☆サニティエッタ
ジョゼに良いところを見せたいので、今日は張り切って新技を仕入れております。
☆ニコルラベリテ
あの、勝負服が重くて技どころじゃないんですけど。
☆エンリカ/ハリボテウッド
古代から受け継がれしエルフの秘術をついに使う時が来た!
……え、そういうのいらない?
リッちゃんお気に入りの歌人は、詩だけでなく小説や脚本に評論、映画監督まで手広くやっていたらしい。趣味としてレース鑑賞があり、その熱意は自作の内容に隙あらばウマを絡めるほど。そのレース好きであるが故なのか、作品内では速さに関するメッセージがよく目立っている。
例えば『夕日よ、急ぐな』はタイトルそのままとして、『書を捨てよ、町へ出よう』という小説は冒頭一文目から速度についてを綴り、映画の『田園に死す』では時計をクローズアップしたり明日になったらくたばっちまうぞと客席へ叫ぶカットを入れたりしている。
そして、その歌人はそれらの意味を47歳没という形で解釈を投げた。
個々で生きる速度は違う。
もっとも分かりやすく変わってくるのが生まれだ。
例えば、人間だからってだけとか。
たったそれだけの違いと理由でベリーもリッちゃんもあたしを置いて先にいってしまった。
置いていかれるのは仕方ない。この問題ってそういうもんだし。
出会って、仲良くなって、その最初の時点でいつか置いていかれる日が来るのは知っていた。知りつつ目を逸らしていた。
長い時間が経ち、またあの二人はあたしの前に立った。
──ふと、昔のベリーが時間に間に合わず約束を破った事があったのを思い出した。
あたしはそれに気が付いても信じて待って、待ち続けて、そしたらベリーが大急ぎで来てくれた思い出。
懐かしい。もう本当に昔、あたしも子供の頃の話。あの時は安堵と安心感で嬉しかった覚えがある。
もしみんなの心の何処かに思い出が染み付いて覚えていて、今日がそのお返しだとしたら……。
いいや、これはベリーも流石に覚えてないはず。
でも遅れたって約束一つを守ろうってするのはベリーらしい。
お陰で今日……正体を隠しつつとはいえ一緒に走れる。
「ウマ娘の競争心にも感謝だ」
大抵のウマ娘はレース、特に一着へ拘る。曰く耐えがたい本能なのだとか。
その点、二人はそれに対する拘りは薄く一度は自主的に走るのを辞めようとできた。
リッちゃんはパフォーマーになれないのならとヘソを曲げ、ベリーは父の背を追いたいと言い。
けれども結局、二人は約束を果たす為にも競争の世界へ戻ってきた。
無意識に走りを求めるその姿勢は人間の三大欲求に“競争”を追加した感じかな。いいや、それ以上かも。
おいっちにっと準備体操。動きに合わせてがさがさと頭に被った紙袋が音を鳴らす。
もうここは新潟レース場、時刻はまだ冬でも太陽の輝く時間。まだまだ出走までは時間があるけど、二度はない本番を準備万端に挑むため皆で早めにやってきた。
レースの内容は芝の外回り二周、約5000m。
流石にガチの長距離ランナーって訳じゃないあたしがギリギリ走れるラインで、ウマ娘の二人にとってはキツいけど完走を諦める程度じゃない距離。
うまいこと設定したもんだ。まぐれもあるんだろうけどそれも実力の内。ジョゼの旦那はリッちゃんとウマも合うし勘の良いトレーナーだよ。
あの
「んふふふふ。ベリベリニコルが勝負服! テーマはなんです剣士です?」
「エンリカがファンタジーのエルフモチーフなので、それに合わせて冒険者風のデザインです」
「おおー! 鎧に剣盾かっこよし!」
「……ただこれ、すごい重いんですよね……」
「斤量なりて」
リッちゃんは赤を基調に白いアクセントを散りばめたサンタ色な勝負服を着ている。ノースリーブの赤い燕尾服的な上に茶色いショートパンツ、ストッキングとブーツ。
道化師と言うよりバトラーかバニーガールの中間みたいと言いたいけど、それは言ったら怒るだろうな。ほら、横目で言うなよってこっち睨んでるし。
