道化師系ウマ娘に振り回される話   作:親友気取り。

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晴れ時々曇り

 備品として脚付きの大きめなホワイトボードを借りられたので、さっそくがらがらと運んでいく。

 今まではレースについて口頭と手書きの画用紙で説明をしてきたけど、いつまでもそれではいかんなという気持ちで借りてきた。

 

 一つはトレーナーとしてのこれからを考えた際、複数人を相手に効率よく説明のできるこういうボード的なのを使えた方がいいって点。

 もう一つは、今担当しているウマ娘のサニティエッタの為に。

 

 

「あ! トレーナトレナートレナーナー!」

「よう。今日も元気だな」

 

 

 エッタは俺が渡す画用紙を色付きのファイルに仕舞うことで管理し紛失しないよう頑張っているけれど、それでも受け取った事そのもの自体を忘れてしまうことが多々ある。後から予習をしてきたかって聞いて、そういえばって具合に。

 そこで寮で同室のハッピーミークに何か防止策は思い付かないかと聞いてみれば、エッタは予定を書いた紙を自分で用意しスマホのカメラで撮り、ホーム画面の背景に設定をするって対策をすでに自ら行っているという。

 姉に謎のアプリを詰め込まれて数時間しか命のないスマホでも、やらないより全然マシな効果が発揮されているらしい。

 

 ただ、予定を書き込んでいるのはエッタ自身なのでそこでそもそもの抜けがあると最後まで気が付けない。

 そこでこのホワイトボードに予定を書いとけば、エッタが最新情報を自発的にパシャっとやって動いてくれるってワケ。

 表は次レースの予定と作戦、裏は練習の予定表として扱うって具合にしてけば問題なかろう。

 

 俺っちも慣れたもんだと誉めてくれ。

 今や隣をエッタが歩いているのに対しあまり気を張らなくなってきた。

 空を見上げる余裕すらある。 

 

 

「それにしたって何というか、個人的なんだけどさ」

「んゆぅ?」

「冬景色っていうの? 枯れ葉の落ちてて木が枝だけって風景からなんか凄いノスタルジック感じる」

 

 

 今日は午後から時々曇りって話だったけど、今のところは快晴だね。

 脚付きの大きめなホワイトボードをがらがら転がしながら、なんか急にノスタルジーな気持ちに包まれる。なんだろうね、パリパリに砕けた落ち葉の匂いがそうさせるのかな。

 土と葉がすぐそこだった少年時代よ……。僕は大人になりました……。

 

 

「雪降りやらぬやら冬支度。あての待ち持ち景色は白化粧」

「あ、そっか。新潟って結構雪降るもんな」

「こんな景色は冬の始まりまだまだ出先」

 

 

 東京じゃ雪も珍しい。

 ちょっと積もっただけでもニュースにもなる。

 

 エッタは地面から適当な枝を拾うとぶんぶんと振ってご機嫌に歌う。

 歌う、というか変なリズムを刻んでるだけだけど。

 

 

「う、るる、ら、どぅー。だんだん。あー、ぐ」

「それは……なんだ? なんのリズムだ?」

「あてのリズムは七五調、ジョゼトレあなたもテンポをどうぞ? 癖になります口調です」

 

 リアルタイムでその喋りを駆使するのは無謀だと思う。ラッパーじゃない限り。

 

「苦労はなさらず無謀もあらず! あての喋りに授業が必要? 九重の吊り橋ようこそ道化によしなにどうぞ!」

「ノリノリだねぇ。でも俺はエッタ語を習わない」

「んゆむぅ……」

 

 

 道化師ウマ娘と他愛もない雑談しながら歩き、チームルームにホワイトボードを担ぎ込む。

 各トレーナーに一つずつ貸し出されるこのチームルーム的な部屋だけど、特に実績もメンバーもいないので適当な空きスペースに建てたみたいな質素なプレハブ小屋だ。

 作戦や出走レース、衣装合わせだとか打ち合わせだとかをするには充分なんだけど、暖房器具も持ち込んでないしこの時期はやはり寒い。

 

 風は防げてるし野ざらしよりかはマシ、とここは考えよう。

 俺に続いて小屋に入ったエッタは手にしていた枝を床に放り投げると寒さも気にせずパイプ椅子に飛び乗り、机に置いたままにされているみかんをさっそく食べ始める。

 新潟出身だからなのか、雪国の血なのか、寒さに対する耐性があるのか、とにかくこいつは全く寒さを気にしない。

 

 冷え性な俺にもその能力分けてくれよ。

 ホワイトボード運んでたからこっちはこんなに手先が冷たく……。

 

 

「……」

「もんぐもぐもんぐ」

 

 この無防備な首元、狙えるな。

 

「えい」

「ひゅぉぁああっ!?」

 

 温かそうな首元を後ろからぺたっと冷たい手で襲撃すると、未知の生物が鳴き声を轟かせた。

 皮の剥き終わったみかんをテーブルに落とす程の冷たさだったらしい。手をどけた後も変なポーズのままフリーズしてる。冷たいだけに。

 クク、普段この俺様を振り回すからそうなるのだ。

 

 

「な、なじぇ、ゆえにて……!?」

「じゃ。ミーティングはじめるぞー」

 

 

 議題は、昨日メールで伝えた通り今度出走するホープフルについてだ。

 ちゃんと確認してくれたよなー?

