希望の星を見定める、そんな感じのホープフル。
折り畳んでカードケースみたいになる小さな安いこの双眼鏡も今は望遠鏡となる。
がんばれエッタ。
ごーごー、サニティエッタ。
強靭なその足で大地を破壊し名を知らしめよ。
道化師ってどう考えてもパワー系の響きがしないけど。
こう、エッタがスキルを持つとしたら「気まぐれアタック」とかさ、道化師ならそんな感じのじゃん?
少なくともパワー
……俺、何考えてるんだ?
パドックでくるくる回りせわしなくそわそわ動くサニティエッタを見ながら、寝不足故の変な思考回路がレース云々以前の状態になってる。
ぱたんと双眼鏡をあくびと共に仕舞って、がんばれーと応援。
気まぐれアタック云々はさておき、俺の犠牲程度でエッタの寝不足を回避できたなら上々なもんだろ。
ごーごーエッタ。
がんばれサニティエッタ。
俺の屍を越えていけ。
「あい焼きそば一丁」
「おうありがと……って」
貴様は、十傑集……ゴールドシップ!
「その通り、よくご存じだー」
ご存じも何も、お前が教えてくれたんだからな。ホープフル。
「そーだっけか? てかボケたんならオチまでやれよオマエ」
あ、割り箸もセンキュ。
てかなんかこの焼きそば黄色くね?
まぁいっか──って、辛ァっ!?
「何で紅ショウガの代わりにからし!? 狂ってんのかてめぇ!」
「おーう、エッちゃんがんばれ~」
「無視!? オチまでやれよテメェ!」
ペットボトルを渡された。あ、これお茶?
センキュ……。
「って何だこの味! いやこれ出汁じゃん!」
「エッタのやつおもしれーからな。折角だし応援しに来てやったぜー」
「またネタ無視かよ! 何でもいいよもう……。応援に来てくれたってんならあやつも嬉しいだろうし……」
道化師様よりこいつの方が振り回し
ゴールドシップとかいうやつ、サニティエッタよりやべーんだけど。
友達は選んだ方がいいぞエッタや……。
「んで、勝てんの?」
突然真面目な口調で聞かれる。
勝てるのか負けるのかって二択ではなく、勝てる見込みがあるのかって話だろう。
それに対する答えは、勝つと信じてるとしか言いようがない。
「ふーん」
「聞いた割に興味ないのな」
「そら応援するしかないかんなー」
それは俺も一緒よ。ここまで来たら見守るしかない。
だからその普通の焼きそばくれ。俺のからし焼きそばと交換してくれ。
「眠気覚ましにしろっていう、ゴルシちゃん様からのお気遣いだぜ」
あーそう。確かにエッタの寝不足を肩代わりしてたし助かるけど、でも方法が捨て身過ぎひん?
普通にエナドリでも買ってくれた方がまだ健康度の消費を抑えられる気がする。
遠くの舞台でにへらと笑ったエッタが不思議なテンポのステップでパドックから消えて、次のウマ娘が……ハッピーミークが出てきた。
ライバルとするには気が早い感じもするが、競争相手がいるのは成長にも繋がるし悪い事じゃない。
歓声に大興奮だったエッタとは真逆にぽけーっとしているミークは軽くガッツポーズを決めると、すぐに下がっていった。やっぱりアピールは苦手らしい。
うちのウマ娘とはやっぱり真逆だ。それゆえに、ライバルとしてちょうどいいけど。
で、俺のライバルはこのイエロー焼きそばなんだよな。
どうすんだよこれ、食うのつれぇわ……。
「おいパドック終わったぞ? 声かけに行かなくていいのかよ」
「すまん、焼きそばに必死だった」
急いで移動しよう。
今更新しく言う事はないとはいえ、何はともあれ頑張れって直前にも伝えておかねばなるまい。
あいつは俺の思ってるより繊細なんだ。
移動ッ!
って、あらゴールドシップもくるのかしらん?
「折角だしなー、よっと」
「わ、ちょっとゴールドシップさん!?」
おい何してん……って、メジロ家のご令嬢捕まえてんじゃん!
