☆サニティエッタ
勝負事には奇術を使わずルールは守る系道化師。
ルールを間違えたりはする。
☆常禅寺/ジョゼトレ
勝負は正々堂々派。でも大体勝てない。
「ブルーファルコン、怪我からついに復帰。
レース中の事故で引退も危ぶまれたが、完全復活を宣言し帝王賞へ挑む」
「ふーゆ」
「ドラゴンバード絶好調。
驚異の末脚“ブーストファイヤー”がファンの心を掴んだ」
「なーつ」
「ブラッドホーク登録抹消か?
替え玉疑惑、学費未納による退学の噂……」
「はる!」
「ブラックブルによる温泉レビュー集、大好評発売中。
ライバルであるブルーファルコンを療養に誘う場面も」
「ふゆぅ~……」
「アストロロビン新曲発表──」
「──さにてぃ!」
チームの小屋で情報収集していた所、授業終了の鐘と共にエッタの襲撃を受けた。
後ろから首に抱き着かれ、重心が後ろへ寄り座っていた椅子が傾く。
普通なら慌てる場面だがまぁ大丈夫だろう。
エッタは加減のできる良いウマ娘だ。このまま倒れ込むなんて事はない。
なんたっていつもふらふら動いてるお陰か体幹はいいのだし。
倒れそうで倒れない、そんな狭間を行くのはお手の物……。
あれ、ちょっと? ほんとにこれ大丈夫?
思ったより傾いてるんじゃっ、エッタさーん!
「わはー」「うひー!」
どっすん。
エッタを下敷きに──する事は当然無く、地面からの衝撃は背もたれ越しに直接俺を殴った。
肝心のサニティエッタさんはというととっくに離脱しており、扉からひょっこり顔だけ出してびっくりしてる。
びっくりしてるけど、顔には出さない。声だけだと分かりにくいかも知れないがこの娘は無表情がデフォ。
本当に楽しい時やレースに勝った時などはちゃんと笑うものの、日常では眉だけがひょこひょこ動くのだ。
よーく見ればわかる程度の表情変化を見抜けば君も道化師二級になれるぞ!
一級は宇宙を感じる。
「なぜ、引き倒した?」
「
上座にいる俺を後ろから強襲したというのに出入口である扉へ瞬時に移動しているのに関しては、もうどうだっていい。
下敷きになりたくないからって一人だけ脱出奇術で逃れよってよぅ。
オラおでれぇたぞ。
「それよりジョゼトレどうされましてし雑誌読み? 何読み上げてや誰話! あてはここ、見よサニティ! 秋の季語!」
「情報収集。競争相手の事は知って対策してかないとな。あと今は3月だ」
座り直すと隣へエッタがやってきたので、読んでいたものを渡す。
次の出走予定となっている帝王賞、いい加減に対戦相手の事も頭に入れないなと思い色々調べた訳なのですよ。
お陰で、厄介な現実が見えてきたわけだが。
「ブルーファルコン、復帰レースに帝王賞だとさ」
「ふぁーゆー?」
「おま、同期ならこいつのことくらい知っとけ……?」
てか一緒に走った事あるよな?