 

 

「……お?」

「いや確認してないんかい」

「あ! そいえば変なの届いてた」

 

 

 トレーナーからのメールを変なの扱いするんじゃない。

 

 

「話も進まんし続けるぞー」

「おー」

 

 

 今度向かうのはジュニア級で唯一の重賞かつGⅠ、ホープフルステークス。

 中山レース場で繰り広げられる、その年最後の大勝負だ。

 来年の有力株的なのを見極めるレースにもなるからホープ。そんな試合。

 

 実力もあるし来年からはすぐGⅠと言わずとも重賞自体には挑むつもりでいたけど、まさかこんな早くに勝負が始まるとはこの常禅寺の目をもってしても云々かんぬん。

 ここで勝てば実力を証明出来てファンも増えるし、負けたとしてもそれはそれでいい経験になるだろうとは思う。

 

 

「てなわけで、仮に負けてしまおうが俺は気にしない。好きな気持ちで走ってくれ」

「なるほど了解了承どるほなりょ!」

 

 

 負けて落ち込まないよう保険をかけたが、それにはちゃんと理由がある。

 単純にこのレース、負けイベントなんじゃないのかってレベルでエッタと相性が悪いのだ。

 ……負け前提で考えてるってのは、あんま言わんほうがいいんだけどねー……。

 

 

「んゆ? んんんぬ? んんー」

 

 

 それでもミーク(の発言を受けたメディア)の挑発に乗ったのは、仮に負けてもここでの経験は良いものになると踏んだから。

 宇宙航行には重力に引っ張られるのを利用し、遠回りだけど燃料を節約しつつ飛ぶスイングバイという技術がある。

 それに引っかけて言えば、負けは遠回りだけど確実に前へ進める効率のいい経験だろう。

 

 

「みかん美味しや冷たき甘味、りんごも食べたきさくりしゃくー」

 

 

 ホワイトボードにホープフルの舞台である中山のコースを描いていると、暇なエッタが椅子をがったんがったん鳴らしながら歌う。そういえばこいつ、りんご好きなんだっけ。今度買ってこよう。

 まぁそれは置いといて復習タイム。

 さて道化師様よ。此度のレースについて説明していくぞー。

 

 

「ホープフルは2000mの芝、右回りの中距離だ。そんで、中山の直線は短いぞって言葉がある通りラストの直線は他のコースと比べると短く、かつ上りになってる。ここまでは基礎知識として覚えておいてくれ」

「新潟直線最長あられ、あらま真逆のらまあられ」

「あー。そうね、新潟の真反対かも」

 

 

 で、問題はここから。

 俺がこのレースを不利と思ってるその理由。

 

 エッタは本人の希望もあり、こっち(中央)に来てからダートをメインに走ってきた。

 地元で芝を経験してない事はないんだけど、その感覚を約一年ぶりにぶっつけで思い出せと言うのは無茶ぶりになるだろう。

 今から勘を取り戻しに練習場借りて慣らしていくにしろ、他の練習をおろそかにするのも怖いし。

 

 特にスタミナ。あとできれば集中力。

 

 心配事その2は2000mという距離だ。

 本人曰く新潟にある最長の1800mコースがぎりきり、俺もそこと本人の性格を合わせて中距離は避けてマイル距離までに絞ったレースと練習をさせてきた。スタミナを増やすトレーニングは積んできたつもりだけど、恐らくまだまだ足りない。

 だいたい10%増しくらいの距離じゃん頑張れば行ける、とは無責任に言えることじゃない。この200mに命運を握られているのがレースというもの。

 1400m短距離までは余裕で勝てたのに1600mマイルになった瞬間、途端にボロ負けてしまった学級委員長ことサクラバクシンオーがいい例だと個人的に思う。

 

 中山のラスト、直線310m上り坂。

 ただでさえスタミナぎりぎりなのに、ラストスパートで上りはキツいぜ……。

 だからホープフルに出す予定は元々無かった。

 

 んー、しかしゲームでいう負けイベントたるこの状況をどう説明しようか。

 

 

「何かをお悩みつくつくほーし? ご命とあらればつくつくほーし」

 

 

 ……なんでツクツクホーシ?

 

 

「つくつくうぃーゆ、つくつくつくつく……」

 

 

 ご丁寧な事に鳴き終わりらへんの「つくつくほーし」を維持できなくなってる場面も完全再現じゃん。

 でも俺、夕方のひぐらしの鳴き声の方が好きなんだよなー。

 なんというか、あぁ、今日も終わりだなって感じのノスタルジーがさ。

 

 

「ひぐらし……。ひぐらし?」

「あれ、知らん? いたじゃんなんかさ、カナカナカナカナって鳴ってるやつ」

「ふむぅ? 慈悲心鳥なら鳴けばする」

 

 

 むしろその鳥がなに?