それに対するベリーはというと、こっちは80年か90年代のファンタジー作品に出てきそうな剣士。
鉄で作った胸当てとでかい肩と腰のアーマー。ご丁寧に丸い盾とシンプルな剣も引っ提げているお陰で走るよりか戦った方が良さそうだ。
本人も言う通りもの凄く重いに違いない。なんで中央の重賞ウマ娘がハンデつけてないのに、地方重賞も挑んでないベリーがこんな目に合ってるのさ。
やめてあげてよ。その
「それでこちらがハリボテウッド!」
「
「ウス、オナシャス」
訝し気な目のベリーが怖い。はじめましてってすごい皮肉たっぷりに言われた気がする。
まぁそれもしょうがないよね。だって目の前に不審者みたいな格好のやつがいるんだから。
「ふーん……」
「な、なんでしょ」
「すみません、知り合いに雰囲気が似てる気がして」
「ニテナイヨ」
疑いつつベリーが離れる。
最後にあたしの勝負服の説明はというと、何というかちぐはぐだ。
「ちぐはぐ恰好こけこっこ? 駆けっこ端っこ怯えらず」
紙袋を覗き込むような変な姿勢のリッちゃんもそう言っちゃう。でもその通りなんだから仕方ない。
いつもウマ娘と詐称する為に着こんでいる手縫いのエルフ衣装はそのままに、マントには偽装用の段ボール&ガムテープを追加装甲として取り付け、頭には紙袋を被っているんだから。
勝負服を着ると神秘の力でパワーアップするウマ娘と違い、あたしにそんな都合のいいバフは掛からない。この
不利はあるから、せめてマイナスにはならないようには取り計らってる。
といっても内側に専用のランニングウェアを着こんでるだけだけど。言うなればこのランニングウェアがあたしの本当の勝負服なんだけど、でもどう見たってデザイン性の欠片もないし表へは出せない。勝負服は動きやすさだけでなく華やかさも重視されるのだよ。
ああ? マントの段ボールが小汚ないだとぉ? うるせえ阿賀の味覚食わすぞ!
ま、こんな感じ。コスプレでマイナス、ウェアでプラス。
合計ゼロ。赤点でフィニッシュ。
「よう」
「あ! ジョゼったレーナー! んふふふふ」
「常禅寺さん、お疲れ様です」
お、ジョゼの旦那じゃないか。上の人への挨拶は終わったの?
「おっけーおっけー、後は時間になったらお前らが走るだけさ。それより──」
もふもふと自然にリッちゃんを撫でつつ、目がこちらへ向く。
「なぁエ……ハリボテ。代走は取りやめなくていいのか?」
走る覚悟も競う覚悟もできてるし、ならそんな恰好する必要ないって言いたいんだろうね。
でも、それは今じゃない。
正体を明かすのは、しかるべきタイミングだ。
「ならいいけど」
「ばっちり空気! ふくらまし! ぷー!」
「リスみたいにほっぺた膨らませてどうした」
頬をつままれて、ぷしゅーとリッちゃんから空気が漏れる。
んふふと笑いながらこっちを見て、ぶんと振られた尻尾があたしの手を叩いた。
叩いた、というよりしばいた。鞭のように、ぱしーんて。
「いってぇ……」
「大丈夫ですか?」
ベリーが心配してくれた。ありがとう、君は優しい子だよ。
最近あたしの扱いちょーっとが雑な気ぃするけど。
「ラベリテもいい勝負服着てるな。その鎧は本物?」
「紛れもない本物です。鍛冶をやってる父さんの知り合いが作ってくれたんですよ」
「……重くない?」
「全部重いですよ。試しにこの剣、持ってみてください」
「おっも! ガチじゃんこれ!」
ジョゼっちは何の気なしにベリーと絡むけど、リッちゃんは自分が構われないと面白くないのかムっと頬を膨らませベリーも尻尾で叩いた。
でも防御力のお陰でやわな攻撃は効かない。その防御力故に攻撃されている事に気が付かれない。
むむ、とリッちゃんは地面を足でがりがり掻き始めた。
これはまずいぞ。レース前に刃傷沙汰だ。
おーいリッちゃん。あたしと話そうぜー。
ほら、若人らしく恋バナとかしよ? どう?
