☆常禅寺
新潟の食材を使った料理がおいしい事に感動している。
☆サニティエッタ
姉がビデオデッキの使い方を覚えてくれた事に感動している。
☆ニコルラベリテ
みんなが約束を覚えている事に感動している。
☆エンリカ/ハリボテウッド
近所の道の駅がクマに襲撃されたと聞いて動揺している。
え、これランニング中にばったり会って襲われないよね?
※先日、本当に阿賀町の道の駅がクマに襲撃されたようなのでご注意ください。
「全身全霊幸せ望む、
その夜、夢で久しぶりに仮エッタを見た。
去年も見たウマ耳と尻尾のない、人間のサニティエッタの姿だ。
エンリカの勝負服がモチーフとしているファンタジー世界の町を背景に、仮エッタは意味深長ににへらと笑うと言葉を続ける。
「ですが見えます涙がそこに。“あの娘の涙が見えるようだ”!」
この仮エッタは、もしかしての世界におけるサニティエッタ本人なのだろうか。
ウマ娘ではなく人間として産まれた存在で、もしかしたら魔法とか使えるのかも知れない。
おもしろおかしい説なぞ幾らでもあり、ウマ娘の名前は並行世界が云々と言うほどなので間違ってないかも。
どうせ夢だと思いながら仮エッタの言葉に耳を傾ける。
「
ウマ娘の身であるサニティエッタ、ニコルラベリテ。人の身のエンリカ。
仮エッタは人間で幸せを得たのだからそっちの世界もよろしくやれよと言いたいのだろうか。
「おっと朝の目覚まし鳴り申し。つまり時間に成り申し──」
(ジリリリリ……)
・・・・・
「はっ……なんだ、夢か」
誰がセットしたのか分からない目覚まし時計の音で起きた朝。おはようございます。
昨日は納屋で寝かされそうになったのを、雪が降ってきて凍死の可能性があるからとぎりぎり回避して客間で就寝。
今日は大事なレースの日。仮エッタの夢は置いといて、居間へ行こう──
朝の静謐な空気と自然の香り。広く古めかしい武家屋敷的なエッタハウスを歩きながら昨日の事を思い出す。
昨日の天体観測前、ハリボテウッドと化したエンリカの事だ。
人間であるとは言えず、かといってウマの身ではない。どちらとも寄れないその身を誤魔化す為に車椅子へ座り、でも走る事を辞められないエンリカ。
いつまでも一緒に走るという約束を純粋な気持ちで待ち続けるサニティエッタとニコルラベリテ。
既に走れるウマ娘側からしてみれば気の軽いこと何だろうけど、俺もエンリカと同じ立場の存在だし気持ちが何となく分かる。
無謀なんだ。ウマ娘と競うなんて。
子供の頃に近所の練習場を走るウマ娘が俺に競技の道を示す事なく、トレーナーとしての将来を期待していたのは優しさだったのかも知れない。
ウマ娘の走りを前にすれば人間の足なんてちっぽけなもの。どれほど努力しても埋まらない溝がそこにはあって、理想には永遠に届かない。
自分自身の限界、自分で行くことのできる世界の果て。一度本気で走って実感できる絶望は、星々と繋がり星座の一部になろうと空を目指して伸ばしていた手をテレビのリモコンへ向けるのに十分なものだ。
共に育った友情の証として存在する約束はエンリカを縛り続ける夢になっている。
エッタもラベリテも悪意はないだろう。ただ単純に、勝敗関係ない駆けっこをやろうと誘っているだけ。
それがまぁ、すれ違いと言うかなんというか、不器用な状況になってるわけだが。
「エッタはさ、もし自分が人間ならって考えたことあるか?」
「ハモも
「そうか。なるようになる、か」
「おお! なんたること! あての言の葉すんなり理解せり!」
「もう2年の付き合いになるからな。それくらいわかるさ」
「赤糸で縫い閉じられるか物語!」
エンリカをこっそり帰した天体観測中、やけにべったりなエッタに話のネタとして自分がその立場だったらというのを聞いてみた。
結果は、まぁエッタらしいというか。
これはともかく仲は良いけど人種種族の生まれから出る価値観ですれ違っているこの阿賀町三人衆、余計なお世話かも知らんが俺が何とかしてやろうと知り合いの中で一番えらい人に電話を掛けたというのが小屋の中での出来事。
来年からエッタはシニア級に入る。翌年、更に次の年とどこまでエッタが走るのを続けるか不明だし、それに伴い専属トレーナーという立場をいつまで続けているか分からない。エッタの帰省に付き合う今回を逃がせば、
