超天才魔法TS転生者ちゃん様監修@バカでもわかる究極魔法の使い方 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「アルマさんは、出身はどちらで?」
夜遅く。
夕食も湯あみも済ませた後、アルマはベアトリスと向き合っていた。
小一時間前まではみんなで夕食を囲っていた食卓を挟んで。
食事は美味しかった。
ベアトリスが家の前の畑で育てた野菜やウィルの父が森で狩ってきた動物を使い、料理が得意な御影も手伝った。特別調理技術が発展したわけではなく概ね焼くか煮るの二択だが御影は勿論、ベアトリスも調理の腕は素晴らしいものがあった。
火加減、というもので料理の味が此処まで変わるのかと、アルマは知識ではなく実体験で学ぶことができた。
貴重な時間だった。
が、同じ場所で、アルマはベアトリスと対面で向かい合い、開幕出身を聞かれるという面接状態に陥っていたのである。
たらりと、頬に冷や汗が流れる。
「……王都です。ただ、孤児ですが」
「ほう。では、ご家族は」
「養父が1人。拾われて育てられました」
王都の孤児。家族構成は養父のみ。
前提として異世界人であるアルマがこのアース111の学生として生活するにあたっていくつかのハードルは存在した。
そのうちの一つが、この世界でどういう立場か、というものだ。
当然ながら学校機関に入る際に身分はある程度必要になる。世界によってはそのあたりかなり緩いのだがウィルたちが通う≪アクシア魔法学園≫はこの世界において最高学府に当たる学校だ。
いくらアルマが高い能力を示しても、謎の根無し草がというのは難しい。
最も能力任せに無理やり、というのも通せたかもしれない。
だが、アルマはこの世界でウィルと生きたかった。
だからバックストーリーと養父を用意し―――ここでかなり忸怩たる思いやすったもんだがあったがここでは割愛するとして―――王都生まれのアルマ・スぺイシアが成立したのである。
身分さえ用意してしまえば能力を何より重視する学園に入学するのは難しくなかったし、実際主席として入学できたというわけだ。
「なるほど」
「……」
相変わらず顔色は変わらないし、表情も変わらない。
彼女は元々貴族だったという。
そうなると息子の彼女が孤児というのは良くないのかとかそんな想像が過る。
また一筋、額に汗が流れた。
テンパっていることを自覚する。
1000年生きた大魔術師であるアルマだが、しかし立場的に目上と言っていい相手との会話などしたことが無い。
基本的には掲示板の相手をするか、ネクサスでのスカウトか、敵だ。
気の合う友人なんていなかったし、そもそも直接会話自体が極めて珍しい。
例外であるネクサスのメンバーとはプライベートな付き合いもない。
例外が例外になっていなかった。
だから、彼氏の母親との会話なんて全く分からないのだ。
「こほん」
「!」
びくん、と肩をはねたアルマにやはりベアトリスは表情を変えず、
「前置きしておきますが生まれどうこうで難癖をつけるつもりはありません。私も夫と結ばれるにあたって家名を排しています。自ら姓を捨てたという点は、ある意味孤児よりも眉を顰められると言ってもよいでしょう。故、これはただの確認に過ぎません」
「は、はぁ」
「あの子が家に連れて来たということは……まぁ、そういうつもりなのでしょう。であれば、こちらもそのつもりで対応をせねばなりません。少し気が早い気もしますが――――解りますね?」
「…………………………………………な、なるほどっ」
つまりは、そういうことだ。
中世文化世界において親に恋人を紹介するということの意味は重い。
ウィルはそのつもりなのだろうか。
もし、そのつもりだとしたら。
「…………」
頬の熱を感じる。
期待と、そして微かな不安。
そんな未来が訪れればいいと思うけれど。
そんな未来が来るのだろうか。
ウィルとアルマの関係は始まったばかりで、その先がまるでピンと来ない。
どれだけ知識を持ち、常人がしていない経験をしていたとしても、自分の未来を想像するという点に関してはアルマはまるで素人なのだ。
「……」
「それで」
「あ、はい」
「ウィルのどこが好きなのですか」
「はいぃ!?」
頬の温度が上がった。
見開かれた真紅の瞳と同じくらい顔を赤くするアルマとは対照的に、唐突に始まったガールズトークにベアトリスの顔色は変わらない。
「今後はどうあれ、今貴方とウィルが付き合っているのは間違いないでしょう。その上、御影さんやトリウィアさん、フォンさんもいる。一夫多妻を取るのはある程度地位や資産が要りますが、貴方たちの場合は問題ないでしょう」
将来予測の周りが固められていた。
「が、だからこそ正妻の立ち位置は重要です。これでも捨てたとはいえ貴族の娘。正妻側室等々のごたごたで関係が悪化した家などいくらでも見ました。そしてそういった問題は結局のところ人間関係です」
「に、人間関係」
