では皆さん、良いお年を。
ー 横浜基地 ー
横浜基地の存在するトレーニングで白銀とまりもはリハビリを行っていた。
「白銀!ペースが落ちてきてるぞ!もっと上げろ!」
「は、はい!」
意識不明の状態であった白銀が目覚めた翌日。検査などを一通り終えるころには体の調子は元に戻っており、まりもの判断でリハビリと言う名の訓練が始められてしまったのだ。昨日のいい感じの雰囲気に少し期待していた白銀は自分の浅はかな考えに後悔した。
「よし、時間だ!終了!」
白銀はまりもの声と共にランニングマシーンの速度を徐々に落とし、ゆっくりとなってから降りる。流石に前の記憶とある程度の体づくりができていても、寝たままであった状態が続いていたこともあり、訓練はかなりハードに感じていた。
「神宮時教官……。流石に……。きついです……。」
白銀は息を切らしながら床に座り込む。まりもは「なんだ白銀?だらしないぞ」と笑みを浮かべていた。白銀はその笑みが恐ろしく感じてしまい寒気を感じてしまう。
「副司令から『多少手荒でもすぐに動けるように再教育してあげなさい』って言われてるの。私だってこんなことしたくないのよ?」
白銀はまりもが嬉しそうにそう話す様子を見てまりもの発言は嘘であると確信した。同時に指示を出した夕呼は心の底から恨む。
(夕呼先生……。この恨みは必ず……。)
ともあれ、白銀自身もそこまで悪い気はしていなかった。訓練が好きだとかそういう感情ではなく、この世界へ戻ってきて再びこうして訓練を受け、話したりできることがどこか嬉しく思っていたのだ。
「さて、休憩時間はこのくらいでいいだろう。呆けている余裕もあるみたいだしな。」
まりもの声を聴いて白銀の意識は現実世界へと戻される。
「いや、まだ体が…「問題ないな?」」
白銀が意見具申しようとするもののそれは上官の一声ですべてかき消された。白銀は「はい……」と言うとおとなしく次の指示を受け、トレーニング機材のある場所へと向かった。
「いい感じですね。白銀さんの様子に異常も見受けられないようですし。」
晴海は特別室でハッキングしたカメラを使い白銀の様子を観察していた。夕呼は白銀が現れたことを晴海に伝えてはいたものの接触はさせまいと、部屋の前から警備の兵士をどける様子はなかった。
「さて、組みなおしたプラグインの実験もかねて報告に向かいましょうか。」
以前から作製を続けていた遠距離から自身の本体へ接続するプラグインであったが、ようやく完成間近となっていた。試作第一号となるものを試験的に運用するついでに、任務の進捗報告をするために上位存在への接触も行おうと考えたのだ。
(本体への接続試行中…………。本体座標確認……。情報送信中……。接続中……。)
接続完了。そうメッセージが流れると同時に、私は頭脳級へ意識を移す際におこるいつもの感覚に襲われる。
(実験は成功ですね。いつもより気分がわるいように感じますが……。及第点です。)
諸々の操作をする際に若干のラグがあるように感じたがしばらくすると、接続が安定してきたのか徐々にラグは消えていった。
(さてと、それでは報告をするとしまs……。メールですかこれは……。)
見慣れないアイコンが表示されており、晴海がそれを開くと中には上位存在からの連絡が添付されていた。
(新たな連絡手段確保の実験中。返信不要……。あの人も暇ではなかろうに……。)
この機能が上位存在によって新たに試作されたものであると理解した晴海はそんなこと思いつつも、報告を行うために呼び出しをかける。5回ほどコールがかかった時、接続が開始された。
『接続完了。22番報告を。』
『最重要目標《白銀武》の出現を確認。及び、情報収集の進捗状況を更新。詳細はファイルにて送付済。』
『ファイル受信中……。受信完了。報告確認。』
『22番より報告は以上。』
『了解。22番へ最新情報を送ります。』
上司がそういうと、各ハイヴで共有される予定の最新情報が送られてくる。あげられた報告から察するに各戦線で間引き作戦が行われていることは理解できたがそれ以外に特に目立った報告は見受けられない。しかし、晴海は一つの項目に目が行く。
(準第1級以上閲覧可能……。これは……。)
晴海はファイルを開く。そして思わず(これは……)と声を漏らしてしまう。地球から送った資源輸送船第一号が物資を載せたまま地球へ戻ってきてしまったことが書かれていた。最初の輸送船が送られたのは今からおよそ30年前のことだ。