ちょっとちょっと、時間無いんだからその野生のメジロマックイーンさんを放しなさいよ!
色々言いたいが移動は続ける。
言い争う時間も勿体ないのでお嬢様抱っこされたお嬢様には諦めて頂き、スタッフ専用の扉を通って裏方へ。
華やかな喧騒とは真逆に静かで簡素な通路では、所々で出走待機のウマ娘がチームメンバーやトレーナーから声を掛けられている。
エッタはどこだろう?
きょろきょろ見渡して……いた。
壁際にひとりできょろきょろしていて、こちらを見かけるとすぐさま寄ってきた。
「むむぅ、心寂しく集団渦中の孤独の道化。お迎えも少し早めにお願いトレーナー!」
「すまんすまん。からし焼きそば食ってて」
「……何ですそれは? 名物でしょうかそうでしょう?」
「出汁もあるよ」
「そは飲むっ!」
おいおい、レース直前なんだからがっつくんじゃない。ちょっとだけよ。
つか出汁が好きとか意味不明だなお前も。
これをセレクトして持ってきたゴールドシップも意味不明だけど。
「ぷはっ。……それとそちらはお友達。応援声援感謝の道化」
「おう、マックちゃんと一緒に来たぜー」
「
「──マックイーンも応援してるってよ!」
メジロさんの言葉を遮りつつ、ゴールドシップがはやし立てた。
もしかしてこいつ、みんなが応援してるって雰囲気作る為に拉致ったのか? ご令嬢を?
確かに他を見れば、似たようにチーム単位の群れが応援をしている。
賑やかで人が好きなエッタならそれを見て気にかけてしまうかも、というのを予想して……っていうのはこのウマ娘に対して期待し過ぎか?
普段から意味不明な事するし偶然って感じも、偶然ならそれはそれで助かるけどさ。
「エッタ。やれることを全力でな」
「任されよ!」
シンプルだけど、サニティエッタというウマ娘には充分だろう。
物欲しげな雰囲気を感じ取って頭を撫でてやれば、にへらと笑って喜んでくるくる回った。
そして最後にぺこりと深くお辞儀をすると、とたたたと駆けてゲートへ向かう。
頑張れ、エッタ。
「良い信頼関係を築けていますのね」
「だろ?」
後ろからメジロさんにそう言われてなぜかゴールドシップが胸を張ったけど、信頼関係はいい感じだと思う。
不思議なもんで、波長が合うというかエッタとはなぜか上手くかみ合ってるというか。
心地の良い距離感だぜ?
まるでメジロさんとそこのゴールドシップみたいな感じ。
「え、そんな風に見られてますの?」
「おいそれ普通に傷つくぞぉ」
仲良しだなぁ。
「そんな風に見られてますの?」
「2回言ったな!? う、うぅ、うわぁ~~ん。マックイ~~ン~~」
「な、泣かないでくださいまし!」
クッソ分かりやすい嘘泣きに引っかかってる!?
ゲート待ち、出走待ち。
ゴールドシップとメジロのお嬢さんはお友達を待たせているようなのでそっちへ行ってしまった。
わざわざ俺達に時間を割いてくれてた辺り、やっぱり気の良いヤツだ。
しかしこうして考えると、やっぱりいいなぁチームって。
ウマ娘の多くは走りやにんじんが好きな他に群れという単位を好む。
それが何故なのかは分からないけど、応援してくれる仲間っていうのはモチベーションにもなるしデメリットは少なかろう。
でもエッタの友達勢は他のチームにいるし、移籍云々は前に言った通りだし、どうしたもんかなー。
何度でも考えちゃう。
新年、新学期、新入生……うーん。
来年こそやれるか? スカウト。
「──こんにちは。お久し振りですジョゼさん」
遠くのゲートを眺めつつちょっと考えていると声を掛けられた。
この声はもしかして、エッタのお友達ちゃんじゃないか。新潟の。
「よっす久し振り、ベリテネ」
「あの、微妙に違います。ラベリテです。ニコルラベリテ」
まじで? 素で間違えてた、すまん。
てかフルネームすら今始めて聞いたかも知れん。
「えぇー……」
たまにやらかすんだよね、カタカナの単語を変な順番で読んだりして間違って覚えちゃうの。
割と最近までストライド走法をスライド走法って覚えてた。
似た単語と混じっちゃうのかな。
「いやその理論でもベリテネにはなりませんよ、ネはどっから来たんですか」
「根だし生えて来たんじゃない?」
「エッタさんみたいな言い訳する……!」
伊達にやつのトレーナーしてませんよこっちは。
所でラベリテさんは中央へ来る予定ある? チーム入らない?