……と、色々思うところがありヤケクソに満ちた行動だったが、結果は成功だ。
12月の31日、今日の夕方に新潟レース場を貸し出してくれる流れになった。
仲良し3人組が走る前に俺は一本走ったけどな。出来レースってやつをよ……。
今回の件、実際の俺の手柄は少ない。てか殆んどない。
みんなが約束を果たせずにいる所を何とかしたいエッタのパパさんは、愛する娘のために一肌脱いで行動を予測し手回ししまくっていたのだ。
俺を地元へ召喚する所に始まり、サニティエッタが策を用いて秘密基地へ俺を誘いエンリカと蜂合わせる事や約束を知る事も、なんとか出来ないかと俺が考える所まで手のひら。
偉いさんの秘書という立場を使い東京で行われているパーティーに入り込み、俺が行動する前にはもう場所を確保していたらしい。
あとは電話がくればちょっと話して会場をポン出し、もし電話がなかった場合はアイーダさんを使い別アプローチ。そこまでしたらもうプライベートレースの内容についてはお任せと。
落ち着きがなくチームでの行動が難しいサニティエッタと波長が合い上手いことやっている手腕、というのを評価されてらしい。
電話越しにネタバラシされて、あとは頼むよと言われて、その後の天体観測は全く身が入らなかった。
これ、単純に俺が約束云々のわだかまりを解くためのダシに使われただけじゃ済まないよね。
「る、るる、ら? む! はや!」
「おはようエッタ。早起きだな」
「やはー!」
昨日案内されているので迷いなく洗面台へ向かい顔を洗ってから居間へ辿り着くと、囲炉裏の横で床に散らかった灰を片付けているエッタがいた。
どうやら足を突っ込んでしまったらしい。いつも通りの慌ただしい行動の結果だろうが、火がついてなくてよかった。
「これから入れます火を入れます。これから来ますよ二人友!」
エッタのパパさんがしたのは裏方の手回し。
サニティエッタ本人はそんなこと知らないので、彼女からしてみれば俺がかっこよく何とかしてくれた感じになってるんだろう。
つまり、パパさんは好感度上昇狙いもした。何だこれは、外堀を埋めに来てるのか。
どうなんだこれ。
俺はどうされるんだ?
呼び出して殺されるんじゃなかったのか?
エッタと仲良ししろとこう言われても、これはこれで恐ろしい。
もういっそのこと殺してくれ。
「おはようございます」
「おはよう姉ねえコケコッコー!」
「あ、おはようございまーす」
「朝食はもうしばらくお待ちください」
「はーい!」
メイド服のアイーダさんがご挨拶。メイド服は趣味なだけで実態は姉なのでメイドではないが、メイドの振る舞いをしている。昨日の夕飯はおいしかったし朝食が楽しみだ。
野菜と米が旨いのに肉も旨い。弱点無しだぞこの地は。
「おはようございまーす」
「やっほー」
お、のんびりしてたらラベリテとエンリカも来たらしい。玄関から声がした。
迎えに行くまでもなくカラカラと玄関の開く音がして二人がやってくる。
「ジョゼの旦那も起きてらっしゃいましたか……」
「らっしゃってるぞエンリカ」
「常禅寺さん、起きられたんですね」
「永眠はしなくて済んだ」
車椅子は流石に玄関に置いてきたらしく、ラベリテに背負われたエンリカが座布団に降ろされる。
昨日と変わらず相変わらずの勝負服スタイルだ。目線を向けたら露骨に逸らされた。
レースの事もあるが嘘とはいえ告白もあった訳だし、妙な間ができてしまったな。
「……?」
何も知らないラベリテは不思議そうな顔をしながら、寝そべったエンリカに座る。
「うひひー!? ナンデー!」
「座布団三つも使わないでくださいよ、板の間は寒いんですから。あとブランケット」
「それじゃ入れましょ火をくべて。マッチ擦ります心に火!」
仲良しだねぇ。
そんな仲良し三人にお伝えしたい事があるのだが、良いか?
「なんですか?」
「おやま何です謎でしょう!」
「……うひー……」
三者三様。何も知らないラベリテは素の反応を示し、知ってるだろうけどまだ直接聞いてないエッタは知らないフリをして、エンリカはしんどそうに外を見る。
だがまぁもう止められねンだわ。
今日の夕方! 新潟レース場を貸し切ってプライベートレースを行う!