(私が本国へ送った輸送船は残存の燃料と本国への帰還のめどが立たなかったとAIが判断し、帰還しました。我々がこの星域に磁気嵐によって迷い込んで113年が立ちましたが、未だ各惑星からも本国と接触した報告は上がっていません。)
私がファイルを見ている事が分かったのか、上司は補足説明をする。上司の発言から察するに、我々は現在宇宙で迷子になっているも同然であり、帰還するために各惑星に存在する上位存在が様々な手段を講じているようだ。
(本国からの補給船も来ていない以上、これ以上の輸送船派遣は限界と考えられます。現在私が持つ残りの資源量から予測するにこの数の採掘機械を維持するのは困難となるでしょう。数を縮小し得た資源をもって本国帰還まで維持を行おうと考えていましたが、私の資源の消耗量は各惑星に比べ多すぎます。各惑星からの資源提供も拒否されています。)
各惑星に存在している上位存在も惑星の採掘を行うためにBETAを作成して採掘活動を行っているのだ。BETAを作成、維持するにも自分たちで作成する必要資源だけではこの数を維持するのは困難であり、遭難した際に持っていた資源を節約しながら使っているというのが今の状態である。そうであれば、資源提供を断るのも理解ができる。
(現在の我々に対する指揮系統は存在せず、各上位存在が独自の判断のもと本国への帰還を達成しようとしています。我々も新たな手段を用いて、本国への帰還を目指す必要があると考えます。)
晴海は上司の考えている事を徐々に理解し始めた。
『この惑星に知的生命体の存在を確認できたのであれば、本国帰還のために利用することも視野に入れると22番は理解しました。間違いはないでしょうか。』
『22番の考えに訂正。利用ではなく協力が正しい。補給もなく、資源を浪費し続ける我々が生存するためには維持できる量まで数を減らすことが必要。攻撃をされないように交渉し、協力体制を築く必要がある。知的生命体への攻撃を行ってしまった際、我々には問題解決を行うよう指示が出されている。』
戦争において最も大事なのは補給だ。どれだけの物量を誇る国であっても、それを前線に届けることができなければ、戦争に勝つことはできない。晴海も多くの本から得た知識でそのことは十分に理解していた。BETAがこれまで勝ち続けられたのはこれだけの物量を維持する資源が備蓄として残っていたからだ。
(地球は人類のホーム。補給の面から見れば人類が有利なのは確実。新たなBETAを生産し、前線へ送ろうとしても前線が広すぎてまともに配備もできず、資源の浪費につながり首を絞めることになる……か。)
晴海は上位存在は知的生命体への攻撃はプログラムにより行えないと原作知識では理解していたが、不測の対処方法に関してもプログラムが用意されていたことは意外と思った。製作者は思ったよりも優秀なプログラマーらしい。
(そのプログラムを実装する前に知的生命体を定義するファイルを更新した方がよかった気もするが……。流石に未知の知的生命体を定義するのは困難か……。)
上位存在がなぜ人類の情報を集めるよう指示を出していたのか、ようやくその真相に近い情報を得ることができた晴海は人類への敵対心がないことに安堵しつつも、自分たちBETAがいかに危機的な状況に置かれているかを理解した。ファイルの中にはBETA大戦がはじまってからの資源消費量がまとめられており、年々その消費量は増加している。採掘区域が広がったことと戦術機の進化が原因と考えたが、どうやら各ハイヴを維持するのにも多くの資源が使われているようだ。
(各ハイヴでも生産は行っているが、維持は到底できていない……。確かにこれで22個もハイヴが置かれているなら資源消費が多いのは当然か。)
晴海は上司に『情報更新完了。報告は以上』と言うと、上司は『確認。通信を終了する』と返す。晴海は受け取った最新情報がかなり重要になると理解し、連絡を終えた後もしばらくの間そのままの状態でファイルを確認することにした。
(Type2やType3に搭載している自給自足可能なシステムは一体当たりのコストが高すぎて量産には向かない……。戦車級の代用として大量配備しようにもこれだけの採掘地域をカバーするためにはかなりの量になるし、破壊されたら回収不可なことを考えると既にじり貧に近い状況に変わりはないか……。)