てか焼きそば食う? つかお茶も飲む?
「なんですかその急で雑な勧誘……」
「べっつにぃ?」
「あと、ボクはトレーナー志望なので地元を離れる気はないです」
「さいで」
ウマ娘なんだから走れとは無理強いせぬ。
トレーナーになったっていいじゃない。
「えへへ、父さんの背中を追ってみるんです」
「いい夢持ってるじゃないの」
勧誘は粉砕、と。
まぁその辺はさておきレースが始まるぞ。
「今日のエッタさんは?」
「内側3番、7番人気」
「人気が低いのは、ボクでも理由が分かります……」
エッタはダートばかり走ってるんだし芝が、マイルまでしか走らないし中距離も苦手としているんじゃないか。そういう予想は誰でもしている。
他の面々が長い目で見て色々考え、早い娘だとデビュー時からホープフルを第一目標としているのに対し、ミークに挑発されたからと出走した感がぬぐえないサニティエッタはどうしても評価が低くなる。
一応今まで連戦連勝としているし期待はするけど……、という具合のまぁまぁな人気。
「作戦は、追いのままですか?」
「色々考えた結果、直前で指示を変えるのもなって。それに──」
逃げや先行は気持ちを抑える必要が少ない分、確かにエッタ自身へのストレスには繋がりにくい。
だがストレスに繋がらない代わりに、サニティエッタという個人が前面に出てくるので集中力が削げやすいという事でもある。
特に、ひとりで観客席に向かう最終コーナーで。
『各ウマ娘、一斉に綺麗なスタートをしました!』
ゲートが開くと共にアナウンスが響き、歓声が轟く。
かつてのデビュー戦のようなバラついたスタートではなく、エッタの姿が埋もれる良スタートだ。
ジュニア級最後だけあって、レース自体に手慣れてきたウマ娘の面々と言えよう。
その中でも脚自慢の集う重賞とだけあって、あっという間に陣形が整った。
道化師サニティエッタは……後ろから4番目。後方の団子を率いる形になっている。
「エッタの走りを見ていて薄々感じてたし、あいつの全歌集とかいう良く分からんノートを見て分かったんだ」
「えっと、何がですか?」
「あいつが走ってる途中、どこを見ているか」
周囲の足音が気になる、前を走る尻尾が気になる。
それを追いかけたいそれが気になるという欲求を限界まで抑えた結果、最後に飛び出す追い込みスタイルを確立させられた。
フラストレーションをバネにした多少のストレスが織り込み済みの作戦だ。
逃げと先行は恐らくだが、短距離までならまだ行ける。
ただゴールまでが長引けば長引くほど、集中力が無くなってくるほど、後ろに気を取られてしまい減速してしまうはずだ。
そして気が付けば加速した連中に追い抜かれてしまう。これが、浮上してきたエッタの問題点。
「エッタの弱点は視界が広すぎる点だと思う」
モニターを見上げる。
第三コーナーへ入った今でも最初と順位の変動は少ないが、唯一違う点が見えた。
それは、エッタが周囲をきょろきょろと分かりやすく見渡している点だ。
普段と環境が違うゆえだろう。早々に訪れた、集中切れのサイン。
隣のラベリテも「そっか……」と小さく漏らした。
流石に俺よりも長い付き合いをしているだけあって、エッタがそうなるっていう事も分かるんだろう。
「視界が広い故に、周囲の情報全てを追いかけ、気が逸れ、中距離が難しい」
「やっぱり、中距離は無理なんでしょうか?」
「……エッタ次第だと信じたい」
エッタの周囲には今、誰もいない。
何処かのタイミングで一瞬気が逸れて、ふとした瞬間に少し前へ出過ぎてしまったのだ。
周囲に誰もいないのなら、エッタはどうなる?