「……」
なんでスンってなるの!?
「……プライベートレースだよな?」
「ええ」
隣でメイド服のアイーダさんが肯定してくれるけど、どう見たってお客さんな方々が集ってるんですが。
昨日の夜決定で今日でしょ? どう宣伝したのさ。
「成長を自慢したいのはいけませんか?」
「いや、いいけどさ……」
「生放送用の機材もご用意しました」
ぞろぞろとスタッフさんが現れ、大量のカメラとマイクが並んでいく。
ナニコレ。テレビ放送でもするの?
「流石に放送局のジャックまではできませんでした。制圧の指示が出ませんでしたので」
「止められなければ武力で全て解決しようとしたと?」
「いけませんか?」
「妹の為ならって見境なさすぎない……?」
腰にマウントされてる日本刀が冗談で済まさない雰囲気を出してるけど……ま、まぁいいや。
これからパドックで三人だけとはいえ、本格的に披露をする予定だしそっちをちゃんと観よう。
まず最初に出てきたサニティエッタは絶好調。いや絶好調の文字が爛々と輝くくらい大絶好調。
長距離は苦手だろうに臆せぬ堂々とした佇まいで、軽々と宙返りを繰り返すパフォーマンス。
まるで重力を無視してるかのようにふわふわと地面を滑ってあちこちへ移動していく。
「わはー!」
★★★★★
| [新潟トゥリボレット] サニティエッタ |
| 芝B | ダートA |
| 短距離C | マイルA | 中距離D | 長距離G |
| 逃げC | 先行C | 差しD | 追込B |
続いてはニコルラベリテ。
そこそこ気合は乗ってるけど、勝負服と言う名のウェイト装備で調子がひと段落悪そうだ。
あの鎧を作った人物は勝負服っていうジャンルを何か勘違いしてないだろうか。
「……よし」
★★★★★
| [母の力、父の技術] ニコルラベリテ |
| 芝A | ダートG |
| 短距離A | マイルB | 中距離G | 長距離G |
| 逃げG | 先行A | 差しA | 追込G |
そして最後。エンリカ……じゃなくてハリボテウッド。
パドックは慣れてないけど、分からないなりに何とかしようと変なポーズを取っている。
見た目からは分かりにくいが調子は良さそうだ。準備体操もしっかりしてたしな。
「や、やーってやるぜー!」
◆◆◆◆
| [タイムゲイザー・クロスオーバー!] エンリカハリボテウッド |
どこからか招待されて客席へ集まった方々の反応はそこそこ良好。
全国単位で名の知れたエッタはともかくとして、ラベリテも地元ファンが一定層あるのか応援されている。
けど、ハリボテウッドに関しては困惑の声しか聞こえない。
「誰あれ」「なんか貧乏くさい」「子供が痙攣を起こしそう」……これに関しては仕方ないか。飛び入り参加というか、ハリボテウッドが生まれたのは昨日だし。
仲良し三人組の為のレースで観客の反応は二の次。関係ねぇ。
手回しの結果なのか年末にも関わらず招集されたアナウンサーが、主役達がゲートへ向かう間に今回のレースに関しての説明をしていく。
阿賀町に住む仲良しの三人が一緒に走ると約束をした、今日はエッタの担当するトレーナーがそれを見かねて話し合い開催となったと。
あの、確かに俺が話をしたのは確かだけどエッタパパについての説明が抜けて……。嘘は言ってないんだけど、言葉が足りぬのじゃ。
「ついに始まるのですね」
「……いや、何そのライフル」
「ものすごい指向性マイクです」