「あまり深い話は……こほん、貴方はもう少し成長してからの方がいいでしょう、はい」
「………………………………」
つまりは、そういうことである。
アルマには何も言えなかった。
完全に体を硬直させた少女にベアトリスは話がそれたと前置き、
「それで、ウィルのどこが好きなので?」
「……なっ、何故そういう話に?」
「母親としては把握しておくべきなのです」
「そ、そうだったんですか……!?」
アルマ・スぺイシア、恋人の母親の言葉を丸のみである。
冷静に考えると直前の会話と繋がっていないのだが、今の彼女には冷静な思考ができていなかった。
恋愛偏差値でいえばミジンコレベルなので仕方ないのだが。
そもそも彼女を知る者が見れば、他人に敬語を使っている時点で爆笑ものである。
「母として」
「な、なるほど」
ベアトリスの無表情には圧がある。
少なくともアルマにはそう感じた。
そして、
「……ウィルと初めて会った時は、ただの自己満足でした」
目を伏せながら思い返す。
もう1年も前のこと。
けれどそれはここ数百年で最も濃密だったかもしれない。
「僕も彼と同じ全系統保有者です」
「素晴らしい。よもやそんな2人がとは。……いえ、だからこそ、でしょうか」
「ですね。……同じ才がなければ興味も沸かなかったかもしれない」
掲示板越しに珍しい――というよりも、変わった、ややこしい転生特権持ちがいた。
知的好奇心がうずき、ついでに自己顕示欲が働いた。だから先生紛いのことをして、
「でも彼は、素直だったんですよね。真っすぐで……真っすぐすぎるほどに。僕は人間出来てる方ではないと思いますけど、そんな僕が思わずほだされるくらいに」
だからいつ頃か気に掛ける様になってしまった。
「それで彼は……その、いつも真っすぐだけどそれでも抱えているものがあって……それで、また気になって。どうにかしたかったけれど、僕には実際に行動する勇気が出なくて」
彼と直接――といっても文章越しだが――話して、彼の前世の話を聞いた。
彼が希望を失ってしまったことを。
だから、希望と幸福を手にするのを恐れていることを。
「何もできなかったんですし、僕なんかいない方が彼が幸せになれるかと思ったんですけど、あんなに真っすぐに笑顔向けられたらそりゃ好きになるというか、いつも彼のこと考えてばっかだったし、その上彼は僕に手を伸ばしてくれて、握ってくれて、なんというか真っすぐすぎて僕も困ったんですけど、そりゃ僕も一緒が良いというか、そんなつもりなかったとなると今さらじゃ嘘なわけで、彼と生きることができるならずっとそうしたかったし、そのために学園に入学してたし、自分でも色々大口叩いたりもして――――」
「もう結構です」
「あ、はい」
いつの間にか思考そのまま垂れ流しになっていたが、しかし冷たい一言がせき止める。
まずい、とアルマは思った。
全く自分らしくない。自分の言動をこんなに制御できないことなんていつぶりだ?
ウィルと知り合ってから大体そうだった。
「貴女は―――本当に、あの子が好きなんですね」
「んんんっ!!!」
そして今もそうだった。
今までで最も顔を赤くし、体を固くし、天を仰いで、
「………………はい」
それでも、確かに頷いた。
それに嘘はないし、嘘なんてつけやしない。
おそらく、ウィルの両親という相手は世界で唯一、アルマが素直にならざるを得ない相手なのだろう。
「良く分かりました」
ベアトリスが口を開く。
灰の髪が、微かに揺れた。
軽く首が傾き―――ふわりと、微笑んだ。
「息子は素敵な恋人と巡り会えたようですね」
「――――」
その仕草をアルマは良く知っていた。
ウィルの癖と全く同じ動き。
そしてアルマは知らない。
ずっと昔、多くの人から慕われていたウィルの父は、しかしある戦いの後ベアトリスのこの仕草とほほ笑みを見て恋に落ちたということを。
燃え尽きた灰の中から新たに命が生まれる様な。
そんな暖かな笑顔からウィルの両親は結ばれたのだ。
「……ウィルにそっくりですね、それ」
「むっ」
ほほ笑みは消えて、元も無表情に戻る。
だが微かに困ったように眉を顰め息を吐いた。
「昔から気が緩むと出てしまうのですが……あの子の前ではついやってしまっていましたね。気を付けているのですが」
「あぁ……なるほど」
思わず笑みが零れた。
つまりこの人は自分の息子の前ではつい気が緩んで笑ってしまうような、そんな人なのだ。
身体から力が抜けていく。
緊張が解けてしまえばアルマの頭脳は明晰だ。
一目見れば、魂を見てどういう人間か理解できるし、ちょっとした仕草や行動から根底が透けて見える。
「貴女は、素敵な母親なんですね」
「…………どうも」
少し照れたのか、少し咳払い。
そして少し、目を伏せ何かを考えて。
きっと、今度は意図的に首を傾けながら微笑んだ。
「貴女にもそう思ってもらえると嬉しいです」
●
「さぁ、ウィル。飲んで見るといい」
アルマとベアトリスがリビングで向かい合う中。