そうして一晩の間ファイルを読み漁った私は他の情報にも簡単に目を通し終えたこともあり、晴海の体へ戻ることにした。
(……。気分が悪い……。)
長い間遠距離から接続していたからなのか、ファイルを読み漁っていたことで処理機能がオーバーヒートしたのか、晴海は気分が悪く机に突っ伏した。護衛にコーヒーを入れるよう指示を出して、とりあえず何か飲もうとする。その時、扉が開く音が聞こえた。晴海が顔をあげると、そこに夕呼が立っていた。
「あんたに報告があるから来たんだけど……。どうしたの?」
「仕事に疲れたんです……。それで…、報告と言うのは……。」
夕呼は若干引き気味に「え、えと」と言葉に詰まる。
「49部隊の健康状態に関する報告よ。アマネ以外の3人ようやく目を覚ましたわ。これと言った異常は見受けられないそうよ。これに詳細が書かれているわ。」
夕呼はそういうと突っ伏している晴海の隣に書類を置く。晴海は「ありがとうございます……」と誰から見ても死にかけな様子で返事を返す。夕呼は心配と言うよりもあまりの気味の悪さにいつもより一歩下がって話をしていた。
(そんなに態度で表さなくても……。)
晴海はそんなことを思ったものの、自分が夕呼の立場であったならば同様の態度をとるかもしれないと考え、それ以上考えることを止め、無理やり体を起こし、椅子に寄り掛かる。
「ほかに何か連絡はありますか。」
「これと言って特にないわね。強いていうと、私がしばらくの間忙しくなることくらいかしら。」
「白銀さんに関する件で、ということですか。」
晴海がそういうと夕呼は「まぁ、そうね」と曖昧な返事を返す。晴海も大体は予想していたことであり深く聞くことは避けた。
「できれば一度は顔を合わせたいのですが……。」
「白銀の準備が整ってからにして頂戴。私だって限界はあるのよ。」
晴海は「まぁ、そういうことなら」と言い、渋々あきらめる。夕呼の負担を大きくすることを避けたいと考えると同時に、ここで急いで会わせろとせかしても相手に不審がられる可能性があると考えたからだ。夕呼は「それじゃ」と言って手を振りながら部屋を後にした。話を終えたのを確認した護衛級が横からコーヒーを差し入れ、晴海は「ありがとう」と言うとコーヒーを飲んだ。
(暇になってしまいましたし……。ナツノたちの様子でも見に行きますか……。)
ナツノたちの病室に向かった晴海であったが、中には既に誰もおらず、近くを通りかかった看護師に話を聞くと4人は部屋に戻ったとのことだった。晴海は看護師に礼を言うと、4人の宿舎へと向かう。
部屋の前についた晴海は軽くノックをして部屋へと入る。
「宗谷司令!」
机で何かを書いていたナツノが部屋へ入ってきた晴海を見て驚く。ナツノの声にベッドでダラダラしていた他の3人も驚いて体を起こす。
「今は勤務外だから楽にしていいよ。病み上がりなんだから。」
晴海はそういいながら部屋へと入り、近くにあった椅子を寄せて座る。
「改めて任務の完遂と全員の生還を祝いたいと思ってね。」
「恐縮です!」
そういいナツノが敬礼をしようとするのを晴海は「だから楽にしていいよ」と言い手を縦に振る。
(私何か怖いオーラでも発してるのかな……。)
「という訳で4人から何か要望があればプレゼントをしようと思ったんだけど……。」
「司令。私たちは与えられた任務をこなす兵士ですので、褒賞などは……。」
「いいから、そういうことは気にしないの。」
晴海にそうは言われたものの4人は特に不自由なこともなく逆に言えばかなり自由な行動を許可されていたこともあって、欲しいものはないかと急に言われて困惑してしまった。
(流石に急すぎたかな……。)
晴海は「まぁ、考えておいてくれ」と言い、席を立ちあがる。それとほぼ同時にホムラの腹の音が鳴る。晴海が時計を見ると午後3時と言ったころ合いだ。
「時間も丁度いいし、祝勝会でもしましょうか。まだ昼食は食べていないようだしね。」
ナツノたち49部隊の面子は「分かりました」と言いながら、国連軍の制服へと着替える。ホムラは顔を赤く染めていた。