アイーダさんがSF銃みたいな自称マイクの銃口を遠く離れたゲートへ向けると、線で繋がったスピーカーから鮮明なサニティエッタの声が聞こえてきた。
ものすごいと豪語するだけあって、ゴール板の正面に陣取る俺達の位置から周囲の雑音をはね除けピンポイントで音を拾ってくるらしい。何だそのご都合秘密超兵器。
「お気になさらず」じゃないんだよ。気になっちゃうよ。
「んふふふふ、ついに、ついにや、ついにやは!」
「エッタさん落ち着いてください。出遅れても知りませんよ」
「ほえー、狭くて何か落ち着かんばい」
枠はじゃんけんで決めて真ん中にはエッタ、外側にエンリカで内にラベリテらしい。
さぁて、誰が勝つかな? この人数じゃどの枠に収まろうと大して変わらんだろう。俺の予想的には一切ハンデのないエッタが有利だけど、アイーダさん的にはどう?
「サニティエッタが一番に決まっているでしょう?」
しまった、この人は妹馬鹿だった。
『各ウマ娘……ウマ娘? 全員ゲートへ入りました』
会場が静まる。直前まで和気あいあいとしていたゲート内も緊張で静かになる。
この緊張感がたまらない。レースが始まるぞって感じがする。
──がしゃん!
ついに、ゲートが開いた!
「影縫い!」
「なんの!」
「うわあっ!?」
目の錯覚なのかエンリカとエッタがそれぞれ謎のオーラを纏ったように見え、唯一何も無かったラベリテだけが大幅に出遅れた。やはりあの勝負服は辛いか。
しかし一瞬遅れを取ったとはいえウマ娘。あっという間に引き離されて置いていかれているハリボテウッドをすぐ追い抜き、道化師の背中を追っていく。
ぐんぐんとエッタは伸びて直線を抜けて第一コーナー、その少し後ろをラベリテが続き、ハリボテはまだ200メートルと進んでない。
エッタが極端なストライド走法をする一方、ラベリテは分かりやすい小幅なピッチ走法。
エン……じゃなくてハリボテウッドは、足裏全体で身体を支えるスタイル。ウマ娘ではあまり見られないフラット走法というスタイルだ。
三者三様、それぞれのスタイルでターフを駆けていく。
エッタが逃げのポジションに収まるのも長距離を走るのも初めてだ。ペース配分や判断が分からず、第二コーナーを抜けて直線へ入った頃にはもうきょろきょろと周囲を見渡す集中力欠如のサインが出てきていた。
二周を走らなければというのに、序盤でもうか。だがラベリテが来ているのを察してちらちらと振り返りつつも前を走り続ける。
前方の二人が第三コーナーに辿り着き鍔迫り合う一方その頃ハリボテウッドは、ようやく第一コーナーへ差し掛かった所。
吹き始めた向かい風に紙袋をへこませながら、長距離ランニングにしてはそれなりのペースで飛ばしている。
あんな格好じゃ酸欠にもなりそうなもんなのによく頑張ってるな。
「あてを見よ、あてはここ、あては……」
アイーダさんの向けるマイクがエッタの恨み節みたいなのを拾ってきた。
ハリボテに注目したせいで嫉妬してしまったか。大丈夫だ、ちゃんとお前を見ている。お前に感謝。
「んふふ……」
ごーごーと腕を振ったら見えていたのかエッタが頷き、前を向き真後ろのラベリテを絶対に抜かせない。
集中力は持ち直したようだが……今度はスタミナがきつい。
元々中距離もだいぶ無理して走り抜けたエッタだ。気力で賄える分と合わせて長距離を走り切れるならそれだけでやるもんだろう。
「く……!」