その外、小さな机と椅子だけのテラスでウィルは父親から酒を注がれていた。
室内の会話は聞こえない。聞きたいような聞きたくないような気もする。
そんなことを想いながらランタンと月明かりに照らされた酒瓶を見た。
「……父さん、僕まだお酒が飲める年齢じゃないんだけど」
「ははは、いいのいいの。こんな僻地だし、誰も気にしない」
朗らかに笑う黒髪に眼鏡の男性。
顔立ちはウィルには似てないが、髪色や雰囲気はウィルにそっくりだ。
ウィルがもう20年ほど年齢を重ねれば、よく似るだろう。
ウィルの父、ダンテ・ストレイト。
緩んだ頬は既に微かに赤く染まっている。ウィルがテラスに来る前から飲んでいたのだろう。
酒を飲みたいと、ウィルはあまり思わない。
前世では飲んで酔うなんて余裕はなかった。酒を飲む暇があれば働いてたと思う。大半の人は仕事の辛さを酒で紛らわすらしいが、そんなことできない。
いくら酔ったとしても家族を失い、妹が自ら命を断った苦しみは紛れなかったのだから。
「一人息子が嫁を連れて来た、それも4人も。これは父として盃を交わさずにはいられない」
「いや、アルマさん以外は嫁ってわけじゃ……」
「ははは、鈍感だと大変だぞ。君はそうでもないだろう。気づいているだろう」
「……まぁ、うん」
「ちなみに父さんは母さんと結婚するって周りに言った時わりと散々な目にあった。懐かしい、ははは」
「…………」
呆れながら、父に差し出されたカップを取る。
たまにしか笑わない母とは反比例のように、父は普段からよく笑う人だ。
それもわりと朗らかに。
自分の笑い方は、どちらかというと母親似だ。
全体的な雰囲気は父親似だし、アルマたちにもそう言われたけれど、多分自分は母の方が似ていると息子は思っている。
カップの中にあるのははちみつ酒だろうか。
王国や帝国ではポピュラーな酒類だ。
「乾杯しよう、ウィル」
「何に?」
「帰ってきた息子に。それを迎えた妻に。君の恋人たちに」
そして、
「―――――今は亡き我が恩師、ゼウィス・オリンフォスに」
ダンテは月へとカップを掲げる。
ゼウィス・オリンフォス。
『大戦』における英雄。魔族との戦いにおいて最前線に立ち、かつてバラバラだった国家間をまとめ上げた1人とされ、事実世界中の将来有望な若者を集めるアクシア魔法学園の創立者だ。
けれど、ウィルにとっては敵という印象が強い。
正確にはウィルはゼウィスを知らない。ウィルが出会い、戦ったのはゴーティアが再現しただけだったから。
学園に導いてくれたことは感謝しているが、それもゴーティアの都合あってのもの。
だから決していい感情は無い。
だが、
「あの人には大戦時世話になってね。お母さんと出会った時もゼウィスさんの紹介だった。当時は同僚としてだけど。……うん。ベアトリスと結婚して、隠居生活送れてるのもあの人のおかげだったんだけどなぁ」
その横顔からは表情は読めない。
微笑んでいるけれど泣いているような、月明かりが眼鏡を照らし、奥の瞳を移さなかった。
「……父さん」
「あぁ、いいんだ。君が倒したあの人はもう、あの人じゃなかった。君はこの世界に生きる者としてやるべきことをした。それは誇るべきことだし、僕は君が誇らしい。でも」
ダンテはカップを煽った。
「恩師が恩師でなかったと気づけなかった自分が情けない」
「……」
「……なんて。悪いね、ウィル。こういう話をしたいんじゃなかったんだ」
ウィルには分からない話だ。
ウィルにはウィルの物語があり、前学園長は登場人物ですらなかった。
けれどウィルの父であるダンテにとってはそうではなかったという話だ。
「さぁ、もう一度乾杯しよう。君の二年目を祝ってね」
「うん」
「それと、今母さんと話している可愛らしい恋人にも」
「…………大丈夫かなぁ」
●
そして帰省は終わり、始まる新学期。
ウィルにとっては二年目の。アルマにとっては1年目の。
学園生活が始まる。
そんな彼らの前に一人の少年は現れた。
「新1年、第三席」
赤い瞳と赤い髪。
ウィルの知らない後輩。
「アレス」
ウィルの知らない名前。
「――――アレス・
けれど、ウィルの知っている姓を持った少年だった。
ダンテ
鈍感のモテモテ野郎だったけどマッマの笑顔にイチコロされた。
その生涯に七度の分岐点となる戦いがあったという。
そして七度目の果てに彼は運命の女を手に入れた。
ベアトリス
滅茶苦茶初期から出てくるけど全くデレない、なのに主人公と共闘して息はあって非攻略系ヒロインかと思ったらラストバトルあたりで大デレかましてヒロインをもぎ取るタイプの女
ウィルは母親似。
アルマ
死ぬほど緊張していたせいでキャラ崩壊
敬語が似合わなさすぎる女
ゼウィス・オリンフォス
死した英雄
アレス・オリンフォス
英雄の子
次回から2年生編にごわす。
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