制服へと着替えた4人はナツノを先頭に食堂へと向かった。食堂はほとんどの基地要員が昼食を終えている頃であったため席はほとんど空いていた。4人と晴海はそれぞれ食堂で自身が食べたいと思うものを注文すると、適当な席へと座る。
(京塚曹長いなかったな…、時間が違うのかな?私はとりあえず合成サバ味噌定食にしましたが……。ナツノは野菜炒めで、ホムラが中華丼…、シノが秋刀魚で、アマネがラーメンと……。好みは前の記憶に影響を受けているのか気になるところですね……。)
「それでは、49部隊の初任務の成功を祝して、乾杯。」
晴海の音頭と共に4人は「乾杯!」と言いグラスを鳴らした。その後は作戦中のことや最近のことなど他愛もないことも含めて様々なことを話しながら食事をした。食事の味については語るまでもなく、前の世界の食事と比べれば不味いと言わざるを得ないが、4人は満足しているようだ。それに何より、話をしている時の4人は以前のような無表情な機械ではなく、もう人間として完璧と言えるまでの感情表現を行えていた。
(……。誰かとここまで話あったの久しぶりかもな……。)
常に相手の腹のうちを考えて話すことがほとんどであった晴海は、こうした何のとりえもない話をすることに少しの感動を覚える。そうして、祝勝会は晴海も4人も十分に楽しむことができた。
祝勝会を終え、食べ終えた食器を返却口へと持っていく。晴海はその時、食堂で話していた調理師の声が耳に入ってきた。
「今年は東北でも北海道でも農作物は全体的に不作らしいな……。」
「不作なんでもんじゃない……。飢饉に近い状態だよ……。合成食品があったとしても、きついだろうな……。」
(ほう……。興味深い話を聞けましたね……。)
今年は寒波続きで作物の実りに不安が残るというニュースは新聞などを通して得ていた晴海であったが、民間人レベルが知りうる詳細な情報を聞くことができ、今後の取引に使うにはもってこいだろうと早速、新たな取引に向けて行動を開始することを決めた。
(政府も情報統制を敷いているみたいですが……。さてさて……。)
晴海は4人に「それじゃ、お疲れ」と声をかけて別れると足早に自室へと戻る。部屋へ戻ると早速、電話を取り目的の人物へ連絡を試みる。盗聴されていることは当然分かっているため、妨害工作を行い内容は漏れないように細心の注意を払う。
「もしもし、晴海です。首相に連絡を。」
晴海は榊首相から以前手渡された直接回線につながる番号へ掛けたのだ。最初に受話器を取ったのは秘書であったため、晴海は榊首相取り次ぐように頼む。秘書は「少々お待ちください」と言う。
しばらくすると、受話器が動く音がする。
「お待たせして申し訳ない。会議が立て込んでいてね。」
「こちらも急に呼び出してしまったようで申し訳ありません。榊首相。」
「それで、ご用件は何かな。」
「単刀直入に申し上げたいのですが、この電話は盗聴されている可能性がありますので、近いうちに直接話す機会を用意していただきたいと思っているのです。」
受話器の奥で榊首相が秘書に今後の日程について尋ねる。満足のいく返答が返ってこなかったのか榊首相は「ふむ…」と声を曇らせる。
「宗谷さん、申し訳ないがこちらも忙しくてね。中々時間をとれないのだが……。」
「【食糧問題に関する会議】ですか。」
榊首相は「まぁ、色々です」と一瞬声を詰まらせながらもあいまいな答えを返す。晴海はもう一つかまをかけることにした。
「今年の作物の収穫具合はよろしくないようですね。果たして合成食品だけで配給は間に合うのでしょうか。」
「……。要件はそれに関することか。」
国内事情を晴海に知られていることに榊首相はいつもの穏やかな声から政治家の厳しい声へと変わる。
「お時間取っていただけますね。」
榊首相は「はぁ」とため息を漏らすと、話し合いが可能な日時は後日連絡するといい受話器を秘書に手渡したようで秘書が「それでは失礼いたします」と言い電話を切る。
(打てる手は早めに打っておきましょう……。)
日本の国内不安定な状態を少しでも改善することが可能なのであれば、協力していく。現政権を維持してもらった方が晴海にとっても利益が多いと判断したうえでのことだ。
(さて、早速準備に取り掛かるとしましょうか。白銀さんに出会うまでに暇つぶしになりそうで良かった。)
晴海はそんなことを思いながら、日本政府が望むであろう物を用意するために必要な資源量の計算や資料の作成へ取り掛かった。