「んー……」
「覚えてないなら仕方ない」
「うい!」
青い勝負服に黄色いマフラー、謎に包まれた素性。
あらゆる能力を高水準に備えた同年代最強ウマ娘の一人だ。
直線に特化したブラックブルやここぞって時の爆発力が凄まじいドラゴンバードと比べてバランス重視。特徴がないって見方もできるが、どんな状況だろうと冷静に対応し勝利を掴むのはこいつしかいないだろう。
レース中の事故でしばらく入院生活だったらしいのに……エッタが挑む帝王賞を復帰レースに定めるとは。
怪我の完治はちゃんと祝ってやりたいんだがタイミングが悪い。
「こいつが出てくるなら芋づる式にブラックブルやドラゴンバードも出てくるだろうし、参ったな。ハッピーミークとの対決どころじゃねぇ」
「猫よねうねうまどろみのにゅう、なれば丸まれ毛玉こそなれ」
「こいつら全員で海外レースに殴り込みしに行くって噂がホントなら、さっさと行って欲しいもんだぜ」
「勝負よ猫よ、真剣ネズミ狩り。お土産ですか? 置きて起き!」
俺の独り言を無視してエッタはとててと小走りに窓へ行くと、かららと開けてがさごそ何かをしている。
しばらくして……木彫りのネズミが出てきた。
小屋の中に鎮座している謎の巨大招き猫の前に置かれ、あたかも猫のお土産みたいになる。
意味するところは分からない。
「あての走りレースはジョゼ
うーん……確かに無理って思えば回避もやむなしか。
走ったぶんは経験になるだろうが、それだったら勝てる見込みがあるレースへ向かった方が気分も良いし。
わざわざ黒星を集める必要もない……んだけど、それだと桐生院さん&ハッピーミークへが申し訳ないしな。
「いいや前向きに考えよう。強豪とのレースの雰囲気を知るって感じは?」
「ぬい! ぐる、み!」
ひょいひょいとお手玉をするように取り出したのは、先日ゲームセンターで大量入手したぱかプチ達。
置く場所はもうないのでは? と思うが、そこはサニティエッタ。
両腕でがっしゃーんと謎の置物達を弾き退けると、そこのスペースへぱかプチを並べた。
ちなみに地面へ落ちた筈の物共は視線から外れた瞬間に消滅してる。多分サニティエッタ空間へ消し飛んだ。
新潟の家で同じように消されていった物達を確認しているので、恐らく向こうへ送られているんだろう。
マジでどういう奇術なんだそれ。
「エッタ的にはどう?」
「しきしま」
「そうか……」
俺の判断次第、と。
ちなみに今のしきしまっていうのは
ようはどういう意味なのか分からん。助けてくれ。
「こたへはそう!」
ニコルラベリテとエンリカのぱかプチをぐにぐに撫でてたエッタは狭い空間でひょいと宙返りすると、反対の壁際に佇むホワイトボードの前に立つ。
黒ペンを持ってきゅっきゅと文字を並べた。
「芝踏めば衣装崩して迫る風。身うちなれども振り向くなかれ」
おお、サニティエッタ先生の新作だぁ!
「この詩の味はー、ここ!」
ぺしんと叩かれたのは『身うち』の部分。
注釈として、横へ『身内』と『身打ち』の漢字があてがわれた。
なるほど、あえてひらがなにしておくことで想像の余地を広げると。
「んー……レース、出とくか」
「そうこなくては!」
よく分からんが、出たいという意思を感じた。レースなんだし出たとこ勝負。
誰が相手にしてぶつかってこようと、振り向かず吹き抜けるのみよ。
「よし、さっそくトレーニングだ!」
「おー!」
エッタの弱点はやはり集中力だ。
スピードやスタミナ、パワーは持ち前の身体能力で十分。
そこへプラスされる野生動物的な視野の広さと反射神経は、直感や諸々の思考と上手く噛み合わさる事でどんなバ群からでも抜け出す脱出奇術をも可能とする。
唯一であり最大の弱点である集中力の問題さえなければ三冠をも目指せた逸材だろうし、三冠へ拘らなくとも育成次第でマイラーとしての地位を作れた。
今そうなってないのは新人の俺がって所はある。
しかしエッタが俺を選び、俺もエッタを受け入れたのだから「たら」とか「れば」とかはナンセンス。
すべきはトレーニング!
「ジョゼトレ何をばしましょうか? あてにお任せトレニング!」
「賢さトレーニング」
「……あては、賢くなかった……?」
そういう意味じゃないけど。
「なんか良く分からんが、賢いとレース中にすごいらしい」
「なるほど! かしこい!」
なんだろう、俺らまったく賢くない気がする。
「てなわけで将棋台を持ってきたんだけど、体育館のど真ん中でやる事じゃないよねこれ」
これだったら小屋でも良くない?