草原へひとり取り残されたように、孤独を感じ周りを見てしまう。
一瞬でも気が逸れれば、後は簡単に崩れていくだろうか?
今のエッタが何を考えているのかははっきりとしていない。
ぴんと張った耳と前を見据えているように見えても、どうなんだろう?
「俺らは応援するしかないんだ。よし、叫ぶぞー」
「え、叫ぶって」
思いっきりハートを響かせるんだよ、行くぞ!
「がんばれー! エッター!」
「が、がんばれー! エッタさーん!」
昔読んだ詩をふと思い出す。ふりむくな、と何度も強調された詩だ。
後ろに気を取られてはいけない、振り返ってはいけない、そんなこの状況において今これを思い出せたのは幸運だったかも知れない。
ターフを去ったウマ娘に対してさようならという感情を語ったものなので今は不釣り合いでも、言葉そのままを戒めとして受け入れるには丁度いい。
声の無い無数の足音が、鼓動のように地面を打つ脈が迫るが見てはいけない。
気にしてはいけない。だからと言ってここから逃げて、前へ行き過ぎてもいけない。
ついたポジションは譲ってはいけない。だめ。
だから繰り返す。ふりむくな。
レース中によそ見は厳禁──
自分に言い聞かせるように呟こうとして、それすらも今はしてはいけぬと反芻し、地団太を踏む代わりに両の足に力を込めて芝をえぐる。
いつも力が籠り過ぎと言われるけれど、こうもしなければ走れない。
溢れる刹那的な衝動好奇心を理性と力で誤魔化さなければ、それ以下の走りとなってしまう。
自分は、自分の走りに集中しなければ。
歯を噛み締める代わりにもう一度地面を踏みつける。さっきより強く踏めたと思う。その証拠に心地よい刺激が届いた。
ダートなら土が靴裏に食い込んで全て推進力に変えられる、芝はそれより踏み沈まない。
地面を掻いて思ったより進めない、普段より力押しなのに、思ったより前へ出ない。
後ろの喧騒が近い。
来るタイミング? まだもうちょっと?
そういえば、ミークはどこに──?
思考があちこちへ揺れ動く。そのたびに芝を踏んずけて誤魔化す。
もう少し前へ出よう。
後ろの音が怖い。振り返ってはいけない未知の誰かが背中を永遠に張り付いている。
少し前へ、前へ出られない、歯がゆいなら、もっと力を。
ばごんと踏んで、前へ。
喧騒が遠のき、遠心力で身体がぶれる。
いやぶれない。体幹には自信がある。踊りは得意だ。
踊り、というより舞い?
型通りに踊るのは覚えれば簡単なので、その他のふらふらと動く時に体幹がしっかりしてると幅が広がって……。
違う違う、レースに集中するんだ。
背中に迫っていた誰かはいない。
ハッピーミークの白い影が遠く前に見えた。
耳を傾ける喧騒は遠く、気が付けば群れを離れ一人。
自分の足音、自分の影、自分の鼓動、それだけの世界。
一歩を踏み出す。もう少し。
意識を取り戻して、息を吐き、吸って、前を見よう。
あちこちの音を拾っていた耳が、前を向くのが自分でもわかった。
目標はライバルただひとり、自分の相手はそこにいる。
ミークはどこに、前方そこに。
レースの本懐思い出し、集中一瞬
逃げた、逃げた、追うならば。
容赦せぬ故、逃げ切れ──
「がんばれー! エッター!」
「がんばれー! エッタさーん!」
身を沈め加速を始めたその瞬間、目の前に歓声と真っすぐな道が現れた。
続いて視界の隅、観客席にトレーナーとラベリテ?
他のウマ娘が走ってる。
がんばれ……応援?
あれ? 最終コーナー、回ってた?
ここ、あ、直線……?
「あや?」
タイミング、間違えた?