎし山は吹き! 刮目拝見自然の美!」
「……ああ、いい景色だ。空が目に沁みやがる……綺麗な空だ……」
「んふふふそうですそうでしょう?
「死刑執行日当日の定時を待つ囚人のようだ」
「死して骨を埋めしや故郷! 帰還せりしやあての国ーっ!」
12月の30日。年末。
新幹線に押し込められ乗り換えをして、ついにこの地へ来てしまった。
最後までね、抵抗したんですよ。俺は。
でもサニティエッタのパパさんからさ、新幹線のチケットを送られてきたらもう逃げられないって悟るじゃん?
丁寧にグランクラスですよ。秋華賞で京都へ向かう時にグリーン車は乗ったけど、ただの帰省にその上の席とは。新潟行きの電車にそんなする?
娘のためなら金は惜しまないタイプの親らしい。流石、手錠や頑丈なトランクケースをポンと買うだけある。
「ッスー……。で、この駅を出たらすぐ刺されるのか?」
「いえいえ誰も傷付けませぬ。ここは神秘の阿賀の国」
電車を降りて、田舎景色なホームの景色を見て、安堵のため息。
ご機嫌な新潟駅から一般電車に乗り換えて辿り着いたのは、山を幾つか超えた先の町。
いつもの発言から地元であるここは阿賀町という所らしい。
俺無人駅なんて初めてだ。え、このキップ受け取り箱ってのに切符入れればいいの?
「それにしても歓迎はしてくれてるなぁ」
「あ、お、おお、お」
無人駅備え付けの休憩室的なよく分からん待合室的な空間、そこにはある物があった。
それを見て感動のあまり、言語創生道化師サニティエッタが言葉を詰まらせている。
「良かったなエッタ。みんな見てくれてたらしい」
「サニティエッタここにあり!」
たまらず大声を出してしまったが仕方ないだろうな。
分かりやすい所にエッタの応援横断幕と秋華賞おめでとうのバナー、寄せ書き的なのが飾りまくっていたのだ。
すげぇなこの量。沢山の声援に混じって「子供が痙攣を起こした」っていう苦情もあるけど。
苦情はさておきサニティエッタのグッズも沢山並んでるし、地元の顔として売る気満々だな。
「んふふふふ、ぬいぐるみ、キーホルダー、ストラップ!」
「試供品で幾つか貰ってるけど、外部で見るとまた新鮮だな」
エッタが自分のぱかプチを手に取り頬に寄せ自慢する。もちろんカメラに収めておく。
ファンサービスに抜かりはない。訪れましたというのは結構な広告になるのだ。
俺らに還元される内容としては特にないが、アピール大好き道化師様の要望はそこにある。
「にしても改造されたのもあんな。これなんか謎に武将みたいな格好してるし」
「おお! 上杉謙信風エッタ!」
「今までこんな格好した事なかろうに」
「戦国最強その姿、あてへ着せたりセンス良し」
ほーん?
戦国には詳しくないけど、最強って言われて出てくるのは本田さんだなぁ。
「……素人」
「ぼそっと言うの怖いからやめない?」
一説によれば新潟県民は上杉謙信を最強だと思ってるらしい。
下手に否定をすれば蹴り殺されかねないので言及するのはよしておこう。
こやつの場合は例の瞬間移動で暗黒空間に消し飛ばしてくるかも知れない。
「む。やーい!」
「ん?」
ぺいっと自分のぱかプチを投げたエッタが外へ走っていく。
ああ、そうだ。ここはこいつの領地だ。
そろそろエッタの姉さんことアイーダさんが刀を持ってやってきてもおかしくない。
さようなら我が人生……。
「ラベリテ!」
「こんにちはー」
覚悟を決めて俺も外へ出る。
駅から真っ直ぐ伸びる道、その先から毎度お馴染みニコルラベリテと──
「
「やほ。久しぶりだねぇリッちゃん」
以前に一度だけ、秋華賞のゲート待ちの時に通話越しに見た顔があった。例の掴み所の無さそうなノリをしてそうなやつだ。
そやつが車椅子に座ったままラベリテに押されてやってくる。
「常禅寺さん、長旅ご苦労様です」
「ラベリテも久しぶり。……時に、アイーダさんは?」
「エッタさんに食べさせる肉を取ってくると、朝から山へ」
現在時刻、16時。遠くの方でターンと謎の発砲音が響いた。
朝から狩猟に出て成果がどうであれ、暗くなり始めたこの時間にはそろそろ帰ってくるかな……。
「お久しぶりぞの樹付きのそなた! 未だに足はおいたしや?」
「あ、うん。悪いねーリッちゃん」
「いえいえいつでも待ちます。走れるその日を後はだけ!」
そろそろ避けられないなと再会を盛り上がる二人に目を向ける。
エッタとの関係性をからかわれたく無かったり、あるいは情報量のややこしさからからスルーしてしまったのだけど。
こちらの者がエッタとラベリテに続く阿賀町三人衆最後の一人かい?