しかも前にこれ使ってた奴が何を勘違いしてるのか分からないけど、駒が香車しかない。
全軍突撃しかないんだけどこれ。
「あと重大な事に気が付いた」
「んゆ?」
「俺、将棋のルールしらない」
「あても」
広い体育館には俺とエッタの二人、ど真ん中には畳と将棋台。
お互いルールも知らないし、どうしろと。
賢ければこうならなかった気がする。
「まぁまぁ落ち着きなされ。本懐は将棋そのものではないのだよ」
「なぜましなられるるポーンは前進」
説明書を読んで並べていくと、その途端にエッタがどこからか召喚したチェスのポーンが飛び入り参加。
平面な兵たちに並び立体の兵士が佇むシュールさ。
で、でもほら、本懐は将棋じゃないからセーフ……。
「んでぇサニティエッタ殿よ」
「なんでしょか? なんでしょう!」
「集中力トレーニーング!」
説明しよう!
ここで集中力をこう、レース後半くらいのぐだぐだ具合に削ってから走るのだ!
「んふふふふ。あてに勝てるとお思いでもい!」
体育館の外ではハッピーミークと桐生院が既にスタンバっており、向こうはこっちの準備が整うまでスタミナ強化をしている。
双方疲れた所を併せでゴーなトレーニング。
今日に限らず誰かの予定さえ合えば併せを手伝って貰ったりすればエッタの力になるだろう。
では、いざ勝負ッ!
「あてが先!」
眼鏡を装着した道化師様が手元を動かし……何も動かさない!
「★→★★、★★→★★★、★★★→★★★★、使い魔」
「なんて?」
盤面に置きっぱなしなポーンを三段階進化(?)させると、盤面に別の駒を追加した。
ルールは分からんが、明らかに俺の知ってる将棋と違う。
てか将棋にはポーンはないしそこからして違うんだけども。
「じゃあ次、俺な」
「どぞどぞんふふー」
エッタさんが楽しそうだしいいや。
何度も言うが俺もルールが分からんので、とりあえず説明書片手に自分のを適当に動かす。
目的はエッタの集中切れなので勝敗はどうでもいいのだ。
「どうぞ」
「★★★★→★★★★★、必殺の一撃」
「なんて?」
ポーンは更に進化すると、謎の波動を出して先ほど動かした俺の駒を粉砕する!
「どぞどぞ」
いや、どぞどぞじゃなくってさ。ナニソレ。
今更いうのもあれだけど、超常現象を起こさないで頂けます?
「ミス?」
ある意味ミスだと思う。
「ならばあてのターン!」
あ、ミスっってのは俺が行動できないって確認なの!?
「必殺の一撃」
超進化ポーンから発せられた謎の攻撃が、俺の王を砕き爆破する。
「……さてはエッタ、お主もう既に集中力ないな?」
「ルールが分からぬなられば道化、されば粉砕しせしぞ終わり!」
よし、外行って走るか!!
「任されよ、走りゆえにてウマ娘!」
「ゴーゴー!」
指を扉へ向けると、飛ぶように走っていき消える。
反対側の扉から飛び出て帰ってきた。
「よし! 一緒に行こう!」
「らじゃっ!」
ひとりじゃ向かえないなこれだと!
「こうなるのは予想外」
一緒に走ってこう的な気持ちだったのに、エッタさんはどこからか取り出した麻袋に俺を詰めると肩に担いで走り出す。
こういう時は瞬間移動を使ってくれないのねー。
「そういやもう3月かぁ」
「もうですよ? 春近く!」
「新入生の歓迎とかファン感謝祭とか、忙しくなるぞー」
「おわー! お祭り騒ぎ!」
ちょっとした話題。これで走りに集中できまい。
「あ。エッタ」
「こんにちはー」
ハッピーミークと桐生院さんの声が聞こえたので、エッタにリリースコールを送る。
走ってこい、サニティエッタ……! 勝て、この併せに……!
「任されよ? 任せて良い!」
俺が麻袋に入ってることを忘れているのか、あるいは道化師的なノリで脱出できると思っているのか。
そのまま地面へゴシャァァって突撃した俺はウルトラ怪獣ツインテールのようなポーズで地面の振動を感じるしかできなかった──