第四コーナーを回って直線へ二人のウマ娘が帰ってくる。ラベリテは勝負服の重量でスタミナをかなり持っていかれ、もうかなり減速している。ここまでエッタにくっついてきたが、だいぶ離されてきた。
あんなハンデを身につけながら中央でGⅠを勝ち取ったエッタに付いていけたんだから、こんな不利な試合じゃなければもっと好戦した事だろう。
不憫だが仕方ない。勝負服を着てもいいかと聞いてきたのはラベリテなんだし責任は本人にある。
ハリボテウッドは……まだ向こうの直線だ。ぽつんと一人ハリボテウッド。
『3200mゴール地点、現在はサニティエッタが先頭です』
エッタがただの長距離なら終了のゴールラインを超えた。タイムは……仕方ないかという所。
ステイヤー達に比べたらこんなもんな針だが今のところは一位。だいぶ遅れてラベリテもゴールラインを切った。しかしレースは終わらない。
ウマ娘二人がへにょへにょになりながら二回目の第一コーナーへ向かう。ちょっとかわいそうだが、そういうレースだ。
「く、ふ、ふふ……良き滾る闘争を……!」
「……笑うなんて、余裕ですね……!」
二人から文句は出ない。むしろ楽しそうだ。
ウマ娘二人が一定の距離を保ちつつコーナーを走っていくまだ後方、ようやく第四コーナーへ入るハリボテ。
前方が体力切れでだいぶ減速している中で唯一ペースをキープできてる。もっと引き離されるものかと思ったが、思ったより善戦してるな。
「酸素が、入ってこねぇ……!」
しばらく経ってゴール板の前を通った時、俺へじゃない違う方面への文句が聞こえた。
でもハリボテウッドの声はウマ娘と同じく楽しそうだ。がさがさと頭を鳴らしながら走る二人を見て、首は下げない。
頭を覆う紙袋と着ぶくれする程の恰好。種族、身体能力的な問題がそもそも大きなハンデなのに……よくも諦めず走ってくれる。
「あいつ遅すぎない?」
「駅伝ならいい選手になりそうじゃん」
「はっはー、がんばれよー!」
3人しかいない、駆け引きも何もないのんびりとしたレース展開でかつ一名はウマ娘か怪しい覆面。
時間が経ち山場もないため観客席はちょっとダレてきた。年末に酒を片手にしながら眺める余興には丁度いいんだろうけど、酔っ払いが増えて治安が……。
……おい待て。なんでゴールドシップがいるんだ。ビールと焼きそば売ってんじゃねぇ!
「──よそ見をなさらず。来ましたよ」
アイーダさんが呟き、見れば最終コーナーを回ってエッタがやってきた所だった。
集中力もスタミナももう壊滅的で、歩いた方が早いんじゃないかと思うくらいの足取りなのに、それでもファンサ―ビスとして観客席へ手を振る。道化師のプロ根性だ。
ちょっと後ろを着いていくラベリテは、もう本当に死にかけ。エッタを見習ってファンサをしようと顔を上げるも肩が上がらない。
動きにくいし重いし疲れ切ってるし、しょうがない。膝を震わせながら「ひ、へへ……」と、らしくない声を漏らしている。
「ハリボテのやつは……なかなか頑張ってるじゃないか」
「はい。ですが」
エッタとラベリテが直線へ入ったタイミングで、ハリボテウッドが最終コーナーへ突入した。
かなり追いついてきている。圧倒的なスタミナ管理のみでじりじりと追い抜かさんとしている。
呼吸はだいぶ乱れているが、このままいけばもしかしたら……!
だがアイーダさんは何かを感じ取ったらしい。空を見た。
それに釣られて俺も空を見た瞬間、マイクが悲鳴を拾う。
──故障か!?