「え、そんな変な紹介されてるの?」
まだ名前も知らない、エッタが先ほどから「樹付き」と呼んでいるこの人物。
車椅子に座っているのは怪我か病気か不明だが……そんな事より気になるのはその恰好。
古めかしいマントをすっぽりと身体を包むように纏い、その下には緑を基調にした衣装を着こんでいる。
蔓をヘアバンド風に取り付けてるのも合わせて、ファンタジー世界のエルフをモチーフにした勝負服といった所か。ピンと張ったウマ耳がもふもふと風にそよいでいる。
「んー、まぁ。紹介すらされてないけど」
「うっそでしょ」
実はラベリテの時もエッタからの紹介はなかったしそういうもんだ。
あとどう考えてもその格好は意味が分からんのだが、まぁエッタのご友人という所で一つ。
「まぁいいや、自己紹介するね。ベリー音楽カモォン!」
「はいはーい」
ラベリテがめんどくさそうに懐から小さい箱を取り出し、側面についてるハンドルを回す。
ハンドルの回転に合わせて綺麗な音色が響き渡り──
「あたしの名前はエンリカ言います阿賀町に住む三人衆、その一柱なり引けはなし。見てこの姿は勝負服、樹付き言われる所以はこの
急にエッタ語で名前を言い、最後に髪飾りの蔓(荊?)を指さした。なんでお前までエッタ語やねん。これが新潟の言葉なのか?
隣のラベリテが死んだ目で永遠にオルゴール回転させてんのがすげぇシュール。なんでオルゴールやねん。
「──んならば返そう
あーもうほら、道化師さんまで乗ってきちゃったじゃん。
「ラップで勝負か来い道化! 東京行きして走り始めた、エッタに分かるかあたしの気持ち。
「道化師目立ってなんぼの商売これが目標レペゼンなりて、されとて身捨つる祖国を忘るる時は一切無きぞて我は!
ナニコレ。俺は何を見せられてんの? なんでラベリテの目は死んでるの?
てか棒立ちだから寒いんだけど。北国の北風がつらい。見ろよ、あっちとか雪積もってんぞ。
「……て、待てぇい!」
「どうしました?」
「“どうしました?”じゃないよベリー! ジョゼさんはリッちゃんと一緒だからラップで勝負したらどうって、あんたが言ったんでしょー!?」
「だからって実行する人がいますか」
「けしかけといてそりゃないよ!」
もういいや、行こうぜエッタ。アホが移りそうだ。
「ちょ、アホって何さジョっさん! すっごい恥ずかしかったんだからフォローしてよ!」
「ボクも巻き込んで何してるんでしょうねこのアホは」
「切り捨てベリー!? そんなにあんた冷たかった!? 都会に染まっちゃったのね、温かい心を取り戻させてあげる!」
車椅子のタイヤを手慣れた動きでぐるんと器用に回し、背中を向けたラベリテにエンリカが抱き着く。手にポッケから出したホッカイロを持って。
ホッカイロで懐をまさぐられているラベリテはうざったそうにオルゴールを側頭部に押し当て、ハンドルを高速回転させることで異音を発生させ撃退した。悲鳴があがる。
ニコルラベリテwin。エンリカ、死。
「……側頭部?」
オルゴールを押し当てていたのは、ウマ耳の付け根というより人間の耳がありそうな箇所。
しかも今現在、異音を食らって死にかけているエンリカは同じく人間の耳がありそうな場所を丁寧に抑えているではないか。
「なぁエンリカ。お前さんそんな格好してるけど、もしかしてウマ娘じゃ──」
「金魚のクソ食らえッ!」
「う゛!」
高速回転する車椅子のグリップが、俺の鳩尾をぶん殴る!
「お、ぅぅぉ……」
「ったく。女の子にそんな事聞いたら駄目だゾ♡」
しかしその威力で分かったぞエンリカ。貴様の正体が!
「ま、まぁそれはさておき。エッタさんも常禅寺さんも疲れてるだろうし、そろそろお家へ行きましょうか。寒いですしね」
「んふふふ一人重症あて重賞、自慢の為には帰還をす!」
ラベリテがエンリカの車椅子を押し歩き始めたのでそれに続いて俺もエッタを引き連れ歩く。
阿賀町三人衆と自称する位だし、町とはいえ山に囲まれているこの地域で同年代は少ないんだろう。
余計な事を言って友情にヒビを入れる訳にはいかない。今は、特に触れずにいよう。
ウマ娘に人間は勝てない。
殺意の高いアイーダさんに加えて勝てない敵を、わざわざ増やす必要はない──。