 って違う違う、セミとか鳥の話がしたいんじゃないんだよ。

 今回のレースはエッタに不利だしどう作戦立てようかって話!

 

 

「あれまれま? 不利ですか? 大変です」

「……あ」

 

 

 しまった、つい勢いで。

 

 

「ふむむぅならればどうにもあるまい作戦会議を続行です」

 

 

 気にしてなさそうだしいっか。

 

 

「芝は経験してるからまだいいとして、一番は距離なんだよ問題は」

「あてもそこあば気になり申しやりなばつくつくほーし」

 

 

 エッタのスタミナが長く持たない理由は、踏み込みに力が入り過ぎてる癖にある。

 走ろう、前へ進もうという意思が強すぎる為と個人的には推察しているけど本当の所は分からない。

 

 言葉で教えても自制が利かないらしいのがサニティエッタという個人だ。ちょこちょこ矯正は試みてきたけど、もうこの癖はあまり直らないと諦めた方がいいのかな。

 だからといって何もしないのもー……。うむぅ。

 

 

「というかそもそも、仮にスタミナが足りたとしても集中力の問題がな」

「そうですね」

 

 うわぁ! いきなり落ち着くな!

 

「たまに出します素のエッタ? ギャップが大事とお学びしてます道化師です!」

「よかった……みかんの食べ過ぎで狂ったのかと……。いや、普段がおかしくて普通の敬語が、あれ?」

「どうかされまししまれかさ? はしご外して大混乱!」

 

 

 いかん、落ち着け。

 エッタが普通に喋ったくらいで取り乱してはならん。

 あの道化師様だって人間社会に生きるひとりだ。普段の喋りがなんであれ、その気になれば敬語の一つや二つくらい。

 

 

「んん。で、サニティエッタさんや」

「はいな!」

「実際のところ、集中力って持ちそう?」

「やってみなねば分からに申し」

 

 

 ようは分からんのね。

 

 

「ジョゼトレそれほど心配す? あての信用そこまであらずやつばめよ」

「今までの振る舞いを見ての信用っちゃ信用かなぁ」

「ふる、まい」

 

 

 最終直線、残り約300m。

 コーナーを回ったエッタの視界には観客席が大きく映るだろう。

 疲れてきたレースの後半でそうなれば、ゴールまでを真っ直ぐ全速力で行けるだろうか?

 とても怪しい。

 

 

「練習で同じ距離走っても観客までは再現できないから、ここはレースで経験積むしかないのよなぁ」

「あては……」

 

 

 耳をしんなりさせたエッタが小さく呟く。

 

 

「走り、ますよ? 目指します。ウマなので」

「エッタ?」

「脚で証明いたします? しましょうぞ、サニティを」

 

 

 なんか、どうした?

 何か俺変なこと言っちゃった──

 ──あ、駄目な奴として信用してるって感じに取られちゃったのか!?

 

 

「ち、違うんだエッタ! 何ていうか、その、エッタにはエッタなりの裁量があるっていうか!」

「んゆ……」

「エッタがエッタなりに努力してるのはとってもよく知ってる! 自分で忘れ物多いいなって自覚して少しでも減らそうとしたり、とか、色々さ!」

「んんん……」

 

 

 必死に色々伝えると、エッタはにへらと笑ってみかんを食べた。

 落ち着いてくれたかな……?

 

 

「サニティエッタはご覧の振る舞いいつでも道化、努力虚しく届かぬ成果もあられやあわれ。されど仕方なしにや諦め肝心回り道」

 

 

 おっ……と……?

 今度はなんだ、どうした?

 

 

「あては頑張りしもうとします。故に、見捨てばあらぬと願い(くし)

「んん? 見捨て……?」

 

 

 俺はエッタが成果を挙げるのを楽しみにしてるし、もう最後まで面倒見るつもりだぞ?

 食べていたみかんの一つが差し出されたので食べる。

 

 

「最後、まで?」

「だってさ、他のトレーナーにお前のこと任せらんないじゃん?」

 

 

 様々な事情から。

 

 

「あ、う……ぅあ?」

 

 

 今度はどうしたそのうめき声は。

 と思ったら一転していつも通りの変な笑いをしながら席を立ち、エッタがとててと駆けて、俺の腹に頭突きを゛……ッ!

 

 

「こ、攻撃はやめろ……」

「んふふふふ」

 

 

 がちゃんと音がして見てみれば、手錠でまた捕まえられていた。

 これはあれか、逃がさんぞってやつか。

 逃げるつもりはないけどこうされると色々怖いんだって!

 

 主に、俺の社会的立場が!

 

 俺の立場が!

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