「えっ」「なんと!」
「ウワァアアアアアア!」
「歓喜! エンリカの叫び!」
「恐怖心だよ!」
何もわかってないラベリテだけが、首を傾げながらエンリカの上から降りる。
「……って、どういう状況です? それ」
発狂してるエンリカを蹴って座布団からどかしながら、どうと聞かれたのでかいつまんだ説明をしよう。
と言ってもエッタと昨日天体観測を行った時に偶然にも阿賀町三人衆の約束を知ったので、理事長に電話して会場を貸してもらったとだけだ。
これだけ聞くと間違った情報だけど嘘は言ってない。詳細を省いただけ。どうだ、これが大人の力だぞ。
「それは嬉しいんですけど、夕方ってまた急ですね……」
「ですな、ですね? でも嬉し」
「折角なら勝負服着ていいですか? 記念で作ったのがあるんですよ」
「おーおー好きになさい」
エッタやエンリカはともかく地方のラベリテまで勝負服があるのか。
記念って言ってたし、個人的に所有しているコスプレ的なものかも。
あくまでレースで着られないってだけで、勝負服を作ったり着ること自体は禁止じゃないし。
エッタも着るだろう自分の勝負服は多分、パパさんが持ってくるかもう持ってきてる。
準備万端な道化師一家ならそれくらいはもう用意できてそう。
「でも……」
ラベリテが完全なうつ伏せで倒れ伏すエンリカを見る。
問題はこいつが参加してくれるかどうか。
無理やり走らせたところで遺恨が残っても仕方がない。
なので、なんとか策を用意した。
「エンリカは御覧の通りだが、代走者を用意した」
「ぐ」「代走?」
「よもや! 昨日のヘンテコ紙袋!」
「そうだエッタ。謎の紙袋ことハリボテウッドに走ってもらう」
しゅぼ、とエッタの手元から火が出て消える。マッチで囲炉裏に火を灯そうとしているが上手く行かないらしい。
ぷすぷすと煙だけが天井に吸い込まれていく。
「それじゃダメですよエッタさん。炭は火力で叩かないと」
「おお、ガス!」
近くの箱からガスコンロを取り出したラベリテが、そこへ乗せた専用の鍋っぽい物へ炭を入れようとして……つるっと落っことした。
ふちに跳ね返った炭が灰に落ちて煙を舞わせる。まだ寝そべったままのエンリカが白く染まった。
どうやら火はまだ着きそうもない。
「……件のハリボテさんはこう思ってるよ、公開処刑だって」
真っ白い灰のエンリカが呟く。
その声は寒さに耐えかねて早く火を欲している二人には聞こえてなかったらしい。
エンリカの言う事はごもっともで、ウマ娘とそのまま走ればただの公開処刑である事に違いはない。
2人より倍々の時間を掛けてゆっくりゴールへ向かうのだ。走り込みの成果で長距離でも完走はできるとは言え速度は比べ物にならないし。
だが、長距離を走れるというのがエンリカが唯一この二人に勝っている部分であり勝機の箇所である。
「夕方のレース。折角貸し切るんだし長く走らないか?」
「それは良いですけど、ボクは長距離苦手ですよ?」
「あても無理です中距離ぎりぎり!」
「得意距離はエッタさんに同じです」
手を真っ黒にしてた二人がガスコンロで炭を焼く。火を着ける。
エンリカも気が付いたようだ。
「スタートは直線の一番遠い所からで、ゴールは外回りの二周目とする!」
「ええ!? 3200の外周りを二周!? あちッ!」
「おわぁーっ! 火傷に注意!」
びっくりしたラベリテが熱された鉄の部分を触ってしまい悲鳴を上げる。
「あのー。旦那? それって5000m近いんじゃ……」
「目算でそれくらいだな。いいじゃないの」
「……ちなみに、ウマ娘がそれくらいを走るタイムは?」
「そんな記録はない。けど、例として言うなら長距離最長の3600mが3分後半から4分って話だな」
ぱち、と音がした。
エンリカが目が覚める音、あるいは火が着いた音。
ぱちぱちと拍手するかのような心地よい音が、炭を温めていたウマ娘二人の手元から囲炉裏へ移る。
「秘密基地から将軍杉まで片道6キロ前後でそれの往復が……」
「エンリカ、どうかしました?」
「ん? いや何でもないよベリー。ちょっと考えてただけ」
日常的に片道6kmのコースを往復してるスタミナお化けならいい勝負ができる。
前のホープフルの際にエッタが恐れていたのは勝負になるか否かだ。対等に戦えなきゃ満足できないという。
前代未聞の距離でスタミナ管理なんかできずバテるだろうウマ娘二人が先か、スタミナ重視のエンリカが先か。いい勝負ができれば約束は果たせるだろう。
ウサギと亀のような構図で面白い。
走らない俺はのんきなものだが走る側は大変だろう。
しかしレースをしたいと言ったのは阿賀町三人衆、君達だぞ。
「んふふふふ。ついに果たしられしや走りは誓い。結束ここにてここにてここにて」
「嬉しそうだなエッタ」
「当然ですとも! もとすです! 全てこのため走るため!」
「あっっつ!!」
跳ねた火の粉にラベリテが悲鳴を上げた。