「いいえ。ただの強風です」
「うおっ」
遅れて俺達の所へも風が吹き抜けた。油断していたからつい倒れかけるほどの強風だ。
意味不明な高性能のマイクですらボボボボボとノイズを拾っている。アイーダさんのメイド服がもの凄くはためく。
観客の俺達でこれだ。走ってる彼女等は……。
「ハリボテ……!」
エッタは風に背を向けて丸まって凌ぎ、ラベリテは剣を地面に差し盾を構えて膝立ちで耐え、ハリボテは……。
ハリボテウッドは、無駄に装着していたマントが風を全て受け止めて吹き飛ばされかけている。
頑張ってはためくマントを手で抑えて、もう片方の手で紙袋を抑える。しかし、紙袋は無慈悲にも破れて消し飛んだ。
「あ──」
それでも進もうとした結果、最終コーナーを曲がれずハリボテが転んだ。
正体を隠す紙袋を追いかけようとして、体勢が崩れ、マントが風に遊ばれ。
ごろごろと転がって起き上がろうとした時、後ろを振り返ったニコルラベリテと目が合ってしまった。
ハリボテウッドとしてではなく、エンリカという存在の状態で。
「エンリカ!?」
「……ベリー……」
風が止む。二人は見つめ合ったまましばらく動かなかったが、先に立ち上がったのはラベリテだ。
剣を支えに立ち上がり、背を向けてゴールへ向かう。
「待って!」
エンリカが本気の悲痛な叫びを上げた。
だがそれにラベリテは応えず振り返りもせず、遠ざかっていく。
サニティエッタも同じだ。
風に耐えるため丸まっていたが、今はもう前へ進み始めている。
二人ともレースを完走しようという中、エンリカだけが地面から声を上げる。
「あたしを置いていかないで! ベリテット!」
ラベリテの足が止まった。
その名前はたぶん、子供の頃からの呼び名か。
「リ……ゴ、げほっ! ひとりにしないで……!」
ムセ込みながらエッタの事も呼び止める。
約束は人を結びつけるもの。それがなくなれば、ウマ娘ではないエンリカは?
仲のいい連中が、じゃあと離散するのは想像つかないが不安になってきたんだろう。置いていかれるというシチュエーションに身を置かれ。
「ベリテ──」
「──ボクは、ニコルラベリテだ!」
ラベリテが声を上げた。
「もう子供じゃない。でも、一緒に走るんだ」
「べ、リー……?」
「……じゃあ、待ってるから」
大人になっても一緒。変わらない……ねぇ。
ラベリテが前を向き、エッタを抜かさんと身を引き摺りながら走る。待つと言っても立ち止まる気はない。
これは約束したレースなのだから。
「……そっか……」
取り残されたエンリカは、納得したように立ち上がった。段ボールまみれのマントに手をかけ、投げ捨てる。
マントだけじゃない。
ウマ娘と偽装するためだけの、手縫いの勝負服すら脱ぎ捨てた。
偽物の耳も、尻尾も捨てる。
そこに立っていたのは、ただの人間だった。
夜に見たランニングウェアに身を包み、人として走る為の姿のエンリカがそこにいた。
「なら、勝負だ!」
正体を明かした人の姿のエンリカが、ついに走り出す!
「やっと来たね、エンリカ!」
「んふふふふ、そうこなくては!」
ラベリテもボロボロだろうに足を動かし、エッタも追い付かれてたまるかと最後の力でゴールへ向かう!
それぞれのペース、それぞれの走り。
それぞれの距離が、隙間が埋まっていく。
「勝負だ、
「こい!」
ラベリテの名を叫びながらエンリカが並び、二人揃って競り合いながらエッタに迫る!
ゴールは目の前だぞ、サニティエッタ!
「がんばれ、エッタ!」
「ふんぬぁ!」
俺の声援に合わせてエッタが頭を突き出してゴールへ突撃する瞬間、後ろから丁度ふたりがやってきた。
三人が横に揃う。
横一列で、ゴールを通り過ぎていった。